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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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122/126

中学野球の洗礼、初めての実戦形式練習

 河内正則 栄光への道

 第48話「中学野球の洗礼、初めての実戦形式練習」

 第一章 初めての紅白戦

 四月中旬。


 福岡市の朝は、すっかり春らしい暖かさになっていた。


 爆笑発電所スポーツ事業部が管理する野球施設では、博多フューチャーズの選手たちが練習を始めていた。


 河内正則と加藤亜由美が入団してから、まだ日が浅い。


 二人は大阪タイタンズ時代、全国大会で準優勝した実績を持っている。しかし、中学野球では何もかもが新しかった。


 三年生の体格。


 投手の球速。


 打球の鋭さ。


 そして、何より変化球への対応。


 これまで二人が経験してきたリトルリーグでは、物語上の少年カテゴリーの投球ルールにより、ストレートだけを使用していた。坂本大地が投げていた「おちょくりスローボール」も、球筋を変化させるものではなく、直球の速度を極端に落とした投球だった。


 そのため、打席では主に球速、高低差、内外角のコースを見極めることが重要だった。


 しかし、中学野球は違う。


 ストレート。


 カーブ。


 スライダー。


 チェンジアップ。


 打者は球速だけでなく、球種と変化する方向まで考えなければならない。


 それも、三年生の投手ともなれば、直球と変化球を似た腕の振りで投げ分けてくる。


 正則は、その違いをすでに実感していた。


「亜由美、今日はいよいよ紅白戦やな」


 準備運動をしながら正則が話しかけた。


「そうやね。先輩たちと本格的に対戦するんは、これが初めてやもんな」


「昨日までの練習でも、球の速さにびっくりしたわ」


「うちもや。三年生の打球、ほんまに速いもんな」


 正則は笑った。


「でも、今日は一本くらい打ちたいな」


 亜由美もニヤリと笑った。


「うちもやで。正則には負けへんからな!」


 そのとき、城戸直哉監督の声が響いた。


「全員、集合!」


 選手たちがグラウンド中央へ集まった。


 監督の隣には平松真帆コーチが立っている。


「今日は七回制の実戦形式紅白戦を行います。投手は球数と体調を見ながら交代し、途中から守備位置も変更します」


 選手たちは真剣な表情で聞いていた。


「目的は勝敗だけではありません。これまでの練習で身につけたことを、実戦でどれだけ発揮できるか確認します」


 そして、一年生たちを見渡した。


「全国大会で活躍した経験がある選手もいます。しかし、今日の試合では過去の成績は関係ありません。三年生も二年生も一年生も、全員が今の実力で勝負してください」


 正則と亜由美は力強く答えた。


「はい!」


 平松コーチも続けた。


「失敗することを恐れずに挑戦してください。ただし、失敗した理由を考えずに同じことを繰り返してはいけません。今日は、次の練習で何を改善するか見つける日でもあります」


 その言葉に、正則は静かにうなずいた。


 いよいよ、中学生として初めての紅白戦が始まる。

 第二章 紅組と白組、先発メンバー発表

 城戸監督がホワイトボードの前へ進んだ。


「それでは、先発メンバーを発表します」


 正則と亜由美は、少し緊張しながら発表を待った。


「紅組、二番ショート、河内正則」


「はい!」


「白組、一番セカンド、加藤亜由美」


「はい!」


 正則と亜由美は顔を見合わせた。


「……別々のチームやな」


「そうやね」


 亜由美が笑った。


「正則、遠慮せんでええからな!」


 正則も笑った。


「こっちこそ!」


 そして、両チームの先発投手が発表された。


 紅組は三年生の藤岡蓮司。


 白組は三年生の秋山紘太。


 秋山は普段、遊撃手としての出場が中心だが、投手も務める選手だった。


 どちらも一年生から見れば、経験も技術もはるかに上の先輩である。

 博多フューチャーズ・実戦形式紅白戦

 打順紅組白組

 1早良夏美(3年・中)加藤亜由美(1年・二)

 2河内正則(1年・遊)坂井雄二(1年・中)

 3篠崎玲奈(3年・三)三浦康平(3年・遊)

 4南条悠斗(3年・一)早田航(3年・左)

 5立花朋輝(1年・右)秋山紘太(3年・投)

 6川野颯太(2年・二)江本哲也(2年・一)

 7森下悠一(1年・捕)牧田和美(1年・右)

 8田所恭介(2年・左)江尻栞(2年・三)

 9藤岡蓮司(3年・投)相原健悟(3年・捕)


 先攻は紅組、後攻は白組。藤岡と秋山はいずれも三年生。途中から控え選手も出場する。

 ベンチでは、二年生の水上遼太、土屋悠真、久保田航輝、松崎結月、大浦凛太、三年生の桑野光、一年生の国分颯斗、岸田誠一、長谷川日菜、早瀬伊織、藤崎大輝らが出番を待っていた。


 正則は白組の秋山を見つめた。


「……秋山先輩か」


 隣にいた森下悠一が話しかけた。


「正則君、秋山先輩は変化球の使い方がうまかよ」


「そうなん?」


「特にカーブとスライダー。真っすぐが来ると思って振ったら、タイミングを外されるけん」


 正則はうなずいた。


「分かった。よう見てみるわ」


 一方、白組の亜由美は、紅組の藤岡を見つめていた。


 前回の練習で、百三十キロを超える直球を目の当たりにしている。


 しかも、藤岡は変化球も持っている。


「……いよいよ藤岡先輩と勝負か」


 そこへ三浦康平が声をかけた。


「亜由美さん、緊張しとる?」


「はい。ちょっとだけ」


 三浦は笑った。


「最初から全部打とうとせんでよか。まずは球をしっかり見てみんしゃい」


 亜由美は大きくうなずいた。


「はい!」


 やがて両チームが守備位置へ向かった。


 正則は紅組の二番打者。


 亜由美は白組の先頭打者。


 しかも、それぞれの相手投手は三年生。


 中学野球の本当の厳しさを知る時間が、始まろうとしていた。

 第三章 正則、最初の打席で三球三振

 一回表。


 紅組の攻撃。


 先頭は三年生の早良夏美。


 白組のマウンドには秋山紘太が立っていた。


 秋山は、軽く肩を回したあと、捕手の相原健悟へうなずいた。


 初球。


 外角への直球。


 ストライク。


 二球目。


 早良が打ち返した。


 カキーン!


