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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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届いた合否通知、新しい道への第一歩

 河内正則 栄光への道

 第44話「届いた合否通知、新しい道への第一歩」

 第一章 全国準優勝よりも緊張する毎日

 秋も深まり、大阪の街路樹が少しずつ色づき始めていた。


 全国大会決勝で博多リトルスターズに敗れてから、数か月。


 大阪タイタンズの河内正則と加藤亜由美は、これまで経験したことのない緊張の日々を過ごしていた。


 博多南中学校への進学。


 そして、遠方からの進学希望者を受け入れる寄宿舎への入寮。


 二人はこの秋、博多南中学校で実施された厳しい入寮審査を受けていた。


 学習状況の確認、掃除や洗濯の生活実技、共同生活への適応能力、個人面接、保護者面談。


 さらに、博多フューチャーズの城戸直哉監督と平松真帆コーチによる野球活動面接。


 全国大会準優勝という実績があっても、特別扱いは一切なかった。


 そして今回、新入生向けに募集された寄宿舎の定員は、男女合わせて二十人。


 それに対して、入寮希望者は四十八人に達していた。


 野球やバレーボール、卓球などの運動部を希望する子どもだけではない。


 吹奏楽、演劇、科学など、文化系の活動を志す子どもたちも全国から集まっていた。


 その一人一人が、自分なりの夢を持っている。


 入寮を希望しているからといって、全員が認められるわけではなかった。


 大阪市内の小学校。


 授業を終えた正則と亜由美は、並んで帰宅していた。


「なあ、亜由美」


「何や?」


「今日あたり、通知届いとるかな?」


 亜由美は苦笑した。


「正則、あんた、それ昨日も言うとったやん」


「そら気になるやろ!」


「うちかて気になっとるよ」


 正則は大きく息を吐いた。


「何か、全国大会の決勝より緊張するわ」


 亜由美が笑った。


「ほんまやね。野球やったら自分で投げたり打ったりできるけど、結果待つだけって、こんなに落ち着かんもんなんやな」


「せやねん!」


 二人は顔を見合わせた。


 やがて亜由美が少し真剣な表情になった。


「でもな、正則。うちら、やれることは全部やったやろ?」


 正則はうなずいた。


「……せやな」


「生活実技も面接も、自分の考えをちゃんと伝えてきたんやから、あとは結果を受け止めるしかないやん」


「分かっとる。でも、やっぱり受かりたいわ」


 亜由美も静かに笑った。


「うちもや」


 二人は、いつもの交差点で別れた。


 そして、その日の夕方。


 それぞれの家に、待ち続けていた一通の封筒が届いていた。


 第二章 河内家に届いた白い封筒

 午後四時過ぎ。


 河内家。


 正則が学校から帰宅すると、母の河内恵子が居間で待っていた。


「正則、お帰り」


「ただいま!」


「手ぇ洗っておいで。それから、ちょっとこっちに来て」


「何や? 何かあったん?」


 恵子は、食卓の上を指さした。


 そこには白い封筒が置かれていた。


 差出人は、博多南中学校。


 正則は、その場で立ち止まった。


「……お母さん」


「うん」


「これ……」


 恵子は静かにうなずいた。


「今日、届いたよ」


 正則は、ゆっくりと食卓へ近づいた。


 封筒の表面には、自分の名前が印刷されている。


 河内正則様。


 間違いない。


 入寮審査の結果通知だった。


「……来たんや」


 正則が小さくつぶやいた。


 恵子は息子の顔を見つめた。


「開ける?」


 正則は封筒へ手を伸ばしかけた。


 しかし、途中で止めた。


「……お父さん、まだ帰ってきてへんやろ?」


「うん。修司さんは夕方六時ごろ帰ってくると思うよ」


「ほな、お父さんが帰ってきてから開ける」


 恵子は微笑んだ。


「そうしようか」


 正則は椅子へ腰掛けた。


 しかし、落ち着かない。


 封筒を見つめる。


 時計を見る。


 また封筒を見る。


 恵子は、そんな息子の様子に思わず笑った。


「正則、そんなに見つめても、封筒から結果は出てこえへんよ」


「分かっとるわ!」


「ほな、落ち着いておやつでも食べたら?」


