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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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博多フューチャーズ始動、新入部員の実力

 河内正則 栄光への道

 第47話「博多フューチャーズ始動、新入部員の実力」

 第一章 四月、それぞれの新しい出発

 四月。


 博多の街には暖かな春の風が吹き、桜の花びらが舞っていた。


 博多南中学校の寄宿舎へ入寮した河内正則と加藤亜由美は、新しい生活に少しずつ慣れ始めていた。


 大阪タイタンズ時代とは違い、朝起きる時間から、掃除、洗濯、食事、勉強まで、自分で考えて行動しなければならない。


 正則は同室の寺島湊と、毎朝決まった時間に起きて身支度を整えていた。


 一方、亜由美も同室の桐原澪と協力しながら、寮生活を始めていた。


 ある朝。


 食堂で朝食を取っていると、亜由美が正則へ声をかけた。


「正則、洗濯はちゃんとできとる?」


 正則は笑った。


「当たり前やろ!」


「ほんまか?」


「昨日もちゃんと洗って干したで!」


「ほな、取り込んだ洗濯物は?」


 正則の表情が一瞬固まった。


「……あっ」


 亜由美が目を丸くした。


「まさか、忘れとったん!?」


「いや、取り込んだけど、まだ畳んでへんだけや!」


 亜由美が大笑いした。


「それ、終わってへんやん!」


 寺島湊も吹き出した。


「正則君、昨日、洗濯物をベッドの端に置いたままだったよね」


「湊! そこで証言せんでもええやろ!」


 近くにいた桐原澪まで笑い始めた。


 しかし、正則はすぐに真剣な表情になった。


「でもな、亜由美。今日は楽しみや」


「博多フューチャーズの初練習?」


「せや!」


 正則は拳を握った。


「中学生の野球が、いよいよ始まるんや!」


 亜由美も笑った。


「うちも楽しみ。でも、全国準優勝したからって、簡単にレギュラーが取れるとは思ってへんで」


「分かっとる!」


 二人は顔を見合わせた。


 大阪タイタンズでの全国準優勝。


 東京ドームでの激闘。


 そして博多南中学校の厳しい入寮審査。


 すべてを経て、ようやく新しいスタートラインに立ったのである。


 同じ頃、大阪でも新しい春が始まっていた。


 大阪タイタンズには新四年生が入団し、五年生、六年生を中心とする新体制が発足した。


 さらに、池永智雄、宮本さくら、西村奈緒、藤原航、星野慎一ら卒団生は、西九条中学校へ進学していた。


 そして博多リトルスターズでは、柳川悠翔が六年生になり、主将兼四番打者として新入団の四年生たちを迎えていた。


 大阪と博多。


 同じ春でも、それぞれの野球人生は違う方向へ動き始めていた。

 第二章 「全国準優勝」は、今日から関係ない

 放課後。


 爆笑発電所スポーツ事業部が運営する博多フューチャーズの練習施設には、多くの中学生が集まっていた。


 グラウンドは三面あり、同時に三試合を開催できる規模を持っている。


 その一角に、中学生カテゴリーの博多フューチャーズ専用練習場が設けられていた。


 正則と亜由美は、ユニフォームに着替えてグラウンドへ向かった。


「……亜由美」


「何や?」


「なんか、みんなでかない?」


 亜由美も周囲を見渡した。


 三年生の選手たちは、すでに体格がしっかりしている。


 肩幅の広い投手。


 鋭いスイングを繰り返す打者。


 守備練習では、打球を捕ってから送球するまでの動作が非常に速かった。


「……ほんまやね。小学生のときとは、ずいぶん違うわ」


 正則は少し笑った。


「でも、これが中学野球なんやな」


 そのとき、城戸直哉監督の声が響いた。


「全員、集合!」


 選手たちが一斉に集まった。


 正則と亜由美も急いで整列した。


 監督の隣には、平松真帆コーチが立っている。


 城戸監督は、新入部員たちを見渡した。


「まず、新しく入った一年生の皆さん。博多フューチャーズへようこそ」


「よろしくお願いします!」


 一年生たちが頭を下げた。


「このチームには、全国大会で活躍した経験のある選手もいます。しかし、ここでは過去の成績だけでレギュラーが決まることはありません」


 正則と亜由美の表情が引き締まった。


「三年生も二年生も一年生も、全員に役割があります。自分の長所を磨き、苦手なことから目を背けず、仲間と切磋琢磨してください」


 続いて平松コーチが話した。


「特に一年生は、体が成長する時期です。上級生と同じ練習量や球数を、いきなりこなそうとしないでください」


 選手たちはうなずいた。


「投手は投球数を管理します。打撃や守備も、それぞれの技術と体力を確認しながら進めます」


 正則が静かにうなずいた。


 そして城戸監督が告げた。


「それでは、今年度の登録メンバーを紹介します。まずは、お互いの名前とポジションを覚えてください」


 いよいよ、博多フューチャーズの新体制が発表された。

 第三章 博多フューチャーズ、全二十九人の新体制

 城戸監督は、登録名簿を手に取った。


「今年度の博多フューチャーズは、三年生九人、二年生九人、一年生十一人の計二十九人で活動します」


 一年生の中には、全国制覇を達成した博多リトルスターズの卒団生たちもいた。


 坂井雄二、牧田和美、岸田誠一、立花朋輝、森下悠一。


 正則と亜由美にとっては、東京ドームで戦った強敵たちだった。


 そして今度は、同じユニフォームを着ることになる。


 博多フューチャーズ 新年度登録選手全二十九人

 学年選手名主なポジション

 3年藤岡蓮司投手・主将

 3年相原健悟捕手

 3年南条悠斗一塁手

 3年三浦康平二塁手

 3年秋山紘太遊撃手

 3年篠崎玲奈三塁手

 3年早田航左翼手

 3年早良夏美中堅手

 3年桑野光右翼手

 2年水上遼太投手

 2年土屋悠真捕手

 2年江本哲也一塁手

 2年川野颯太二塁手

 2年久保田航輝遊撃手

 2年江尻栞三塁手

 2年田所恭介左翼手

 2年松崎結月中堅手

 2年大浦凛太右翼手

 1年河内正則投手・遊撃手

 1年加藤亜由美二塁手

 1年坂井雄二中堅手

 1年牧田和美二塁手・遊撃手

 1年岸田誠一左翼手

 1年立花朋輝一塁手

 1年森下悠一捕手

 1年国分颯斗投手

 1年長谷川日菜右翼手

 1年早瀬伊織三塁手

 1年藤崎大輝遊撃手


 監督:城戸直哉/コーチ:平松真帆。複数ポジションを担当する選手もおり、実際の起用は練習や試合を通して決定する。


 紹介が終わると、坂井雄二が正則のところへやってきた。