 センター前ヒット。


 紅組、無死一塁。


 そして二番、河内正則。


 正則はバットを握り、打席へ向かった。


(……よし。まずは一本や)


 秋山は捕手のサインを確認した。


 初球。


 外角低めへの直球。


 正則は振りにいった。


 しかし、バットが出る前にボールがミットへ収まった。


「ストライク!」


(……速い!)


 球速は百三十キロ前後。


 リトルリーグ時代にも速球派の投手とは対戦してきたが、秋山の球は伸び方が違った。


 二球目。


 今度は内角へ投げ込まれた。


 正則が振る。


 しかし、振り遅れた。


「ファウル!」


 0ボール2ストライク。


 正則はバットを握り直した。


(……次こそ)


 秋山が投げ込んだ三球目。


 腕の振りは、先ほどの直球とよく似ていた。


 正則は振り始めた。


 しかし、ボールは途中から外角低めへ滑るように変化した。


「……えっ!?」


 バットは空を切った。


「ストライク、バッターアウト!」


 三球三振。


 正則は、しばらく打席に立ったままだった。


(……今の、何や?)


 秋山が声をかけた。


「河内君、今のはスライダーたい」


 正則が顔を上げた。


「……スライダーですか」


「そう。真っすぐと同じように振り始めたら、空振りしやすかけんね」


 正則は大きく息を吐いた。


「……なるほど」


 ベンチへ戻ると、森下悠一が笑いながら声をかけた。


「正則君、どうやった?」


 正則は苦笑した。


「……全然あかんかった」


 森下はうなずいた。


「でも、これからたい」


「せやな」


 正則はヘルメットを脱いだ。


 たった三球。


 それだけで、これまでとは違う野球が始まったことを痛感していた。

 第四章 亜由美も三振、変化球の洗礼

 一回裏。


 白組の攻撃。


 先頭打者は加藤亜由美。


 紅組のマウンドには、三年生エースの藤岡蓮司が立っていた。


 亜由美は深呼吸した。


(……よし。まずは球を見よう)


 藤岡が初球を投げ込んだ。


 外角低めへの直球。


 バシィィン!


「ストライク!」


 亜由美は思わず目を見開いた。


(……速い)


 二球目。


 今度は内角への直球。


 亜由美は振りにいった。


 しかし、タイミングが少し遅れた。


 ファウル。


 0ボール2ストライク。


 三球目。


 藤岡は、直球と同じような腕の振りで投げ込んだ。


 亜由美は高めの直球が来ると思っていた。


 しかし、ボールは途中で速度を落としながら沈み込んでいく。


 チェンジアップ。


 亜由美のバットは、ボールの上を通過した。


 空振り三振。


「……うわぁ」


 亜由美は打席を離れながら、小さく息を吐いた。


 ベンチへ戻ると、三浦康平が声をかけた。


「どうやった?」


 亜由美は正直に答えた。


「全然タイミングが合いませんでした」


 三浦はうなずいた。


「そりゃそうたい。蓮司は直球だけじゃなかけんね」


「はい」


「でも、今の打席で球筋は見られたやろ?」


 亜由美は少し考えた。


「……はい。チェンジアップが、直球と同じような腕の振りから来ました」


 三浦は笑った。


「そうたい。それを覚えとけば、次の打席につながるけん」


 亜由美は力強くうなずいた。


「はい!」


 その後、坂井雄二は遊撃ゴロ。


 三浦康平がレフト前ヒットで出塁したものの、早田航はセンターフライに倒れ、白組は無得点。


 一回を終えて、0対0。


 正則も亜由美も、最初の打席は三振だった。

 第五章 上級生がつくる得点、苦戦する一年生たち

 二回表。


 紅組の先頭は五番、立花朋輝。


 昨年の全国大会決勝では、延長八回裏に安打を放ち、悠翔のサヨナラホームランにつなげた選手だった。


 しかし、今日の相手は三年生の秋山紘太。


 初球の直球を見送り、二球目のカーブにタイミングを外される。


 三球目は、外角へのスライダー。


 空振り三振だった。


「……うわぁ、全然当たらん!」


 立花は悔しそうにベンチへ戻った。


 続く二年生の川野颯太が、センター前ヒットで出塁。


 七番の森下悠一は、変化球を見極めきれず空振り三振。


 八番の田所恭介が四球を選び、二死一、二塁となった。


 そして九番、藤岡蓮司。


 秋山の直球を鋭く打ち返した。


 カキーン!


 打球はレフト前へ。


 二塁走者の川野がホームイン。


 紅組が一点を先制した。


「ナイスバッティング!」


「蓮司先輩、よう打った!」


 ベンチが沸いた。


 正則は、藤岡の打撃をじっと見つめていた。


 自分が三球三振した秋山の投球を、藤岡は冷静に見極めていた。


 一体、何が違うのだろうか。


 二回裏。


 今度は白組の反撃だった。


 秋山がレフト前ヒットで出塁すると、江本哲也もセンター前へ運んだ。


 無死一、二塁。


 しかし、七番の牧田和美は、藤岡のカーブに空振り三振。


「……くそっ!」


 続く江尻栞が、外角の直球をライト前へ打ち返した。


 二塁走者の秋山がホームイン。


 1対1。


 白組が同点に追いついた。


 相原健悟は内野ゴロに倒れ、後続も打ち取られて追加点は入らなかった。


 正則はベンチから、試合の流れを見つめていた。


 一年生は、まだ安打を打てていない。


 それに対して、上級生たちは直球にも変化球にも対応し、得点をつくっている。


 決して単純な力の差だけではなかった。


 打席での考え方そのものが違っているように感じられた。

 第六章 正則の第二打席、ファーストフライ

 三回表。


 紅組の先頭は早良夏美。


 秋山が投げた外角の球を慎重に見送り、四球を選んだ。


 無死一塁。


 そして、二番の河内正則。


 正則は再び打席へ向かった。


(一打席目は三振やった。今度こそバットに当てるで)


 秋山が初球を投げ込んだ。


 内角への直球。


 正則は見送った。


 ストライク。


 二球目。


 外角へ外れる。


 ボール。


 三球目。


 今度は緩いカーブ。


 正則は振りにいったが、タイミングが合わずファウルになった。


 1ボール2ストライク。


 四球目。


 秋山は少し間を取った。


 捕手の相原健悟が、低めにミットを構える。


 正則は考えた。


(ここまで追い込まれたら、またスライダーか?)


 しかし、秋山が投げ込んだのは内角の直球だった。


「……うわっ!」


 正則は慌ててバットを出した。


 カンッ!


