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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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113/116

最後の七回、栄冠は誰の手に

 河内正則 栄光への道

 第39話「最後の七回、栄冠は誰の手に」

 第一章 日本一まで、あと三つのアウト

 全国大会決勝。

 東京ドームのスコアボードには、大阪タイタンズ2点、博多リトルスターズ1点という数字が刻まれていた。

 六回を終え、残すところあと一回。

 大阪タイタンズは、五回表に宮本さくらが放った逆転ツーランホームランによって、一点のリードを奪っている。

 一方、博多リトルスターズは初回に柳川悠翔のタイムリーヒットで先制したものの、二回以降は追加点を奪えなかった。

 両チームとも投手陣が好投し、守備陣も素晴らしいプレーを連発している。

 しかし、日本一になれるのは、どちらか一つのチームだけだった。

 実況席の藤沢真紀アナウンサーが、興奮を抑えながら話した。

「さあ、全国大会決勝も七回に入ります。大阪タイタンズが2対1とリード。斉藤さん、ここからは一球も目が離せませんね」

 解説の斉藤薫がうなずいた。

「そうですね。大阪はあと三つのアウトを取れば日本一です。しかし、博多は最後まで粘り強い攻撃を見せるチームです。まだ何が起きるか分かりません」

 大阪タイタンズのベンチでは、川原監督が選手たちを集めていた。

「みんな、あと一回だ。しかし、まだ勝ったわけではないぞ」

 河内正則が力強くうなずいた。

「はい!」

「まずは七回表の攻撃に集中しよう。一点でも追加できれば、それだけ守備に余裕が生まれる」

 亜由美も答えた。

「絶対に追加点取ってきます!」

 宮本さくらはバットを握り直した。

「うちも、まだ打つで!」

 一方、博多のベンチ。

 篠田正孝監督は、選手たちの顔を見渡した。

「まだ一点差だ。最後まで自分たちの野球をしよう」

 柳川悠翔がうなずいた。

「そうたい! あと一回あるけん!」

 村瀬杏奈も拳を握った。

「絶対に諦めんよ!」

 そして、マウンドへ向かう坂本大地に、捕手の森下悠一が声をかけた。

「大地、ここをゼロで抑えよう!」

「任せんしゃい!」

 日本一を懸けた最後の攻防が始まった。

 第二章 七回表、追加点を許さない博多

 七回表。

 大阪タイタンズの先頭打者は六番、梶原悠真。

 坂本大地は、捕手の森下悠一とサインを交換した。

 初球。

 外角への直球。

 ストライク。

 二球目。

 今度は大きく弧を描く超スローボール。

 梶原は見送った。

 ボール。

 三球目。

 大地は内角へ直球を投げ込んだ。

 梶原が振り抜いた。

 打球は二塁方向へ。

 牧田和美が前進して捕球し、一塁の立花朋輝へ送球した。

「アウト!」

 一死。

 続いて七番、宮本さくら。

 五回に逆転ツーランホームランを放った、この試合の主役の一人だった。

 博多ベンチから警戒の声が飛ぶ。

「大地、気をつけて!」

 さくらは初球を見送った。

 ストライク。

 二球目。

 大地が球速を落とした直球を投げる。

 さくらはタイミングを合わせにいったが、わずかに早くバットが出た。

 ファウル。

 三球目は外角に外れる。

 ボール。

 四球目。

 今度は通常の直球。

 さくらが振り抜いた。

 カキィィン!

 打球はライト方向へ大きく伸びた。

「大きい!」

 右翼手の松本航が後退する。

 さらに後退。

 しかし、フェンスの手前で落下点に入った。

 捕球!

「アウト!」

 二死。

 さくらは悔しそうにベンチへ戻った。

「うわぁ、ちょっと下をたたいてしもうた!」

 亜由美が声をかける。

「惜しかったで、さくら!」

「次は絶対に打つ!」

 そして八番、西村奈緒。

 奈緒は左打席に入り、大地の投球を慎重に見極めた。

 初球は外角低め。

 ボール。

 二球目は内角直球。

 ストライク。

 三球目。

 大地が投げ込んだ直球を奈緒が打ち返した。

 鋭い打球が一、二塁間へ飛んだ。

 牧田和美が横っ跳びする。

 グラブに収めた。

 素早く立ち上がって一塁へ送球。

「アウト!」

 三アウト!

 大阪タイタンズ、七回表は無得点。

 スコアは2対1のままだった。

 藤沢アナウンサーが声を張り上げた。

「博多リトルスターズ、七回表を三者凡退に抑えました! さあ、いよいよ七回裏。最後の攻撃です!」

 森下悠一がマウンドへ駆け寄った。

「大地、よう投げた!」

 大地は大きく息を吐いた。

「ありがとう! あとは打線のみんなに任せるばい!」

 大阪タイタンズのベンチでは、川原監督が決断を下していた。

「正則、ここまでよく投げた。最後は智雄に任せる」

 正則は監督を見た。

「……はい!」

「お前はレフトへ回ってくれ。西岡に代えて智雄を九番に入れる」

 正則は少し驚いたものの、すぐにうなずいた。

「分かりました!」

 マウンドへ向かう池永智雄に、正則が声をかけた。

「智雄、頼んだで!」

 智雄は笑った。

「任せとき! 絶対に抑えたる!」

 亜由美も拳を握った。

「みんなで守り切ろうな!」

 東京ドームに、選手交代のアナウンスが響いた。

 大阪タイタンズは七回裏から池永智雄をマウンドへ送り、河内正則を左翼へ回した。

 日本一まで、あと三つのアウト。

 その距離が、すぐそこまで迫っているように見えた。

 しかし、博多リトルスターズには、まだ最後の反撃が残されていた。

 第三章 二死走者なし、絶体絶命の博多

 七回裏。

 博多リトルスターズの攻撃。

 先頭打者は八番、村瀬杏奈。

 準決勝ではスリーランホームランを放ち、決勝でも三塁守備で何度もチームを救ってきた女子選手だった。

 池永智雄はマウンドで大きく息を吐いた。

 捕手の藤原航がミットを構える。

 初球。

 外角低めへの直球。

「ストライク!」

 二球目。

 内角への直球。

 杏奈が鋭く振り抜いた。

 カキーン!

