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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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秋の入寮審査、野球だけでは合格できない

 河内正則 栄光への道

 第43話「秋の入寮審査、野球だけでは合格できない」

 第一章 大阪から博多へ、夢を試される日

 秋。


 大阪の街にも、朝晩は涼しい風が吹くようになっていた。


 全国大会決勝から数か月。


 東京ドームで博多リトルスターズに敗れ、準優勝に終わった大阪タイタンズの河内正則と加藤亜由美は、これまでとは違う挑戦を始めていた。


 博多南中学校への進学。


 そして、遠方からの入学希望者を受け入れる寄宿舎への入寮。


 二人はこの日のために、野球だけでなく、掃除、洗濯、時間管理、勉強、共同生活に必要な基本的なことを練習してきた。


 しかし、それで合格が約束されるわけではない。


 博多南中学校には、全国各地から入学希望者が集まる。


 吹奏楽や演劇、科学などの文化系活動を志す生徒もいれば、野球やバレーボール、卓球などのスポーツで高い目標を持つ生徒もいる。


 遠方から進学する生徒向けの寄宿舎には、男女合わせて各学年十室ずつの居室が設けられていた。


 だが、希望者はそれを大きく上回る。


 競技成績やコンクールの実績だけで入寮が認められることはない。


 本人の意欲。


 学習への姿勢。


 生活能力。


 共同生活への適応。


 そして、自分で選んだ進路に責任を持つ覚悟。


 それらが総合的に審査される。


 新大阪駅。


 正則と亜由美は、それぞれの両親とともに新幹線のホームへ向かっていた。


 正則が亜由美に尋ねた。


「亜由美、緊張しとる?」


「そら、しとるよ。正則は?」


「俺もや」


「ほんまか? 全然そんな顔に見えへんけど」


「顔に出えへんだけや!」


 二人は笑った。


 しかし、河内家の父が声をかけると、表情が引き締まった。


「正則、今日は全国大会とは違うぞ」


「うん」


「野球の実績だけで評価してもらおうと思ったらあかん。自分がどういう人間で、何を目指しているのか、ちゃんと伝えてこい」


「分かっとる」


 加藤家の母も亜由美へ話しかけた。


「亜由美。分からんことを質問されたら、無理に立派な答えを作らなくてええんよ」


「うん」


「自分がどう考えているのか、正直に話しなさい」


 亜由美は大きくうなずいた。


「分かった!」


 やがて新幹線がホームへ入ってきた。


 二人は家族と一緒に乗り込んだ。


 窓の外に、大阪の街並みが流れ始める。


 正則は小さくつぶやいた。


「……いよいよやな」


 亜由美も静かに答えた。


「うん。絶対に後悔せんようにしような」


 二人は顔を見合わせ、力強くうなずいた。


 第二章 博多南中学校、全国から集まった志願者たち

 翌朝。


 博多南中学校の正門前には、全国各地から訪れた入寮希望者と保護者たちが集まっていた。


 大阪だけではない。


 広島、岡山、山口、熊本、鹿児島。


 さらに、関東や東北から来た家庭もあった。


 正則は周囲を見渡した。


「……めっちゃ人おるな」


 亜由美も驚いた。


「ほんまや。こんなに受ける人がおるんやね」


 受付には、入寮審査の案内が掲示されていた。

 博多南中学校・入寮審査の内容

 審査確認する内容

 書類確認志望理由、学校生活、保護者の同意

 学習状況基礎学力、学習習慣、課題への取り組み

 生活実技掃除、洗濯、整理整頓、安全確認

 共同生活協調性、役割分担、意見の違いへの対応

 本人面接進学の理由、自立への理解、継続する意思

 保護者面談生活支援、連絡体制、費用負担

 活動面接希望する運動・文化活動への姿勢


 すべての審査を総合的に評価。全国大会の成績や競技実績のみでの優遇はない。

 受付を終えた正則と亜由美は、指定された教室へ向かった。


 廊下には、緊張した表情の子どもたちが並んでいる。


 その中には、吹奏楽の全国大会で活躍したという女の子や、科学研究で表彰されたという男の子もいた。


 正則は小声で亜由美に話した。


「野球以外にも、すごい奴らがおるんやな」


 亜由美がうなずいた。


「当たり前やん。みんな、それぞれ夢を持って来とるんやろ」


 その言葉に、正則は少し考えた。


 全国大会準優勝。


 大阪では大勢の人が褒めてくれた。


 しかし、ここでは、それだけが特別なものではない。


 みんなが何かを目指している。


 そして、限られた入寮枠を懸けて、同じ条件で審査に臨んでいる。


 正則は背筋を伸ばした。


(……気合い入れ直さなあかんな)

 第三章 最初の壁、学習審査

 最初に行われたのは、学習状況の確認だった。


 国語。


 算数。


 そして、基礎的な文章理解と論理的思考を問う問題。


 競争を目的とした難問ばかりではなく、授業に継続して取り組めるだけの基礎学力が備わっているかを確認する内容だった。


 正則は問題用紙を開いた。


(……野球の作戦を考えるより、こっちのほうが緊張するわ)


 隣の席では、亜由美が黙々と問題に取り組んでいる。


 試験が始まると、教室は静まり返った。


 正則も鉛筆を動かした。


 国語の文章問題では、登場人物の気持ちを読み取る設問が出された。


 正則は、全国大会決勝での池永智雄の姿を思い出した。


 最後のホームランを打たれ、悔し涙を流していた智雄。


 そのとき、自分は何を考えていたか。


 なぜ、責める気持ちにならなかったのか。


 そんなことを思い返しながら、解答を書き進めた。


 一方、亜由美は算数の問題に取り組んでいた。


 速さと距離。


 割合。


 資料の読み取り。


 野球の打率や出塁率を考えるときにも使う計算が含まれている。


(……これ、スコアラーの真央がよう計算しとるやつやな)