「こんなときに食べられるかいな!」


 その瞬間、玄関から声が響いた。


「ただいまー!」


 高校生の姉、河内一香が帰宅した。


 居間へ入った一香は、食卓の封筒を見つけた。


「あれ? これって……」


 恵子が答えた。


「博多南中学校から通知が来たんよ」


 一香は目を丸くした。


「えっ!? ついに来たん!?」


 正則がうなずいた。


「うん」


「で、どうやったん!?」


「まだ開けてへん」


「何で!?」


「お父さんが帰ってくるまで待っとるねん!」


 一香は、弟の顔をじっと見つめた。


 そして、ニヤリと笑った。


「正則、あんた、めちゃくちゃ緊張しとるやん!」


「当たり前やろ!」


「全国大会の決勝でも、そんな顔してへんかったで!」


「今は野球の試合より緊張しとるんや!」


 一香は大笑いした。


「分かった、分かった! 今日はあんまり茶化さんとくわ!」


「もう十分茶化しとるやん!」


 恵子も吹き出した。


 正則は頭を抱えたが、少しだけ気持ちが軽くなっていた。


 しかし、食卓の封筒を見るたびに、胸の鼓動が速くなるのだった。

 第三章 加藤家でも始まった結果待ち

 同じ頃。


 加藤家。


 亜由美も、学校から帰宅したところだった。


「ただいま!」


「お帰り、亜由美」


 母親が居間から声をかけた。


「ちょっと、こっちにおいで」


「何?」


 亜由美が居間へ入ると、食卓の上に白い封筒が置かれていた。


 その瞬間、息をのんだ。


「……あっ!」


 母親がうなずいた。


「そう。博多南中学校から届いたよ」


 亜由美は鞄を置いた。


 そして、封筒を手に取った。


「……ほんまに来たんや」


「開けてみる?」


 亜由美は少し考えた。


「お父さんが帰ってきてからにする」


 母親は微笑んだ。


「そうやね」


 亜由美は椅子に腰掛けた。


 そして、封筒を見つめた。


 思い出すのは、博多南中学校での入寮審査だった。


 洗濯物を種類ごとに仕分けたこと。


 共有スペースの使用時間について、ほかの受験者と話し合ったこと。


 面接官から厳しい質問を受けたこと。


 特に印象に残っていたのは、平松真帆コーチから尋ねられた言葉だった。


「あなたは、なぜ博多フューチャーズで野球をしたいのですか?」


 亜由美は、あの日、自分の気持ちを正直に伝えた。


 中学の三年間は、できるだけ高いレベルで男子と一緒に野球がしたい。


 河内正則や柳川悠翔たちと、全国制覇を目指したい。


 そして、自分の体格や特徴に合った野球を追求したい。


 その思いに、嘘はなかった。


「……受かっとるとええな」


 亜由美が小さくつぶやいた。


 母親は隣へ腰掛けた。


「そうやね。でも、結果がどうなっても、あんたがここまで頑張ったことは変わらへんよ」


 亜由美は静かにうなずいた。


「うん」


 しかし、胸の中では祈るような思いが続いていた。


(お願い……合格しとって……)


 第四章 父・河内修司の帰宅

 午後六時。


 河内家の玄関が開いた。


「ただいま」


 父の河内修司が仕事から帰ってきた。


 正則は、ほとんど飛び上がるように玄関へ向かった。


「お父さん!」


 修司は驚いた。


「何や、正則。今日はずいぶん出迎えが早いな」


「通知が来た!」


 修司の表情が変わった。


「……博多の?」


「うん!」


 修司は靴を脱ぎ、居間へ向かった。


 そこには恵子と一香も待っていた。


 食卓の上には、白い封筒。


 修司は椅子に腰掛けた。


「正則。まだ開けてへんのか?」


「うん。みんながそろってから開けようと思って」


 修司は静かに笑った。


「そうか」


 そして、息子を見つめた。


「自分で開けなさい」


「……うん」


 正則は封筒を手に取った。


 指先に少し汗がにじんでいた。


 ゆっくりと封を切る。


 中から数枚の書類を取り出した。


 最初の一枚には、博多南中学校の名前が印刷されていた。


 正則は、ゆっくりと文章を読み始めた。


 そして。


 ある文字で、視線が止まった。

 博多南中学校 寄宿舎入寮審査結果通知


 河内正則 様


 このたび実施した寄宿舎入寮審査について、書類審査、学習状況、生活実技、共同生活への適応、本人面接および保護者面談等を総合的に審査した結果、以下のとおり決定しました。