 打球はセンター方向へ高々と上がった。

 藤本颯太が後退する。

 しかし、落下点へ入った。

 捕球。

「アウト!」

 一死。

 杏奈は悔しそうにベンチへ戻った。

「ごめん! 打ち上げてしもうた!」

 篠田監督が声をかけた。

「謝る必要はない。いいスイングだったぞ」

 続いて九番、坂本大地。

 先ほどまでマウンドで好投し、大阪タイタンズを苦しめていた投手だった。

 大地はバットを短く持ち、打席に入った。

 初球。

 内角への直球。

 ストライク。

 二球目。

 外角低め。

 ボール。

 三球目。

 智雄が力強く腕を振った。

 高めへの直球。

 大地が振る。

 しかし、バットは空を切った。

 1ボール2ストライク。

 四球目。

 外角への直球。

 大地は何とかバットに当てた。

 ファウル。

 五球目。

 智雄が外角いっぱいへ投げ込んだ。

 大地は振り抜いた。

 しかし、バットはボールの下を通過した。

「ストライク! バッターアウト!」

 空振り三振。

 二死走者なし。

 藤沢アナウンサーが声を張り上げた。

「池永智雄、二人を打ち取りました! 大阪タイタンズ、日本一まであと一つのアウトです!」

 東京ドームの大阪側応援席が、大きな歓声に包まれた。

 亜由美は二塁の守備位置で拳を握った。

(あと一人や……!)

 左翼の正則も、グラブを握り締めた。

(智雄、頼むで!)

 しかし、博多のベンチからは誰一人として諦めた様子が見られなかった。

 篠田監督が静かに告げた。

「まだ終わっていないぞ」

 そして、一番打者へ声をかけた。

「雄二、頼んだぞ」

 坂井雄二が力強くうなずいた。

「はい!」

 第四章 十一球目、執念の内野安打

 二死走者なし。

 打席には一番、坂井雄二。

 ここまで三打数三安打。

 大阪タイタンズの投手陣を苦しめ続けてきた俊足の一番打者だった。

 しかし、今度は池永智雄が相手だった。

 智雄はマウンドで息を整えた。

(あと一人。絶対に抑えたる)

 初球。

 外角いっぱいへの直球。

「ストライク!」

 二球目。

 内角高め。

 坂井が振り抜いた。

 ファウル。

 カウント0ボール2ストライク。

 大阪側の観客席から大きな拍手が起きる。

「あと一球!」

「智雄、頑張れ!」

 しかし、坂井は落ち着いていた。

(ここで終わってたまるか……!)

 三球目。

 外角低めへの直球。

 坂井はバットを短く持ち、ファウルにした。

 四球目。

 内角への直球。

 またもファウル。

 智雄が少し驚いた。

(……よう当ててくるな)

 五球目は外角へ外れた。

 ボール。

 1ボール2ストライク。

 六球目。

 智雄が力強く投げ込んだ。

 坂井はコンパクトにバットを出した。

 ファウル。

 七球目。

 今度は低めに外れた。

 ボール。

 2ボール2ストライク。

 八球目。

 外角いっぱいの直球。

 坂井は踏み込んだ。

 ファウル。

 九球目。

 内角への直球。

 またもファウル。

 東京ドームがどよめいた。

 藤沢アナウンサーが声を張り上げる。

「坂井雄二、粘ります! 二死走者なし、あと一球で大阪タイタンズが優勝という場面ですが、簡単には終わりません!」

 斉藤解説者もうなずいた。

「本当に素晴らしい集中力ですね。自分の打てる球が来るまで、何とか食らいついています」

 十球目。

 智雄が外角低めへ投げ込んだ。

 しかし、わずかに外れた。

「ボール!」

 フルカウント。

 3ボール2ストライク。

 智雄はマウンドで大きく息を吐いた。

(……絶対に打ち取る)

 坂井もバットを握り直した。

(絶対に塁へ出る)

 十一球目。

 智雄が腕を振った。

 内角低めへの直球。

 坂井が踏み込んだ。

 コンッ!

 打球は三塁方向へ転がった。

 しかし、勢いがほとんどない。

「サード前! 弱いゴロ!」

 三塁手の有村恒一郎が猛然と前進する。

 素手で捕ろうとしたが、最後はグラブで確実に捕球した。

 一塁へ送球!

 坂井は全力で走っていた。

 一塁手の西村奈緒がミットを伸ばす。

 送球が届く。

 坂井も一塁ベースへ足を伸ばした。

 塁審が両腕を広げた。

「セーフ!」

 東京ドームが爆発したような大歓声に包まれた。

「内野安打! 坂井雄二、十一球目を三塁への内野安打にしました!」

 博多ベンチが総立ちになる。

「雄二ー!」

「よう走った!」

 坂井は一塁上で、何度も大きく息を吐いていた。

 そして、拳を握り締めた。

「……まだ終わらんばい!」

 観客席の優子も立ち上がった。

「雄二君! よう頑張ったぁぁぁ!」

 目には涙が浮かんでいた。

 日本一まで、あと一つのアウト。

 しかし、その最後の一つが、どうしても取れなかった。

 智雄はマウンドでボールを受け取った。

(……まだ終わらへんのか)

