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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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博多への決意、家族に打ち明けた夢

 河内正則 栄光への道

 第42話「博多への決意、家族に打ち明けた夢」

 第一章 全国準優勝、その先に見つけた夢

 全国大会決勝から数日が過ぎた。


 大阪タイタンズの選手たちは、それぞれの日常へ戻り始めていた。


 しかし、河内正則と加藤亜由美の胸には、東京ドームで経験した激闘が鮮明に残っていた。


 延長八回裏。


 池永智雄と柳川悠翔による、十六球に及ぶ壮絶な勝負。


 最後の直球を悠翔がライトポール際へ運び、博多リトルスターズが逆転サヨナラ優勝を決めた。


 大阪タイタンズは全国準優勝。


 悔しさは、簡単には消えなかった。


 それでも正則と亜由美には、ほかの仲間たちとは少し違う思いが芽生えていた。


 もう一度、博多リトルスターズと対戦したい。


 もちろん、その気持ちもある。


 だが、それ以上に、あの選手たちと同じチームで野球をしてみたかった。


 柳川悠翔。


 村瀬杏奈。


 坂井雄二。


 牧田和美。


 岸田誠一。


 立花朋輝。


 そして、岡部結菜をはじめとする投手陣。


 一人一人が、自分に与えられた役割を理解している。


 誰かが突出しているだけではなく、全員が試合の流れを読み、考え、仲間を支えていた。


 あのチームに加われば、自分たちはもっと成長できるのではないか。


 そんな思いが、二人の中で日増しに強くなっていた。


 しかし、まだ小学生の二人にとって、大阪から福岡へ移るという決断は、簡単なものではなかった。


 学校も変わる。


 住む場所も変わる。


 家族とも離れて暮らすことになる。


 そして何より、自分たちだけの希望で決められる問題ではない。


 正則と亜由美は、それぞれの両親へ相談することを決意した。


 第二章 河内家、突然の進路希望

 その日の夕食後。


 河内家の居間では、正則が父と母に話しかけていた。


 高校生の姉・一香も、隣でテレビを見ている。


「お父さん、お母さん。ちょっと話があるねん」


 母が顔を上げた。


「何や、正則。改まって」


 父も新聞をたたんだ。


「どうした? 野球のことか?」


 正則はうなずいた。


「うん。中学の進路のことやねん」


 母は少し驚いた。


「中学? まだ夏休みやけど、もう考えとるん?」


「うん」


 正則は一度深呼吸した。


 そして、まっすぐ両親を見た。


「俺、福岡の博多南中学校へ進学したいねん」


 居間が静まり返った。


 父が聞き返す。


「……博多南中学校?」


「うん」


 母も驚いていた。


「ちょっと待って。福岡って、あの博多リトルスターズの?」


「そうや」


 正則は続けた。


「俺、悠翔たちと一緒に野球したいねん」


 一香が思わずテレビを消した。


「正則、あんた本気なん?」


「本気や」


 父は腕を組んだ。


「なるほど。全国大会で対戦した相手と、今度は一緒に戦いたいということか」


「うん」


「しかし、大阪から福岡へ行くということが、どういう意味か分かっているか?」


 正則はうなずいた。


「分かっとるつもりや」


 父は静かに首を横に振った。


「つもり、では困る」


 その言葉に、正則は口を閉じた。


 父は続けた。


「大阪の学校へ通うのとは違う。毎日家に帰って、晩ご飯を食べて、風呂に入って、寝る。それができなくなるんだぞ」


 母も言った。


「具合が悪くなったときも、お母さんがすぐそばにおるとは限らへん。寂しくなっても、簡単には帰ってこられへんよ」


 正則は真剣な表情で聞いていた。


 父は尋ねた。


「住むところは、どうするつもりや?」


「それは……」


 正則は鞄から資料を取り出した。


「ちゃんと調べてきた」


 机の上に置かれたのは、博多南中学校の入学案内と、遠方からの入学希望者向けの寄宿舎案内だった。


 父と母、そして一香が資料をのぞき込んだ。

 第三章 全国から志願者が集まる博多南中学校

