全国大会のその先へ
河内正則 栄光への道
第41話「全国大会のその先へ」
第一章 準優勝のメダルが語るもの
全国大会決勝から一夜明けた東京。
大阪タイタンズの宿舎では、選手たちが帰阪の準備を進めていた。
窓の外には、夏の日差しを受けた東京の街並みが広がっている。
前日までの熱戦が嘘のように、朝は穏やかだった。
しかし、選手たちの胸には、まだ東京ドームでの光景が鮮明に残っていた。
延長八回裏。
大阪タイタンズが3対2とリード。
池永智雄が、柳川悠翔を0ボール2ストライクに追い込んだ。
その後、十五球目まで続いた壮絶な攻防。
そして十六球目。
悠翔のバットから放たれた打球がライトポールの内側へ飛び込み、博多リトルスターズの逆転サヨナラ優勝が決まった。
大阪タイタンズは、全国準優勝。
日本一まで、あと一つのアウトだった。
河内正則は、机の上に置かれた銀色のメダルを見つめていた。
「……準優勝か」
隣では加藤亜由美が荷物を整理している。
「何や、正則。まだ悔しがっとるん?」
「そら悔しいやろ」
「まあ、うちも悔しいけどな」
正則はメダルを持ち上げた。
「これ、ほんまにすごいことなんやろな」
亜由美が振り返った。
「当たり前やん。全国で二番目やで」
「せやけど、俺らは日本一を目指してきたやろ?」
「うん」
正則は、メダルをもう一度机へ置いた。
「……やっぱり、あの最後のホームランが忘れられへんわ」
亜由美は静かにうなずいた。
「うちもや」
しばらく沈黙が続いた。
しかし、亜由美はやがて笑顔になった。
「でもな、正則」
「何や?」
「悔しいってことは、まだまだ上手になりたいってことやろ?」
正則は顔を上げた。
「……せやな」
「ほな、これからもっと練習したらええやん」
正則は笑った。
「お前、簡単に言うなぁ」
「簡単なことちゃうよ。でも、やるしかないやろ?」
正則は力強くうなずいた。
「せやな!」
そして二人は、準優勝のメダルを大切に鞄へしまった。
第二章 智雄が胸に刻んだ十六球
午前九時。
大阪タイタンズの選手たちは、宿舎の会議室に集まっていた。
帰阪を前に、川原監督が最後のミーティングを開くことになったのである。
池永智雄は、いつもより口数が少なかった。
隣に座っていた星野慎一が声をかけた。
「智雄、まだ昨日のこと考えとるんか?」
智雄はうなずいた。
「……うん」
「最後のホームラン?」
「せや」
智雄は机の上に置いたスコアブックを見つめた。
「あと一球やったんや」
星野は黙って聞いていた。
「あそこで三振取れてたら、一死一塁。併殺なら試合終了やったかもしれへん」
「そうやな」
「でも、悠翔は何球投げてもファウルにしてきよった」
智雄は悔しそうに唇をかんだ。
「最後、真ん中よりちょっと低めに入ってもうた。あれがもっと厳しいコースに決まっとったら……」
星野が答えた。
「でも、十五球も勝負したんやろ。相手も必死やったんや」
智雄はうなずいた。
「分かっとる。分かっとるけど……」
そこへ正則がやってきた。
「智雄」
「……正則」
正則は隣の椅子に腰掛けた。
「昨日のこと、まだ引きずっとるんか?」
智雄は苦笑した。
「そら、簡単には忘れられへんわ」
「せやな」
智雄は顔を上げた。
「なあ、正則」
「何や?」
「俺、次に悠翔と対戦することがあったら、絶対に勝ちたい」
正則は黙って聞いていた。
「今度こそ、最後まで抑えられるピッチャーになりたいんや」
そして、少し力を込めて続けた。
「球速だけやない。制球力も、球の出し入れも、追い込んでからの投げ方も、全部磨かなあかんと思っとる」
正則がうなずいた。
「ええ目標やん」
智雄は続けた。
「特に、ああいう粘る打者を相手にするときや。何回もファウルにされても、同じような球ばっかり投げたら、最後は狙われてしまう」
「せやな」
「せやから、次はもっと考えて投げたい。どんな打者にも、自分の投球ができるようになりたいんや」