 合格

 4月からの入寮を許可します。


 入学・入寮に必要な手続き、説明会、居室割当て等については、同封の案内をご確認ください。


 博多南中学校 寄宿舎入寮審査委員会


 正則は、しばらく動かなかった。


 修司が尋ねた。


「……正則?」


 正則は、もう一度書類を読んだ。


 そして、小さな声でつぶやいた。


「……合格」


 恵子が息をのんだ。


「えっ?」


 正則は顔を上げた。


「……合格や」


 次の瞬間。


「やったぁぁぁぁ!」


 正則の歓声が居間に響いた。


「お父さん! お母さん! 合格したで!」


 恵子は両手で口元を押さえた。


「ほんまに!?」


「ほんまや!」


 一香が書類をのぞき込む。


「うわっ! ほんまやん!」


 そして、弟の肩を勢いよくたたいた。


「正則! おめでとう!」


「姉ちゃん! 痛いって!」


 一同、大爆笑。


 修司も、ようやく満面の笑みを浮かべた。


「……そうか。合格したか」


 正則は何度もうなずいた。


「うん!」


 修司は立ち上がった。


 そして、息子の両肩に手を置いた。


「正則。おめでとう」


 その声は、いつもより少し低かった。


「よく頑張ったな」


 正則は少し照れた。


「……ありがとう、お父さん」


 修司は続けた。


「全国準優勝という実績だけでは合格できへん審査やった。それを、自分で準備して乗り越えたんや」


「うん」


「お父さんは、それが何よりうれしい」


 正則は、静かに父を見つめた。


 そして、深く頭を下げた。


「ありがとう」

 第五章 母・恵子の涙

 そのとき、恵子が静かに正則の手を取った。


「正則……ほんまにおめでとう」


「ありがとう、お母さん」


 恵子は息子を抱き締めた。


「……よう頑張ったね」


 正則も、母親の背中へ手を回した。


 しかし、恵子の声は少し震えていた。


「でも、これで春から家を出ることになるんやね」


 その言葉に、正則の胸が詰まった。


 合格したかった。


 ずっと、そう願ってきた。


 しかし、実際に合格すると、今度は別の現実が見えてきた。


 毎朝、母親に起こしてもらうこともなくなる。


 学校から帰って、家族と晩ご飯を食べることも、毎日ではなくなる。


 姉の一香と、くだらないことで言い合う時間も少なくなる。


 父親と一緒にテレビで野球を見ながら、配球について話し合うことも、今までのようにはできなくなる。


 正則は、ゆっくりと答えた。


「……うん」


 恵子は微笑んだ。


「寂しいな」


 正則も小さく笑った。


「……俺も、ちょっと寂しい」


 その言葉を聞いて、一香が目を丸くした。


「正則が寂しいって言うた!」


「姉ちゃん!」


 一香は笑った。


「ごめん、ごめん!」


 しかし、すぐに真剣な表情になった。


「でも、正則。うちも寂しいで」


 正則は姉を見た。


 一香は続けた。


「毎日あんたと喧嘩できへんようになるんやもんな」


 正則は思わず吹き出した。


「喧嘩が楽しみやったんかい!」


「そら、弟をいじるのは姉の特権やからな!」


 恵子も修司も大笑いした。


 やがて修司が静かに口を開いた。


「正則。今日は合格を喜んでええ。でも、明日からは入寮へ向けた準備を続けるんやで」


 正則はうなずいた。


「分かっとる」


「掃除も洗濯も、勉強も、今までどおり続けること。合格したから終わりではない」


「うん!」


 修司は少し笑った。


「それから、生活費については約束どおり、お父さんとお母さんが責任を持つ」


 正則は父を見た。


「……ありがとう」


「ただし、途中で何となく嫌になったからやめたい、というのは認めへん。自分で決めた進路なんやからな」


「分かっとる」


 恵子も続けた。


「でも、困ったことや、どうにもならんことがあったら、必ず相談するんよ。無理に一人で抱え込んだらあかんからね」


 正則は大きくうなずいた。


「うん!」


 こうして河内家では、新しい進路への第一歩が正式に決まった。


 第六章 加藤亜由美、夢への切符をつかむ

 同じ日の夜。


 加藤家。


 父親が仕事から帰宅し、家族が食卓を囲んでいた。


 亜由美の前には、博多南中学校から届いた封筒。


 父親が静かに言った。


「亜由美。開けてみなさい」


「……うん」


 亜由美は封筒を手に取った。


 ゆっくりと封を切る。


 中から書類を取り出す。


 一枚目を開いた。


 そして、文章を読み始めた。


 しかし、すぐに目が大きく開いた。


「……えっ?」


 母親が尋ねた。


「どうしたん?」


 亜由美は、もう一度書類を読んだ。


 間違いない。


 そこには、はっきりと書かれていた。


『入寮審査結果 合格』


 亜由美は顔を上げた。


「……お父さん」


「何や?」


「……受かった」


 父親が目を丸くした。


「……ほんまか!?」


 亜由美は立ち上がった。


「受かったぁぁぁ!」


 母親も立ち上がった。


「亜由美! おめでとう!」


 父親も満面の笑みを浮かべた。


「よう頑張ったな!」


 亜由美は何度も頭を下げた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 そして、母親へ抱きついた。


「お母さん! うち、博多へ行けるんやね!」


 母親は、娘を優しく抱き締めた。


「そうやね」


 しかし、その声は少し震えていた。


 亜由美は顔を上げた。


「……お母さん?」


 母親は微笑んだ。


「うれしいんよ。ほんまに」


 そして、静かに続けた。


「でも、春になったら毎日亜由美の顔を見られへんと思うと、やっぱり寂しいな」


 亜由美は黙った。


 自分も、同じ気持ちだった。


 博多へ行きたい。


 正則や悠翔たちと野球がしたい。


 高いレベルで技術を磨きたい。


 しかし、家族と離れることが寂しくないわけではない。


 亜由美は、母親の手を握った。


「……うちも寂しいと思う」


 母親はうなずいた。


「そうやね」


「でも、頑張るから」


 父親が声をかけた。


「亜由美。無理に強がる必要はないぞ」


「うん」


「寮生活では、自分でできることは自分でする。ただし、困ったときには周囲の力を借りる。それも大切なことや」


 亜由美はうなずいた。


「分かった」


 父親は続けた。


「生活費や必要な費用は、約束どおり出してやる。安心して勉強と野球に取り組みなさい」


 亜由美は、もう一度深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 母親が笑った。


「何回も頭下げんでもええよ」


 亜由美も笑った。


「だって、ほんまにうれしいんやもん!」


 加藤家の食卓に、温かい笑い声が響いた。


 第七章 幼なじみ二人、そろって難関突破

 合格通知を受け取った正則は、すぐに亜由美へ連絡しようとした。


 しかし、その瞬間。


 スマートフォンが鳴った。


 発信者は亜由美だった。


 正則は慌てて電話に出た。