 だが、すぐに気持ちを切り替えた。

(ええわ。次を抑えたら同じことや)

 第五章 盗塁成功、そしてレフト線への一打

 二死一塁。

 打席には二番、牧田和美。

 牧田は一塁の坂井へ視線を向けた。

 坂井は小さくうなずいた。

(和美、頼んだばい)

 牧田もバットを握り直した。

 初球。

 智雄は外角へ直球を投げ込んだ。

 ボール。

 二球目。

 内角いっぱい。

 ストライク。

 三球目。

 牧田はファウルで粘った。

 1ボール2ストライク。

 四球目。

 外角低めへの直球。

 わずかに外れた。

 ボール。

 2ボール2ストライク。

 智雄は一度、一塁走者を確認した。

 坂井がリードを取っている。

 航はミットを構え直した。

 五球目。

 智雄が投球動作に入った。

 その瞬間。

 坂井がスタートした。

「走った!」

 智雄の直球は外角へ外れた。

 ボール。

 捕手の藤原航が素早く二塁へ送球する。

 しかし、坂井の足が一瞬早かった。

「セーフ!」

 盗塁成功!

 二死二塁。

 カウントは3ボール2ストライク。

 藤沢アナウンサーの声が高くなった。

「坂井雄二、ここで盗塁成功! 博多リトルスターズ、二死二塁! 一打同点のチャンスです!」

 斉藤解説者が話した。

「坂井君の思い切りが素晴らしいですね。二死ですから、安打が出れば一気に本塁を狙えます」

 智雄はマウンドで小さく息を吐いた。

(……落ち着け。まだ二死や)

 六球目。

 フルカウントからの直球。

 外角寄り、やや高め。

 牧田が踏み込んだ。

 カキィィィン!

 鋭い打球が三塁線方向へ飛んだ。

「打った! レフト線!」

 有村恒一郎が飛びつく。

 しかし、打球はその横を抜けた。

 白球は三塁線の内側に落ち、そのまま左翼フェンス方向へ転がっていく。

「フェア! フェアです!」

 二塁走者の坂井が三塁を回った。

 三塁コーチが大きく腕を回す。

「雄二! 帰ってこい!」

 左翼の河内正則が全力で打球を追う。

 捕球して中継へ返球する。

 しかし、坂井はすでに本塁へ向かっていた。

 ホームベースへ滑り込む。

「セーフ!」

 同点!

 2対2!

 東京ドームが割れんばかりの歓声に包まれた。

「同点! 博多リトルスターズ、土壇場の七回裏、二死走者なしから追いつきました!」

 牧田は二塁へ到達した。

 レフト線へのタイムリーツーベースヒット!

 博多ベンチから選手たちが身を乗り出した。

「和美ー!」

「よう打ったぁ!」

 悠翔も叫んだ。

「和美! 最高たい!」

 牧田は二塁上で両手を握り締めた。

「やったぁぁぁ!」

 観客席の優子は、涙を流しながら拍手していた。

「和美ちゃん! よう打ったねぇ!」

 周囲の観客も立ち上がっていた。

 一方、大阪のマウンド。

 智雄は一度だけ目を閉じた。

(……追いつかれてもうた)

 亜由美がすぐに駆け寄った。

「智雄! まだ同点や!」

 智雄が顔を上げる。

「……せやな」

「ここで止めたらええんや。まだ負けてへん!」

 藤原航も声をかけた。

「次を抑えよう!」

 智雄は力強くうなずいた。

「おう!」

 第六章 あと少しでサヨナラ、藤本颯太の執念

 二死二塁。

 打席には三番、岸田誠一。

 初球。

 智雄が外角への直球を投げ込んだ。

 ストライク。

 二球目。

 内角高め。

 岸田は見送った。

 ボール。

 三球目。

 智雄が再び外角へ直球を投げる。

 岸田はファウルにした。

 1ボール2ストライク。

 智雄は大きく息を吐いた。

(ここで終わらせる)

 四球目。

 外角低めへの直球。

 岸田は見送った。

 ボール。

 2ボール2ストライク。

 五球目。

 智雄が腕を振った。

 やや内角寄りの直球。

 岸田が振り抜いた。

 カキィィィン!

 凄まじい金属音が響いた。

 打球はセンター方向へ高々と舞い上がった。

 藤沢アナウンサーが叫ぶ。

「大きい! センターへ大きな当たり!」

 二塁走者の牧田がスタートする。

 センターの藤本颯太は、背走していた。

 打球が伸びる。

 さらに伸びる。

 フェンスが迫る。

 藤本は振り返りながら走った。

 そして、フェンスのすぐ手前でジャンプした。

 グラブを高く伸ばす。

 白球がグラブへ吸い込まれた。

 その直後、藤本の背中がフェンスのクッションへぶつかった。

「捕ったぁぁぁ!」

 藤沢アナウンサーが絶叫した。

「藤本颯太、フェンス際でスーパーキャッチ! サヨナラホームランかと思われた大飛球を、見事に捕球しました!」

 三アウト!

 七回裏、終了!