正則は微笑んだ。
「智雄なら、できるで」
智雄は少し驚いた。
「……何や、珍しく褒めるやん」
「珍しくって何やねん!」
星野が笑った。
「ほんま、二人とも野球の話になると熱いなぁ!」
智雄もようやく笑顔を見せた。
しかし、その目には強い決意が宿っていた。
次に柳川悠翔と対戦するときは、絶対に抑える。
そのために、自分の投球を一から磨き直す。
智雄にとって、全国大会の敗戦は新たな目標を生む出来事となっていた。
第三章 女子選手たちの決意
その頃、会議室の反対側では、宮本さくら、西村奈緒、加藤亜由美が話をしていた。
さくらは、東京ドームでの自分のホームラン映像をスマートフォンで見返していた。
五回表。
博多の坂本大地から放った逆転ツーランホームラン。
あの瞬間、大阪タイタンズは日本一へ大きく近づいた。
「……ほんま、あのときは勝てると思ったんやけどな」
さくらがつぶやいた。
奈緒がうなずく。
「うん。私もそう思った」
「でも、最後は悠翔君に持っていかれてもうた」
亜由美が苦笑した。
「せやな。あの子、ほんまにすごい打者や」
さくらは腕を組んだ。
「なあ、二人とも」
「何や?」
「うち、あの悠翔君と、また中学でも対戦したいわ」
奈緒が顔を上げた。
「私も!」
さくらは笑った。
「だって、あんなガチで強い選手、そうそうおらんやろ?」
「確かにね」
「それに、村瀬杏奈ちゃんもすごかった。あの三塁守備、ほんまに見事やったで」
奈緒がうなずいた。
「三塁線の強い打球を捕って、あんなに正確な送球ができるんやもん。打撃もすごいし」
「そうそう! うち、あの子ともまた勝負したい!」
さくらは少し身を乗り出した。
「中学でも野球を続けて、今度はあの子らを倒したいやん!」
奈緒も笑った。
「分かるわ。今度は絶対に勝ちたいな」
そして、さくらは亜由美を見た。
「亜由美もそうやろ?」
しかし、亜由美はすぐには答えなかった。
「……うん。まあ、そうなんやけど」
さくらが首をかしげた。
「何や、歯切れ悪いな」
奈緒も尋ねた。
「どうしたん?」
亜由美は少し考えてから答えた。
「うちな、ちょっと違うこと考えとるねん」
「違うこと?」
亜由美は、東京ドームでの決勝を思い出していた。
柳川悠翔の打撃。
村瀬杏奈の守備。
岡部結菜の高回転ストレート。
そして、最後まで諦めずに戦い抜いた博多リトルスターズの仲間たち。
亜由美は静かに言った。
「……あの子らと、一緒に野球してみたいねん」
さくらと奈緒は、思わず顔を見合わせた。
「……えっ?」
第四章 正則も同じことを考えていた
ミーティングが終わった後。
大阪タイタンズの選手たちは、宿舎のロビーで帰りの新幹線を待つ準備をしていた。
そこで、亜由美は正則を呼び止めた。
「正則、ちょっとええ?」
「何や?」
「昨日の決勝、どう思った?」
正則は少し笑った。
「そら、めちゃくちゃ悔しかったわ」
「うん。それは分かっとる」
「でも、ほんまにええ試合やったな」
亜由美はうなずいた。
「そうやね」
そして、正則へ尋ねた。
「なあ。正則は、また悠翔君と対戦したい?」
正則は少し考えた。
「……もちろん、もう一回勝負はしたいで」
「うん」
「でもな、亜由美」
「何や?」
正則は真剣な表情になった。
「俺、ちょっと違うこと考えとるねん」
亜由美は驚いた。
「……違うこと?」
正則は答えた。
「俺、あいつと同じチームで野球してみたい」
亜由美は目を丸くした。
「……えっ!?」
正則は続けた。
「もちろん、もう一回対戦して勝ちたい気持ちもある。でも、それ以上に、あいつと一緒に戦ったら、どんな野球ができるんやろって思ってな」
亜由美は黙って聞いていた。
「悠翔って、打撃もすごいけど、守備もめちゃくちゃうまいやろ。それに、試合の流れを読むのも得意や」
「うん」