 打球は高く舞い上がった。


 一塁手の江本哲也が落下点へ入る。


「オーライ!」


 パシッ!


 ファーストフライ。


 一死一塁。


 正則は悔しそうにベンチへ戻った。


「……くそっ、詰まった」


 そこへ三年生の篠崎玲奈が声をかけた。


「正則君、何を待っとったと?」


 正則は答えた。


「スライダーです。最初の打席でも、スライダーで三振したから……」


 篠崎がうなずいた。


「なるほどね。でも、相原君は何で今度もスライダーを要求すると思ったと?」


 正則は言葉に詰まった。


「……えっ?」


「前の打席で空振りしたからって、次も同じ球を投げてくれるとは限らんやろ?」


 正則は黙っていた。


 篠崎は穏やかに続けた。


「打席に立つときは、自分が何を打ちたいかだけじゃなくて、相手が何を投げたいかも考えんとね」


 正則は静かにうなずいた。


「……分かりました」


 篠崎は笑った。


「まだ二打席たい。次につなげよう!」


「はい!」


 しかし、その日の正則は、簡単には結果を出せそうになかった。

 第七章 亜由美の第二打席、ファーストゴロ

 三回裏。


 白組の先頭は加藤亜由美。


 相手は、引き続き藤岡蓮司だった。


 亜由美は、前の打席を思い出していた。


 直球に振り遅れ、最後はチェンジアップに空振りした。


(……今度は球種をよう見ていこう)


 藤岡の初球。


 外角低めへの直球。


 ボール。


 二球目。


 内角への直球。


 ストライク。


 三球目。


 外角への変化球。


 亜由美は見送った。


 ボール。


 2ボール1ストライク。


(……次は何が来るんやろ)


 藤岡は捕手の森下悠一とサインを交換した。


 四球目。


 外角低めへの直球。


 亜由美がバットを出した。


 カンッ!


 打球は一塁方向へ転がった。


 一塁手の南条悠斗が正面で捕球する。


 そして、自ら一塁ベースを踏んだ。


「アウト!」


 ファーストゴロ。


 亜由美は、ベンチへ戻りながら悔しそうにつぶやいた。


「……また打てへんかった」


 そこへ三浦康平が近づいた。


「亜由美さん、今の打席、何を考えとった?」


「球種を見極めようと思ってました」


 三浦がうなずいた。


「それは大切たい。でも、見極めることばっかり考えたら、打てる球が来たときに振り遅れることもあるよ」


 亜由美は顔を上げた。


「……確かに」


「球を見極めることと、狙った球をしっかり打つこと。その両方が必要たい」


 亜由美は大きくうなずいた。


「分かりました!」


 しかし、まだ答えは見つからなかった。


 変化球がある。


 だから、すべてを警戒する。


 すると、今度は直球への反応が遅れる。


 小学生の頃には経験したことのない難しさだった。

 第八章 四回、上級生の打撃が試合を動かす

 三回は両チーム無得点。


 迎えた四回表。


 紅組は二年生の川野颯太が二塁打で出塁した。


 森下悠一は三振に倒れたものの、田所恭介がセンター前へ打ち返し、一死一、三塁。


 藤岡蓮司の犠牲フライで、紅組が勝ち越した。


 2対1。


 その裏。


 白組も負けていなかった。


 秋山紘太の二塁打と江本哲也の進塁打で一死三塁。


 牧田和美が四球を選ぶ。


 一死一、三塁。


 続く江尻栞が、紅組の藤岡からレフト前へタイムリーヒットを放った。


 2対2。


 再び同点となった。


 正則は、ショートの守備位置から白組の攻撃を見つめていた。


 三年生や二年生の打者は、打席であまり迷っていないように見えた。


 どの球を狙うのか。


 どのコースなら見送るのか。


 それが、最初からある程度決まっているようだった。


(……先輩たちは何を考えて打っとるんやろ)


 正則は、少しずつ気づき始めていた。


 中学野球では、バットを振る前に勝負が始まっている。


 球種を考えること。


 相手捕手の配球を読むこと。


 カウントによって打撃を変えること。


 それらができなければ、速い直球にも変化球にも対応できない。


 そして四回終了後、城戸監督が投手交代を告げた。


「ここからは投手を交代します。藤岡と秋山は今日はここまで。よく投げました」


 紅組は二年生の水上遼太。


 白組は二年生の久保田航輝がマウンドへ上がった。


 久保田は遊撃手としての出場が中心だが、救援投手としての練習も積んでいた。


 正則と亜由美は、再びバットを握った。


 相手投手が代わっても、まだ簡単に打てるとは思えなかった。

 第九章 正則の第三打席、セカンドフライ

 五回表。


 紅組の先頭、早良夏美がセンター前ヒットで出塁した。


 そして、河内正則の第三打席。


 白組のマウンドには二年生の久保田航輝が立っていた。


 正則は深呼吸した。


(……まずは、どの球が来るか考えてみよう)


 久保田の初球。


 外角低めへの直球。


 ストライク。


 二球目。


 高めへの直球。


 ボール。


 三球目。


 カーブ。


 正則は見送った。


 ボール。


 2ボール1ストライク。


(……次はストライクを取りにくるか?)


 正則は直球を待つことにした。


 四球目。


 久保田の腕が振られた。


 ボールは、正則の予想より少し遅かった。


 チェンジアップ。


 正則はタイミングを合わせようとしたが、バットが早く出てしまった。


 カンッ!


 打球は二塁方向へ高く上がった。


 二塁手の加藤亜由美が落下点へ入る。


「オーライ!」


 パシッ!


「アウト!」


 セカンドフライ。


 正則は、思わず苦笑した。


「……亜由美に捕られたわ」


 亜由美はボールを返しながら笑った。


「正則! 甘いで!」


 正則が突っ込んだ。


「お前、めっちゃうれしそうやな!」


「当たり前やん!」


 ベンチからも笑い声が起きた。


 しかし、正則は打席を振り返りながら考えていた。


(……直球が来ると思った。でも、相手も俺が直球を待っとるって分かっとったんかもしれへん)


 三打数ノーヒット。


 ここまで三振、ファーストフライ、セカンドフライ。


 全国大会では相手投手を苦しめてきた正則が、今日はまだ一本も安打を打てていなかった。

 第十章 亜由美の第三打席、ショート深い位置へのゴロ

 五回裏。


 白組の先頭は加藤亜由美。


 相手は二年生の水上遼太だった。


 水上は直球と変化球を丁寧に投げ分ける投手だった。


 亜由美は打席に入る前、平松コーチから言われたことを思い出した。


「打者の構えだけでなく、投手の球筋もよく観察してください」


 亜由美はバットを握った。


 初球。


 外角への直球。


 ストライク。


 二球目。


 低めへ外れるカーブ。


 ボール。


 三球目。


 水上は内角へ直球を投げ込んだ。


 亜由美が踏み込んだ。


 カキーン!