 博多南中学校は、近年、全国から注目を集めている学校だった。


 野球やバレーボール、卓球などの運動部だけでなく、吹奏楽、軽音楽、科学、演劇などの文化系活動も盛んだった。


 競技成績やコンクールでの実績だけでなく、生徒一人一人の自主性を重んじる教育方針も高く評価されている。


 そのため、福岡県外からの入学希望者も年々増えていた。


 しかし、遠方からの希望者すべてを受け入れられるわけではない。


 学校には寄宿舎が設けられているものの、部屋数には限りがあった。

 博多南中学校・寄宿舎制度

 項目内容

 入寮対象遠方から進学し、学校活動に継続的に取り組む生徒

 居室数各学年、男女合わせて10室

 男女別区画居室・浴室などの生活区域を分離

 入寮審査毎年秋に実施

 食事常駐の管理栄養士が献立を管理

 掃除・洗濯原則として各生徒が責任を持って実施

 入浴寄宿舎の男女別浴室を利用

 学習授業、課題、自主学習を両立

 生活管理寮職員が安全と生活状況を確認

 選考書類、面接、生活能力、学習意欲、協調性などを総合評価


 父は資料を読みながら、眉をひそめた。


「各学年十室か。ずいぶん狭き門やな」


 正則がうなずいた。


「うん。全国から申し込みが来るらしい」


 母が尋ねた。


「寮に入れたら、中学校への入学も決まるん?」


「いや。学校の入学手続きも必要やし、寄宿舎の審査にも合格せなあかん」


 父は静かにうなずいた。


「そこは理解しているんやな」


 正則は続けた。


「それに、野球がうまいだけでは合格できへんらしい」


 一香が興味深そうに尋ねた。


「どういうこと?」


 正則は案内の一節を指さした。


「寄宿舎は、スポーツだけする場所ちゃうねん。勉強も生活も、自分でちゃんとできることが条件やって」


 父が読み上げた。


「日常生活における基本的な自立、共同生活への適応、学習への責任、規則の遵守……」


 そして正則を見た。


「お前、これがどういう意味か分かっているか?」


「うん」


「ほう。なら、説明してみろ」


 正則は少し考えてから答えた。


「野球がうまかったら何をしてもええ、というわけやない。自分のことは自分でして、ほかの人にも迷惑をかけんようにするってことやろ?」


 父はうなずいた。


「そのとおりだ」


 しかし、すぐに続けた。


「言うのは簡単や。問題は、実際にできるかどうかやな」


 正則は何も言い返さなかった。


 父の言葉が正しいと分かっていたからだ。

 第四章 野球がうまくても、寮には入れない

 父は寄宿舎の案内をさらに読み進めた。


「なるほど。入寮審査には生活能力の確認もあるんやな」


 母が尋ねた。


「掃除や洗濯も審査されるん?」


 正則が答えた。


「そうみたいや」


 資料には、入寮希望者に求められる生活能力が詳しく記されていた。


 自分の衣服を洗濯し、決められた場所へ干し、乾いたら片づけること。


 自室や共用部分を清潔に保つこと。


 決められた時間に起床し、授業や部活動に遅れないこと。


 食事を規則正しく取り、体調管理を行うこと。


 共同生活の規則を守り、ほかの生徒の生活を尊重すること。


 そして、学習をおろそかにしないこと。


 母が正則を見た。


「正則、あんた、自分で洗濯したことある?」


 正則は一瞬、言葉に詰まった。


「……たまには」


 一香がすかさず突っ込んだ。


「たまにって、先月一回やっただけやん!」


「姉ちゃん! 余計なこと言わんといて!」


 母が笑った。


「それで寮生活できるん?」


 正則は頭をかいた。


「……これから練習する」


 父は真剣な表情で告げた。


「正則。寄宿舎は野球の合宿所とは違うぞ」


「うん」


「お前だけ特別扱いしてもらえるわけではない。野球がどれほど上手でも、生活の規則を守れなければ入寮は認められない」


「分かっとる」


 父は続けた。


「秋の審査で、自分のことを自分でできないと判断されたら、不適格になる可能性もあるんやぞ」


「うん」


「それでも受けたいんか?」


 正則は、まっすぐ父を見た。


「受けたい」


 今度は迷わなかった。


「それも覚悟の上や」


 父は何も言わず、息子の顔を見つめていた。


 第五章 加藤家でも始まった真剣な話し合い