「正則君! 久しぶりたい!」


 正則は笑顔になった。


「雄二! 久しぶりやな!」


 続いて牧田和美もやってきた。


「正則君、亜由美さん! これからよろしくね!」


 亜由美が頭を下げた。


「こちらこそ、よろしく!」


 さらに岸田誠一、立花朋輝、森下悠一も集まった。


「全国大会の決勝以来やね!」


「今度は同じチームたい!」


「一緒に頑張ろう!」


 正則は、少し感慨深そうに笑った。


「ほんまに、同じチームになったんやな」


 森下悠一がうなずいた。


「そうたい。今度は俺が正則君の球を受けることもあるっちゃね!」


 正則の目が輝いた。


「それ、めっちゃ楽しみや!」


 一方、亜由美は牧田和美を見た。


「和美君、同じセカンドやね」


 和美は笑った。


「そうたい。でも、簡単にはレギュラー譲らんよ!」


 亜由美もニヤリと笑った。


「うちも負けへんで!」


 その会話を聞いて、三年生の三浦康平が近づいてきた。


「おっ、二人とも気合い入っとるね」


 亜由美と和美が振り返った。


 三浦は笑顔で続けた。


「でも、今セカンド守っとる俺も、そう簡単にポジション譲るつもりはなかよ」


 亜由美が姿勢を正した。


「はい! よろしくお願いします!」


 和美も頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 三浦は二人の顔を見た。


 そして、楽しそうに笑った。


「よかね。今年のセカンド争い、面白くなりそうたい!」

 第四章 時速百三十キロを超える直球

 ウォーミングアップが終わると、投手陣はブルペンへ移動した。


 城戸監督が声をかける。


「今日は新入部員に、中学生の投球がどういうものか見てもらいます」


 正則、国分颯斗、そして一年生の捕手・森下悠一が前へ進んだ。


 マウンドへ上がったのは三年生の藤岡蓮司。


 博多フューチャーズの主将であり、エース投手だった。


 身長も正則より高く、肩幅がしっかりしている。


 ブルペンの後方では、投球速度を測定する装置が準備されていた。


 藤岡は三年生捕手の相原健悟へ軽く数球を投げ、肩を温めた。


 相原がミットを構える。


「蓮司、そろそろいこう!」


「おう!」


 藤岡が大きく振りかぶった。


 次の瞬間。


 バシィィン!


 重い音がブルペンに響いた。


 正則は思わず目を見開いた。


「……えっ?」


 球速表示は、131キロ。


 続く二球目。


 バシィィン!


 132キロ。


 三球目は、さらに低い位置へ突き刺さった。


 133キロ。


 正則は、思わず声を漏らした。


「……速っ!」


 隣にいた国分颯斗も驚いていた。


「うわぁ……中学三年生って、あんな球投げるんですね」


 正則はうなずいた。


「俺、小学生のときに速い球投げとるつもりやったけど……全然ちゃうな」


 その言葉を聞いて、藤岡が振り返った。


「河内君やね?」


「はい!」


「大阪タイタンズのエースやったって聞いとるよ」


 正則は少し照れた。


「はい。でも、先輩の球を見たら、まだまだやなって思いました」


 藤岡は笑った。


「俺も一年生のときは、三年生の球に驚いたばい」


 正則が顔を上げた。


「そうなんですか?」


「そうたい。速い球を投げるだけでも大変やし、その球を狙ったコースへ投げるのはもっと難しか」


 相原健悟もうなずいた。


「蓮司は、球速だけじゃなくて制球もようなったけんね」


 藤岡は笑った。


「健悟が厳しかけんたい!」


 相原がすかさず突っ込んだ。


「捕手のせいにせんでよか!」


 ブルペンに笑い声が起きた。


 しかし、正則は真剣だった。


 百三十キロを超える直球。


 そこに変化球まで加わる。


 これが、自分の挑戦する新しい世界だった。

 第五章 正則、三年生の直球に挑む

 続いて、正則は打撃練習用のヘルメットをかぶり、打席に立った。


 城戸監督が説明する。


「河内君、今日は打撃の成績を評価することが目的ではありません。まずは上級生の球速と球筋を見てください」


「はい!」


 投手は藤岡蓮司。


 捕手は相原健悟。


 正則はバットを握った。


(……よし。どんな球でも、しっかり見たる)


 藤岡が初球を投げ込む。


 バシィィン!


 正則はバットを出せなかった。


 球速132キロ。


「ストライク!」


 正則は、思わず息を吐いた。


(……思っとった以上に速い)


 二球目。


 今度は外角低め。


 正則がバットを出した。


 しかし、タイミングが遅れた。


 カスッ!


 ファウル。


 正則は少し悔しそうにバットを握り直した。


(……くそっ、差し込まれた)


 三球目。


 藤岡は少し腕の振りを変えた。


 正則は直球だと思って振り始めた。


 しかし、球は途中で小さく曲がりながら落ちていく。


 空振り。


「ストライク、バッターアウト!」


 正則は、しばらく打席に立ったままだった。


 たった三球。


 全国大会準優勝チームのエースだった自分が、まともに前へ打球を飛ばすこともできなかった。


 しかし、不思議と落ち込む気持ちはなかった。


 むしろ、胸が高鳴っていた。


「……すごい」


 藤岡が声をかけた。


「河内君、どうやった?」


 正則は笑顔で答えた。


「めちゃくちゃ速かったです!」


「そうやろ」


「でも、最後の変化球もすごかったです。直球と同じ腕の振りに見えました」


 藤岡はうなずいた。


「よう見とるね」


 正則は続けた。


「先輩、今度、その握りと投げ方を教えてもらってもええですか?」


 藤岡は笑った。


「もちろん。でも、いきなり真似して無理な投げ方をしたらいかんよ。まずは体の使い方から覚えよう」


「はい!」


 城戸監督は、その会話を聞いていた。


 そして、静かに微笑んだ。


「河内君、いい心構えですね」


 正則が振り返った。


「ありがとうございます!」


「自分より優れたところを持つ相手を見て、学ぼうとする姿勢を忘れないでください」


 正則は力強くうなずいた。


「はい!」


 第六章 今度は正則がマウンドへ

 打撃練習が終わると、今度は正則の投球を確認することになった。


 ただし、初日から多くの球を投げることはしない。


 投球フォームと制球、そして現在の球速を確認するための短い投球練習だった。


 捕手を務めるのは、昨年の博多リトルスターズで正捕手を務めた森下悠一。


 正則がマウンドへ上がる。


「悠一、よろしく頼むで!」


 森下がミットを構えた。


「任せんしゃい!」


 初球。


 正則は外角低めへ直球を投げ込んだ。


 バシッ!