 亜由美は落ち着いて解答した。


 やがて試験終了の合図が鳴った。


 教室を出た正則が、大きく息を吐いた。


「ふぅ……」


 亜由美が笑った。


「正則、どうやった?」


「まあまあやな」


「ほんまか?」


「たぶん!」


「たぶんって何やねん!」


 二人は小さく笑った。


 しかし、次の審査は、これまで以上に緊張することになった。


 第四章 掃除と洗濯、自分の生活に責任を持つ

 生活実技審査。


 会場は、寄宿舎の研修室だった。


 担当職員が説明する。


「これから、日常生活で必要になる基本的な作業を確認します。速さを競うのではありません。安全に、正しい手順で行えるかを見ます」


 正則と亜由美は、真剣な表情でうなずいた。


 最初は洗濯。


 数種類の衣類が用意されていた。


 洗濯表示を確認し、適切に仕分けて洗濯機を使用する。


 正則は、一枚の白いシャツを手に取った。


(これは……色物と分けるんやったな)


 続いて、泥のついた練習着。


(こっちは先に泥を落として……)


 自宅で母から教わった手順を思い出しながら、作業を進めた。


 途中、洗剤を入れる量を確認する場面で、少し手が止まった。


 正則は容器の表示を読み直した。


 そして、適切な量を測った。


 担当職員が声をかけた。


「河内さん、途中で確認したのはなぜですか?」


 正則は答えた。


「覚えとるつもりでも、間違えたらあかんと思ったからです」


 職員はうなずいた。


「分かりました」


 一方、亜由美は衣類を手際よく仕分けていた。


 しかし、洗濯物を干す場面で、袖の部分が重なっていることに気づいた。


 一度干したものを取り外し、乾きやすいように整える。


 担当職員が尋ねた。


「加藤さん、なぜ干し直したのですか?」


「このままやと乾きにくいと思ったからです」


「なるほど」


 次は掃除だった。


 床の清掃。


 机の整理。


 ごみの分別。


 そして、共有する場所を使ったあとの片づけ。


 正則は、床の隅に残った小さなごみを見つけた。


 一度掃除道具を片づけかけたが、すぐに戻って取り除いた。


 職員が尋ねた。


「もう終わりにしようと思ったのでは?」


 正則は少し照れた。


「はい。でも、あれが残っとったら、次に使う人が気持ち悪いやろなと思いました」


 職員は何も言わず、評価用紙に何かを書き込んだ。


 その様子を見ていた正則は、かえって緊張した。


(……今の、よかったんか悪かったんか、どっちやねん)


 亜由美は隣の区域で、共用の机を拭いていた。


 最後に清掃用具を元の場所へ戻し、使った布を指定された回収箱へ入れた。


 全員の作業が終わると、担当職員が説明した。


「皆さん、よく聞いてください。寮生活では、誰かが自分の代わりにすべてのことをしてくれるわけではありません」


 子どもたちが顔を上げた。


「自分の生活を管理することはもちろん、次に使う人のことまで考える必要があります。今日できたことを、毎日続けられるかが大切です」


 正則は、その言葉を胸に刻んだ。


(……毎日続けることか)


 野球の練習でも同じだった。


 一度うまくできたからといって、それで終わりではない。


 繰り返し、続けて、初めて自分の力になる。


 そのことを、正則は改めて感じていた。

 第五章 共同生活、相手の立場を考えられるか

 午後。


 今度は複数の受験者による共同課題が行われた。


 正則と亜由美は、それぞれ別のグループに分けられた。


 課題は、限られた時間内に共同生活の当番表を作るというものだった。


 掃除。


 ごみ出し。


 共有スペースの整理。


 洗濯機の使用時間。


 自主学習の時間。


 そして、部活動の予定。


 希望する活動が異なる生徒たちが、どうすれば互いに無理なく生活できるかを話し合う。


 正則のグループには、吹奏楽を希望する女子と、科学部を志望する男子もいた。


 吹奏楽希望の女子が話した。


「私は夕方に練習があるから、掃除当番を夕方にすると間に合わないかもしれません」


 科学部希望の男子も言った。


「僕は放課後に実験をすることがあるので、帰りが遅くなる日があります」


 正則は少し考えた。


「ほな、曜日ごとに当番を交代したらどうやろ?」


 女子が尋ねた。


「どういうこと?」


「全員が同じ時間に帰れるわけやないやろ? せやから、練習や活動が早く終わる日に、それぞれ当番を受け持ったらええんちゃう?」


 男子がうなずいた。


「それならできそう」


 しかし、別の受験者が疑問を口にした。


「でも、急に活動が延びたらどうするの?」


 正則は答えた。


「そのときは、ほかの人に相談して交代してもらう。ただし、代わってもらったら、別の日に自分が代わる。それでどうやろ?」


 グループの全員がうなずいた。


「それなら公平だね」


 正則は笑った。


「よっしゃ。ほな、それで考えよう!」


 一方、亜由美のグループでは、共有スペースの使用時間について意見が分かれていた。


 一人の受験者が、夜に音楽の練習をしたいと希望した。


 しかし、別の受験者は、その時間に静かな環境で勉強したいと話した。


 亜由美は両方の意見を聞いていた。


 そして、口を開いた。


「なあ、練習する人も勉強する人も、どっちも大事やと思うねん」


 二人が亜由美を見た。


「せやから、音を出す練習ができる場所と時間を、寮の先生に確認したらどうやろ?」


 音楽を希望する受験者がうなずいた。


「それなら助かる」


 亜由美は続けた。


「あと、部屋で静かにできる練習と、音を出す練習を分けるのもええと思う」


 勉強を希望する受験者も笑顔になった。


「それなら、私も困らないと思う」


 亜由美はうなずいた。


「ほな、みんなで相談して決めよう」


 審査担当者たちは、議論の様子を静かに見守っていた。


 誰が一番多く話したかではない。


 自分の意見だけを押し通さず、相手の事情を理解しようとしているか。


 困ったときに、適切な解決策を考えられるか。


 そして、全員で一つの結論を出そうとしているか。


 そうした姿勢を確認していた。


 第六章 面接官からの厳しい質問

 翌日。


 個人面接が始まった。


 正則は、指定された面接室の前で深呼吸した。


(……よし)