 同じ日の夜。


 加藤家の食卓でも、進路についての話し合いが行われていた。


 亜由美は、両親の前に博多南中学校の資料を置いた。


「お父さん、お母さん。うち、相談したいことがあるねん」


 母が顔を上げた。


「どうしたん?」


 亜由美は深呼吸した。


「うち、博多南中学校へ進学したい」


 父は驚いた。


「博多南中学校?」


「うん。福岡の」


「そんな遠いところへ?」


 亜由美はうなずいた。


「正則も考えとる。うちも一緒に、悠翔君たちと野球したいねん」


 父は腕を組んだ。


「なるほど。しかし、亜由美。理由はそれだけか?」


 亜由美は首を横に振った。


「違う」


 そして、真剣な表情になった。


「うちな、中学の三年間は、できるだけ高いレベルで男子と一緒に野球したいねん」


 母は黙って聞いていた。


「高校になったら、男子と同じチームで甲子園を目指すことは、今の仕組みではできへんやろ?」


 父がうなずいた。


「そうやな」


「もちろん女子野球にも、すごい選手はいっぱいおるし、将来はそっちの道も考えたい。でも、中学では正則や悠翔君たちと一緒に、全国制覇を目指してみたいんや」


 亜由美は続けた。


「それに、あの村瀬杏奈ちゃんや岡部結菜ちゃん、ほんまにすごかったやろ?」


 母がうなずいた。


「テレビで見たよ。三塁守備も、投球も見事やったね」


「うん。あんな選手たちと一緒に練習できたら、うちももっと上手になれると思うねん」


 父はしばらく考えていた。


 そして尋ねた。


「住まいはどうするんや?」


 亜由美は、寄宿舎の案内を差し出した。


「学校の寮に申し込もうと思っとる」


 父は資料を読み始めた。


 母も隣からのぞき込んだ。


「各学年十室……ずいぶん少ないね」


「うん。審査も厳しいらしい」


 母は亜由美を見た。


「それでも受けるつもりなん?」


「うん」


「掃除も洗濯も、自分でせなあかんよ」


「分かっとる」


「具合が悪くなったら、ちゃんと寮の先生に相談できる?」


「できる」


「友達とうまくいかんことがあっても、すぐ投げ出したりせえへん?」


 亜由美は少し考えた。


「まず話し合う。それでも解決せんかったら、寮の先生や学校の先生に相談する」


 母はうなずいた。


「そう。それは大切なことやね」


 父は資料を閉じた。


「亜由美。お父さんからも聞いてええか?」


「うん」


「正則が博多へ行かないことになっても、お前は行きたいんか?」


 亜由美は一瞬、驚いた。


 予想していなかった質問だった。


 しかし、しばらく考えたあと、ゆっくり答えた。


「……行きたい」


 父は黙っていた。


 亜由美は続けた。


「正則と一緒に行けたら、もちろんうれしい。でも、うちが博多へ行きたいのは、正則についていきたいからだけやない」


 そして、まっすぐ父を見た。


「うち自身が、あのチームで野球をしたいねん」


 父は静かにうなずいた。


「そうか」


 母は、少しだけ微笑んだ。


「ちゃんと自分の目標として考えとるんやね」


 亜由美は力強く答えた。


「うん!」

 第六章 河内家と加藤家、合同家族会議

 数日後の日曜日。


 河内家の居間に、加藤家の両親と亜由美が訪れていた。


 正則と亜由美の進路希望について、両家で改めて話し合うことになったのである。


 河内家の父が口を開いた。


「今日は、二人の希望について、親としてもきちんと確認しておきたいと思います」


 加藤家の父もうなずいた。


「そうですね。野球のためとはいえ、まだ小学生ですから」


 河内家の母が資料を広げた。


「博多南中学校の寄宿舎について、学校案内をもう一度確認しました」


 テーブルには、入学案内、寮の生活規則、入寮審査の説明資料が並んでいた。


「まず、食事については管理栄養士が常駐しているそうです」


 加藤家の母がうなずいた。


「成長期の子どもたちですから、そこは安心材料ですね」


 正則が口を開いた。


「野球部の練習量に合わせて、食事のことも考えてくれるらしいで」


 河内家の父が答えた。


「それはありがたい。ただし、好き嫌いばかりしていたら意味がないぞ」


 正則が苦笑した。


「分かっとるって!」


 亜由美がすかさず言った。