 森下がしっかり捕球した。


「ナイスボール!」


 続いて二球目。


 今度は内角への直球。


 やや高く外れた。


 正則は一度マウンドの土をならした。


(……高校野球でもないし、今すぐ三年生と同じ球を投げる必要はない)


 そして、三球目。


 外角低めへ丁寧に投げ込んだ。


 バシッ!


 森下がミットを動かさずに捕球した。


「よか球たい!」


 城戸監督は記録を確認しながらうなずいた。


「河内君、制球がいいですね」


 正則は少し照れた。


「ありがとうございます!」


「ただし、中学では打者の体格も打球の強さも変わってきます。これまでの投球をそのまま続けるだけでは、通用しなくなることもあります」


「はい」


「球速を伸ばすことも大切ですが、焦らず体をつくっていきましょう」


 正則は力強くうなずいた。


「分かりました!」


 続いて、三年生の南条悠斗と早田航が打席に入った。


 正則の初球。


 南条は見送った。


 ストライク。


 二球目。


 外角への直球。


 南条が振り抜いた。


 カキィン!


 強烈な打球が一塁線を抜けた。


 正則は思わず振り返った。


「……うわっ!」


 南条が笑った。


「河内君、ええ球やったで。でも、外角に来るって分かったけん、逆方向へ打たせてもらった」


 正則がうなずいた。


「なるほど……」


 続いて早田航。


 正則は内角へ直球を投げ込んだ。


 早田はコンパクトに振り抜いた。


 カキーン!


 打球は鋭くセンター方向へ飛んだ。


 正則は再び驚いた。


(……同じ直球でも、こんなに強く打ち返されるんか)


 二人の打撃を見た城戸監督が声をかけた。


「河内君。今の二人の打席で、何か気づきましたか?」


 正則は答えた。


「はい。自分がいいコースに投げたつもりでも、上級生はちゃんと対応してきます」


「そうですね」


「それに、打球の強さが小学生のときとは違います」


 城戸監督はうなずいた。


「その違いを理解することが、今日の大切な課題です」


 正則は静かに笑った。


「……分かりました!」


 中学野球の難しさ。


 しかし、それと同時に、成長できる可能性も感じていた。

 第七章 亜由美を驚かせた打球速度

 一方、内野守備の練習場。


 加藤亜由美は、三年生の三浦康平、篠崎玲奈、秋山紘太と一緒に練習を始めていた。


 平松真帆コーチが声をかける。


「加藤さん、まずは二塁守備から確認しましょう」


「はい!」


 最初は、近距離からの軽いゴロ。


 亜由美は落ち着いて捕球した。


 続いて、少し強い打球。


 これも問題なく処理した。


 しかし、三年生の南条悠斗が打撃練習に加わると、状況が変わった。


 南条が鋭く振り抜いた。


 カキィィン!


 打球は一、二塁間へ一直線に飛んだ。


 亜由美が反応する。


 しかし、グラブを出したときには、打球がすぐ横を通り過ぎていた。


「……えっ!?」


 後方の防球ネットへ打球が飛び込む。


 平松コーチが声をかけた。


「加藤さん、大丈夫ですか?」


「はい!」


 亜由美は驚いた表情でボールの行方を見ていた。


「……めちゃくちゃ速い」


 続いて、三年生の早田航。


 今度は二塁方向への強いゴロだった。


 亜由美は捕球しようとした。


 しかし、想像以上の打球速度に対応しきれず、ボールがグラブの先をかすめた。


「……くっ!」


 打球は後方へ抜けていった。


 平松コーチが練習を止めた。


「加藤さん、少しこちらへ」


 亜由美は、申し訳なさそうに近づいた。


「すみません。二本続けて捕れませんでした」


 平松コーチは首を横に振った。


「謝る必要はありません。まだ中学生の打球に慣れていないだけですよ」


 亜由美は顔を上げた。


「……はい」


 コーチは続けた。


「ただし、速い打球を待ってから反応するだけでは、間に合わないことがあります」


「はい」


「打者の構え、バットの出方、投球コースから、打球方向を予測することも大切です」


 亜由美は静かにうなずいた。


「分かりました」


 そこへ三年生の三浦康平が声をかけた。


「亜由美さん、俺が一緒にやってみようか」


 亜由美が振り返った。


「お願いします!」


 三浦は二塁の守備位置へ入り、亜由美に説明した。


「まず、打者が振り始める前から、少しずつ準備しとくとよ」


「はい」


「それから、打球の正面に入ろうとして無理に動くより、捕りやすい位置へ足を運ぶことが大切たい」


 亜由美はうなずいた。


「なるほど……」


 三浦が笑った。


「最初は難しか。でも、慣れたらちゃんと反応できるようになるけん」


 亜由美は、少し笑顔になった。


「ありがとうございます!」

 第八章 三度目の打球、亜由美の意地

 休憩を挟み、守備練習が再開された。


 平松コーチは打球速度を段階的に上げながら、亜由美の反応を確認していた。


 そして、三年生の篠崎玲奈が打席へ入った。


 玲奈は強い打球を打つことで知られる選手だった。


「亜由美ちゃん、いくよ!」


「お願いします!」


 玲奈が打球を放った。


 カキーン!


 二塁方向への鋭いゴロ。


 亜由美は、打者のバットの動きに注目していた。


(……少し引っ張る!)


 打球が飛ぶ直前に、一歩目を踏み出した。


 そして、体を低くして捕球する。


 パシッ!