 扉をノックする。


「失礼します」


 部屋には、学校職員と寄宿舎の担当者が座っていた。


 正則は椅子の前で一礼した。


「河内正則です。よろしくお願いします」


 面接官の一人がうなずいた。


「よろしくお願いします。どうぞお掛けください」


 正則が腰を下ろすと、早速質問が始まった。


「河内さん。あなたは大阪タイタンズの投手として全国大会準優勝を経験していますね」


「はい」


「素晴らしい成績です。しかし、なぜ地元の中学校ではなく、博多南中学校を志望したのですか?」


 正則は一度深呼吸した。


「全国大会で、博多リトルスターズと対戦したからです」


「その試合で何を感じましたか?」


「自分には、まだ足りないことがいっぱいあると思いました」


 面接官は続きを促した。


 正則は話した。


「俺は、速い直球やコースの投げ分けには自信がありました。でも、博多の選手たちは、俺の投球を一球ずつよう見て、考えて打ってきました」


「なるほど」


「特に柳川悠翔君には三打席連続で打たれました。あんな打者と同じチームで練習したら、自分ももっと強くなれると思ったんです」


 面接官はうなずいた。


 しかし、すぐに次の質問をした。


「では、柳川悠翔さんがいなかったら、この学校を志望しませんか?」


 正則は一瞬、言葉に詰まった。


「……えっ?」


 面接官は穏やかな口調で続けた。


「あなたが憧れた選手が進路を変更することもあります。怪我で野球ができなくなることもあるかもしれません。それでも、ここで学びたいと思いますか?」


 正則はしばらく考えた。


 そして、ゆっくり答えた。


「……はい」


「なぜですか?」


「最初のきっかけは悠翔君でした。でも、博多リトルスターズを調べるうちに、ほかの選手たちも、すごいことが分かったからです」


 正則は続けた。


「それに、博多南中学校は野球だけの学校やない。勉強や、ほかの活動にも真剣に取り組んどる学校やと知りました」


 面接官は静かにうなずいた。


「分かりました」


 そして、さらに質問した。


「入学後、野球でレギュラーになれなかったら、どうしますか?」


 正則は答えた。


「悔しいと思います。でも、何が足りんのか考えて練習します」


「それでも試合に出られなかったら?」


「ベンチでできることをします。相手の打者を研究したり、仲間を応援したりします」


「では、怪我で長い間野球ができなくなったら?」


 正則は少し考えた。


「まず治療とリハビリをします。無理に練習したら、かえって悪くなると思うからです」


「それでも復帰できなかったら?」


 正則は視線を落とした。


 それは、考えたくないことだった。


 野球ができなくなる。


 自分にとって、これほどつらいことはない。


 しかし、正則は顔を上げた。


「……そのときは、つらいと思います」


 面接官は黙って聞いていた。


「でも、学校で勉強することまでやめる理由にはならんと思います」


「なぜですか?」


「野球以外にも、自分にできることはあるはずやからです。それを探したいです」


 面接官は、ゆっくりとうなずいた。


「分かりました。ありがとうございます」


 正則は深く頭を下げた。

 第七章 亜由美が語った、三年間の意味

 続いて、加藤亜由美の個人面接。


 亜由美は、少し緊張しながら面接室へ入った。


「加藤亜由美です。よろしくお願いします」


 面接官が笑顔で迎えた。


「よろしくお願いします」


 最初の質問は、正則と同じだった。


「加藤さん。なぜ博多南中学校を志望したのですか?」


 亜由美はまっすぐに答えた。


「中学の三年間、できるだけ高いレベルで野球をしたいからです」


「地元の中学校でも野球はできますよね?」


「はい」


「それでも、この学校でなければならない理由は?」


 亜由美は少し考えた。


 そして、静かに答えた。


「私は、小さい頃から正則と一緒に野球をしてきました」


 面接官がうなずいた。


「はい」


「でも、高校になったら、男子と同じチームで甲子園を目指すことは、今の仕組みではできません」


「そうですね」


「女子野球にも魅力がありますし、将来はそちらでも高い目標を目指したいと思っています。でも、中学の三年間は、男子と一緒に本気で全国制覇を目指したいんです」


 その言葉には、強い決意が込められていた。


「全国大会で博多リトルスターズと対戦して、あのチームの選手たちと一緒に野球がしたいと思いました」


「特に印象に残った選手は?」


「柳川悠翔君です。それから、村瀬杏奈さんと岡部結菜さんです」


「なぜですか?」


「悠翔君は、ただ力が強いだけやなくて、投手をよう見て打撃を変えます。村瀬さんは三塁からの送球が正確で、打撃もすごい。岡部さんは、球速だけに頼らず、自分の持ち味を生かして投げています」