「正則、野菜もちゃんと食べなあかんで!」


「食べとるわ!」


 一香が横から突っ込んだ。


「正則、ピーマン避けとるときあるやん!」


「姉ちゃん! 今は真面目な話し合いやろ!」


 両家の大人たちから笑いが起きた。


 しかし、河内家の父はすぐに話を戻した。


「食事は管理栄養士さんが考えてくれる。でも、それ以外の生活はどうや?」


 加藤家の父が答えた。


「掃除、洗濯、部屋の整理、時間管理。原則として本人の責任ですね」


「そうです」


 さらに、河内家の母が説明した。


「お風呂は寮の共同浴室を利用するそうです。男女別の区域になっていて、入浴時間も決まっているとのことです」


 亜由美はうなずいた。


「それも読んだよ」


「お風呂に入ったあと、使った場所を次の人のためにきれいにしておくことも必要なんやで」


「うん」


 加藤家の父が続けた。


「共同生活では、自分さえよければいいという考えは通用せえへん。夜遅くまで騒いだり、共有する場所を散らかしたりしたら、ほかの生徒に迷惑がかかる」


 正則も亜由美も、真剣な表情で聞いていた。


 そして、河内家の父は最も重要なことを尋ねた。


「二人とも、それだけの覚悟はあるんか?」


 正則が答えた。


「ある」


 亜由美も続けた。


「うちもある」


 しかし、父は首を横に振った。


「それだけでは足りへん。どういう覚悟なのか、具体的に聞かせてくれ」

 第七章 厳しい質問に答える二人

 河内家の父が、まず正則へ尋ねた。


「朝、寝坊して授業に遅れそうになったら、どうする?」


 正則は答えた。


「まず、寝坊せんように自分で時間を管理する。目覚ましも使うし、前の日に準備しておく」


「それでも寝坊したら?」


「すぐ寮の先生に報告して、学校にも連絡する。ごまかしたりせえへん」


 父がうなずいた。


「では、練習で疲れていても洗濯物がたまっていたら?」


「ちゃんと洗う。後回しにして困るのは自分やから」


「勉強が分からなくなったら?」


「先生に聞く。自分でも調べる。野球が忙しいからって勉強を放っておかへん」


 続いて、加藤家の父が亜由美へ質問した。


「友達と共同生活のことで意見が食い違ったら?」


 亜由美は答えた。


「まず相手の話を聞く。自分の考えも伝えて、どうしたらええか話し合う」


「それでも解決しなかったら?」


「寮の先生に相談する」


「自分より野球がうまい選手がおって、試合に出られなくなったら?」


 亜由美は少し考えた。


「悔しいと思う。でも、何が足りんのか考えて練習する」


「それでも試合に出られなかったら?」


「ベンチからできることをする。全国大会で、博多の控え選手たちもそうしとったから」


 その言葉に、大人たちは静かにうなずいた。


 河内家の母が尋ねた。


「二人とも、親元を離れることがどれだけ寂しいか、考えたことある?」


 正則は答えた。


「ある」


 亜由美もうなずいた。


「うん」


「毎日、家族と一緒にご飯を食べられへん。学校で嫌なことがあっても、すぐ家に帰って話すことはできへんよ」


 正則は少し考えた。


「でも、離れて暮らしても連絡は取れるやろ? それに、困ったことがあったら寮の先生にも相談する」


 亜由美も続けた。


「寂しくなることはあると思う。でも、それも含めて自分で選んだ道やから、簡単には投げ出したくない」


 父親たちは顔を見合わせた。


 そして、河内家の父が静かに言った。


「……なるほど」


 しかし、その表情はまだ厳しかった。

 第八章 「やってみて駄目だった」は許さない

 河内家の父は、正則と亜由美をまっすぐに見つめた。


「二人とも、よく聞いてくれ」


 二人が姿勢を正した。


「お父さんたちは、君たちの夢を応援したいと思っている」


 正則の表情が少し明るくなった。


 しかし、父は続けた。


「ただし、簡単な気持ちで福岡へ行くというのなら、認めるわけにはいかない」


 加藤家の父もうなずいた。


「そのとおりや」


 河内家の父は言葉を続けた。


「寮の生活費や学費、移動費、道具代。必要なお金は、できる限り親が責任を持つ」


 正則が顔を上げた。


「……お父さん」


「ただし、それは君たちが本気で取り組むことが前提だ」


 亜由美も真剣に聞いていた。