「もしもし!」


『正則!』


「亜由美! どうやった!?」


『正則こそ、どうやったん!?』


 二人は、しばらく黙った。


 そして正則が口を開いた。


「……俺、受かったで」


 電話の向こうで、亜由美が息をのんだ。


『……ほんま!?』


「ほんまや!」


 次の瞬間。


『やったぁぁぁ!』


 正則は笑った。


「亜由美は!?」


 亜由美は、少し声を震わせながら答えた。


『……うちも、受かった!』


 正則は勢いよく立ち上がった。


「……ほんまか!?」


『ほんまや!』


「やったぁぁぁぁ!」


 今度は正則が叫んだ。


 居間から一香の声が飛んできた。


「正則! 声が大きすぎるって!」


 正則は大笑いした。


「姉ちゃん! 亜由美も合格したんや!」


 一香が驚いた。


「ええっ!? 亜由美ちゃんも!?」


 そして、電話越しに叫んだ。


「亜由美ちゃん! おめでとう!」


 亜由美の笑い声が聞こえた。


『一香さん、ありがとうございます!』


 修司と恵子も顔を見合わせた。


「亜由美ちゃんも合格したんか」


「そうみたいやね。二人とも、よう頑張ったね」


 正則は、もう一度スマートフォンへ向かって言った。


「亜由美!」


『何や?』


「俺ら、ほんまに博多へ行けるんやな!」


 亜由美は静かに答えた。


『……うん』


 そして、少し間を置いて続けた。


『正則。春から、また一緒に野球できるね』


 正則は力強くうなずいた。


「当たり前や!」


 二人は、しばらく笑い合っていた。


 全国大会準優勝から始まった新しい夢。


 その最初の大きな関門を、幼なじみの二人はそろって突破したのだった。

 第八章 四十八人の挑戦、その結果

 翌日。


 博多南中学校では、今回の入寮審査結果が正式にまとめられていた。

 博多南中学校・新入生向け寄宿舎入寮審査

 希望者48人



 入寮許可20人



 合格率41.7%




 入寮許可者


 20 / 48





 男女合わせて10室、原則2人1室で計20人を受け入れる。正式な居室割当ては入寮説明会で決定。

 学校の担当者たちは、選考資料を整理しながら話していた。


「今年も難しい選考でしたね」


 別の職員がうなずいた。


「そうですね。四十八人とも、それぞれに強い思いを持っていました」


「全国大会やコンクールでの実績がある子どもも多かったですね」


「はい。しかし、競技や活動の成績だけでは判断できませんから」


 担当者は続けた。


「寄宿舎は、生活を共にする場所です。学習や生活への姿勢、周囲との協調性、困ったときに適切な支援を求められるかどうかも大切です」


 もう一人の職員がうなずいた。


「それに、合格した二十人も、ここからが本当の始まりですね」


「そうですね」


 入寮したあとには、授業、部活動、共同生活が待っている。


 自分の時間を管理し、掃除や洗濯を行い、仲間と協力しながら暮らす。


 そして、必要なときには寮職員や学校の先生、家族へ相談する。


 そうした毎日の積み重ねが、生徒たちを成長させていく。


 一方、今回は入寮が認められなかった二十八人にも、それぞれの進路がある。


 居室数には限りがあり、不合格になったからといって、その子どもの能力や人格が否定されたわけではない。


 担当者は、静かに話した。


「選ばれた子どもたちにも、選ばれなかった子どもたちにも、これから長い人生がありますからね」


 その言葉に、職員たちが深くうなずいた。


 第九章 大阪タイタンズの仲間たちへ報告

 その週末。


 大阪タイタンズの練習場。


 練習を終えた選手たちが、ベンチで休憩していた。


 正則と亜由美は、川原監督へ声をかけた。


「監督、ちょっとお話があります」


 川原監督が顔を上げた。


「どうした?」


 二人は顔を見合わせた。


 そして、そろって頭を下げた。


「博多南中学校の寄宿舎入寮審査に合格しました!」


 川原監督は一瞬、驚いた。


「……本当か?」


 亜由美がうなずいた。


「はい!」


 監督は、ゆっくりと笑顔になった。


「そうか。おめでとう!」


 正則と亜由美は、もう一度頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 その声を聞いて、池永智雄、宮本さくら、西村奈緒、藤原航、有村恒一郎たちも集まってきた。


 智雄が尋ねた。


「何や、何の話や?」


 正則が笑った。


「俺と亜由美、博多南中の寮に受かったんや!」


 一瞬、沈黙。


 そして。


「ええええっ!?」


 選手たちの声が重なった。


 さくらが目を丸くした。


「ほんまに!?」


「ほんまや!」


 奈緒も驚いた。


「二人とも!?」


 亜由美がうなずいた。


「うん!」


 智雄は、しばらく正則の顔を見つめていた。


 そして、小さく笑った。


「……そうか」


 正則が少し心配そうに尋ねた。


「智雄?」


 智雄は、正則の肩を軽くたたいた。


「おめでとう!」


「……ありがとう」


 しかし、智雄は続けた。


「でもな、正則。俺は大阪で野球続けるで」


 正則はうなずいた。


「分かっとる」


「次に対戦するときは、絶対に負けへんからな」


 正則は笑った。


「望むところや!」


 智雄も笑った。


「今度は柳川悠翔も、まとめて抑えたるわ!」


 その言葉に、さくらが大笑いした。


「智雄、気合い入っとるなぁ!」


 そして、さくらは亜由美へ向き直った。


「亜由美」


「何?」


「博多に行ったら、村瀬杏奈ちゃんとも一緒に練習するんやろ?」


「そうなると思う」


 さくらは少し悔しそうに笑った。


「ええなぁ。うちもあの子とまた勝負したいわ」


 奈緒もうなずいた。


「私もや」


 亜由美は、二人の顔を見つめた。


「……みんな」


 さくらは笑った。


「何や、泣きそうな顔して!」


「してへんわ!」


「してるって!」


 亜由美も笑った。


 しかし、さくらはすぐに真剣な表情になった。


「亜由美。博多に行っても、絶対に野球続けてな」


 亜由美はうなずいた。


「うん」


「それで、またどこかで対戦しようや」


「もちろん!」


 二人は力強く握手した。


 川原監督は、そんな選手たちを穏やかな表情で見つめていた。


 そして、静かに告げた。


「正則、亜由美。二人とも、自分で選んだ道だ。最後まで責任を持って歩んでいきなさい」


 二人は姿勢を正した。


「はい!」


「それから、大阪タイタンズで学んだことも忘れるなよ」


 正則は大きくうなずいた。


「絶対に忘れません!」


 亜由美も続けた。


「私もです!」


 まだ卒団まで時間はある。


 しかし、いつか訪れる別れが、少しずつ現実のものになり始めていた。

 第十章 博多へ送った、最高の知らせ

 その夜。


 正則と亜由美は、柳川悠翔へ合格の報告を送った。


 正則からのメッセージ。

 悠翔! 報告や! 俺、博多南中学校の寮に合格したで! 春から博多へ行けることになった!