 強い打球が三遊間へ飛んだ。


「抜けるか!」


 しかし、ショートの正則が鋭く反応した。


 三遊間の深い位置へ走り込み、体を低くして捕球する。


 亜由美は全力で一塁へ走った。


 正則は深い位置から一塁へ送球した。


 南条悠斗が捕球する。


 一塁塁審が右手を上げた。


「アウト!」


 ショートゴロ。


 亜由美は一塁ベースを駆け抜けたあと、思わず振り返った。


「……うわぁ!」


 正則が笑いながら声をかけた。


「亜由美! 惜しかったな!」


 亜由美は悔しそうに笑った。


「正則! あんた、あんな深いところからよう投げたな!」


「そら、アウト取りたいからな!」


 亜由美も笑った。


「次は絶対に抜いたるで!」


 しかし、ベンチへ戻ると、亜由美の表情は真剣になった。


 三打数ノーヒット。


 三振。


 ファーストゴロ。


 ショートゴロ。


 今の打球は悪くなかった。


 それでも、安打にはならなかった。


 中学野球では守備範囲も広くなり、肩の強い選手も増える。


 小学生の頃なら内野安打になっていたかもしれない打球が、簡単にアウトになる。


 その現実を、改めて思い知った。


 平松コーチが声をかけた。


「亜由美さん、今の打撃は悪くありませんでしたよ」


 亜由美が顔を上げた。


「ありがとうございます」


「ただ、いい打球を打ってもアウトになることはあります。結果だけでなく、なぜあの打球を打てたのかも考えてみてください」


 亜由美は静かにうなずいた。


「……はい」


 五回は両チーム無得点。


 試合は、再び動き始めようとしていた。

 第十一章 六回、先輩たちの集中力

 六回表。


 2対2の同点で迎えた紅組の攻撃。


 先頭打者は三年生の篠崎玲奈。


 篠崎は、二年生の久保田航輝が投げた初球の直球を見送った。


 ストライク。


 二球目。


 低めへの変化球。


 ボール。


 三球目。


 篠崎が鋭く振り抜いた。


 カキーン!


 打球は左中間を抜けた。


 ツーベースヒット!


 無死二塁。


 続く四番、南条悠斗。


 久保田は外角低めへ直球を投げ込んだ。


 南条が踏み込む。


 カキィン!


 打球はライト前へ。


 二塁走者の篠崎が三塁を回った。


 ホームイン!


 3対2。


 紅組が勝ち越した。


 正則はベンチで拳を握った。


「よっしゃ!」


 しかし、南条は塁上で大きく喜ぶのではなく、次のプレーを確認していた。


 その姿を見た正則は、少し考えた。


(……先輩たちは、一本打ったあとも次のことを考えとるんやな)


 この回、一年生の岸田誠一と森下悠一は、ともに打ち取られた。


 六番の川野颯太が四球を選び、八番へ入った長谷川日菜も四球でつないだが、水上遼太の内野ゴロで攻撃終了。


 それでも上級生の連続安打によって、一点を奪った。


 六回裏。


 白組も反撃した。


 投手から打撃練習を継続していた秋山紘太が、レフト線へ二塁打を放った。


 続く江本哲也が送りバントを決め、一死三塁。


 牧田和美は四球を選ぶ。


 そして八番、江尻栞。


 江尻は水上の直球を打ち返した。


 打球はセンター方向へのフライ。


 早良夏美が捕球する。


 しかし、三塁走者の秋山がタッチアップでスタートした。


 ホームイン!


 3対3。


 再び同点。


 相原健悟が内野ゴロに倒れ、三アウト。


 城戸監督は、ベンチで試合を見守りながらつぶやいた。


「……上級生は、きっちり得点につなげていますね」


 平松コーチがうなずいた。


「そうですね。特に、走者を置いた場面での考え方に違いがあります」


「一年生たちには、いい勉強になりそうです」


 そして、試合は最終回へ突入した。

 第十二章 正則の第四打席、最後も三振

 七回表。


 紅組の先頭、早良夏美がセンター前ヒットで出塁した。


 無死一塁。


 そして、河内正則の第四打席。


 正則は、バットを握り直した。


 ここまで三打数ノーヒット。


 三振。


 ファーストフライ。


 セカンドフライ。


 今日こそ一本打ちたい。


 その思いが、強くなっていた。


 白組の投手は二年生の久保田航輝。


 正則が打席へ入る。


 初球。


 外角低めへの直球。


 ストライク。


 二球目。


 高めへ外れる。


 ボール。


 三球目。


 内角への直球。


 正則が振り抜いた。


 しかし、少し振り遅れた。


 ファウル。


 1ボール2ストライク。


(……追い込まれた)


 正則は考えた。


(ここまで直球が多かった。次は変化球か?)


 しかし、今度は簡単に決めつけないようにした。


 四球目。


 久保田が投げ込んだ。


 外角への直球。


 正則は見送った。


 ボール。


 2ボール2ストライク。


 五球目。


 久保田は捕手の相原健悟とサインを交換した。


 そして、大きく腕を振った。


 正則は直球を警戒していた。


 しかし、投げ込まれたのは低めへ落ちる変化球だった。


(……あっ!)


 正則のバットが空を切った。


「ストライク、バッターアウト!」


 空振り三振。


 正則は、しばらく打席に立っていた。


 そして、静かにバットを下ろした。


(……四打数ノーヒット)


 しかも二三振。


 中学での初めての実戦形式練習は、想像以上に厳しい結果となった。


 ベンチへ戻ると、森下悠一が声をかけた。


「正則君、悔しかろ?」


 正則は苦笑した。


「めちゃくちゃ悔しいわ」


「でも、まだ始まったばっかりたい」


 正則はうなずいた。


「せやな」


 そして、少し笑った。


「……俺、もっと練習せなあかんな」


 続く篠崎玲奈は、外角直球をライト線へ打ち返した。


 一塁走者の早良夏美が一気に三塁を回る。


 ホームイン!