「俺がピッチャーで、悠翔がショートにおったら、めっちゃ心強いやん」
亜由美は、少しずつ笑顔になった。
正則は続けた。
「それに、悠翔が打席に入ったとき、俺が味方のベンチから応援するって、どんな気分なんやろな」
亜由美は思わず吹き出した。
「正則、あんた、そんなこと考えとったん?」
「悪いか?」
「ううん」
亜由美は首を横に振った。
そして、静かに笑った。
「実はな、うちも同じこと考えとったんや」
正則は驚いた。
「……ほんまか!?」
「うん」
亜由美はまっすぐに正則を見つめた。
「うちも、博多リトルスターズのみんなと一緒に野球したい」
正則は嬉しそうに笑った。
「やっぱりそうか!」
しかし、亜由美は少し真剣な表情になった。
「それに、うちにはもう一つ理由があるんよ」
「何や?」
亜由美はゆっくりと答えた。
「うちな、男子と一緒に本気で野球できる時間って、そんなに長くないと思っとるねん」
正則は黙って聞いていた。
「中学までは、男女一緒のチームで公式戦を戦う道がある。でも、高校になったら、男子と同じチームで甲子園を目指すっていう道は、今の仕組みでは難しいやろ?」
正則はうなずいた。
「……せやな」
亜由美は続けた。
「高校から先は、女子野球にも本格的な舞台がある。そっちで頑張る道もあると思う」
「うん」
「でも、うちは中学の三年間、できる限り高いレベルで男子と一緒に野球したいんや」
その声には、はっきりとした決意が込められていた。
「それでな、思ったんよ。どうせ本気でやるんやったら、あの博多リトルスターズのみんなと一緒に戦ってみたいって」
正則は、亜由美の顔を見つめた。
そして、笑った。
「……亜由美」
「何や?」
「俺ら、ほんまに考えること似とるな」
亜由美も笑った。
「幼なじみやからな!」
二人は声を上げて笑った。
しかし、その笑いの中には、新しい進路へ向かう真剣な思いがあった。
第五章 相手としてではなく、仲間として
昼前。
大阪タイタンズの選手たちは、東京駅へ向かうバスに乗り込んだ。
窓の外には、東京の街並みが流れていく。
正則と亜由美は、隣同士の座席に座っていた。
「なあ、亜由美」
「何や?」
「もし本当に博多で野球するなら、学校も変わることになるんかな」
「そら、そうやろな」
「大阪から福岡か……」
正則は少し考えた。
亜由美も、窓の外を見つめていた。
これまで、二人にとって大阪は当たり前の場所だった。
家族がいる。
友達がいる。
一緒に野球をしてきた仲間たちがいる。
そして、大阪タイタンズで積み重ねた数え切れない思い出もある。
それを離れて、福岡へ行く。
単なる野球チームの変更では済まない。
学校や生活環境も大きく変わる。
正則は静かに言った。
「……簡単な話ちゃうな」
亜由美がうなずいた。
「うん。お父さんやお母さんにも相談せなあかんし」
「学校のことも考えなあかんな」
「そうやね」
しかし、亜由美は少し笑った。
「でも、まずは自分がどうしたいか、ちゃんと考えたいねん」
正則もうなずいた。
「俺もや」
そして、正則は窓の外へ視線を向けた。
「博多南中学校か……」
亜由美が驚いた。
「正則、もう学校まで調べとったん!?」
「いや、悠翔たちの進学先の話を聞いて、気になっとっただけや!」
亜由美は大笑いした。
「何や! あんた、思っとった以上に本気やん!」
正則は少し照れた。
「そら、本気やで」
そして、静かに付け加えた。
「俺、あいつらと一緒に全国制覇してみたいんや」
亜由美は、しばらく正則を見つめていた。
そして、大きくうなずいた。
「……うちもや」
第六章 新幹線の車内、別々の未来
東京駅。
大阪タイタンズの選手たちは、東海道新幹線のホームへ向かった。
荷物を抱えた選手たちの表情には、全国大会を終えた安堵と、少しばかりの寂しさが浮かんでいた。
新幹線に乗り込むと、正則たちはそれぞれの座席へ腰を下ろした。