 今度はグラブに収まった。


 亜由美はすぐに立ち上がり、一塁へ送球した。


「アウト!」


 平松コーチが拍手した。


「加藤さん、今のはいいプレーでした!」


 亜由美は笑顔になった。


「ありがとうございます!」


 三浦康平も声をかけた。


「ほら、できたやろ!」


 亜由美は大きくうなずいた。


「はい!」


 しかし、次の打球では再び捕球に失敗した。


 さらに次の打球は、捕球できたものの送球が少し乱れた。


 簡単には安定しなかった。


 それでも、亜由美は諦めなかった。


 平松コーチが尋ねた。


「加藤さん、今の練習で何を感じましたか?」


 亜由美は少し考えてから答えた。


「小学生のときより、打球の速さも強さも全然違います」


「そうですね」


「でも、ただ怖がっとったら、いつまでも捕れへんと思いました」


 平松コーチはうなずいた。


 亜由美は続けた。


「打者をよう見て、準備を早くする。それから、無理に一気に動こうとせず、自分が捕りやすい位置へ入ることが大切やと思いました」


 平松コーチは微笑んだ。


「いいですね」


 そして、少し真剣な表情で告げた。


「加藤さん。あなたは全国大会で優れた守備を見せました。でも、ここからさらに上手くなるためには、今までの成功だけに頼らず、新しい技術を学ぶ必要があります」


 亜由美は力強くうなずいた。


「はい!」


 そして、心の中でつぶやいた。


(……中学野球、ほんまに甘くないな)