 4対3。


 紅組が再び勝ち越した。


 正則は、篠崎の打撃をじっと見つめていた。


 自分が三振した直後。


 篠崎は、同じ投手からあっさりと適時打を放った。


 その差が、悔しかった。


 同時に、どうして打てたのか知りたかった。

 第十三章 亜由美の第四打席、会心のライトライナー

 七回裏。


 白組の最後の攻撃。


 先頭は加藤亜由美。


 ここまで三打数ノーヒット。


 三振。


 ファーストゴロ。


 ショートゴロ。


 しかし、亜由美はもう一度バットを握った。


 相手は二年生の水上遼太。


 初球。


 外角低めへの直球。


 ストライク。


 二球目。


 内角へ外れる。


 ボール。


 三球目。


 外角への変化球。


 亜由美は見送った。


 ボール。


 2ボール1ストライク。


(……次は何を投げてくるんやろ)


 亜由美は少し考えた。


 そして、自分の狙いを決めた。


(直球が来たら、逆方向へ打ち返す)


 四球目。


 水上が腕を振った。


 外角寄りへの直球。


 亜由美は踏み込んだ。


 カキィィン!


 鋭い金属音が響いた。


 打球は、右方向へ一直線に飛んだ。


「……いった!」


 亜由美は思わず声を上げた。


 しかし。


 ライトを守っていた一年生の岸田誠一が、打球の落下点へ素早く移動していた。


 そして、グラブを差し出した。


 パシッ!