 続いて亜由美。

 悠翔君! うちも合格したよ! 二人そろって審査を突破できた! 春からよろしくね!


 送信を終えた正則は、少し緊張しながら返事を待った。


 数分後。


 スマートフォンが鳴った。


 悠翔からのビデオ通話だった。


 正則が出ると、画面いっぱいに悠翔の笑顔が映った。


「正則君! 亜由美さん!」


「悠翔!」


「合格おめでとうぉぉぉ!」


 正則は思わず笑った。


「おおきに!」


 亜由美も通話に参加した。


「悠翔君、ありがとう!」


 悠翔は、自分のことのように喜んでいた。


「いやぁ、ほんとによかったね! 二人とも、めちゃくちゃ頑張ったもんね!」


 正則はうなずいた。


「うん。正直、めっちゃ緊張したわ」


 亜由美も笑った。


「全国大会の決勝より緊張したかもしれん!」


 悠翔が吹き出した。


「そげん緊張したと!?」


「当たり前や!」


 そして悠翔は、少し真剣な表情になった。


「でもね、正則君、亜由美さん」


「何や?」


「僕が中学に入るのは、まだ一年先なんよ」


 正則はうなずいた。


「分かっとるで」


「来年は、僕、まだ博多リトルスターズで野球するけんね」


 亜由美も答えた。


「うん」


 悠翔は満面の笑みを見せた。


「やけん、リトルスターズにも遊びに来てね!」


 正則は笑った。


「もちろんや!」


 亜由美もうなずいた。


「練習、見学させてもらいたいな」


 悠翔が答えた。


「よかよ! 監督にも話しとくね!」


 そして、少し得意そうに続けた。


「でも、正則君。今度一緒に練習するときは、あの速い直球、もっと打てるようになっとくけんね!」


 正則が即座に突っ込んだ。


「これ以上打たれたら、俺の立場ないやんけ!」


 悠翔は大笑いした。


「そうたい! もっと練習せんとね!」


「それはこっちの台詞や!」


 亜由美も腹を抱えて笑った。


 三人の笑い声が、画面越しに響いた。


 第十一章 柳川家と青柳家、次世代の大歓迎

 その日の夜。


 柳川家のリビングには、悠翔の姉である結音と灯乃もいた。


 さらに、青柳家の陽翔、燈真、彩羽も集まっていた。


 悠翔が正則と亜由美の合格を報告した。


「みんな! 正則君と亜由美さん、博多南中の寮に合格したとよ!」


 結音が顔を上げた。


「えっ! ほんと!?」


「うん!」


 灯乃も笑顔になった。


「よかったやん!」


 陽翔が大きくうなずいた。


「すごかね! あの厳しい審査、二人とも受かったと?」


 悠翔は笑った。


「そうたい!」


 燈真も感心した。


「全国準優勝だけじゃ合格できんって聞いとったけど、ほんとにすごかね」


 彩羽は嬉しそうに言った。


「二人とも、よう頑張ったね!」


 すると陽翔が腕を組んだ。


「でもさ……」


 悠翔が尋ねた。


「何ね?」


「博多フューチャーズ、どんだけ強くなるっちゃろうね?」


 結音もうなずいた。


「そうやね。もともと全国でも強いチームやろ?」


 灯乃が続けた。


「中学生の全国大会でも優勝しとるんやろ?」


 悠翔がうなずいた。


「うん。先輩たちが全国制覇しとるけんね」


 燈真が感心した。


「そげんなチームに、全国準優勝のエースと二塁手が入ってくるとやろ?」


 彩羽も笑った。


「すごいことになりそうやね!」


 陽翔は悠翔を見た。


 そして、ニヤリと笑った。


「悠翔、うかうかしとられんのじゃね?」


 悠翔が目を丸くした。


「何で僕が!?」


 陽翔は笑った。


「だって、正則君と亜由美さんは来年から中学生たい。お前が中学に入る頃には、もう一年間みっちり練習しとるとよ」


 燈真もうなずいた。


「そうたい。正則君、今よりもっとすごいピッチャーになっとるかもしれんね」


 灯乃も笑った。


「亜由美さんも、もっと守備がうまくなっとるやろうね」


 彩羽が続けた。


「悠翔も負けんごと練習せんとね!」


 悠翔は、少しだけ考えた。


 そして、満面の笑みを見せた。


「当たり前たい!」


 陽翔が尋ねた。


「おっ、気合い入っとるね!」


 悠翔は力強く答えた。


「正則君たちが中学で練習しよる間、僕もリトルスターズでいっぱい練習するけん!」


 結音がうなずいた。


「そうやね」


「それで僕が中学に入ったとき、正則君たちに『悠翔、めちゃくちゃ強くなったね』って言わせると!」


 灯乃が笑った。


「それ、正則君も同じこと考えとるっちゃない?」


 悠翔は吹き出した。


「……そうかもしれん!」


 一同、大爆笑。


 しかし、彩羽は少し真剣な表情になった。


「でも、同じチームに入るからって、競争がなくなるわけじゃなかよね」


 悠翔はうなずいた。


「そうたい」


 彩羽は続けた。


「先輩もおるし、同級生もおる。レギュラーを取るには、ちゃんと実力をつけんといかんやろ?」


 悠翔は力強く答えた。


「もちろんたい!」


 その言葉に、陽翔が笑った。


「よし! それでこそ悠翔たい!」

 第十二章 優子と光子、親世代の視点

 そこへ、キッチンから柳川優子が顔を出した。


「みんな、えらい盛り上がっとるね!」


 結音が笑った。


「お母さん! 正則君たちの話しよったと!」


 優子はうなずいた。


「そうね。二人とも本当によかったね」


 そして、青柳光子もリビングへ入ってきた。