「ちょっと練習がきつかった。思っていたより勉強が大変だった。掃除や洗濯が面倒だった。だから、もうやめたい」


 父は少し声を強めた。


「そんな軽い理由で投げ出すことは、許さん」


 居間が静まり返った。


 正則は、まっすぐ父を見た。


「……分かっとる」


 亜由美も続けた。


「うちも、そんなつもりで行こうとは思っとらん」


 加藤家の父が口を開いた。


「でもな、ここは間違えたらあかん」


 二人は顔を向けた。


「本当に体調を崩したり、怪我をしたり、学校や寮で深刻な問題が起きたときまで、無理して続けろと言っているわけではない」


 河内家の母もうなずいた。


「そういうときは、必ず先生やお父さん、お母さんに相談するんよ。一人で抱え込んだらあかん」


「うん」


「つらいことを隠して我慢するのが、自立というわけではないからね」


 亜由美は大きくうなずいた。


「分かりました」


 そして、河内家の父は最後に尋ねた。


「もう一度聞くぞ。それでも博多南中学校へ行きたいんか?」


 正則は、迷わず答えた。


「行きたい」


 亜由美も続けた。


「うちも行きたい」


 二人は互いに顔を見合わせた。


 そして正則が言った。


「俺、全国大会で悠翔たちと戦って、自分にはまだまだ足りんものがあるって分かった」


 亜由美もうなずいた。


「うちもや。あんな強い選手たちと一緒に練習したら、もっと上手になれると思う」


 正則は続けた。


「もちろん、入寮審査に受からんかったら行けへん。それも分かっとる」


「うん」


 亜由美も言った。


「せやから、まずは審査を受けられるように、自分たちで準備したい」


 正則は父を見た。


「お父さん。俺らに挑戦させてください」


 亜由美も深く頭を下げた。


「お願いします」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、河内家の父が口を開いた。


「……分かった」


 正則が顔を上げた。


「えっ?」


 父は静かに笑った。


「そこまで言うなら、やれるだけやってみろ」


 加藤家の父もうなずいた。


「私たちも、二人の挑戦を応援しようと思います」


 亜由美は目を丸くした。


「……ほんまに!?」


「ただし、合格を約束するということではない。審査で認めてもらえるだけの準備をしなさい」


「はい!」


 河内家の母が笑顔で言った。


「生活費のことは、親としてちゃんと考えるから。あんたたちは、まず自分の生活と勉強をしっかりすること」


 正則は大きくうなずいた。


「ありがとう!」


 亜由美も笑顔になった。


「ありがとうございます!」


 二人は、両家の両親へ深く頭を下げた。


 その姿を見ながら、一香が小さく笑った。


「正則、なんか急に大人になったみたいやな」


 正則が振り返った。


「姉ちゃん! 今、めっちゃええ場面なんやから、茶化さんといて!」


「ええやん! 褒めとるんやで!」


 居間に笑い声が広がった。


 第九章 秋の入寮審査へ向けて

 翌朝。


 河内家の洗面所では、洗濯機の前に立つ正則の姿があった。


 母が隣で説明している。


「まず、洗濯表示を確認するんよ」


 正則は野球の練習着を手に取った。


「これ、いつも普通に洗っとるやん」


 母は笑った。


「そうやね。でも、何でも同じ洗い方でいいわけではないんよ」


「なるほど」


「それから、色の濃いものと白いものを一緒に洗うと、色移りすることもあるからね」


 正則は真剣に聞いていた。


 しかし、洗濯物を仕分けている途中、ふと首をかしげた。


「なあ、お母さん」


「何?」


「野球のユニフォームって、毎日こんなに泥だらけになるやろ?」


「なるね」


「寮に入ったら、毎日これ自分で洗わなあかんのか……」


 母は笑った。


「そういうことやね」


 正則は一瞬、遠い目をした。


「……全国制覇より難しそうや」


 母が吹き出した。


「大げさや!」


 その日の午後。


 今度は加藤家。


 亜由美は、自室の掃除をしていた。


 机の上。


 本棚。


 衣類。


 野球道具。


 すべてを整理し、使いやすい場所へ片づけていく。


 母が部屋をのぞいた。


「あら、きれいになったやん」