「アウト!」


 ライトライナー。


 亜由美は、一塁へ向かって走り始めていた足を止めた。


「……うわぁ!」


 正則はショートの位置から声をかけた。


「亜由美! 今の、めっちゃええ打球やったで!」


 亜由美は少し悔しそうに笑った。


「せやけど、捕られてもうた!」


 岸田が笑った。


「亜由美さん、すごい打球やったよ!」


「ありがとう! でも、次は抜いたるからな!」


 岸田も笑った。


「僕も負けんよ!」


 続く坂井雄二は遊撃ゴロ。


 二死。


 三浦康平がセンター前ヒットで出塁したものの、早田航はレフトフライに倒れた。


 三アウト。


 試合終了。


 紅組が4対3で勝利した。

 博多フューチャーズ・実戦形式紅白戦

 チーム1234567計

 紅組01010114

 白組01010103


 紅組 4-3 白組


 注目の一年生・打撃成績

 選手打撃成績

 河内正則(紅組)4打数0安打・2三振

 加藤亜由美(白組)4打数0安打・1三振


 正則:三振、一飛、二飛、三振。亜由美:三振、一ゴロ、遊ゴロ、右直。

 第十四章 「何が違うんやろう」

 試合終了後。


 両チームの選手たちは、グラウンド中央へ整列した。


「ありがとうございました!」


 大きな声が響いた。


 その後、選手たちはベンチで水分補給をしながら、試合を振り返っていた。


 正則は、スコアブックを見つめていた。


 四打数ノーヒット。


 二三振。


 ファーストフライ。


 セカンドフライ。


 数字だけを見れば、完敗だった。


 亜由美も隣に座っていた。


「……正則」


「何や?」


「うちら、そろってノーヒットやな」


 正則は苦笑した。


「せやな」


 亜由美は続けた。


「うち、最後のライトライナーは打てたと思ったんやけどな」


「ええ打球やったで」


「でも、岸田君に捕られてもうた」


 正則は静かにうなずいた。


 そして、少し考えた。


「なあ、亜由美」


「何?」


「俺ら、小学生のときは、あそこまで打てへんことって、あんまりなかったよな」


 亜由美はうなずいた。


「うん」


「今日、何が一番違ったと思う?」


 亜由美は少し考えた。


「……やっぱり変化球かな」


 正則もうなずいた。


「せやな。ストレートやと思って振ったら曲がるし、変化球やと思って待っとったら速い直球が来る」


 亜由美は続けた。


「それに、ただ球種が増えただけやない。三年生は、同じ腕の振りで投げてくるから、途中まで見分けがつかへん」


 正則は大きく息を吐いた。


「……中学野球、ほんまに難しいな」


 そこへ、三年生の藤岡蓮司と相原健悟が歩いてきた。


 藤岡が声をかけた。


「正則君、亜由美さん。今日の試合、どうやった?」


 正則は立ち上がった。


「めちゃくちゃ悔しかったです!」


 亜由美も続けた。


「でも、勉強になりました!」


 藤岡は笑った。


「そうか」


 そして、相原が口を開いた。


「じゃあ、二人に一つ質問してよか?」


 正則と亜由美が顔を上げた。


「はい!」


 相原は、静かに尋ねた。


「二人とも、打席に立ったとき、自分が何を打ちたいかは考えとったやろ?」


 正則がうなずいた。


「はい」


 亜由美も答えた。


「考えていました」


 相原は続けた。


「じゃあ、相手のキャッチャーが何を考えとるか、想像したことはある?」


 二人は顔を見合わせた。


「……キャッチャーが?」


「そうたい」


 相原は少し笑った。


「自分がキャッチャーやったら、今の自分にどげんな球を要求すると思う?」


 正則と亜由美は、しばらく黙っていた。


 その質問は、これまで十分に考えたことがないものだった。

 第十五章 相原健悟の配球講座

 相原は、ベンチの前にしゃがんだ。


 そして、地面に指で簡単なストライクゾーンを描いた。


「例えば、正則君」


「はい」


「初球は外角のストレート。見逃してストライクになったとする」


 正則がうなずいた。


「はい」


「次に内角のストレートをファウルにして、0ボール2ストライクになった」


 正則は、今日の第一打席を思い出した。


「……まさに、今日の俺です」


 相原は笑った。


「そうやね」


 そして、尋ねた。


「この場面で、正則君がキャッチャーやったら、次は何を投げさせる?」


 正則は少し考えた。


「……スライダーですかね」


「なぜ?」


「ストレートを二球見せとるから、今度は変化球でタイミングを外せると思うからです」


 相原はうなずいた。


「それも一つの考え方たい」


 正則は少し安心した。


 しかし、相原は続けた。


「じゃあ、その打者が前の打席でスライダーに空振りしとったら?」


 正則が答えた。


「……またスライダーを投げさせるかもしれません」


「そうたい。でも、打者もそれを覚えとるかもしれんよね」


 正則は黙った。


「つまり、正則君がスライダーを待っとる可能性もあるわけたい」


「……はい」


「なら、内角の直球をもう一球見せることもできるし、低めのボール球で反応を見ることもできる」


 正則は静かにうなずいた。


 相原は続けた。


「ただし、何が正解かは相手によって変わるとよ。打者の癖、投手の得意な球、その日の制球、走者の有無でも変わるけんね」


 亜由美が尋ねた。


「ということは、球種だけを考えても駄目なんですね」


 相原がうなずいた。


「そうたい!」


 そして、亜由美へ向き直った。


「亜由美さん。今度は1ボール2ストライクやなくて、3ボール1ストライクやったら、どう考える?」


 亜由美は少し考えた。


「……ストライクを取りにくる可能性が高いと思います」


「そうやね。でも、だからといって必ず真ん中へストレートが来るわけじゃなか」


「はい」


「制球のいい投手なら、変化球でストライクを取れるかもしれんし、打者が積極的に振ると分かっとったら、厳しいコースへ投げることもある」


 亜由美は、目を輝かせた。


「……なるほど」


 相原は、地面のストライクゾーンを指さした。


「大事なのは、カウントごとに『相手は何をしたいか』を考えることたい」


 正則が尋ねた。


「じゃあ、僕らは毎球、キャッチャーになったつもりで考えたらええんですか?」


 相原は笑った。


「そういうこと! 自分が配球を組む立場やったら、どこへ投げるか。何でその球を選ぶか。それを想像してみるとよ」


 藤岡蓮司も口を開いた。


「ただし、考えすぎてバットが振れんようになったら意味なかけんね」


 正則と亜由美が笑った。


 藤岡は続けた。


「ある程度狙いを決めたら、あとは思い切って振る。それも大切たい」


 二人は、大きくうなずいた。


「はい!」

 第十六章 プロ野球の試合を、別の目で見てみよう

 すると、三年生の篠崎玲奈が会話に加わった。


「正則君、亜由美さん。もう一つ、いい勉強方法があるとよ」


 正則が尋ねた。


「何ですか?」


 篠崎は笑った。


「プロ野球の試合を見ることたい」


 亜由美がうなずいた。


「テレビでもいいんですか?」


「もちろん!」


 そして、篠崎は続けた。


「ただ見るだけやなくて、自分が打席に立っとるつもりで見るとよ」


 正則は少し考えた。


「……自分が打席に?」


「そうたい。例えば、二死二塁で、カウントが2ボール2ストライク。投手は直球が速くて、外角の変化球も得意やとする」


 篠崎は、正則へ尋ねた。


「この場面で、自分が打者やったら何を待つ?」


 正則は少し考えた。


「……外角の変化球ですかね」


「なぜ?」


「追い込まれとるから、投手は空振りを取りたいと思うからです」


 篠崎がうなずいた。


「いい考えたい。でも、投手がその前に変化球を何球も投げとったら?」


 正則は少し考え込んだ。


「……今度は直球で勝負するかもしれません」


「そうやね」


 篠崎は続けた。


「そうやって、投手と打者の考えを想像しながら見ると、同じ試合でも見え方が変わってくるとよ」


 亜由美が尋ねた。


「それで、実際に投げられた球が予想と違ったら?」