 牧田は二塁と三塁の間で足を止めた。

 岸田も一塁へ向かう途中で、悔しそうに空を見上げた。

「……あと少しやったのに」

 藤本はフェンス際で、捕球したグラブを高く掲げた。

 正則が左翼から駆け寄る。

「颯太! 大丈夫か!」

 藤本は立ち上がった。

「大丈夫や! ちゃんと捕ったで!」

 正則は大きく息を吐いた。

「ほんま、助かったわ!」

 亜由美も駆け寄った。

「颯太、最高の守備や!」

 藤本は笑顔を見せた。

「絶対に捕ったると思ったんや!」

 東京ドームの観客たちは、両チームの素晴らしい攻防へ大きな拍手を送っていた。

 実況席の斉藤が、感慨深そうに話した。

「本当にすごい試合ですね。坂井君の粘りから始まり、牧田選手の同点打。そして岸田君の大飛球。それを藤本君が最後の最後で捕球した。どちらも一歩も引きません」

 藤沢が続けた。

「七回を終えて2対2。決勝は、ついに延長戦へ突入します!」


 第七章 延長八回、大阪タイタンズの意地

 全国大会決勝・7回終了

 チーム1234567計

 大阪00002002

 博多10000012


 大阪タイタンズのベンチ。

 川原監督は選手たちを集めた。

「みんな、まだ試合は終わっていない。ここからが本当の勝負だ」

 正則がうなずいた。

「はい!」

 池永智雄は悔しそうな表情だった。

「監督、追いつかれてすみません」

 しかし、川原監督は首を横に振った。

「謝る必要はない。相手が見事だった。それに、藤本の守備がなければ試合は終わっていたかもしれない」

 亜由美も声をかけた。

「智雄、まだ勝てるで!」

「……せやな!」

 そして、八回表。

 大阪の先頭打者は九番、池永智雄。

 七回裏から登板し、西岡湊に代わって九番に入っていた。

 智雄はバットを握り直した。

 マウンドには、引き続き坂本大地。

 初球。

 外角への直球。

 ストライク。

 二球目。

 大地が超スローボールを投げる。

 智雄は見送った。

 ボール。

 三球目。

 通常の直球。

 智雄は踏み込んだ。

 カキーン!

 打球はセンター前へ抜けた。

「ヒット!」

 大阪タイタンズ、無死一塁。

 智雄は一塁上で拳を握った。

「よっしゃ!」

 続く一番、加藤亜由美。

 亜由美は、これまで何度もチームを救ってきた。

 準々決勝ではホームラン。

 準決勝でも長打を放ち、得点に貢献した。

 しかし、この決勝ではまだ納得できる打撃を見せられていなかった。

(ここで打たな、いつ打つねん!)

 初球。

 大地が内角へ直球を投げ込んだ。

 亜由美は見送った。

 ストライク。

 二球目。

 外角への直球。

 ファウル。

 0ボール2ストライク。

 大地は森下悠一のサインを確認した。

 三球目。

 今度は超スローボール。

 亜由美は待っていた。

 しかし、無理には打たない。

 ボール。

 1ボール2ストライク。

 四球目。

 大地が投げ込んだ直球は、外角寄りに入った。

 亜由美が踏み込んだ。

 カキィィン!

 鋭い打球が三塁線へ飛んだ。

 村瀬杏奈が飛びつく。

 しかし、打球はグラブの先を抜けた。

「レフト線を破った!」

 智雄が二塁を蹴る。

 三塁へ向かう。

 三塁コーチが両手を広げた。

「ストップ!」

 智雄は三塁で止まった。

 亜由美は二塁へ滑り込んだ。

「セーフ!」

 無死二、三塁!

 東京ドームの大阪側応援席が大歓声に包まれた。

 正則がベンチから叫ぶ。

「亜由美! よう打った!」

 亜由美は二塁上で拳を握った。

「絶対に勝つで!」

 第八章 藤本颯太、勝ち越しの犠牲フライ

 無死二、三塁。

 打席には二番、藤本颯太。

 七回裏には、サヨナラホームラン寸前の打球をフェンス際で捕球し、チームを救った選手だった。

 今度は打席でチームを救う番だった。

 川原監督が三塁走者の智雄と、打席の藤本へサインを送った。

 外野フライでも一点。

 藤本は大きくうなずいた。

 初球。

 坂本大地は外角への直球を投げ込んだ。

 ストライク。

 二球目。

 藤本が振り抜いた。

 カキーン!

 打球はセンター方向へ高々と上がった。

「センターフライ!」

 坂井雄二が後退する。

 落下点へ入る。

 捕球!

 その瞬間、三塁走者の池永智雄がスタートした。

「走った!」

 坂井が本塁へ送球する。

 しかし、智雄の足がわずかに早かった。

「セーフ!」

 大阪タイタンズ、勝ち越し!

 3対2!

 藤沢アナウンサーが絶叫した。

「藤本颯太、勝ち越しの犠牲フライ! 大阪タイタンズ、延長八回表に再びリードを奪いました!」

 一死二塁。

 その後、有村恒一郎は外角直球に空振り三振。

 二死二塁。

 四番、河内正則。

 正則は初球を打ったが、打球は三塁ゴロ。

 村瀬杏奈が素早く捕球して、一塁へ正確に送球した。

 三アウト。

 大阪タイタンズは一点を勝ち越したものの、追加点は奪えなかった。

 しかし、スコアは3対2。

 再び、大阪が日本一に近づいた。

 ベンチに戻った亜由美が、智雄の肩をたたいた。

「智雄! よう走った!」

 智雄も笑った。

「亜由美の二塁打のおかげや!」

 藤本が近づいてきた。

「あと三つアウト取ったら優勝や!」

 正則は力強くうなずいた。

「智雄、頼むで!」

 智雄はグラブを握り締めた。

「絶対に抑える!」

 しかし、博多のベンチでは、二人の打者が静かに準備を始めていた。

 四番、立花朋輝。

 五番、柳川悠翔。


 第九章 八回裏、四番打者の意地

 八回裏。

 東京ドームの大型スクリーンには、大阪タイタンズ3点、博多リトルスターズ2点と表示されていた。

 博多は再び一点を追う展開となった。

 先頭打者は四番、立花朋輝。

 篠田監督が声をかけた。

「朋輝、頼んだぞ」

 立花はうなずいた。

「はい!」

 そして、打席へ向かった。

 大阪のマウンドには、池永智雄。

 智雄は、再び日本一まであと三つのアウトという場面を迎えていた。

(今度こそ……)

 捕手の藤原航がミットを構える。

 初球。

 内角高めへの直球。

「ストライク!」

 二球目。

 外角低め。

 ボール。

 三球目。

 立花がファウルで粘る。

 1ボール2ストライク。

 四球目。

 智雄が外角いっぱいへ直球を投げ込んだ。

 立花は何とかバットに当てた。

 ファウル。

 五球目。

 今度は内角への直球。

 立花は踏み込んだ。

 カキーン!