「何ね何ね? 何がそげんおめでたいと?」


 悠翔が笑顔で答えた。


「光子おばちゃん! 正則君と亜由美さん、博多南中の寮に合格したと!」


 光子は目を丸くした。


「えっ! ほんと!?」


「うん!」


 光子は満面の笑みになった。


「それはよかったねぇ!」


 優子もうなずいた。


「四十八人の希望者に対して、入れるのは二十人やったらしかよ」


 光子が驚いた。


「そげん狭き門やったと!?」


「そうたい」


 光子は感心した。


「全国準優勝っていう実績があっても、特別扱いはなかったんやろ?」


 優子が答えた。


「うん。掃除や洗濯、勉強、共同生活のことまで、しっかり審査されたそうよ」


 光子はうなずいた。


「そうやね。野球だけできたらええってわけじゃなかけんね」


 そして悠翔へ話しかけた。


「悠翔」


「何ね?」


「正則君たちが来るの、楽しみやろ?」


「めちゃくちゃ楽しみたい!」


 光子は微笑んだ。


「でもね、二人にとっては、初めて親元を離れて暮らすことになるっちゃろ?」


 悠翔がうなずいた。


「うん」


「そしたら、最初は分からんことも多いやろうし、寂しくなることもあると思うとよ」


 優子も続けた。


「そうやね。博多のことも、まだあまり知らんやろうし」


 悠翔は少し考えた。


 そして笑顔になった。


「じゃあ、僕たちがいろいろ案内してあげたらよかね!」


 光子がうなずいた。


「そうたい!」


 結音も言った。


「買い物できる場所とか、交通機関とか、教えてあげたいね」


 灯乃が続けた。


「困ったことがあったら、相談にも乗れるしね」


 陽翔も笑った。


「博多の野球場も案内せんといかんね!」


 燈真がうなずいた。


「練習場所も、いろいろあるけんね」


 彩羽も微笑んだ。


「でも、全部こっちで決めるんじゃなくて、本人たちの希望も聞かんとね」


 光子は満足そうにうなずいた。


「そうやね。みんな、よう分かっとるね」


 優子も笑顔になった。


 しかし、次の瞬間。


 悠翔が突然言った。


「そうや! 正則君たちの歓迎会、長崎ちゃんぽんにしようかな!」


 優子が吹き出した。


「またちゃんぽん!?」


 結音が大笑いした。


「悠翔! あんた、どんだけちゃんぽん好きなん!」


 灯乃も笑った。


「正則君、博多に来たら毎日料理理論聞かされそうやね!」


 陽翔がすかさず突っ込んだ。


「正則君、そのうちお好み焼き理論とか言い出すっちゃない!?」


 悠翔は満面の笑みで答えた。


「それ、めちゃくちゃよかね!」


 光子が腹を抱えた。


「やめんね! 野球部が料理研究会になってしまうばい!」


 リビングが爆笑の渦に包まれた。


 第十三章 博多フューチャーズは、さらに強くなるのか

 笑いが落ち着いたあと、悠翔は父・柳川拓実へ尋ねた。


「お父さん」


「何?」


「博多フューチャーズって、今でも全国優勝するくらい強いんやろ?」


 拓実がうなずいた。


「そうだね。中学生カテゴリーでも全国制覇の実績があるチームだからね」


「そこに正則君と亜由美さんが入ったら、もっと強くなると思う?」


 拓実は少し考えた。


「可能性はあるね」


「やっぱり!」


 しかし、拓実は続けた。


「でも、強い選手を集めれば必ず勝てる、というわけではないよ」


 悠翔が顔を上げた。


「どういうこと?」


「例えば、正則君は優秀な投手だ。でも、捕手との呼吸が合わなければ、持っている力を十分に出せないこともある」


「うん」


「亜由美さんも二塁守備がうまい。でも、遊撃手や一塁手との連係を練習しなければ、いい守備は完成しない」


 悠翔は静かにうなずいた。


 拓実は続けた。


「それに、もともと博多フューチャーズで頑張っている選手たちもいる。正則君たちが入ったからといって、ほかの選手を簡単に外していいわけではない」


 彩羽がうなずいた。


「そうやね。今まで頑張ってきた人たちも大切にせんといかんね」


 拓実は微笑んだ。


「そのとおり」


 そして悠翔へ言った。


「大切なのは、競い合いながらも、お互いを高め合うことだと思うよ」


 悠翔はしばらく考えた。


 そして笑った。


「それって、お父さんが卓球でいつも言いよることやね」


 拓実がうなずいた。


「そうだね」


「相手が強いほど、自分ももっと考えんといかんって」


「うん」


 悠翔は大きくうなずいた。


「分かった!」


 そして、少し得意そうに続けた。


「僕も来年、リトルスターズでもっと強くなるけん!」


 拓実は笑った。


「楽しみにしているよ」


 優子も、そんな息子を見つめて微笑んでいた。

 第十四章 修司と恵子、息子を送り出す準備

 数日後。


 河内家では、博多南中学校から届いた入寮案内をもとに、家族で準備を進めていた。


 修司は、書類を一枚ずつ確認している。


「正則、春の入寮説明会までに、必要なものを整理しておこう」


「うん」


「制服や学校用品はもちろん、寝具や生活用品についても、学校の指定を確認せなあかんな」


 恵子もリストを書き出していた。


「衣類、洗面用具、学習道具、野球用品……」


 正則が驚いた。


「めっちゃあるな!」


 恵子が笑った。


「引っ越すんやから、当たり前やろ」


「せやな」


 そして恵子は、ふと思い出したように尋ねた。


「正則、最近は洗濯どうや?」


「ちゃんとやっとるで!」