 篠崎は微笑んだ。


「なぜ違ったのか、考えてみるとよ」


「なるほど……」


「実況や解説の人が配球について話してくれることもあるし、投手がどんな順番で球を投げとるかメモするのも勉強になる」


 藤岡も続けた。


「ただし、プロの配球をそのまま真似する必要はなか。プロにはプロの球種や制球力があるけんね」


 相原がうなずいた。


「自分たちのレベルで、どげんな考え方を取り入れられるか。それを探すことが大切たい」


 正則は、しばらく考えていた。


 そして、顔を上げた。


「……めちゃくちゃ面白そうですね!」


 亜由美も笑った。


「うちも、やってみたいです!」


 篠崎はうなずいた。


「よし。じゃあ、次にテレビで野球を見るとき、試してみんしゃい!」


 正則と亜由美は、そろって頭を下げた。


「ありがとうございます!」

 第十七章 城戸監督が評価したもの

 少し離れた場所では、城戸直哉監督と平松真帆コーチが選手たちの様子を見守っていた。


 平松コーチが話しかけた。


「監督、河内君と加藤さん、今日は二人とも四打数ノーヒットでしたね」


 城戸監督がうなずいた。


「そうですね」


「でも、最後まで集中力は切れていませんでした」


「はい」


 城戸監督は、正則と亜由美が先輩たちの説明を聞いている姿を見つめた。


「私は、今日の二人にとって大切なのは、安打を打ったかどうかではないと思っています」


 平松コーチがうなずいた。


「そうですね」


「自分より優れた技術を持つ選手から、何を学ぼうとするか。それが大切です」


 そして、少し笑った。


「二人とも、悔しがっていました。しかし、言い訳はしていませんでしたね」


 平松コーチも微笑んだ。


「ええ。特に加藤さんは、最後のライトライナーがアウトになった理由についても、きちんと考えていました」


 城戸監督はうなずいた。


「河内君も、四打席の内容を振り返っていました。あの姿勢があれば、少しずつ成長していくでしょう」


 しかし、監督は続けた。


「ただし、ほかの一年生たちも同じです。坂井君、牧田君、岸田君、立花君、森下君たちも、まだ中学の球に十分対応できていません」


 平松コーチがうなずいた。


「そうですね」


「だからこそ、これからが大切です」


 そして、城戸監督は選手たちを集めた。


「全員、集合!」


 選手たちがグラウンド中央へ集まる。


「今日の紅白戦、お疲れさまでした」


「ありがとうございました!」


 城戸監督は、一年生たちを見渡した。


「一年生の皆さん。今日の試合で、悔しい思いをした人は多いと思います」


 正則と亜由美がうなずいた。


 坂井雄二、牧田和美、立花朋輝、森下悠一も、真剣な表情で聞いていた。


「しかし、それで落ち込む必要はありません。今の実力を知ることが、次の練習につながります」


 監督は続けた。


「上級生の球が速かった。変化球が打てなかった。強い打球に対応できなかった。それらを、ただ『難しかった』で終わらせないでください」


 そして、はっきりと告げた。


「なぜできなかったのか。どうすればできるようになるのか。それを考えて練習してください」


 全員が大きくうなずいた。


「はい!」


 平松コーチも続けた。


「それから、上級生の皆さんも、一年生へ丁寧に教えてくれてありがとうございました。教えることで、自分の技術を見直すこともできます」


 藤岡蓮司や篠崎玲奈、三浦康平たちも、笑顔でうなずいた。


「はい!」


 城戸監督は最後に言った。


「今日の紅白戦は、紅組が4対3で勝ちました。しかし、チーム全体として考えれば、全員に課題が見つかった一日です」


 そして、少し笑った。


「次の練習では、今日より一つでも成長した姿を見せてください」


「はい!」


 選手たちの返事が、春のグラウンドに響いた。


 第十八章 西九条中学校でも、同じ教え

 同じ日の夕方。


 大阪市の西九条中学校。


 池永智雄たちも、実戦形式の練習を終えたところだった。


 三年生の若狭大地が投げる百三十五キロ前後の直球。


 さらに、カーブやスライダーを織り交ぜた配球。


 智雄は、まだ十分に対応できていなかった。


 宮本さくらも、三年生が放つ強烈な打球を追いかけながら、外野守備の難しさを痛感していた。


 西村奈緒も、一塁で速い打球に苦戦していた。


 しかし、練習後。


 三年生の捕手・倉谷創大が、智雄たちへ声をかけた。


「智雄、今日の打席で何を待っとった?」


 智雄は少し考えた。


「……直球です」


 倉谷がうなずいた。


「ほな、何で直球が来ると思ったん?」


 智雄は黙った。


「……何となくです」


 倉谷は少し笑った。


「そら、打てへんわ」


 智雄は苦笑した。


「……ですよね」


 倉谷は続けた。


「打席では、カウントと投手の特徴を考えるんや。追い込まれたら、投手はどうやって打ち取ろうとするか。それを想像してみい」


 智雄はうなずいた。


「はい!」


 そこへ三年生の若狭大地もやってきた。


「それから、プロ野球の試合を見るときも、ただホームランや三振を見るだけやなくて、配球を考えてみるとええで」


 智雄が顔を上げた。


「配球ですか?」


「そうや。例えば、自分がキャッチャーやったら、次は何を要求するか。逆に自分が打者やったら、何を待つか」


 さくらも話に加わった。


「それ、面白そうですね」


 奈緒もうなずいた。


「私もやってみたいです」


 若狭は笑った。


「ほな、次にテレビで野球を見るとき、試してみい」


 智雄は力強くうなずいた。


「はい!」


 その日の夜。


 智雄は、自宅で正則へメッセージを送った。

 智雄:正則! 今日、三年生の先輩から配球の考え方を教えてもらったで! キャッチャーの立場になって次の球を考えるんやって!


 数分後。


 正則から返信が届いた。

 正則:何やそれ! 俺も今日、同じこと教えてもろたで!


 智雄は目を丸くした。


 そして、大笑いした。


「……何やねん! また同じことかい!」


 正則から、さらにメッセージが届いた。

 正則:ちなみに今日、俺は4打数ノーヒット、2三振や!


 智雄は吹き出した。

 智雄:お前、全国準優勝のエースやったやろ! 何しとんねん!


 正則から即座に返事が届いた。

 正則:そっちかて三年生の球打てへんかったやろ!


 智雄は笑いながら返信した。

 智雄:せやけど、俺は絶対に追いつくで! 正則も覚悟しときや!


 正則:望むところや!


 二人は、離れた場所で同じように笑っていた。

 第十九章 野球の試合が教材になる

 その夜。


 博多南中学校の寄宿舎。


 正則は、決められた自主学習を終えると、共有スペースのテレビでプロ野球の試合を見始めた。


 隣には亜由美もいた。


 今日の先輩たちの話を、さっそく試してみることにしたのだ。


 画面には、二死一、二塁の場面が映っていた。


 カウントは2ボール2ストライク。


 亜由美が尋ねた。


「正則、あんたがキャッチャーやったら、次は何を投げさせる?」


 正則は少し考えた。


「……外角低めの変化球かな」


「何で?」


「打者が直球を待っとるように見えるから。タイミングを外したいねん」


 亜由美はうなずいた。


「なるほど。うちは内角の直球もあると思う」


「何でや?」


「さっき外角の球を二球続けて見せとったやろ? 今度は内角を意識させるかもしれん」


 正則は少し笑った。


「なるほどな」


 そして、テレビの投手が次の球を投げ込んだ。


 内角への直球。


 打者が振り遅れる。


 ファウル。


 正則が声を上げた。


「おおっ! 亜由美の予想に近かったやん!」


 亜由美も驚いた。


「ほんまや!」


 しかし、勝負はまだ終わっていなかった。


 次の球。


 投手が外角低めへ変化球を投げ込んだ。


 打者は見送った。


 ボール。


 フルカウント。


 正則が笑った。


「今度は俺の予想に近かったな!」


 亜由美も笑った。


「でも、ボールになったね」


 そして、次の一球。


 投手は高めへ直球を投げ込んだ。


 打者が振り抜いた。


 カキィィン!