 打球は一、二塁間へ。

 亜由美が横っ跳びした。

 しかし、打球はわずかにグラブの先を抜けた。

「ライト前ヒット!」

 立花朋輝、出塁!

 無死一塁。

 博多ベンチが沸いた。

「朋輝! よう打った!」

「まだ終わらんばい!」

 立花は一塁上で大きく息を吐いた。

 そして、次の打者へ視線を向けた。

 柳川悠翔。

 悠翔はベンチの前で、バットを握り直していた。

 立花が声をかける。

「悠翔! 頼んだばい!」

 悠翔は笑顔で答えた。

「任せんしゃい!」

 篠田監督は、悠翔の肩を軽くたたいた。

「悠翔、思い切っていってこい」

「はい!」

 そして悠翔は、ゆっくりと打席へ向かった。

 第十章 河内正則が見つめた最後の対決

 東京ドームの場内アナウンスが響いた。

「五番、ショート、柳川君」

 観客席から大きな拍手が起きた。

 柳川悠翔。

 この決勝でも、正則から三打席連続安打を放っている。

 先制タイムリーヒット。

 センター前ヒット。

 左中間への二塁打。

 そして今、延長八回裏。

 無死一塁。

 一点ビハインド。

 本塁打が出れば逆転サヨナラ。

 大阪タイタンズの川原監督は、ベンチからマウンドへ向かった。

「智雄、落ち着いているか?」

「はい!」

「悠翔は非常に強い打者だ。しかし、恐れる必要はない。自分の球を投げろ」

 智雄はうなずいた。

「分かりました!」

 藤原航も声をかけた。

「智雄、俺がしっかり受ける。思い切って投げてこい」

「おう!」

 マウンドを降りる川原監督は、左翼の河内正則へ視線を向けた。

 正則はグラブを握り締めていた。

(悠翔……)

 正則は、初回から三打席続けて打たれたことを思い出した。

 自分の速球を、いとも簡単に打ち返されたように感じた。

 しかし、決してそうではなかった。

 悠翔は一球一球、正則の投球を観察し、考え、粘り、そして打っていた。

(……ほんま、すごい打者や)

 正則は小さく笑った。

(でも、智雄も負けへんで)

 そして、守備位置を確認した。

 ライトポール際まで、東京ドームの広い人工芝が続いている。

 正則は一度深呼吸した。

(何が起きても、最後まで諦めへん)

 第十一章 十五球の死闘

 無死一塁。

 打席には柳川悠翔。

 マウンドには池永智雄。

 実況席の藤沢アナウンサーが、声を落とした。

「さあ、柳川悠翔と池永智雄。全国大会決勝、延長八回裏、最大の勝負どころです」

 斉藤解説者がうなずいた。

「一塁には立花君。ここでホームランが出れば、博多リトルスターズの逆転サヨナラ優勝です。しかし、池永君も素晴らしい投手です。どんな勝負になるか、まったく予測できません」

 初球。

 智雄が外角低めへ直球を投げ込んだ。

 悠翔は見送った。

「ストライク!」

 0ボール1ストライク。

 二球目。

 内角高めへの直球。

 悠翔が振り抜いた。

 ファウル。

 0ボール2ストライク。

 智雄は拳を握った。

(追い込んだ!)

 しかし、悠翔はまったく動じなかった。

 三球目。

 外角低め。

 ボール。

 1ボール2ストライク。

 四球目。

 智雄が内角への直球を投げ込んだ。

 悠翔はコンパクトにバットを出した。

 ファウル。

 五球目。

 外角へわずかに外れる。

 ボール。

 2ボール2ストライク。

 智雄は大きく息を吐いた。

(……なかなか終わらへんな)

 六球目。

 内角高めへの直球。

 悠翔が振る。

 ファウル。

 七球目。

 外角いっぱいへの直球。

 またもファウル。

 八球目。

 智雄は低めへ力強く投げ込んだ。

 悠翔は膝を柔らかく使い、バットに当てた。

 ファウル。

 藤沢アナウンサーが声を張り上げた。

「柳川悠翔、粘ります! 八球目もファウル!」

 九球目。

 内角への直球。

 ファウル。

 十球目。

 外角高め。

 またもファウル。

 東京ドームがどよめいた。

「十球目もファウルです! 柳川悠翔、驚異的な粘りを見せています!」

 智雄はマウンドで汗を拭った。

(……何やねん、このバッター)

 捕手の藤原航がマウンドへ向かった。

「智雄、大丈夫か?」

「大丈夫や」

「よう粘るな」

「ほんまや。でも、絶対に負けへんで」

 航がうなずいた。

「分かった。次も思い切っていこう」

 十一球目。

 智雄が腕を振った。

 外角低めへの直球。

 悠翔が踏み込んだ。

 カキーン!

 しかし、打球は三塁側のファウルゾーンへ。

 ファウル。

 十二球目。

 内角高め。

 悠翔が振り抜いた。

 ファウル。

 十三球目。

 外角いっぱい。

 またもファウル。

 十四球目。

 智雄が投げ込んだ直球は、厳しい内角だった。

 悠翔はバットを短く持ち、何とか当てた。

 ファウル。

 十五球目。

 智雄が大きく腕を振った。

 外角低めへの直球。

 悠翔は踏み込んだ。

 カキーン!