「掃除は?」


「自分の部屋は毎日やっとる!」


「勉強は?」


「……もちろん!」


 その一瞬の間を、一香は見逃さなかった。


「正則! 今ちょっと間があったで!」


「姉ちゃん! そこまで見んでええやろ!」


 一同、大爆笑。


 しかし、修司は静かに言った。


「正則、ここで気を緩めたらあかんぞ」


 正則は姿勢を正した。


「うん」


「入寮審査に合格したことは立派や。でも、本当に大切なのは、入寮してから毎日続けられるかどうかや」


「分かっとる」


 修司は続けた。


「野球の練習でも同じやろ。一回いい球を投げたから、それで終わりではない」


 正則はうなずいた。


「うん」


「毎日続けて、初めて自分の力になる」


 その言葉を聞いて、正則は少し笑った。


「……お父さん、何か監督みたいやな」


 修司も笑った。


「父親やからな」


 そこへ恵子が口を開いた。


「正則、お母さんからも一つだけ」


「何?」


 恵子は、息子をまっすぐに見つめた。


「困ったことがあったら、必ず連絡するんよ」


 正則はうなずいた。


「うん」


「寂しくなることもあるやろうし、勉強や野球で悩むこともあると思う。でも、無理に一人で抱え込まんでええからね」


「分かっとるよ、お母さん」


 恵子は微笑んだ。


「そう。それなら安心やね」


 そして、少し照れたように付け加えた。


「でも、たまには電話してね」


 正則は笑った。


「もちろんや!」


 一香が横から突っ込んだ。


「お母さん、正則が毎日電話してきたらどうするん?」


 恵子は即答した。


「毎日でも出るよ!」


 正則が吹き出した。


「いや、毎日はせえへんって!」


 一同、大爆笑。


 そんな何気ない家族の会話も、春になれば今ほど頻繁にはできなくなる。


 正則は、改めて家族の温かさを感じていた。


 第十五章 亜由美、女子選手としての未来を見つめる

 一方、加藤家。


 亜由美は、自室の机に向かっていた。


 そこには、全国大会のスコアブックと、自分の練習ノートが並んでいた。


 二塁守備。


 打撃。


 走塁。


 そして、相手投手の癖を見抜く観察力。


 全国大会決勝で、自分に足りないと感じたことを書き出していた。


 特に印象に残っていたのは、柳川悠翔の打撃だった。


 正則の速球を三打席連続で打ち返した。


 池永智雄からは、十六球に及ぶ勝負の末にサヨナラホームランを放った。


 ただ強く振るだけではない。


 相手を見て、考えて、対応する。


 その打撃を見たとき、亜由美は自分ももっと成長できると感じた。


 そして、博多リトルスターズの村瀬杏奈。


 捕手としての能力を持ちながら、三塁守備でも素晴らしいプレーを見せた。


 どんなポジションでも、自分の力を発揮しようとする姿勢。


 亜由美は、あの選手とも一緒に練習してみたかった。


「……楽しみやな」


 亜由美が小さくつぶやいた。


 そのとき、母親が部屋をのぞいた。


「亜由美、何しとるん?」


「練習の計画、考えとる」


 母親は微笑んだ。


「そうなんや」


 亜由美は振り返った。


「お母さん」


「何?」


「うちな、博多へ行ったら、絶対にレギュラーを取りたい」


 母親はうなずいた。


「そうやね」


「でも、簡単には取れへんと思う」


「うん」


「全国優勝したチームの選手たちもおるし、中学では先輩もおるから」


 母親は、娘の言葉を静かに聞いていた。


 亜由美は続けた。


「せやから、今のうちにできることを、ちゃんとやっときたいねん」


 母親は微笑んだ。


「いい考えやね」


 そして、少し真剣な表情になった。


「でも、亜由美。野球だけに夢中になって、勉強や生活をおろそかにしたらあかんよ」


 亜由美は笑った。


「分かっとる!」


「それならよかった」


 そして亜由美は、ノートの最後のページを開いた。


 大きな文字で、新しい目標を書き込んだ。


『博多フューチャーズで、自分の力でレギュラーを勝ち取る』


 その下に、もう一つ。


『河内正則、柳川悠翔たちと、中学生日本一を目指す』


 亜由美は、ゆっくりとノートを閉じた。


「……絶対に頑張るで」


 その声には、迷いがなかった。

 第十六章 正則が書き換えた目標

 同じ夜。


 河内家。


 正則は、自室で野球のノートを開いていた。


 そこには、大阪タイタンズでの練習記録がびっしりと書き込まれていた。


 投球フォーム。


 球速。


 制球力。


 相手打者の傾向。


 そして、全国大会決勝での反省点。


 正則は、あるページで手を止めた。


 そこには、以前書いた目標があった。


『柳川悠翔を抑えられる投手になる』


 正則は、その文字をしばらく見つめていた。


 そして、静かに笑った。


「……悠翔」


 東京ドームでの対決を思い出す。


 自分の速球を、何度も打ち返された。


 悔しかった。


 しかし、あれほど打者との勝負が楽しいと感じたのも初めてだった。


 そして、今度は同じチームで野球をする可能性が生まれた。


 正則は、新しいページを開いた。


 鉛筆を握る。


 そして、ゆっくりと書き始めた。


『博多フューチャーズで、チームに必要とされる投手になる』


 その下に、さらに書き加えた。


『悠翔が中学に入ってきたとき、一緒に全国制覇を目指せる投手になっていること』