 亜由美は続けた。


「私は、あの選手たちと一緒に練習して、自分に足りないものを学びたいんです」


 面接官はうなずいた。


 そして、質問を変えた。


「あなたが進学後、男子選手より実力が劣っていると評価され、試合に出られなかったらどうしますか?」


 亜由美は、すぐに答えた。


「練習します」


「それだけですか?」


 亜由美は少し考えた。


「……自分のどこが足りないのか、監督やコーチに聞きます。そして、改善する方法を考えます」


「男女で体格差が出てくることもありますよね?」


「はい」


「それでも続けられますか?」


 亜由美はうなずいた。


「続けたいです」


 そして、少し力を込めて言った。


「私は、男子と同じ力を持つことだけが野球の強さやとは思っていません」


 面接官が顔を上げた。


「どういう意味ですか?」


「私は、自分の守備や選球眼には自信があります。相手の打球を予測したり、投手の癖を見つけたりすることも、野球の大切な力やと思っています」


 亜由美は続けた。


「自分の体格や特徴を理解して、それに合った方法で強くなりたいんです」


 面接官は、静かにうなずいた。


「なるほど。分かりました」


 そして、最後の質問が投げかけられた。


「もし、正則さんが入寮審査に不合格になったら、あなたはどうしますか?」


 亜由美は一瞬、息をのんだ。


 正則と一緒に博多へ行きたい。


 その思いは、今も変わらない。


 しかし、亜由美はゆっくり答えた。


「……私は、自分が合格できたなら、進学したいです」


「なぜですか?」


「正則と一緒に野球したい気持ちはあります。でも、私自身が選んだ目標やからです」


 面接官はうなずいた。


「分かりました。ありがとうございました」


 亜由美は深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 面接室を出た亜由美は、廊下で大きく息を吐いた。


「……ふぅ」


 そして、正則の姿を見つけた。


「正則!」


「亜由美、どうやった?」


「めちゃくちゃ緊張した!」


 正則も笑った。


「俺もや!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 しかし、この日の審査はまだ終わっていなかった。


 第八章 博多の中学野球を支える組織

 午後。


 野球活動を希望する受験者たちは、学校の会議室へ案内された。


 そこには、学校職員に加えて、爆笑発電所のスポーツ事業部の関係者が待っていた。


 博多南地区では、地域の中学生が野球に継続して取り組めるよう、爆笑発電所のスポーツ事業部が活動を支えている。


 博多南中学校の生徒たちも、学校の学習活動とは別に、地域クラブの中学生野球チームで練習や試合に参加する仕組みが整えられていた。


 そのチームの名前は、


 爆笑発電所スポーツ事業部・博多フューチャーズ。


 博多リトルスターズで活躍した選手たちが、中学校へ進学した後に新たな挑戦を始める舞台でもあった。


 ただし、博多南中学校への入学や寄宿舎への入寮が決まれば、自動的に試合出場まで保証されるわけではない。


 地域クラブとしての活動方針や、選手としての適性も確認される。


 そのため、入寮審査の最後には、競技活動を担当する監督とコーチによる面接が設けられていた。


 会議室の前方には、二人の指導者が座っていた。

 博多フューチャーズ・指導者

 監督・城戸直哉(きど・なおや)


 45歳/元社会人野球選手・監督経験者


 打撃技術だけでなく、試合の組み立て方、選手の判断力、チームワークを重視する指導者。勝敗に厳しい一方、選手の人格や学業、将来の進路も大切にする。感情的に怒鳴るより、質問を重ねて選手自身に考えさせる指導方針を持つ。



 コーチ・平松真帆(ひらまつ・まほ)


 37歳/元女子硬式野球選手・守備走塁コーチ


 内野守備、打撃、走塁の指導を担当。女子選手の競技継続や、成長期における個人差を考慮したトレーニングにも詳しい。技術だけでなく、練習への姿勢や仲間への接し方を注意深く観察する。