 亜由美は笑った。


「寮に入ったら、自分で全部せなあかんからね」


「そうやね」


 そして母が尋ねた。


「ところで、勉強の計画は?」


 亜由美は机の上のノートを見せた。


「これ。毎日の勉強時間も決めたんよ」


 母はうなずいた。


「ええやん。ただし、予定を立てるだけではあかんよ」


 亜由美が笑った。


「分かっとる!」


 そして、少し真剣な表情になった。


「お母さん、うち、ほんまに頑張るからね」


 母は優しく微笑んだ。


「うん。応援しとるよ」

 第十章 博多でも始まった受け入れの検討

 一方、福岡市。


 博多南中学校では、秋の入寮審査へ向けた準備が始まっていた。


 全国から寄せられる入学希望の相談は、今年も多い。


 野球。


 バレーボール。


 卓球。


 吹奏楽。


 演劇。


 科学。


 そして、さまざまな文化系活動。


 それぞれの夢を持った子どもたちが、博多南中学校への進学を希望していた。


 しかし、寄宿舎の居室は各学年、男女合わせて十室しかない。


 学校側は、単に競技成績が優れているという理由だけで入寮を認めることはしなかった。


 生活能力。


 学習への意欲。


 規則を守る姿勢。


 共同生活への適応。


 そして、遠方から進学することに対する本人の理解と家族の協力。


 それらを総合的に判断する必要がある。


 学校の担当職員が資料を確認していた。


「今年もかなり多くの希望者がいますね」


 別の職員がうなずいた。


「そうですね。運動部だけでなく、文化部の希望者も増えています」


「審査は例年どおり、秋に行いますか?」


「はい。特別扱いはできませんからね」


 職員たちは、慎重に準備を進めていた。


 その段階で、河内正則と加藤亜由美の入寮が認められたわけではない。


 二人に待っているのは、これから始まる厳しい審査だった。

 第十一章 悠翔に届いた連絡

 その日の夕方。


 博多の柳川家。


 悠翔は、自室で素振りを終えたあと、スマートフォンを確認していた。


 すると、大阪の正則からメッセージが届いていた。

 正則:悠翔! ちょっと報告あるねん。俺と亜由美、家族に博多南中へ行きたいって相談したで!


 悠翔は目を丸くした。


「……えっ!?」


 続けてメッセージが届いた。

 正則:両親も、やれるだけやってみろって言うてくれた! 秋の寮の審査を目指して準備するわ!


 悠翔は思わず立ち上がった。


「やったぁぁぁ!」


 その声を聞いて、優子が部屋をのぞいた。


「悠翔、何ね!? 何かあったと?」


 悠翔は笑顔で振り返った。


「お母さん! 正則君と亜由美さんが、博多南中の寮の審査を受ける準備を始めるって!」


 優子は驚いた。


「あら、本当に!?」


「うん!」


 そこへ父の拓実もやってきた。


「どうしたんだ?」


 悠翔は、正則から届いたメッセージを二人に見せた。


 拓実は静かにうなずいた。


「なるほど。ご家族も挑戦を認めてくれたんだね」


 優子も微笑んだ。


「それはよかったね」


 悠翔は目を輝かせた。


「正則君たちが来てくれたら、めちゃくちゃ強いチームになると思わん!?」


 拓実は笑った。


「そうだね。でも、審査はこれからなんだろう?」


「うん!」


「なら、まずは二人が自分たちの力で審査に合格できるように応援しよう」


 優子もうなずいた。


「そうたい。寮に入るには、野球だけじゃなくて生活のこともきちんとできんといかんけんね」


 悠翔は笑顔で答えた。


「分かっとるよ!」


 そして、正則へ返信した。

 悠翔:正則君、亜由美さん、応援しとるばい! 審査は厳しかって聞いとるけど、二人なら頑張れると思う! 博多で一緒に野球できる日が来たら、めちゃくちゃ楽しみたい!


 正則から、すぐに返信が届いた。

 正則:ありがとう! まずは掃除と洗濯から特訓や!


 悠翔は吹き出した。


「掃除と洗濯!?」


 優子が笑った。


「そうたい。寮に入ったら、自分でせないかんけんね」


 悠翔は、少し考えた。


 そして、次のメッセージを送った。

 悠翔:正則君、野球だけやなくて生活も全国制覇目指さんとね!


 正則から返事が届いた。

 正則:生活の全国制覇って何やねん! 掃除の甲子園でもあるんか!