池永智雄は、窓の外を眺めながら話していた。
「俺、帰ったらまず投球フォームを見直すわ」
星野慎一が笑った。
「帰ってすぐ練習か?」
「そらそうやろ!」
智雄は真剣な表情で続けた。
「次に悠翔と対戦するときは、絶対に抑えたいんや」
藤原航がうなずいた。
「せやな。次はもっと考えてリードするわ」
智雄が笑った。
「頼んだで!」
一方、宮本さくらと西村奈緒も、これからの野球について話していた。
「奈緒、中学でも野球続けるやろ?」
「もちろん!」
「うちもや。あんな強い相手と試合できるんやったら、もっと上手になりたいもん」
奈緒が笑った。
「また悠翔君や杏奈ちゃんと対戦できたらええな」
「絶対に対戦したいわ!」
そして、さくらは少し考えた。
「……でも、亜由美はちょっと違うこと考えとるみたいやな」
奈緒もうなずいた。
「うん。博多で野球したいって言うてたね」
「ほんまに行くんかな?」
「まだ分からへんけど……」
さくらは、少し寂しそうに笑った。
「もし行くなら、寂しくなるなぁ」
奈緒も静かにうなずいた。
しかし、すぐに笑顔になった。
「でも、亜由美が本気で考えとるなら、応援したいな」
さくらもうなずいた。
「……せやな」
そして、窓の外を流れる景色へ目を向けた。
全国大会で出会った仲間たち。
同じチームで戦った選手たち。
別々の道を選ぶことになっても、野球への思いは変わらない。
そんなことを、選手たちは少しずつ感じ始めていた。
第七章 博多リトルスターズ、帰郷の朝
一方、東京駅の別のホーム。
博多リトルスターズの選手たちも、福岡へ帰る準備をしていた。
大きな荷物に加え、優勝旗や優勝カップもある。
篠田監督が選手たちへ声をかけた。
「みんな、忘れ物はないか?」
坂井雄二が笑った。
「監督! 優勝カップは絶対に忘れんごとしてくださいよ!」
篠田監督が苦笑した。
「お前に言われなくても分かってるよ!」
牧田和美も笑った。
「雄二こそ、自分の荷物忘れんごとね!」
「忘れんって!」
そんなやり取りの中、悠翔は母・優子と一緒にホームへ向かっていた。
優子が尋ねる。
「悠翔、昨日はよく眠れた?」
「うん! ぐっすり眠れたよ!」
「そうね。あれだけ頑張ったもんね」
悠翔は笑った。
「でも、起きたとき、ほんとに日本一になったんかと思った!」
優子も笑った。
「夢みたいやった?」
「うん!」
そして、少し真剣な表情になった。
「お母さん、僕ね」
「何?」
「また正則君たちと野球したか」
優子は微笑んだ。
「そうね。すごい選手たちやったもんね」
「うん。でも、今度は相手としてだけじゃなくて……」
悠翔は少し考えた。
「一緒のチームでも野球してみたかね」
優子が顔を向けた。
「へぇ、そう思うと?」
「うん。正則君がピッチャーで、亜由美さんがセカンドにおったら、すごいチームになると思うっちゃん」
優子は静かに笑った。
「なるほどね」
「それに、正則君とは野球の話もいっぱいしてみたか。どげんしてあんな球を投げるのかとか、試合中に何ば考えとるのかとか」
優子は大きくうなずいた。
「そうね。お互いに学べることがいっぱいあるやろうね」
そして、少し考えてから言った。
「でも、悠翔」
「何?」
「相手がどこで野球するかは、本人や家族が決めることやけんね」
「うん。分かっとるよ」
悠翔は笑った。
「でも、いつか一緒に野球できたら、めちゃくちゃ楽しそうたい!」
優子も笑顔になった。
「そうやね!」
そのとき、坂井雄二が声をかけてきた。
「悠翔! そろそろ新幹線に乗るばい!」
「あっ、分かった!」
悠翔は母親へ笑いかけた。
「行こう、お母さん!」
「はいはい!」
二人は笑いながら、新幹線へ乗り込んだ。
第八章 福岡へ向かう列車の中で
東海道・山陽新幹線。
列車は東京を出発し、西へ向かって走り始めた。
博多リトルスターズの選手たちは、車内で全国大会の思い出を語り合っていた。