 打球は一塁側のファウルゾーンへ飛んだ。

「ファウル!」

 またも決着しなかった。

 カウントは依然として2ボール2ストライク。

 東京ドームの観客たちは、ほとんど総立ちになっていた。

 藤沢アナウンサーが叫んだ。

「十五球目もファウル! 柳川悠翔と池永智雄、まさに意地と意地のぶつかり合いです!」

 斉藤解説者も興奮していた。

「ここまで来ると、単なる技術の勝負だけではありません。お互い、絶対に負けたくないという気持ちが伝わってきます!」

 智雄は大きく息を吐いた。

(……十五球)

 悠翔も額の汗を拭った。

(……智雄君、すごかね)

 二人は、もう一度視線を合わせた。

 智雄は小さく笑った。

 悠翔も笑った。

 どちらも、まだ勝負を諦めていなかった。

 第十二章 十六球目、最後の一振り

 東京ドームが静まり返った。

 いや、実際には大勢の観客が声援を送っていた。

 しかし、悠翔の耳には、もうほとんど届いていなかった。

 見えているのは、マウンドの池永智雄。

 その右腕。

 踏み出す足。

 肩の動き。

 そして、ボールが指先から離れる瞬間。

 幼い頃、父・柳川拓実の卓球の試合を見てきた。

 相手のわずかな動きを読み、次の攻撃を組み立てる姿。

 高速ラリーの中で、ほんの一瞬だけ生まれる隙。

 それを逃さず、決めにいく一打。

 そして、母・優子。

 音楽でも、漫才でも、相手のほんの小さな違いを見つけ、絶妙な間合いで自分の表現につなげていく。

 悠翔は、その両方を見て育ってきた。

 しかし、今この瞬間。

 打席に立っているのは、父でも母でもない。

 柳川悠翔自身だった。

 自分で考え、自分で練習し、自分で選び取ってきた野球。

 そのすべてを、この一球へぶつけようとしていた。

 一方、智雄も必死だった。

(……絶対に抑えたる)

 仲間たちの顔が浮かぶ。

 正則。

 亜由美。

 恒一郎。

 航。

 さくら。

 奈緒。

 そして、ここまで一緒に戦ってきた大阪タイタンズの全員。

(みんなで日本一になるんや!)

 捕手の航がミットを構えた。

 十六球目。

 智雄が大きく腕を振った。

 直球。

 真ん中より、やや低め。

 悠翔の目が鋭くなった。

(……ここたい!)

 左足を踏み込み、腰を回転させる。

 低めの球をすくい上げるように、バットを振り抜いた。

 カキィィィィィィン!