 城戸監督が受験者たちを見渡した。


「皆さん、こんにちは。博多フューチャーズの城戸です」


 受験者たちが頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 続いて平松コーチが話した。


「平松です。今日は皆さんに、野球に対する考え方や、これから目指していることを聞かせていただきます」


 そして、城戸監督は静かに続けた。


「最初に、一つだけ伝えておきます」


 受験者たちが顔を上げた。


「このチームでは、全国大会の実績があるからといって、特別扱いはしません」


 正則と亜由美の表情が引き締まった。


「大切なのは、過去にどれほど活躍したかだけではありません。これから何を学び、どう成長していきたいのかです」


 そして、監督ははっきりと告げた。


「野球がうまくても、仲間を見下す選手や、学業や生活をおろそかにする選手は、信頼して試合を任せることができません」


 正則は静かにうなずいた。


 亜由美も背筋を伸ばした。


 いよいよ、最後の審査が始まった。

 第九章 城戸監督の質問「なぜ、ここなのか」

 最初に呼ばれたのは、河内正則だった。


「河内正則君」


「はい!」


 正則は前へ進み、椅子に腰掛けた。


 城戸監督は資料に目を通した。


「大阪タイタンズで投手として活躍し、全国大会準優勝。決勝でも好投したそうですね」


「はい」


「しかし、今日はその成績だけを評価するつもりはありません」


 正則がうなずいた。


「分かっています」


 城戸監督は正則を見つめた。


「では、聞きます。なぜ、博多フューチャーズなのですか?」


 正則は深呼吸した。


「全国大会で博多リトルスターズと対戦したからです」


「それだけですか?」


「最初のきっかけは、そうです」


「なるほど」


 監督は続けた。


「あなたは大阪でも十分に野球ができるでしょう。大阪タイタンズの仲間たちも、優れた選手ばかりです。それなのに、なぜ遠く離れた博多まで来たいのですか?」


 正則は一瞬、考え込んだ。


 大阪タイタンズ。


 池永智雄。


 藤原航。


 有村恒一郎。


 宮本さくら。


 西村奈緒。


 一緒に全国大会を戦った仲間たち。


 決して、今のチームに不満があるわけではない。


 正則は、ゆっくり答えた。


「大阪タイタンズのみんなは、大切な仲間です」


 城戸監督は黙って聞いていた。


「俺は、あのチームで野球ができて、本当によかったと思っています」


「では、なぜ?」


「全国大会の決勝で、自分の知らなかった野球を見たからです」


 監督が少し身を乗り出した。


「どんな野球ですか?」


 正則は答えた。


「一人一人が、相手をよう見て考えとる野球です」


「続けてください」


「俺は、速い直球と制球力には自信がありました。でも、博多の選手たちは、ただ力任せに打ちにくるんやなくて、球数を投げさせたり、配球を読んだり、守備位置を見て打球方向を考えたりしていました」


 正則は続けた。


「特に柳川悠翔君は、俺が投げた球を一球ごとに見て、打撃を変えてきたんです」


 城戸監督がうなずいた。


「なるほど」


「俺は、あの選手たちと一緒に野球したら、自分ももっと成長できると思いました」


 監督は静かに尋ねた。


「では、あなたは何をチームに与えられますか?」


 正則は少し驚いた。


「……えっ?」


「学びたいという気持ちは分かりました。しかし、チームはあなたを成長させるためだけに存在するわけではありません」


 正則は黙って聞いていた。


「あなた自身は、博多フューチャーズに何をもたらせるのですか?」


 正則は、ゆっくり答えた。


「……俺の投球技術です」


「それだけですか?」


「いいえ」


 正則は少し考えてから続けた。


「大阪で学んだことも伝えたいです。緩急を使った投球とか、相手の打撃傾向を研究することとか、みんなで守る野球とか」


 そして、力を込めた。


「俺は、ただ教えてもらうだけやなくて、自分の持っとるものも仲間に伝えたいです」


 城戸監督は、しばらく正則を見つめていた。


 そして、静かにうなずいた。


「分かりました」

 第十章 一学年違い、それでも博多を志す理由

 城戸監督は、資料の次のページを開いた。


「河内君。ここで確認したいことがあります」


「はい」


「あなたと柳川悠翔君は、一学年違いますね」


「はい」


「あなたが来年中学校へ入学したとしても、悠翔君はまだ小学生です」


 正則がうなずいた。


「分かっています」


「つまり、あなたが一年生の間、悠翔君はリトルリーグで活動していることになります」


「はい」


 城戸監督は続けた。


「あなたが中学二年生になって、ようやく悠翔君が一年生として入学することになる。そうですね?」


「はい」


「それなら、なぜ今すぐ博多へ来る必要があるのですか?」


 会議室が静かになった。


 正則は、しばらく考えた。


 そして、顔を上げた。


「俺は、その一年が無駄やとは思いません」


 城戸監督が尋ねた。


「なぜですか?」


「俺が中学一年生の間に、もっと野球を覚えて、投手として成長できるからです」


 正則は続けた。


「それに、博多フューチャーズには、悠翔君以外にもすごい選手がおると思います。上級生からも学べるし、同級生と一緒に強くなれる」


 城戸監督はうなずいた。


 正則は、さらに話した。


「そして、俺が二年生になったときに悠翔君が入ってきたら、一緒に中学生日本一を目指したいんです」


 その言葉に、城戸監督の表情が少し変わった。


「中学生日本一ですか」


「はい!」


「簡単な目標ではありませんよ」


「分かっています」


「全国には、強いチームがいくらでもあります。あなたたちが必ず優勝できる保証はありません」


 正則は、迷わず答えた。


「はい。でも、だからこそ挑戦したいです」


 城戸監督は、しばらく正則を見つめた。


 そして、最後に尋ねた。


「では、悠翔君が入学するまでの一年間、あなた自身は何を目指しますか?」


 正則は答えた。


「博多フューチャーズの一員として、チームに必要とされる投手になることです」


 監督がうなずいた。


「具体的には?」


「制球力をもっと磨いて、どげんな打者にも対応できる投手になりたいです。それに、後輩が入ってきたとき、自分が教えられることは教えたいです」


 そして、正則は少し笑った。


「悠翔君が入ってきたとき、あいつに『正則君、めちゃくちゃすごくなっとるね』って言われたいです」


 城戸監督が小さく笑った。


「なるほど。分かりました」


 正則は、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 第十一章 平松コーチが亜由美に問いかけたこと

 続いて、加藤亜由美。


 平松真帆コーチが資料を確認した。


「加藤亜由美さん。大阪タイタンズでは二塁手として活躍されていたそうですね」


「はい!」


「準決勝では長打を放ち、決勝でも素晴らしい守備を見せましたね」


 亜由美は少し照れた。


「ありがとうございます」


 平松コーチは微笑んだ。


「では、質問します。あなたが博多フューチャーズで野球をする意味は、何でしょうか?」


 亜由美は、ゆっくり答えた。


「中学の三年間、できるだけ高いレベルで野球をしたいからです」


「それはなぜですか?」


「私は、小さい頃から正則と一緒に野球をしてきました。男子と一緒に試合をすることが、ずっと当たり前やったんです」


 平松コーチはうなずいた。


「はい」


「でも、高校になったら、男子と同じチームで甲子園を目指すことはできません。女子野球にも素晴らしい舞台があることは知っています。でも、中学では男子と一緒に全国制覇を目指したいんです」