村瀬杏奈が笑った。
「悠翔、昨日のちゃんぽんインタビュー、ほんとにすごかったね!」
悠翔は少し照れた。
「何ね、急に!」
岡部結菜も笑った。
「私、スープにされたもんね!」
坂本大地が横から突っ込んだ。
「僕なんか鶏ガラたい!」
牧田和美が腹を抱えた。
「うちは麺やったね!」
坂井雄二も笑った。
「僕は十一回炒めたキャベツやろ!」
森下悠一が吹き出した。
「もう、誰が何の具材か分からんようになってきたばい!」
車内の一角が笑いに包まれた。
すると、悠翔が突然言った。
「そういえば、決勝の大阪タイタンズもちゃんぽんに入れんといかんね」
杏奈が驚いた。
「えっ!? 相手チームも入れると?」
「そうたい!」
優子が笑いながら尋ねた。
「じゃあ、正則君は何になると?」
悠翔は少し考えた。
そして、真剣な顔で答えた。
「……ちゃんぽんの火力たい!」
一同、沈黙。
次の瞬間。
「何でやねん!」
「火力って、具材やなかろうもん!」
「正則君、燃やされると!?」
車内が爆笑に包まれた。
優子は腹を抱えていた。
「悠翔ぉ! あんた、まだ料理理論が続いとるとね!」
悠翔も大笑いした。
しかし、少ししてから静かに言った。
「でもね、みんな」
「何?」
「ほんとに、大阪タイタンズのみんなと試合できてよかったね」
選手たちはうなずいた。
悠翔は続けた。
「正則君の球を打つの、めちゃくちゃ大変やった。智雄君も最後まで全然諦めんかったし、亜由美さんもさくらさんも、すごい打撃しとった」
杏奈もうなずいた。
「大阪の選手たち、ほんとに強かったね」
結菜も言った。
「私、あんな強い打線を相手に投げられて、勉強になったとよ」
坂本大地が笑った。
「僕も、さくらさんにホームラン打たれたけん、もっと練習せんといかんと思った!」
そして、悠翔は窓の外を見つめた。
「……また会いたかね」
優子は、そんな息子の横顔を静かに見つめていた。
第九章 大阪へ帰ってきた選手たち
午後。
大阪タイタンズの選手たちが新大阪駅へ到着した。
改札を出ると、家族や関係者が大勢待っていた。
「お帰り!」
「全国準優勝、おめでとう!」
選手たちは笑顔で手を振った。
正則の姉、河内一香も迎えに来ていた。
「正則! お疲れ!」
正則が笑った。
「姉ちゃん、ただいま!」
一香は正則の肩を軽くたたいた。
「決勝、惜しかったな」
「……せやな」
「でも、ほんまによう頑張ったやん」
正則は少し照れた。
「ありがとう」
一香の隣には、親友の藤本美優もいた。
「正則君、すごかったよ! テレビでずっと応援してた!」
正則は笑った。
「ありがとう!」
一方、亜由美も家族と合流していた。
母親から声をかけられる。
「亜由美、お帰り。全国準優勝、おめでとう」
亜由美は笑顔で答えた。
「ただいま!」
しかし、母親はすぐに気づいた。
「……何か考えごとしてる?」
亜由美は少し驚いた。
「分かる?」
「そりゃ分かるわ。あんたの母親やもん」
亜由美は笑った。
そして、少し真剣な表情になった。
「お母さん。家に帰ったら、ちょっと相談したいことがあるねん」
母親はうなずいた。
「ええよ。ゆっくり話そう」
亜由美は、大きく息を吐いた。
そして、正則のほうを見た。
正則も、姉の一香と話しながら、どこか考え込んでいる様子だった。
二人の胸には、同じ思いがあった。
博多へ行きたい。
柳川悠翔たちと一緒に野球がしたい。
しかし、それは簡単に決められることではなかった。
第十章 幼なじみ二人の進路相談
その日の夕方。
大阪市内の公園。
正則と亜由美は、いつものようにベンチへ並んで座っていた。
小さい頃から、何度も一緒に遊び、野球をしてきた場所だった。
夕方の風が、木々の葉を揺らしている。
正則が口を開いた。
「亜由美」
「何や?」
「俺、家でも話してみるわ」
亜由美は正則を見た。
「博多のこと?」
「うん」
正則は少し考えた。