 しかし、その目には、強い闘志が宿っていた。

 第九章 博多リトルスターズ、新しい二十六人

 一方、博多リトルスターズでも、新年度の活動が本格的に始まっていた。


 卒団した六年生たちに代わって、新四年生が入団。さらに、五年生にも転入団する選手が加わった。


 新キャプテンは柳川悠翔。


 四番打者を任され、守備ではショート、サード、セカンドを担当することになっている。


 篠田正孝監督が、新しい選手名簿を配布した。


 博多リトルスターズ 新年度登録選手全二十六人

 学年選手名主なポジション

 6年柳川悠翔遊撃手・二塁手・三塁手/主将

 6年村瀬杏奈三塁手・捕手

 6年岡部結菜投手・右翼手

 6年川島蒼空中堅手

 6年松岡凛太遊撃手・二塁手

 6年山内翔吾一塁手

 6年西野美優左翼手

 6年有田蓮捕手

 6年高原紗季右翼手

 6年黒木海翔投手

 6年坂本大地投手

 6年大原颯真投手

 5年神谷颯投手

 5年藤堂琉生遊撃手・三塁手

 5年橘颯太二塁手・三塁手

 5年山下結斗一塁手・三塁手

 5年中島ひなた外野手

 5年松本航右翼手

 5年奥村理央捕手/新加入

 5年篠原陸左翼手/新加入

 4年辻本晴斗投手/新入団

 4年岡野芽衣二塁手/新入団

 4年平尾翔捕手/新入団

 4年日高莉奈三塁手/新入団

 4年久米蒼士一塁手/新入団

 4年塚本奈々中堅手/新入団


 六年生十二人、五年生八人、四年生六人。


 合計二十六人の新体制だった。


 篠田監督が声をかけた。


「みんな、今年もよろしく!」


「よろしくお願いします!」


 そして、監督は新キャプテンの悠翔を呼んだ。


「悠翔、新入団の選手たちへ一言頼む」


「はい!」


 悠翔は前へ進み出た。


「みんな、博多リトルスターズへようこそ!」


 新四年生たちが顔を上げた。


「僕たちは、去年の全国大会で日本一になったチームです。でも、去年勝ったから今年も勝てるとは限らんとです」


 悠翔は続けた。


「だから、六年生も五年生も四年生も、全員で練習して、もう一回日本一を目指そう!」


 新入団の辻本晴斗が元気よく答えた。


「はい!」


 岡野芽衣も続けた。


「頑張ります!」


 すると、四年生の平尾翔が手を上げた。


「悠翔先輩、質問してもいいですか?」


「もちろんたい!」


「どうしたら、悠翔先輩みたいにホームランを打てるようになりますか?」


 悠翔は少し考えた。


 そして答えた。


「まず、ちゃんとボールを見て、バットの芯に当てる練習たい」


「はい!」


「それから、ホームランばっかり狙わんこと。ヒットでも、四球でも、チームのためになることはいっぱいあるけんね」


 平尾はうなずいた。


「分かりました!」


 篠田監督は、そんな悠翔の姿を見て微笑んだ。


 四番打者でありながら、長打だけにこだわらない。


 キャプテンでありながら、偉そうに振る舞わない。


 そして、自分より年下の選手にも丁寧に説明する。


 全国大会を経験した少年は、少しずつチームを引っ張る存在へ成長していた。

 第十章 四年生たちが見た、キャプテンの背中

 練習が始まった。


 新四年生たちは、まず基本的なキャッチボールとゴロ捕球から取り組んだ。


 辻本晴斗は投手志望。


 岡野芽衣は二塁手。


 平尾翔は捕手。


 日高莉奈は三塁手。


 久米蒼士は一塁手。


 塚本奈々は中堅手。


 それぞれが希望するポジションで練習を始めた。


 しかし、まだ四年生。


 六年生の打球には、簡単に対応できない。


 岡野芽衣が二塁守備に入ったときだった。


 村瀬杏奈が放った強いゴロが、岡野の横を抜けていった。


「あっ!」


 岡野は悔しそうな顔をした。


「……速すぎる」


 そこへ悠翔が歩いてきた。


「芽衣ちゃん、大丈夫?」


「はい。でも、全然捕れませんでした」


 悠翔はうなずいた。


「最初はそげんもんたい」


「ほんとですか?」


「僕も四年生の頃は、六年生の打球についていけんことがあったけん」


 岡野は驚いた。


「悠翔先輩もですか!?」


「そうたい!」


 悠翔は守備位置を指さした。


「まず、打者が振る前から準備してみようか。ボールが来てから動くんやなくて、来るかもしれんって考えておくとよ」


 岡野は大きくうなずいた。


「はい!」


 次の打球。


 今度は松岡凛太が、少し速度を抑えたゴロを打った。


 岡野は一歩目を早く踏み出した。


 そして、しっかり捕球した。


「捕れた!」


 悠翔が拍手した。


「そうたい! 今のよかったよ!」


 岡野は満面の笑みを見せた。


 少し離れたところでは、日高莉奈が村瀬杏奈から三塁守備を教わっていた。


 平尾翔は有田蓮から捕球姿勢を学び、辻本晴斗は岡部結菜と坂本大地から投球フォームについて説明を受けていた。


 新しい世代が、少しずつ育ち始めていた。


 第十一章 大阪タイタンズにも新しい仲間たち

 同じ日。


 大阪タイタンズの練習場。


 河内正則と加藤亜由美が卒団し、さらに池永智雄、宮本さくら、西村奈緒ら主力選手たちも中学校へ進んだ。


 大阪タイタンズは、大きな世代交代を迎えていた。


 新キャプテンは六年生の小西裕人。


 全国大会準優勝を経験した六年生たちの背中を見て育ってきた選手だった。


 川原監督が、新しい選手たちを集めた。


「今年度の大阪タイタンズは、二十人でスタートします」


 大阪タイタンズ 新年度登録選手全二十人

 学年選手名主なポジション

 6年小西裕人投手・三塁手/主将

 6年北川奏太一塁手

 6年八木大和左翼手

 6年高田奏三塁手・投手

 6年水野怜司捕手

 6年小峰由佳投手・右翼手

 5年河野晴斗中堅手

 5年香坂葵二塁手

 5年西口莉央左翼手

 5年安井陽太遊撃手

 5年椎名美桜右翼手

 5年後藤翔投手

 5年石田真奈捕手

 4年宮内陸投手/新入団

 4年坂口梓二塁手/新入団

 4年寺本悠人捕手/新入団

 4年松浦康太一塁手/新入団

 4年片山ひまり三塁手/新入団

 4年野上蓮遊撃手/新入団

 4年長門陽菜中堅手/新入団


 六年生六人、五年生七人、四年生七人。


 計二十人。


 川原監督は、選手たちを見渡した。


「昨年の全国大会では、準優勝でした」


 全員が静かに聞いていた。


「しかし、あの結果は去年の六年生たちと、君たちが一緒につかんだものです。今年は新しいチームとして、一から挑戦することになります」


 小西裕人がうなずいた。


「はい!」


「裕人、新キャプテンとして一言頼む」


 小西は前へ進み出た。


「僕たちは、去年の全国大会で日本一になれませんでした」


 選手たちが静かに聞いていた。


「でも、正則先輩や亜由美先輩、智雄先輩たちが最後まで戦う姿を見て、野球の楽しさと厳しさを学びました」


 そして、少し力を込めた。


「今年こそ、僕たちの力で全国制覇を目指します!」


 選手たちが声をそろえた。


「おおっ!」


 四年生の宮内陸が手を上げた。


「キャプテン!」


「何や?」


「僕もピッチャーになりたいです! 正則先輩みたいな速い球を投げたいです!」


 小西は笑った。


「ほな、一緒に練習しような!」


 坂口梓も声を上げた。