 正則はノートを閉じた。


 窓の外には、大阪の夜景が広がっている。


「……待っとれよ、悠翔」


 そして、少し笑った。


「俺、もっとすごいピッチャーになったるからな」


 そのとき、部屋の扉がノックされた。


「正則、まだ起きとるか?」


 父の修司だった。


「うん!」


 修司が顔をのぞかせた。


「何しとったんや?」


「野球の目標、書いとった」


 修司は微笑んだ。


「そうか」


 そして、息子の机の上に置かれたノートを見た。


「博多で、また新しい目標ができたんやな」


 正則はうなずいた。


「うん」


 修司は、静かに言った。


「正則。お前が自分で選んだ道や。お父さんは応援するで」


 正則は顔を上げた。


「……ありがとう」


「ただし、忘れたらあかんことがある」


「何?」


 修司は微笑んだ。


「野球がうまくなることだけが、成長やない。人としても、今よりもっと大きくなって帰ってこい」


 正則は、しばらく父を見つめていた。


 そして、力強くうなずいた。


「分かった!」


 修司は満足そうに笑った。


「よし。ほな、今日はもう寝なさい」


「うん。おやすみ!」


「おやすみ」


 父が部屋を出ていく。


 正則は、もう一度ノートを見た。


 そして、静かに電気を消した。

 第十七章 春を待つ三人

 博多の夜。


 柳川悠翔は、野球の練習を終えて自宅へ帰ってきたところだった。


 母・優子が声をかける。


「悠翔、お帰り!」


「ただいま!」


「今日も練習、頑張った?」


「うん!」


 悠翔はグラブの手入れをしながら話した。


「お母さん、正則君たちが来る春が楽しみやね」


 優子は微笑んだ。


「そうやね」


「でも、その前に僕ももっと強くならんといかん」


「そうね」


 悠翔は少し考えた。


「正則君、来年から中学の野球で頑張るっちゃろ?」


「うん」


「亜由美さんも、もっと守備や打撃がうまくなるやろうね」


「そうやろうね」


 悠翔はグラブを握り直した。


「僕も、リトルスターズで最後の一年、しっかり練習するけん」


 優子はうなずいた。


「そうたい。自分の目標を大切にしんしゃい」


 悠翔は笑顔で答えた。


「うん!」


 そのとき、スマートフォンが鳴った。


 正則からのメッセージだった。

 正則:悠翔! 春からよろしくな! 俺、博多フューチャーズで絶対にレギュラー取ったるで!


 悠翔は笑った。


 そして、すぐに返信した。

 悠翔:正則君、応援しとるばい! 僕もリトルスターズで頑張るけん、一年後は一緒に中学生日本一を目指そうね!


 数秒後。


 正則から返信が届いた。

 正則:おう! 絶対に日本一になろうな!


 悠翔は、その文字を見つめた。


 そして、静かに笑った。


「……楽しみたい」


 大阪と福岡。


 離れた場所で、それぞれの夢へ向かって歩き始めた三人。


 河内正則。


 加藤亜由美。


 柳川悠翔。


 全国大会決勝で出会った彼らは、やがて同じユニフォームを着て戦うことになる。


 しかし、今はまだ、その始まりにすぎない。


 春の入寮。


 中学校生活。


 新しい仲間たちとの出会い。


 そして、中学生日本一への挑戦。


 そのすべてが、これから待っていた。


 秋の夜空には、静かに星が輝いていた。


 正則と亜由美が夢見た新しい舞台は、もう手の届かない場所ではなかった。


 自分たちの努力でつかみ取った、確かな未来への第一歩だった。


 次回予告

 第45話「大阪タイタンズ最後の冬、別れと旅立ちの準備」

 博多南中学校の寄宿舎入寮審査に合格した河内正則と加藤亜由美。


 二人は翌年四月からの入寮へ向けて、準備を始める。


 しかし、その前には大阪タイタンズで過ごす最後の冬が待っていた。


 池永智雄。


 宮本さくら。


 西村奈緒。


 藤原航。


 有村恒一郎。


 これまで苦楽を共にしてきた仲間たちとの時間は、少しずつ残り少なくなっていく。


 智雄は正則へ宣言する。


「正則。今度対戦するときは、絶対に負けへんからな!」


 正則も笑って答える。


「望むところや!」


 一方、亜由美はさくらや奈緒と、女子選手としての将来について話し合う。


 そして河内家では、父・修司と母・恵子が息子の旅立ちに向けて準備を進めていた。


「正則、必要なものはちゃんとリストにしときや」


 恵子の言葉に、正則がうなずく。


「分かっとるよ、お母さん!」


 すると修司が笑った。


「それより正則、掃除と洗濯の練習は続けとるか?」


「もちろんや!」


 しかし、春の入寮に向けては、まだ大切な準備が残っている。


 部屋割り。


 入寮説明会。


 制服や学用品の準備。


 そして、初めて親元を離れて暮らすことへの不安。


 博多では悠翔が、リトルリーグ最後の一年へ向けた練習計画を立て始めていた。


「正則君たちが中学で頑張りよる間、僕も負けんごと強くなるけん!」


 次回、第45話「大阪タイタンズ最後の冬、別れと旅立ちの準備」。


 夢をかなえるということは、新しい場所へ進むこと。そして、これまで自分を支えてくれた家族や仲間への感謝を胸に刻むことでもある。正則と亜由美は、大阪で過ごす残りの日々を大切にしながら、博多での新しい生活へ向けて歩き始める。

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