「まだ、どうなるか分からへん。でも、ちゃんとお父さんとお母さんに相談したい」
亜由美もうなずいた。
「うちもや」
そして、少し笑った。
「でもな、正則」
「何や?」
「もし本当に博多へ行くことになったら、めちゃくちゃ大変やと思うで」
「分かっとる」
「勉強もせなあかんし、生活も変わるし、知らん土地で暮らすことになるんやで」
「うん」
「それに、大阪の友達とも、今みたいには会えへんようになるかもしれん」
正則は静かにうなずいた。
「……せやな」
二人は、しばらく黙っていた。
やがて正則が口を開いた。
「でもな、亜由美」
「何?」
「俺、やっぱり行ってみたい」
亜由美は、まっすぐに正則を見た。
正則は続けた。
「もちろん、大阪タイタンズのみんなも大切や。智雄も、航も、さくらも、奈緒も、みんな一緒に戦ってきた仲間や」
「うん」
「でも、博多リトルスターズと試合して、思ったんや。あいつらと一緒に野球したら、俺はもっと成長できるんちゃうかって」
亜由美は静かにうなずいた。
「……うちも同じや」
そして、少し力を込めて続けた。
「うちも、中学の三年間は本気で野球したい。できることなら、正則や悠翔君たちと一緒に全国制覇を目指したい」
正則が笑った。
「ほな、まずは家族に相談やな」
「そうやね」
亜由美は、ふと思い出したように言った。
「でも、正則」
「何や?」
「博多へ行ったら、あの料理理論に染まらんといてや!」
正則は吹き出した。
「何でやねん!」
「だって、悠翔君、筑前煮やら、とんこつラーメンやら、ちゃんぽんやら、毎回すごいやろ!」
「俺はあんなわけ分からんこと言わへんわ!」
亜由美は笑った。
「ほんまか?」
「ほんまや!」
しかし、正則は少し考えてから言った。
「……でも、あのちゃんぽん理論、ちょっとおもろかったな」
亜由美が目を丸くした。
「ちょっと待って! もう染まりかけとるやん!」
二人は声を上げて笑った。
大阪の夕暮れ。
幼なじみの二人は、新しい未来について語り合っていた。
第十一章 それぞれが選ぶ道
その夜。
池永智雄は、自宅で投球フォームの映像を見直していた。
最後の十六球目。
悠翔が放ったサヨナラホームラン。
何度見ても悔しかった。
しかし、智雄は映像を止め、ノートを開いた。
「……次は絶対に抑える」
そこには、新しい練習目標が書かれていた。
制球力。
球速差。
内外角の投げ分け。
そして、追い込んでからの勝負球。
「俺は大阪で、もっと強い投手になる」
智雄は静かに決意した。
一方、宮本さくらも、家でバットを握っていた。
「次は、絶対に日本一になったる」
そして、ふと思い出した。
博多の村瀬杏奈。
あの素晴らしい三塁守備。
そして、柳川悠翔の強烈な打撃。
「……また対戦したいなぁ」
さくらは笑った。
「次は、うちらが勝つ番やで!」
西村奈緒も、自宅で打撃フォームを確認していた。
決勝の二回、大きなレフトフライを放ったものの、フェンス際で捕球された。
「あの打球、あと少しやったのに……」
そして、静かに笑った。
「もっと強く打てるようにならなあかんな」
選手たちは、それぞれの場所で新しい目標を見つけ始めていた。
智雄は、もう一度悠翔と対戦して勝つために。
さくらや奈緒は、中学でも強い相手と真剣勝負するために。
そして正則と亜由美は、悠翔たちと同じチームで戦うという新しい夢を実現するために。
同じ全国大会を経験しても、そこから見つける目標は一人一人違っていた。
しかし、そのどれもが、野球への真剣な思いから生まれたものだった。
第十二章 博多から届いたメッセージ
翌朝。
正則のスマートフォンに、メッセージが届いた。
送信者は、柳川悠翔。
全国大会で連絡先を交換していたのだ。
正則は、少し驚きながら画面を開いた。
正則君、昨日はほんとにありがとう! 決勝、めちゃくちゃ楽しかったばい。また一緒に野球しようね!