 打球は左中間へ飛んだ。


 二塁走者がホームイン。


 さらに一塁走者も三塁へ向かう。


 正則と亜由美は、しばらく画面を見つめていた。


 そして、顔を見合わせた。


「……何や、結局打たれたやん!」


「ほんまやね!」


 二人は大笑いした。


 しかし、亜由美はすぐに真剣な表情になった。


「でもな、正則」


「何や?」


「これ、面白いわ」


 正則もうなずいた。


「せやな」


 亜由美は続けた。


「今までは、誰がヒット打ったとか、誰が三振取ったとか、結果ばっかり見とった」


「うん」


「でも、次に何が来るか考えながら見ると、全然違うね」


 正則は笑った。


「ほんまや。俺、今まで何でこういう見方せえへんかったんやろ」


 そして、少し考えた。


「……これからは、試合の見方も変わりそうやな」


 亜由美も笑顔になった。


「そうやね!」


 二人は、その後も投球ごとに予想を立てながら試合を見続けた。


 当たることもあれば、外れることもある。


 しかし、外れたときこそ、なぜそうなったのか考える。


 その繰り返しが、二人には新鮮だった。

 第二十章 悠翔も、新しい挑戦を続けている

 一方、柳川家。


 悠翔は、リトルスターズの練習を終えて帰宅していた。


 新チームでは四番打者。


 そしてキャプテン。


 守備ではショート、サード、セカンドを担当している。


 悠翔は、自室で野球のノートを開いていた。


 今日の練習で気づいたこと。


 新四年生たちの長所。


 チーム全体の課題。


 そして、自分自身の打撃について。


 そこへ姉の結音と灯乃がやってきた。


「悠翔、何しよると?」


 結音が尋ねた。


「野球のノート書きよると」


 灯乃が笑った。


「キャプテン、大変やね!」


 悠翔も笑った。


「そうたい。でも、楽しかよ」


 結音はノートをのぞき込んだ。


「後輩たちのことまで書いとるんやね」


「うん。誰がどげんなこと得意か、覚えときたかけん」


 灯乃がうなずいた。


「なるほどね」


 そして、結音が話しかけた。


「そういえば、正則君と亜由美さん、今日が初めての紅白戦やったらしかよ」


 悠翔が顔を上げた。


「ほんと!?」


「うん。二人とも、上級生の球に苦戦したみたい」


 悠翔は少し考えた。


 そして、静かに笑った。


「……そっか」


 灯乃が尋ねた。


「どうしたと?」


 悠翔は答えた。


「正則君たちも、いよいよ中学野球に挑戦しとるんやね」


「そうやね」


「僕も、来年あのチームに入るとき、もっと強くなっとかんといかんね」


 結音が笑った。


「そうたい!」


 悠翔は、ノートに新しい目標を書き込んだ。


『中学へ進学するまでに、打撃の対応力と守備の判断力をもっと磨く』


 そして、少し笑った。


「……正則君、待っとってね」


 灯乃がすかさず突っ込んだ。


「悠翔! 何か恋人に言うみたいになっとるよ!」


 悠翔が吹き出した。


「何でそうなると!」


 結音も大笑いした。


「まあ、野球の相棒になる予定やけんね!」


「そうたい!」


 三人の笑い声が、柳川家に響いた。


 第二十一章 成長への第一歩

 翌朝。


 博多南中学校の寄宿舎。


 正則は、いつもより少し早く目を覚ました。


 窓の外には、春の朝日が差し込んでいる。


 同室の寺島湊が、少し眠そうに話しかけた。


「正則君、早いね」


 正則は笑った。


「昨日の紅白戦のこと考えとったら、目が覚めてもうた」


 湊が笑った。


「そんなに悔しかったの?」


「めちゃくちゃ悔しかったで!」


 そして、正則は少し考えた。


「でもな、それ以上に面白かった」


 湊が首をかしげた。


「面白かった?」


「うん。今まで知らんかったことが、いっぱいあるって分かったからな」


 正則は、机の上の野球ノートを開いた。


 そこには、昨日の四打席の内容が詳しく書かれていた。


 三振。


 ファーストフライ。


 セカンドフライ。


 三振。


 その横には、先輩たちから教わったことも記されている。


『打席では、キャッチャーの立場になって考える』


『カウントごとに、相手の狙いを予想する』


『プロの試合を見るときも、次の一球を考える』


 正則は、静かに笑った。


「……よし」


 そして、新しいページへ書き加えた。


『次の紅白戦では、相手の配球を考えて打席に立つ』


 一方、亜由美も、自室で野球ノートを開いていた。


 昨日の四打席。


 三振。


 ファーストゴロ。


 ショートゴロ。


 ライトライナー。


 結果はノーヒットだった。


 しかし、最後の打席では、自分の狙った球を強く打ち返すことができた。


 亜由美は、静かに考えた。


(……あのライトライナーは、悪い打撃やなかった)


 そして、ノートへ書き込んだ。


『結果がアウトでも、打席の内容を振り返る』


『球種とカウントを考えながら、自分の狙いを決める』


『強い打球に対応できるように、守備の準備を早くする』


 亜由美は、ゆっくりとノートを閉じた。


 そして、少し笑った。


「……次は絶対に打ったるで」


 その頃、大阪の西九条中学校でも、池永智雄が練習ノートを開いていた。


 若狭大地の速球。


 三年生の変化球。


 そして、キャッチャーの立場になって配球を読むという、新しい考え方。


 智雄は、最後のページに大きな文字で書いた。


『次に正則と悠翔に対戦するときは、絶対に勝つ』


 大阪と博多。


 離れた場所で、それぞれが新しい壁に挑んでいた。


 小学生時代の全国大会準優勝。


 その実績は、決して無意味ではなかった。


 しかし、それだけに頼っていては、中学野球で成長することはできない。


 自分より速い球を投げる投手がいる。


 自分より強い打球を放つ打者がいる。


 自分より優れた判断力を持つ選手がいる。


 その事実を受け止め、自分に足りないものを見つける。


 そして、少しずつ改善していく。


 それこそが、正則と亜由美にとっての新しい挑戦だった。


 四打数ノーヒット。


 その数字は、決して誇らしいものではない。


 しかし、二人が中学野球の厳しさを知り、新しい技術を学び始めるきっかけとなった。


 いつか、この経験が大きな財産になる日が来る。


 そのことを、二人はまだ知らなかった。


 次回予告

 第49話「配球を読め! 変化球攻略への第一歩」

 中学野球で初めての紅白戦を経験した河内正則と加藤亜由美。


 結果は、正則が四打数ノーヒット二三振。


 亜由美も四打数ノーヒット一三振。


 上級生の速球と変化球を前に、二人はほとんど自分たちの打撃をさせてもらえなかった。


 しかし、三年生の相原健悟や篠崎玲奈から教わった、キャッチャーの立場になって配球を読むという考え方。


 その教えが、二人の野球を少しずつ変え始める。


「正則、次は何を待つ?」


 亜由美の問いに、正則は考える。


「……直球やと思う。でも、捕手が何を狙っとるかも考えんとな」


 そして、博多フューチャーズでは、打撃練習の内容がさらに高度になっていく。


 直球と変化球を混ぜた投球。


 カウントを設定した実戦形式の打撃。


 打者と捕手が、それぞれの狙いを説明する練習。


 城戸直哉監督は、新入部員たちへ告げる。


「配球を読むとは、球種を当てるゲームではありません。相手の考えを想像し、自分の狙いを持って打席に立つことです」


 一方、大阪の西九条中学校でも、池永智雄たちが変化球攻略に取り組み始める。


 そして、博多リトルスターズでは、柳川悠翔が四番打者兼キャプテンとして、次の大会へ向けた練習を続けていた。


 次回、第49話「配球を読め! 変化球攻略への第一歩」。


 力だけでは打てない球がある。速さだけでは抑えられない打者がいる。だからこそ野球は奥深い。正則と亜由美は、考える野球の面白さを、さらに深く知ることになる。

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