 悠翔は腹を抱えて笑った。


 優子も画面を見て吹き出した。


「正則君、なかなかツッコミが鋭かね!」


 拓実も笑った。


「これは野球以外でも仲良くなりそうだな」

 第十二章 夢を現実にするための第一歩

 数日後。


 大阪市内の野球場。


 河内正則と加藤亜由美は、いつものようにキャッチボールをしていた。


 ボールが互いのグラブへ収まる。


 乾いた音が響いた。


 亜由美が尋ねた。


「正則、洗濯の練習どうや?」


 正則は苦笑した。


「だいぶ慣れてきたで」


「ほんまか?」


「ほんまや!」


「ほな、昨日の練習着も自分で洗ったん?」


「洗ったで!」


 亜由美は笑った。


「やるやん!」


 正則はボールを投げ返した。


「亜由美はどうなん?」


「うちは掃除も洗濯も、毎日ちゃんとやっとるで」


「えらいなぁ」


「正則も負けんごと頑張りや!」


「分かっとる!」


 二人は笑い合った。


 しかし、しばらくして正則が真剣な表情になった。


「なあ、亜由美」


「何?」


「秋の審査、絶対に受かりたいな」


 亜由美はうなずいた。


「うん。でも、簡単には受からんと思うで」


「せやな」


「それに、もし審査に受かっても、それからが本番やからね」


 正則は、大きくうなずいた。


「分かっとる」


 亜由美は続けた。


「毎日の勉強も、野球も、寮の生活も、全部ちゃんとせなあかん」


「うん」


「でも、うちはやってみたい」


 正則は笑った。


「俺もや」


 そして、二人は再びキャッチボールを始めた。


 ボールが正則のグラブへ収まる。


 正則は、ふと東京ドームでの決勝を思い出した。


 柳川悠翔のサヨナラホームラン。


 最後まで粘り続けた博多リトルスターズ。


 そして、試合終了後に交わした握手。


 あの日、正則は悔しさの中で、一つの夢を見つけた。


 もう一度、あの選手たちと野球がしたい。


 今度は、同じユニフォームを着て。


 正則は大きく腕を振った。


 ボールが亜由美のグラブへ勢いよく収まる。


「よっしゃ!」


 亜由美が笑った。


「正則! 今の球、ええ感じやん!」


「せやろ!」


 そして、正則は大きな声で言った。


「亜由美! 絶対に寮の審査、合格しような!」


 亜由美も力強く答えた。


「当たり前や!」


 二人は拳を合わせた。


 しかし、これはまだ始まりにすぎなかった。


 秋の入寮審査。


 生活能力の確認。


 面接。


 学習への姿勢。


 共同生活への適応。


 その一つ一つを乗り越えなければ、博多へ進むことはできない。


 それでも二人は、もう立ち止まろうとは思っていなかった。


 全国大会で生まれた新しい夢を、自分たちの手で現実にするために。


 大阪の空には、夏の青空が広がっていた。


 そして、遠く離れた福岡では、柳川悠翔が次の野球シーズンへ向けて練習を続けていた。


 いつか、同じグラウンドで。


 同じユニフォームを着て。


 一緒に全国制覇を目指す。


 そんな未来が、少しずつ近づき始めていた。


 次回予告

 第43話「秋の入寮審査、野球だけでは合格できない」

 夏が過ぎ、季節は秋へ。


 河内正則と加藤亜由美は、博多南中学校の寄宿舎入寮審査へ向け、毎日の生活を見直していた。


 掃除。


 洗濯。


 時間管理。


 学習。


 そして、共同生活に必要な協調性。


 全国大会準優勝という実績があっても、入寮審査では特別扱いされない。


 審査担当者は二人へ厳しい質問を投げかける。


「なぜ、地元の中学校ではいけないのですか?」


「野球で試合に出られなくなったら、どうしますか?」


「共同生活で意見が合わない生徒がいたら、どう対応しますか?」


 そして、さらに厳しい質問。


「野球ができなくなるほどの怪我をした場合でも、この学校で学び続けたいと思いますか?」


 正則と亜由美は、それぞれ自分の言葉で答えようとする。


 一方、博多では悠翔が二人の審査を気にかけていた。


「お母さん、正則君たち、受かるとよかね」


 優子は微笑んだ。


「そうやね。でも、これは二人が自分の力で乗り越えんといかんことやけんね」


 次回、第43話「秋の入寮審査、野球だけでは合格できない」。


 本気で夢をかなえたいのなら、野球がうまいだけでは足りない。自分の生活に責任を持ち、仲間とともに学び、困難を乗り越える覚悟があるのか。正則と亜由美は、初めて野球の技術以外で、自分自身の力を試されることになる。

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