正則は、しばらく画面を見つめていた。
そして、笑った。
「……悠翔」
すぐに返信した。
こちらこそありがとうな! 次は絶対に負けへんで。でも、また一緒に野球できたらおもろいやろな!
数分後。
悠翔から返信が届いた。
そうたい! 正則君と同じチームで野球したら、めちゃくちゃ強いチームになりそうやね!
正則は思わず笑った。
「……あいつも同じこと考えとるやん!」
そして、亜由美へ連絡した。
「亜由美! 悠翔からメッセージ来たで!」
電話の向こうで、亜由美が驚いた。
「ほんま!? 何て?」
「俺と同じチームで野球したら、めちゃくちゃ強いチームになりそうやって!」
亜由美は笑った。
「ほら! やっぱりそうやん!」
正則もうなずいた。
「せやな!」
そして、少し真剣な声になった。
「亜由美。俺、今日、家族にちゃんと相談するわ」
亜由美も答えた。
「うちもや」
二人は、しばらく黙っていた。
しかし、やがて亜由美が言った。
「……正則」
「何や?」
「一緒に頑張ろうな」
正則は力強く答えた。
「おう!」
全国大会の決勝で出会った二人の少年。
河内正則と柳川悠翔。
そして、その二人をつなぐ存在となる加藤亜由美。
この出会いが、やがて博多南中学校の野球部に大きな変化をもたらすことになる。
しかし、その前には、乗り越えなければならない課題があった。
家族の理解。
学校の問題。
生活環境の変化。
そして、大阪タイタンズの仲間たちとの別れ。
正則と亜由美は、まだそのすべてを十分に理解しているわけではなかった。
それでも、二人の胸には確かな思いがあった。
もっと強くなりたい。
もっと高いレベルで野球がしたい。
そして、全国大会で出会った最高のライバルたちと、今度は同じユニフォームを着て戦いたい。
大阪の空には、夏の青空が広がっていた。
正則はスマートフォンを握り締め、静かにつぶやいた。
「……博多か」
そして、少し笑った。
「おもろそうやん!」
その新しい一歩が、後に二人の野球人生を大きく変えることになる。
次回予告
第42話「博多への決意、家族に打ち明けた夢」
全国大会準優勝から数日後。
河内正則と加藤亜由美は、それぞれの家族に思い切った進路希望を打ち明ける。
「俺、博多南中学校へ進学して、悠翔たちと野球したいねん」
正則の言葉に、家族は驚く。
一方、亜由美も両親に自分の思いを伝える。
「うち、中学の三年間は、できるだけ高いレベルで男子と一緒に野球したいねん。そして、正則や悠翔君たちと全国制覇を目指したい」
しかし、家族からは当然の疑問が投げかけられる。
福岡での住まいはどうするのか。
学校の勉強は大丈夫なのか。
生活費はどうするのか。
何より、まだ小学生の二人が親元を離れて暮らすことができるのか。
正則と亜由美は、自分たちの希望だけでは決められない問題があることを、改めて思い知る。
一方、博多では柳川悠翔が、母・優子と父・拓実に大阪の二人の話をする。
「お父さん、お母さん。正則君と亜由美さんが、もし博多へ来てくれたら、すごかことになると思わん?」
優子と拓実は顔を見合わせる。
そして、優子が微笑む。
「そうやね。でも、二人の人生に関わる大切なことやけん、簡単には決められんよ」
次回、第42話「博多への決意、家族に打ち明けた夢」。
夢を持つことと、その夢を実現することは違う。全国大会で生まれた新しい目標をかなえるため、正則と亜由美は初めて、自分たちの将来と真正面から向き合い始める。