 平松コーチは、少し真剣な表情になった。


「その考えはよく分かります。しかし、中学に進むと体格差が大きくなることもあります」


「はい」


「投球の球速が上がる選手もいますし、打球も強くなります。今までと同じ方法では通用しなくなるかもしれません」


 亜由美はうなずいた。


「分かっています」


「それでも、男子と一緒に野球を続ける自信がありますか?」


 亜由美は少し考えた。


 そして、まっすぐに答えた。


「はい。ただし、今と同じやり方で全部通用するとは思っていません」


 平松コーチがうなずいた。


「続けてください」


「私は、自分の体格や特徴に合った野球をしたいんです」


「例えば?」


「守備では、打球が飛ぶ前の準備をもっと上手になりたいです。打撃では、相手投手の癖を見つけたり、球を見極めたりする力を磨きたいです」


 亜由美は続けた。


「力だけでは勝てへん相手でも、考えて工夫したら、できることはあると思っています」


 平松コーチは静かに微笑んだ。


「いい考えですね」


 しかし、次の質問はさらに厳しかった。


「では、もしあなたが男子選手より優れている部分があっても、試合に出られなかったらどうしますか?」


 亜由美は答えた。


「まず、理由を聞きます」


「なぜですか?」


「自分に足りないものがあるなら改善したいですし、そうでないなら、どういう基準で選ばれているのか知りたいからです」


 平松コーチはうなずいた。


「そうですね。では、監督やコーチの判断に納得できなかったら?」


 亜由美は少し考えた。


「感情的にならずに、自分の考えを伝えます」


「なるほど」


「それでも試合に出られんかったら、ベンチでできることをします。でも、レギュラーになることは諦めません」


 平松コーチは微笑んだ。


「分かりました」


 そして、城戸監督が最後の質問をした。


「加藤さん。あなたも柳川悠翔君とは一学年違いますね」


「はい」


「来年、あなたが中学一年生になっても、悠翔君はまだリトルリーガーです」


「はい」


「それでも、今から博多へ来たい理由は?」


 亜由美は迷わず答えた。


「悠翔君が入ってくるまでの一年間に、自分がもっと強くなりたいからです」


 そして、少し笑った。


「私が二年生になって、悠翔君が一年生として入ってきたとき、正則と悠翔君と私で一緒に全国制覇を目指したいんです」


 城戸監督がうなずいた。


「ほう」


 亜由美は続けた。


「でも、それまでの一年間も大切にしたいです。今いる先輩たちや、これから一緒に入る同級生たちから、いっぱい学びたいです」


 平松コーチが微笑んだ。


「分かりました。ありがとうございました」


 亜由美は深く頭を下げた。


「ありがとうございました」

 第十二章 監督が最後に投げかけた問い

 しかし、面接はまだ終わらなかった。


 城戸監督が、正則と亜由美の二人を改めて呼んだ。


「最後に、お二人へ共通の質問をします」


 二人は姿勢を正した。


「はい!」


 城戸監督は、しばらく二人の顔を見つめた。


 そして、ゆっくり口を開いた。


「あなたたちは、全国大会で準優勝しました。素晴らしい結果です」


 二人がうなずいた。


「しかし、博多フューチャーズへ入ったからといって、必ず全国大会に出られるとは限りません」


「はい」


「レギュラーになれる保証もありません」


「はい」


「さらに、あなたたちが期待している柳川悠翔君が、将来必ずこのチームに入るとも限りません」


 正則と亜由美は黙って聞いていた。


 城戸監督は続けた。


「それでも、ここで野球をしたいですか?」


 正則は答えた。


「はい」


 亜由美も答えた。


「はい」


 監督は尋ねた。


「なぜですか?」


 正則は少し考えた。


「……俺は、野球が好きやからです」


 亜由美が横を向いた。


 正則は続けた。


「もちろん、全国制覇したいです。でも、それだけが野球をする理由ではありません」


 監督は静かに聞いていた。


「俺は、もっと上手になりたいし、もっといろんな選手と野球がしたい。自分の知らないことを覚えて、仲間と一緒に強くなりたいです」


 亜由美もうなずいた。


「私も同じです」


 そして、少し力を込めて話した。


「全国制覇は目標です。でも、そこまでの毎日の練習や、仲間と一緒に考えることも大切にしたいです」


 城戸監督はゆっくりとうなずいた。


 そして、最後の質問を投げかけた。


「では、野球ができなくなったとしても、博多南中学校で学び続けたいと思いますか?」


 正則は、以前の個人面接を思い出した。


 野球ができなくなる。


 考えたくないことだった。


 しかし、今度は迷わなかった。


「はい」


 亜由美も答えた。


「はい」


 城戸監督が尋ねた。


「なぜですか?」


 正則は答えた。


「野球だけが、自分の人生の全部ではないからです」


 亜由美も続けた。


「私は、野球以外にも学びたいことがあります。それに、もし怪我で野球ができなくなっても、仲間を支える方法はあると思います」


 城戸監督は、二人の顔を静かに見つめた。


 そして、口を開いた。


「……分かりました」


 平松コーチも微笑んだ。


「お二人とも、ありがとうございました」


 正則と亜由美は、深く頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 二人が退室したあと、城戸監督は評価用紙を見つめた。