「私は亜由美先輩みたいなセカンドになりたいです!」


 香坂葵が笑った。


「ほな、うちとも競争やね!」


「はい!」


 新しい選手たちは、期待に満ちた表情をしていた。


 その様子を見ながら、川原監督は静かに微笑んだ。


「……いいチームになりそうだな」

 第十二章 大阪タイタンズ、受け継がれるもの

 練習が始まった。


 小西裕人は投手として、五年生の石田真奈を相手に投球練習を行った。


 一方、北川奏太は一塁守備で四年生の松浦康太を指導している。


 八木大和は外野の守備位置について、長門陽菜へ説明していた。


 そして、香坂葵は新四年生の坂口梓と二塁守備の練習をしていた。


「梓、まずは一歩目を早くすることやで」


「はい!」


「それから、送球するときは慌てんと、相手が捕りやすい位置へ投げるんよ」


 坂口はうなずいた。


「分かりました!」


 そのとき、椎名美桜が近づいてきた。


「葵、亜由美先輩みたいやね!」


 香坂は少し照れた。


「そうかな?」


「うん! 後輩にちゃんと教えとるもん!」


 香坂は笑った。


「亜由美先輩にも、いっぱい教えてもらったからね」


 そして、少し遠くを見つめた。


「……今頃、博多で練習しとるんかな」


 椎名がうなずいた。


「そうやろうね」


 そこへ安井陽太がやってきた。


「正則先輩も、きっと頑張っとるで!」


 河野晴斗も笑った。


「ほな、俺らも負けてられへんな!」


 四人は顔を見合わせた。


 そして、力強くうなずいた。


「おう!」


 大阪タイタンズに残されたものは、全国準優勝という記録だけではなかった。


 先輩たちが伝えてきた練習への姿勢。


 仲間への声かけ。


 そして、最後まで諦めない気持ち。


 それらが、新しい選手たちへ受け継がれていた。


 第十三章 西九条中学校、元タイタンズの再出発

 その頃、大阪市内の西九条中学校。


 野球部の練習場には、新入部員たちが集まっていた。


 池永智雄。


 藤原航。


 有村恒一郎。


 梶原悠真。


 藤本颯太。


 宮本さくら。


 西村奈緒。


 星野慎一。


 西岡湊。


 かつて大阪タイタンズで全国準優勝を達成した仲間たちだった。


 ただし、河内正則と加藤亜由美はここにはいない。


 二人は、すでに博多南中学校へ進学していた。


 西九条中学校野球部の監督は、平山浩樹。


 コーチは新田香澄。


 どちらも、選手の基礎技術と判断力を重視する指導者だった。


 平山監督は、新入部員たちへ声をかけた。


「皆さん、入部おめでとうございます」


「よろしくお願いします!」


「今年度は、三年生九人、二年生九人、一年生九人の二十七人で活動します」


 西九条中学校野球部 新年度登録選手全二十七人

 学年選手名主なポジション

 3年若狭大地投手・主将

 3年倉谷創大捕手

 3年多田野健太一塁手

 3年霧島海斗二塁手

 3年柴崎蓮遊撃手

 3年羽田結衣三塁手

 3年守田健吾左翼手

 3年三宅陽大中堅手

 3年野崎真里右翼手

 2年岡田俊平投手

 2年長沢直哉捕手

 2年倉本紗耶一塁手

 2年白井亮輔二塁手

 2年林原陸翔遊撃手

 2年金田紬三塁手

 2年真島奏左翼手

 2年藤崎凛中堅手

 2年宇野琉生右翼手

 1年池永智雄投手

 1年藤原航捕手

 1年有村恒一郎三塁手

 1年梶原悠真遊撃手

 1年藤本颯太中堅手

 1年宮本さくら右翼手

 1年西村奈緒一塁手

 1年星野慎一投手

 1年西岡湊左翼手


 監督:平山浩樹/コーチ:新田香澄。新一年生九人は全員、大阪タイタンズの卒団生。


 平山監督は、新一年生たちを見渡した。


「大阪タイタンズから来た皆さんは、全国大会で準優勝した経験があるそうですね」


 池永智雄が答えた。


「はい!」


「素晴らしい実績です。しかし、中学では新しいスタートになります」


「はい!」


「特に三年生の球速や打球速度は、小学生のときとは大きく違います」


 その言葉に、宮本さくらが少し笑った。


「楽しみやな」


 西村奈緒もうなずいた。


「うん。どれくらい違うんやろ」


 智雄も笑った。


「俺、早く三年生と勝負したいわ!」


 しかし、その数分後。


 智雄たちは、中学野球の厳しさを思い知ることになる。

 第十四章 智雄、三年生の速球に驚く

 投球練習場。


 三年生のエース、若狭大地がマウンドへ上がった。


 捕手は倉谷創大。


 智雄と藤原航、星野慎一が後方から見学していた。


 若狭は、軽く肩を温めたあと、捕手のミットを見つめた。


「創大、いくで!」


「おう!」


 次の瞬間。


 バシィィン!


 重い捕球音が響いた。


 球速表示は134キロ。


 智雄の目が大きく開いた。


「……えっ!?」


 星野慎一も驚いた。


「……速っ!」


 藤原航は、ミットに収まった球を見つめていた。


「……めちゃくちゃ速いな」


 続く二球目。


 132キロ。


 三球目。


 内角への直球。


 135キロ。


 智雄は、思わず声を漏らした。


「……何やねん、これ」


 そこへ平山監督が近づいてきた。


「池永君、どうですか?」


 智雄は正直に答えた。


「めちゃくちゃ速いです」


 監督はうなずいた。


「そうですね。若狭は三年間、段階的に体をつくりながら投球技術を磨いてきました」


 智雄は、マウンドを見つめた。


「……俺も、あんな球を投げられるようになりたいです」


 平山監督は微笑んだ。


「いい目標ですね。ただし、いきなり同じことをしようとしてはいけません」


「はい」


「まずは現在のフォームと制球を確認して、今の体に合った練習を続けていきましょう」


 智雄は力強くうなずいた。


「分かりました!」


 そして、次は打撃練習。


 智雄がヘルメットをかぶり、打席へ立った。


 投手は若狭大地。


 初球。


 直球。


 智雄は見送った。


 ストライク。


 二球目。


 外角低め。


 智雄が振りにいく。


 しかし、完全に振り遅れた。


 空振り。


 三球目。


 若狭は緩い変化球を投げ込んだ。


 智雄は直球だと思って振り始めた。


 しかし、ボールは大きく落ちた。


 空振り。


 三球三振。


 智雄は、しばらく打席に立ったままだった。


 そして、小さく笑った。


「……ほんま、全然ちゃうな」


 若狭が声をかけた。


「池永君、初めてなら仕方ないで」


 智雄は顔を上げた。


「ありがとうございます。でも、いつか絶対に打ちたいです!」


 若狭は笑った。


「ほな、楽しみにしとるわ!」


 智雄は力強く答えた。


「はい!」


 悔しい。


 しかし、それ以上に面白かった。


 自分よりずっと速い球を投げる先輩がいる。


 その先輩から学べることが、いくらでもある。


 智雄は、胸の中で静かに決意した。


(……正則、そっちでも頑張っとるやろな)


 そして、少し笑った。


(俺も負けへんで)

 第十五章 さくらと奈緒、打球の速さに苦戦

 一方、守備練習場。


 宮本さくらと西村奈緒も、三年生の打球速度に驚いていた。


 打者は三年生の多田野健太。


 鋭いスイング。


 カキィィン!