 凄まじい金属音が、東京ドーム全体に響き渡った。

 打球は高々と舞い上がった。

 ライト方向。

 右翼手の宮本さくらが後退する。

 さらに後退。

「打ったぁぁぁぁ!」

 藤沢アナウンサーが叫んだ。

「ライトへ大きな当たり!」

 さくらは必死に走った。

 しかし、打球はさらに伸びていく。

 ライトポールが近づく。

 白球はポールの内側へ向かっていた。

「入るか!?」

 観客たちが立ち上がる。

 さくらはフェンス際で足を止めた。

 グラブを伸ばす。

 しかし、打球はそのはるか上を通過した。

 そして。

 白球は、ライトポールのすぐ内側へ飛び込んだ。

「入ったぁぁぁぁぁぁ!」

 藤沢アナウンサーが絶叫した。

「ホームラン! ホームランです!」

 東京ドームが、爆発したような大歓声に包まれた。

「柳川悠翔! 逆転サヨナラツーランホームラン!」

 一塁走者の立花朋輝が両手を上げた。

 悠翔は一塁を蹴った。

 二塁へ向かう。

「なんという結末でしょう! 十六球に及ぶ死闘! 最後の最後で柳川悠翔が決めました!」

 立花が三塁を回る。

 三塁コーチが大きく腕を回した。

「帰ってこい! 帰ってこい!」

 悠翔も二塁を回った。

 東京ドームの観客席では、博多の選手たちの家族が泣きながら拍手していた。

 そして、立花朋輝がホームベースを踏んだ。

 3対3。

 続いて、柳川悠翔が三塁を回る。

 ベンチからチームメイトたちが飛び出してきた。

「悠翔ー!」

「帰ってこーい!」

 悠翔は最後の数歩を、しっかりと踏みしめた。

 そして。

 ホームベースを踏んだ。

 4対3。

 逆転サヨナラ勝利。

 博多リトルスターズ。

 全国大会優勝。

 日本一。

 第十三章 東京ドームに響いた歓喜

「試合終了ぉぉぉぉ!」

 藤沢アナウンサーの声が震えていた。

「博多リトルスターズ、全国制覇! 延長八回裏、柳川悠翔の逆転サヨナラツーランホームランで、全国の頂点に立ちました!」

 東京ドームが歓声に包まれた。

 悠翔はホームベースを踏んだ直後、仲間たちにもみくちゃにされていた。

 坂井雄二。

 牧田和美。

 岸田誠一。

 立花朋輝。

 森下悠一。

 松本航。

 村瀬杏奈。

 岡部結菜。

 坂本大地。

 ベンチから神谷蓮や黒木海翔たちも駆け寄ってきた。

 全員が泣いていた。

 そして、笑っていた。

「悠翔! やったばい!」

「日本一たい!」

「ほんとに勝ったとよ!」

 悠翔も涙を流していた。

「みんな……ありがとう……!」

 立花が悠翔の肩を抱いた。

「最後、よう打ったね!」

 悠翔は涙を拭った。

「朋輝が塁に出てくれたけんたい!」

 坂井も笑った。

「七回、俺が内野安打で出たのも忘れんでね!」

 牧田がすかさず返す。

「うちが同点にしたのも忘れんでよ!」

 杏奈も笑った。

「じゃあ、私の三塁守備も忘れんでね!」

 結菜が叫んだ。

「私の三回無失点も!」

 一同、大爆笑。

 悠翔は泣きながら笑った。

「みんな最高たい!」

 そして、篠田監督がゆっくりと近づいてきた。

「みんな……本当によくやった」

 選手たちが監督を見つめる。

「日本一だぞ」

 その一言を聞いた瞬間、再び歓声が上がった。

 篠田監督も目を潤ませていた。

 しかし、最後まで笑顔だった。

「全員で勝ち取った日本一だ!」

 第十四章 優子、涙の大歓声

 観客席。

 柳川優子は、息子がホームベースを踏む瞬間を見届けていた。

 しかし、その直後から涙が止まらなくなっていた。

「……悠翔……」

 隣の観客が声をかけた。

「優子さん……おめでとうございます!」

 優子は涙を拭った。

「ありがとうございます……!」

 そして、グラウンドを見つめた。

 仲間たちにもみくちゃにされながら、泣いて笑っている悠翔。

 小さい頃、父・拓実の卓球を夢中になって見ていた。

 母や光子と一緒に、笑い転げながらコントを見ていた。

 初めてグラブを手にした日。

 初めてバットでボールを打った日。

 初めて試合でヒットを放った日。

 そして、うまく打てず、悔しそうに帰ってきた日。

 そのすべてが、優子の胸によみがえってきた。

「……ほんとに……よう頑張ったね……」

 優子は、もう一度涙を拭った。

 そして。

「悠翔ぉぉぉぉ!」

 東京ドーム中に響きそうな大声で叫んだ。

「日本一たい! おめでとうぉぉぉ!」

 隣の観客が思わず笑った。

「優子さん! 声が大きすぎます!」

 優子は泣き笑いしながら答えた。

「今日くらい許してぇぇぇ!」

 周囲の観客から、笑いと拍手が起きた。

 しかし、その目にも涙が浮かんでいた。

 一人の母親が、息子の成長と仲間たちの努力を心から喜んでいる。

 そんな姿だった。

 第十五章 マウンドに立ち尽くした池永智雄

 一方。

 大阪タイタンズのマウンド。

 池永智雄は、動けずにいた。

 自分が投げた十六球目。

 最後の直球。

 打者の柳川悠翔が、ライトポール際へ運んだ。

 その瞬間から、すべてが変わってしまった。

(……負けたんか)

 智雄は、ゆっくりと帽子を取った。

(あと一つやったのに……)

 そこへ、藤原航が近づいた。

「智雄……」

 智雄は、うつむいた。

「……すまん」

 航は首を横に振った。

「謝るなや」

「でも……俺が打たれた」

「せや。でも、あそこまで粘られて、最後まで真っ向勝負したやろ」

 智雄は何も言えなかった。

 航は、静かに続けた。

「相手が見事やったんや。俺たちも、最後までできることはやった」

 そこへ、河内正則が左翼から歩いてきた。

 正則は智雄の肩へ手を置いた。

「智雄」

「……正則」

「お疲れさん」

 智雄は顔を上げた。

「……ごめんな。お前がずっと投げてきた試合やのに……」

 正則は首を横に振った。

「何言うとんねん」

 そして、少し笑った。

「俺かて、悠翔に三打席連続で打たれたんやで」

 智雄は苦笑した。

「……せやったな」

「そや。それに、俺たちはチームや。一人で勝ったわけでも、一人で負けたわけでもない」

 正則は、博多の選手たちが喜んでいる姿へ目を向けた。

「……強かったな、あいつら」

 智雄もうなずいた。

「せやな……」

 そして、静かに答えた。

「ほんまに、強かった」

 第十六章 亜由美が流した涙

 大阪の二塁守備についていた加藤亜由美も、しばらく動けなかった。

 最後の打球。

 ライトポール際へ消えていった白球。

 あの瞬間、全国制覇の夢が消えた。

 亜由美は、グラブを握り締めた。

(……あと一歩やったのに)