 平松コーチが話しかける。


「監督、どう思われました?」


 城戸監督は少し考えた。


「……いい目をしていましたね」


「そうですね」


「しかし、全国大会準優勝という実績だけで判断するわけにはいきません」


 平松コーチがうなずいた。


「はい」


 城戸監督は続けた。


「二人とも、自分の進路をよく考えているようです。ただし、寄宿舎で実際に生活できるかどうかは、ほかの審査結果も確認しなければなりません」


「そうですね」


「それに、野球の技術が高いだけでは、いいチームは作れません」


 平松コーチは微笑んだ。


「仲間を尊重できるか。自分の役割を理解できるか。そこが大切ですね」


 城戸監督はうなずいた。


「そのとおりです」


 そして、二人の評価用紙に静かに書き込みを始めた。


 第十三章 保護者面談、親としての覚悟

 最後に、保護者面談が行われた。


 河内家と加藤家の両親は、それぞれ学校担当者から説明を受けた。


 寄宿舎の生活費。


 学校生活。


 帰省の取り扱い。


 体調不良時の連絡体制。


 そして、寮生活で問題が起きた場合の対応。


 河内家の父が尋ねた。


「もし息子が、寮生活に適応できずに困っていた場合は、どのような対応になりますか?」


 担当者が答えた。


「まず本人の話を聞き、寮職員と学校が協力して支援します。必要に応じて保護者にも連絡します」


「分かりました」


「ただし、重大な規則違反が続く場合や、共同生活の安全を守れない場合には、入寮の継続について検討することもあります」


 加藤家の母がうなずいた。


「厳しいですね」


 担当者は穏やかに答えた。


「はい。しかし、それはすべての生徒が安心して生活できるようにするためです」


 そして、続けた。


「一方で、怪我や病気、家庭の事情など、本人の努力だけではどうにもならない問題については、事情を十分に確認して対応します」


 河内家の母は、少し安心した表情になった。


「そうですか」


 さらに担当者は説明した。


「寄宿舎は、生徒を一人前の大人として突き放す場所ではありません。必要な支援を受けながら、自立する力を身につける場所です」


 加藤家の父がうなずいた。


「その考え方には賛成です」


 そして、静かに続けた。


「私たちも、子どもたちをただ送り出せば終わりとは思っていません。親として、できる限りの支援を続けるつもりです」


 担当者は微笑んだ。


「ありがとうございます」


 こうして、二日間にわたる入寮審査は終了した。

 第十四章 審査を終えた二人

 夕方。


 博多南中学校の正門前。


 正則と亜由美は、両親と合流していた。


 正則が大きく息を吐いた。


「……終わったぁ!」


 亜由美も笑った。


「ほんま、めちゃくちゃ緊張した!」


 河内家の父が尋ねた。


「どうやった?」


 正則は答えた。


「自分なりには、ちゃんと答えられたと思う」


「そうか」


 加藤家の母も亜由美へ尋ねた。


「亜由美は?」


「うちも、思っとることは全部話せたよ」


 母は微笑んだ。


「それならよかった」


 正則は、校舎を振り返った。


「……ここで野球できたら、ほんまに楽しそうやな」


 亜由美もうなずいた。


「うん」


 しかし、河内家の父が声をかけた。


「まだ合格が決まったわけではないぞ」


 正則は笑った。


「分かっとる!」


 加藤家の父も続けた。


「結果がどうなるにしても、今日の経験は大切にしなさい」


 亜由美はうなずいた。


「うん!」


 そして、正則は少し考えた。


「でもな、お父さん」


「何や?」


「俺、今日の面接で、改めて分かったことがあるねん」


「何や?」


「博多へ行きたいって思っとったけど、今までは野球のことばっかり考えとった」


 父は黙って聞いていた。


「でも、学校で勉強することも、寮で生活することも、全部自分の進路なんやなって思った」


 父は静かにうなずいた。


「そうやな」


 亜由美も続けた。


「うちも、今日の審査でいろんなこと考えたよ」


 そして、少し笑った。


「野球だけできたらええってわけやないんやね」


 加藤家の母が微笑んだ。


「そういうことやね」


 二人は顔を見合わせた。


 そして、正則が言った。


「亜由美」


「何?」


「受かるとええな」


 亜由美は笑顔で答えた。


「うん。ほんまにね」


 二人は拳を合わせた。


 第十五章 博多の柳川家、審査を終えた二人への思い

 その夜。


 博多の柳川家。


 柳川悠翔は、父・拓実と母・優子に、正則から届いたメッセージを見せていた。

 正則:悠翔! 寮の審査、終わったで! めちゃくちゃ緊張したけど、俺も亜由美も、思っとることは全部話してきた!


 悠翔は嬉しそうに言った。


「お父さん、お母さん! 正則君たち、審査終わったって!」


 優子が笑顔になった。


「そうね。二人とも、よう頑張ったね」


 拓実もうなずいた。


「結果はまだなんだろう?」


「うん。でも、受かるとよかね」


 優子は微笑んだ。


「そうやね」


 悠翔は少し考えた。


「もし正則君たちが来年入ってきたら、僕が中学に入るときには二年生になっとるっちゃね」


 拓実がうなずいた。


「そうだな。悠翔は一学年下だからね」


「うん」


 そして、悠翔は目を輝かせた。


「僕が一年生になったとき、正則君と亜由美さんが二年生。めちゃくちゃ強いチームになると思わん?」


 優子は笑った。


「そうかもしれんね。でも、ほかの選手たちも成長しよるけん、競争は激しかろうね」


 悠翔がうなずいた。


「そうたい! だから僕も、来年のリトルリーグで、もっと強くなっとかんとね!」


 拓実は微笑んだ。


「いい考えだね」


 しかし、優子は息子へ尋ねた。


「悠翔。もし正則君たちが合格できんかったら、どうする?」


 悠翔は少し考えた。


「……残念やと思う」


「そうやね」


「でも、正則君たちが大阪で野球を続けても、僕は応援するよ」


 優子は静かにうなずいた。


「そうたい。それが大切やね」


 悠翔は笑った。


「でも、やっぱり一緒に野球したかね!」


 拓実も笑った。


「そうだね」


 そして、悠翔は正則へ返信した。

 悠翔:正則君、亜由美さん、審査お疲れさま! 二人ともよう頑張ったね! 結果が出るまで落ち着かんやろうけど、僕も応援しとるばい!