 打球は一塁方向へ飛んだ。


 西村奈緒が反応する。


 しかし、ボールはグラブの横を抜けた。


「……うわっ!」


 続いて、三年生の守田健吾。


 今度は右翼方向への鋭い打球。


 宮本さくらが走る。


 しかし、思った以上に速く伸びた打球は、さくらの頭上を越えていった。


「……ええっ!?」


 さくらは振り返った。


「何や、今の打球!」


 奈緒も驚いていた。


「小学生のときと、全然違うやん!」


 そこへ新田香澄コーチが歩いてきた。


「二人とも、大丈夫?」


 さくらが答えた。


「はい! でも、めちゃくちゃ打球が速いです!」


 奈緒もうなずいた。


「反応する前に抜けてしまいました」


 新田コーチは微笑んだ。


「そうですね。中学では、打者の体が大きくなって、打球の勢いも変わります」


 そして、少し真剣な表情になった。


「だからこそ、打球が飛んでから慌てて動くのではなく、打者の構えやスイングを見て準備することが大切です」


 さくらはうなずいた。


「なるほど……」


 奈緒も続けた。


「打球を予測することが大事なんですね」


「そうです」


 新田コーチは続けた。


「二人とも、小学生の全国大会で素晴らしいプレーを見せたと聞いています。でも、これからは新しい技術を身につけていきましょう」


 二人は姿勢を正した。


「はい!」


 そして、もう一度守備位置へ入った。


 今度は段階的に打球の速度を上げながら練習する。


 さくらは、三年生の野崎真里から外野での一歩目について教わった。


 奈緒は、多田野健太から一塁の守備位置と打球への入り方を教わった。


 簡単にはできなかった。


 何度も打球を後ろへそらした。


 しかし、少しずつ反応がよくなっていった。


 さくらが声を上げた。


「よっしゃ! 今の捕れた!」


 奈緒も笑った。


「うちも次は捕ったるで!」


 新田コーチは、そんな二人を見て微笑んでいた。

 第十六章 大阪と博多、同じ壁にぶつかる二人のエース

 その日の夜。


 博多南中学校の寄宿舎。


 正則は、自室で野球のノートを書いていた。


 今日の投球。


 三年生の藤岡蓮司の速球。


 南条悠斗と早田航の強烈な打撃。


 そして、自分の課題。


 正則は、ゆっくりと書き込んだ。


「球速差への対応。外角への配球。上級生の打撃に対する対策……」


 そのとき、スマートフォンが鳴った。


 相手は池永智雄だった。


 正則が電話に出る。


「もしもし!」


『正則!』


「智雄! どうしたんや?」


 智雄が笑った。


『今日、中学の初練習やったんや』


 正則も笑った。


「俺もや!」


『どうやった?』


 正則は少し考えた。


 そして答えた。


「……めちゃくちゃすごかった」


 智雄が驚いた。


『何が?』


「三年生のエースが、百三十キロを超える球投げよるんや」


 電話の向こうで、智雄が叫んだ。


『ええっ!? こっちもやで!』


 正則が目を丸くした。


「ほんまか!?」


『西九条の若狭先輩、百三十五キロ出しよった!』


 正則は思わず笑った。


「何や、俺ら同じこと経験しとるやん!」


 智雄も笑った。


『ほんまやな!』


 そして、少し真剣な声になった。


『正則。俺、今日三球三振したわ』


 正則は少し驚いた。


「……俺もや」


 一瞬、沈黙。


 そして。


『……えっ!?』


「俺も三年生の球、三球で三振したんや!」


 電話の向こうから、大きな笑い声が聞こえた。


『何やねん! 俺ら、そろって三球三振かいな!』


 正則も大笑いした。


「せやねん!」


 しかし、笑いが落ち着くと、智雄は静かに言った。


『でもな、正則』


「何や?」


『俺、めちゃくちゃ楽しかったわ』


 正則はうなずいた。


「……俺もや」


 智雄は続けた。


『まだまだ上手になれるって分かったからな』


 正則は笑った。


「せやな!」


 そして、少し力を込めて続けた。


「智雄、次に対戦するときは、俺ら二人ともめちゃくちゃ強くなっとるやろな」


 智雄が答えた。


『当たり前や! 次こそ俺が勝つで!』


 正則が笑った。


「望むところや!」


 二人は声を上げて笑った。


 大阪と博多。


 離れた場所で、同じように中学野球の厳しさを知った二人。


 しかし、その経験は、二人の闘志をさらに強くしていた。


 第十七章 亜由美とさくら、女子選手同士の約束

 一方、女子居住区域。


 亜由美は、桐原澪と一緒に勉強を終えたところだった。


 そのとき、スマートフォンに宮本さくらからメッセージが届いた。

 さくら:亜由美! 今日、中学の初練習やったで! 三年生の打球、めちゃくちゃ速かった!


 亜由美は思わず笑った。


 そして返信した。

 亜由美:うちもや! 最初、全然捕れへんかった! 小学生のときとは大違いやね!


 すぐに返事が届いた。

 さくら:ほんまそれ! うちもライトの頭越されてびっくりしたわ!


 続いて、西村奈緒からもメッセージが届いた。

 奈緒:私も一塁で強い打球を捕れんかった。でも、三年生の先輩に教えてもらって、少しずつ慣れてきたで!


 亜由美は笑った。


 そして、二人へ返信した。

 亜由美:みんな同じやね! でも、これからもっと練習して、いつかまた試合しような!


 さくらから、すぐに返事が届いた。

 さくら:もちろん! 今度は亜由美も正則も、まとめて倒したるで!