 涙が頬を伝った。

 しかし、すぐに袖で拭った。

 そのとき、正則が近づいてきた。

「亜由美……」

 亜由美は顔を上げた。

「……負けてもうたな」

「ああ」

「悔しいな……」

「……せやな」

 二人は、しばらく黙っていた。

 そして、亜由美が小さく笑った。

「でも……ほんまに、すごい試合やったな」

 正則もうなずいた。

「ああ。今までで一番おもろい試合やった」

 亜由美は涙を拭いながら答えた。

「正則、あんた、こんなときまでおもろいって……」

「だって、そうやろ?」

 正則は少し真剣な表情になった。

「俺、もっと強くなりたいわ」

 亜由美が顔を上げた。

「……うちもや」

 そして、二人は拳を合わせた。

「次は、絶対に負けへん」

「せやな」

 その言葉には、確かな決意が込められていた。

 第十七章 勝者と敗者、互いへの敬意

 試合終了後。

 両チームの選手たちが、グラウンドへ整列した。

 大阪タイタンズ。

 博多リトルスターズ。

 勝ったチームも、負けたチームも、全力を出し切った少年少女たちだった。

 篠田監督と川原監督が、互いに頭を下げた。

「ありがとうございました」

「こちらこそ。本当に素晴らしい試合でした」

 川原監督は微笑んだ。

「悠翔君の最後の一打、見事でしたね」

 篠田監督も答えた。

「ありがとうございます。しかし、大阪の選手たちも本当に素晴らしかったです。最後まで気の抜けない試合でした」

 そして、両チームが握手を交わした。

 河内正則が、柳川悠翔の前に立った。

 二人はしばらく顔を見合わせた。

 悠翔が先に口を開いた。

「正則君……ありがとう」

 正則は少し驚いた。

「何がや?」

「めちゃくちゃすごい球、投げてくれたけん」

 正則は笑った。

「何言うとんねん。三打席連続で打ったくせに!」

 悠翔も笑った。

「でも、ほんとに簡単じゃなかったとよ」

 正則はうなずいた。

「……最後のホームラン、すごかったな」

「ありがとう」

「俺も、もっと強くなるで」

 悠翔は笑った。

「僕もたい!」

 二人は力強く握手した。

 その隣では、加藤亜由美が村瀬杏奈と握手していた。

「杏奈、あんたの三塁守備、めっちゃすごかったで」

 杏奈は笑った。

「亜由美さんの二塁守備もすごかったです!」

 亜由美は少し照れた。

「ありがとうな」

 そして、宮本さくらが岡部結菜へ声をかけた。

「結菜、あんたの球、ほんまに打ちにくかったわ!」

 結菜が笑った。

「さくらさんのホームランも、すごかったです!」

 さくらは苦笑した。

「せやけど、最後は負けてもうたな」

 結菜は静かに答えた。

「でも、ほんとにすごい試合でした」

 二人は笑顔で握手した。

 そこには、勝者と敗者という立場を超えた、野球仲間としての敬意があった。

 第十八章 全国大会決勝、最終結果

 全国大会決勝・東京ドーム

 博多リトルスターズ、延長8回逆転サヨナラ優勝

 チーム12345678計

 大阪000020013

 博多10000012×4


 優勝博多リトルスターズ

 福岡代表



 準優勝大阪タイタンズ

 大阪代表





 決勝の主な得点場面

 1回裏:柳川悠翔、先制適時打(博多1-0大阪)

 5回表:宮本さくら、逆転2ラン(大阪2-1博多)

 7回裏:牧田和美、同点適時二塁打(2-2)

 8回表:藤本颯太、勝ち越し犠牲フライ(大阪3-2博多)

 8回裏:柳川悠翔、逆転サヨナラ2ラン(博多4-3大阪)


 第十九章 栄冠の先に続く道

 試合終了後。

 東京ドームの大型スクリーンには、何度も柳川悠翔のサヨナラホームランが映し出されていた。

 十六球に及ぶ死闘。

 最後の一球。

 真ん中よりやや低めに入った直球。

 悠翔がすくい上げるように振り抜いた打球は、ライトポールの内側へ飛び込んだ。

 その一打が、日本一を決めた。

 しかし、その裏には数え切れないほどの努力があった。

 坂井雄二の執念の十一球。

 牧田和美の同点タイムリー。

 岸田誠一の大飛球。

 立花朋輝の最後の安打。

 そして、投手陣の継投策。

 岡部結菜の高回転ストレート。

 坂本大地の秘密兵器、おちょくりスローボール。

 全員が自分の役割を果たしたからこそ、最後のホームランにつながったのだった。

 一方、大阪タイタンズも、決して弱いチームではなかった。

 河内正則の投球。

 池永智雄の粘り。

 加藤亜由美の攻守。

 宮本さくらの逆転ホームラン。

 藤本颯太のフェンス際でのスーパーキャッチ。

 有村恒一郎や藤原航のリード。

 全員が力を尽くして戦った。

 勝負は、最後の一球で決まった。

 しかし、勝ったチームにも負けたチームにも、まだ長い野球人生が待っている。

 東京ドームのグラウンドでは、両チームの選手たちがもう一度、互いに頭を下げた。

「ありがとうございました!」

 大きな拍手が響いた。

 そして、観客席の優子は、涙を拭いながらつぶやいた。

「……みんな、ほんとによう頑張ったね」

 その声は、歓声にかき消されるほど小さかった。

 しかし、母親としての誇りと、すべての選手たちへの感謝が込められていた。

 全国大会決勝。

 博多リトルスターズ、日本一。

 大阪タイタンズ、準優勝。

 そして、河内正則と柳川悠翔の物語は、ここからさらに大きく動き始めることになる。


 次回予告

 第40話「日本一の表彰式、涙と爆笑のヒーローインタビュー」

 全国大会決勝は、延長八回、柳川悠翔の逆転サヨナラツーランホームランで幕を閉じた。

 博多リトルスターズは全国制覇。

 大阪タイタンズは準優勝。

 表彰式では、両チームの選手たちに大きな拍手が送られる。

 しかし、その後に待っていたのは、全国大会の歴史に残るかもしれない爆笑ヒーローインタビューだった。

 これまで筑前煮、博多とんこつラーメン、明太子弁当と、奇想天外な料理理論を披露してきた柳川悠翔。

 今度は日本一を決めたサヨナラホームランについて質問される。

「柳川選手、最後の十六球目。どんな気持ちで打ったのでしょうか?」

 悠翔は真剣な表情で答え始める。

 そして、その口から飛び出したのは、またしても想像を超える料理理論だった。

 一方、大阪タイタンズの選手たちは、宿舎で試合を振り返る。

「悔しいな……」

 正則の言葉に、亜由美がうなずく。

 しかし、二人の目はすでに次の目標を見つめ始めていた。

 そして、博多の選手たちとの出会いが、後に正則と亜由美の人生を大きく変えることになる。

 次回、第40話「日本一の表彰式、涙と爆笑のヒーローインタビュー」。

 勝負には必ず勝者と敗者がいる。しかし、全力を尽くした者たちの歩みは、試合終了の瞬間に終わるわけではない。全国大会で芽生えた友情とライバル意識は、次の舞台へと受け継がれていく。

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