 しばらくして、正則から返信が届いた。

 正則:ありがとう! 結果が出るまで、掃除と洗濯の練習も続けるわ!


 悠翔は吹き出した。


「正則君、まだ掃除と洗濯の練習しよるって!」


 優子も笑った。


「よかことたい! 自分のことを自分でできるようになるのは大切やけんね」


 そのとき、悠翔が突然言った。


「そうや! 正則君が博多に来たら、僕が料理理論も教えてやろうかな!」


 優子が大笑いした。


「ちょっと待って! それは寮の審査に関係なかろうもん!」


 悠翔も笑った。


「でも、野球には関係あるかもしれんよ!」


 拓実が苦笑した。


「また長崎ちゃんぽんの話かい?」


 悠翔は満面の笑みで答えた。


「今度は大阪のお好み焼き理論たい!」


 優子が腹を抱えた。


「正則君、博多に来たら大変なことになりそうやねぇ!」


 柳川家に、明るい笑い声が響いた。


 しかし、正則と亜由美の運命を決める審査結果は、まだ出ていなかった。


 第十六章 十室の狭き門、その先にある未来

 数日後。


 博多南中学校。


 入寮審査の担当者たちは、応募者たちの評価資料を確認していた。


 学習。


 生活実技。


 共同生活。


 個人面接。


 保護者面談。


 そして、希望する活動への姿勢。


 全国大会の優勝者や準優勝者もいれば、これから実力を伸ばそうとしている生徒もいる。


 文化系の活動を志す生徒も、運動部を志す生徒も、同じように自分の夢を持っていた。


 しかし、全員を受け入れることはできない。


 寄宿舎の居室は、各学年十室。


 審査担当者の一人が口を開いた。


「今年も難しい選考になりますね」


 別の担当者がうなずいた。


「そうですね。どの希望者にも、それぞれの強い思いがあります」


「しかし、入寮後に生活を続けられるかどうかを、慎重に判断しなければなりません」


「はい」


 その中には、河内正則と加藤亜由美の評価資料もあった。


 担当者は、二人の面接記録を読み返した。


 正則が語った、投手としての成長。


 亜由美が語った、中学三年間で男子とともに全国制覇を目指す理由。


 そして、二人が共通して話した、仲間とともに成長したいという思い。


 しかし、それだけで合否が決まるわけではない。


 生活能力。


 学習。


 共同生活。


 家族の支援。


 すべてを総合して判断する必要がある。


 担当者は、静かに評価用紙を閉じた。


「……では、最終選考に進みましょう」


 そのころ、大阪では。


 正則が、自宅で洗濯物をたたんでいた。


 隣では一香が、面白そうに眺めている。


「正則、ほんまに変わったなぁ」


「何がや?」


「前は洗濯なんか、ほとんどせえへんかったやん」


 正則は笑った。


「今は毎日やっとるで!」


「えらいやん!」


「子ども扱いすんなや!」


 一香が笑った。


「でも、博多に行くかどうか、まだ分からへんのやろ?」


 正則は少し手を止めた。


「……うん」


「受かるとええな」


 正則は、静かにうなずいた。


「……せやな」


 一方、亜由美も、自宅の机に向かっていた。


 学校の勉強を終えると、野球の練習ノートを開いた。


 そこには、全国大会で見つけた課題が書かれていた。


 打球への反応。


 守備位置の予測。


 選球眼。


 そして、打撃の緩急への対応。


 亜由美は、ページの最後に新しい言葉を書き込んだ。


「博多フューチャーズで、中学生日本一を目指す」


 そして、その下に小さく付け加えた。


「そのために、まず自分の生活を自分でできるようになる」


 亜由美は、静かにノートを閉じた。


「……絶対に受かりたいな」


 全国大会準優勝から始まった、新しい夢。


 しかし、そこへ進む道は、決して簡単ではなかった。


 二人の将来を左右する入寮審査。


 その結果が、まもなく明らかになろうとしていた。


 次回予告

 第44話「届いた合否通知、新しい道への第一歩」

 秋の入寮審査を終えた河内正則と加藤亜由美。


 生活実技、学習、共同生活、個人面接、そして博多フューチャーズの城戸直哉監督と平松真帆コーチによる厳しい質問。


 二人は、自分の考えを精いっぱい伝えた。


 しかし、合格が約束されたわけではない。


 全国から集まった入寮希望者たち。


 限られた居室。


 厳しい選考基準。


 大阪では、正則と亜由美が普段どおり学校へ通いながら、結果を待っていた。


「正則、まだ通知来えへんな」


 亜由美の言葉に、正則がうなずく。


「せやな。何か、全国大会の決勝より緊張するわ」


 そして、ある日の夕方。


 河内家と加藤家に、それぞれ一通の封筒が届く。


 差出人は、博多南中学校。


「……来た!」


 正則と亜由美は、それぞれ家族の前で封筒を開こうとする。


 一方、博多では柳川悠翔が、二人の審査結果を気にかけていた。


「お母さん、正則君たち、受かっとるとよかね」


 優子は微笑んだ。


「そうやね。でも、結果がどうなっても、二人がここまで頑張ったことには意味があるとよ」


 次回、第44話「届いた合否通知、新しい道への第一歩」。


 全国大会準優勝という実績ではなく、自分自身の力で挑んだ入寮審査。二人の思いは、博多南中学校へ届いたのか。そして、幼なじみ二人が選んだ新しい進路は、どのような未来につながっていくのか。

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