 亜由美は吹き出した。


「……ほんま、さくららしいわ」


 澪が尋ねた。


「どうしたの?」


 亜由美は笑った。


「大阪の仲間からメッセージが来たんよ」


「そうなんだ」


「みんな、今日の練習で三年生の球速や打球速度にびっくりしたんやって」


 澪は少し考えた。


「それって、成長する体の違いも関係しているよね」


 亜由美がうなずいた。


「そうやね」


 澪は微笑んだ。


「でも、亜由美ちゃんには、亜由美ちゃんの長所があると思うよ」


 亜由美は顔を上げた。


「……ほんま?」


「うん。今日の話を聞いてると、ただ力で勝とうとするんじゃなくて、どうしたら捕れるかを考えてるでしょう?」


 亜由美は少し照れた。


「まあ、そうやけど」


 澪は続けた。


「それって、すごく大切なことだと思う」


 亜由美は、静かに笑った。


「……ありがとう」


 そして、野球のノートを開いた。


 今日できなかったこと。


 少しずつできるようになったこと。


 明日から取り組みたいこと。


 それらを、一つずつ書き込んでいった。

 第十八章 ピーチブロッサム★、野球から生まれる新曲

 その頃、柳川家。


 結音と灯乃は、ピーチブロッサム★の新曲について話し合っていた。


 先日、博多リトルスターズの練習試合を見学した二人は、野球場で聞こえた音やリズムを音楽に取り入れようとしていた。


 バットがボールに当たる音。


 捕手のミットへ直球が収まる音。


 走者がベースを踏む音。


 そして、選手たちが仲間へ声をかける声。


 結音は、ギターを抱えていた。


「灯乃、最初は静かなリズムで始めたかね」


 灯乃がうなずいた。


「そうやね。投手がボールを投げる前の、あの静かな時間みたいに」


 結音はギターを軽く鳴らした。


 ゆっくりとしたコード。


 その上へ、灯乃がもう一本のギターを重ねる。


 そして、少しずつリズムが速くなっていく。


 灯乃が笑った。


「ここでドラムが入ったら、打者がバットを振る瞬間みたいになるっちゃない?」


 結音は目を輝かせた。


「それ、よかね!」


 そこへ、優子がやってきた。


「何ね? 新曲の相談?」


 結音が笑った。


「そうたい!」


 灯乃も続けた。


「野球の試合をテーマにした曲にしようと思っとるんよ」


 優子はうなずいた。


「よかね。でも、野球の勝ち負けだけじゃなくて、選手たちが努力して成長する姿も入れたらどうやろ?」


 結音が顔を上げた。


「なるほどね」


 優子は続けた。


「正則君も亜由美さんも、今日から中学生の野球に挑戦しとるやろ?」


「うん」


「きっと、小学生のときとは違う壁にぶつかると思うとよ」


 灯乃もうなずいた。


「そうやね」


「でも、その壁を乗り越えるために工夫したり、仲間と助け合ったりする姿こそ、曲にしたら面白かと思うっちゃん」


 結音は笑顔になった。


「お母さん、それ、よかね!」


 そして、曲の仮タイトルをノートに書き込んだ。


『その一球の向こうへ』


 灯乃が笑った。


「いいタイトルやね!」


 優子も微笑んだ。


「完成するのが楽しみたい!」


 そのとき、悠翔が部屋へ入ってきた。


「何の話しよると?」


 結音が笑った。


「新曲の話たい!」


 悠翔はノートをのぞき込んだ。


「その一球の向こうへ……」


 そして、少し考えた。


「よかね!」


 灯乃が尋ねた。


「悠翔は、今日の練習どうやった?」


 悠翔は笑った。


「新四年生たちが、めちゃくちゃ頑張っとったよ!」


 結音がうなずいた。


「そうなんや」


「僕も、キャプテンとしてもっと頑張らんといかんね」


 優子は微笑んだ。


「そうやね」


 そして悠翔は、少し得意そうに続けた。


「正則君たちが中学で頑張りよる間、僕も負けんごと強くなるけん!」


 灯乃が笑った。


「おっ、気合い入っとるね!」


 結音も笑顔になった。


「その気持ち、新曲にも入れたかね!」

 第十九章 中学野球は、まだ始まったばかり

 翌朝。


 博多南中学校の寄宿舎。


 正則は、いつもより少し早く目を覚ました。


 窓の外には、春の朝日が差し込んでいる。


 同室の寺島湊は、まだ眠そうな顔をしていた。


「……正則君、早いね」


 正則は笑った。


「昨日の練習のこと考えとったら、目が覚めてもうた」


 湊が笑った。


「そんなに楽しかったんだ」


「うん!」


 正則は、机の上に置いた野球ノートを開いた。


 そこには、昨日の練習で見つけた課題が書かれていた。


 三年生の速球。


 変化球への対応。


 自分の投球の制球。


 そして、上級生の打撃への対策。


 正則は、ゆっくりとノートを見つめた。


 全国大会準優勝。


 大阪タイタンズのエース。


 その肩書きは、確かに自分が努力して得たものだった。


 しかし、中学では、それだけでは通用しない。


 自分より速い球を投げる投手がいる。


 自分より強い打球を打つ打者がいる。


 自分より高い守備技術を持つ選手がいる。


 その現実を知ったとき、正則は少しだけ悔しかった。


 しかし、それ以上に胸が高鳴っていた。


「……おもろいやん」


 湊が尋ねた。


「何が?」


 正則は笑った。


「俺、まだまだ上手になれるってことや!」


 湊も笑った。


「いいね!」


 一方、女子居住区域。


 亜由美も、昨日の練習を振り返っていた。


 三年生の鋭い打球。


 最初は捕れなかった。


 しかし、足の運び方や準備の仕方を教わり、少しずつ対応できるようになった。


 亜由美はノートへ新しい目標を書き込んだ。


『打球が飛ぶ前の準備を磨く』


 そして、もう一つ。


『三年生の打球にも、落ち着いて対応できる二塁手になる』


 亜由美は静かに笑った。


「……絶対にレギュラー取ったるで」


 その頃、大阪の西九条中学校でも、池永智雄が練習ノートを開いていた。


 若狭大地の速球。


 三球三振。


 そして、初めて経験した中学野球の厳しさ。


 智雄は、ゆっくりと書き込んだ。


『制球力を磨く。球速差への対応を身につける。追い込んでからの勝負球を増やす』


 そして、最後に一言。


『次に河内正則と柳川悠翔に対戦するときは、絶対に勝つ』


 智雄は、静かに笑った。


「……待っとれよ、正則」


 大阪と博多。


 離れた場所で、同じように新しい壁へ挑み始めた少年少女たち。


 博多リトルスターズでは、柳川悠翔がキャプテンとして後輩たちを育てている。


 大阪タイタンズでは、小西裕人が新主将としてチームを引っ張っている。


 西九条中学校では、池永智雄たちが三年生の速球や打球に苦戦しながらも、新しい技術を学び始めている。


 そして博多フューチャーズでは、河内正則と加藤亜由美が、中学野球の厳しさと面白さを初めて実感していた。


 全国大会準優勝は、決してゴールではなかった。


 むしろ、その経験があったからこそ、二人は新しい目標を見つけることができた。


 一年後。


 柳川悠翔が中学校へ進学してくる。


 そのとき、正則と亜由美は、どこまで成長しているのだろうか。


 そして、大阪に残った智雄たちは、どれほど強くなっているのだろうか。


 まだ答えは分からない。


 しかし、確かなことが一つだけあった。


 彼らの野球人生は、まだ始まったばかりだった。


 次回予告

 第48話「中学野球の洗礼、初めての実戦形式練習」

 博多フューチャーズへ入団した河内正則と加藤亜由美。


 三年生の藤岡蓮司が投げる百三十キロを超える直球。


 南条悠斗や早田航が放つ強烈な打球。


 その速さに驚いた二人は、自分たちの技術を見直し始める。


 そして、城戸直哉監督と平松真帆コーチは、新入部員の実力を確認するため、実戦形式の紅白戦を計画する。


「一年生も試合に出てもらいます。ただし、全国大会の実績があるからといって、特別扱いはしません」


 正則は力強く答える。


「はい!」


 亜由美も続ける。


「自分の力を試したいです!」


 しかし、二人が対戦するのは、全国制覇の経験を持つ上級生たち。


 藤岡蓮司の速球。


 相原健悟の巧みなリード。


 三浦康平の安定した二塁守備。


 篠崎玲奈の鋭い打撃。


 さらに、一年生の坂井雄二、牧田和美、岸田誠一、立花朋輝、森下悠一も、ポジション争いに加わる。


 一方、西九条中学校でも実戦練習が始まる。


 池永智雄は三年生相手に登板し、宮本さくらと西村奈緒も上級生の強い打球に挑む。


 そして、博多リトルスターズでは、主将の柳川悠翔が四番打者として新チームを率い、次の大会へ向けた練習を重ねていた。


 次回、第48話「中学野球の洗礼、初めての実戦形式練習」。


 全国大会で得た自信は大切だ。しかし、それにしがみついていては成長できない。新しい仲間たちとの競争の中で、正則と亜由美は自分たちの野球をさらに進化させようとする。

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