日本一を懸けたプレーボール
河内正則 栄光への道
第36話「日本一を懸けたプレーボール」
第一章 決戦の朝、東京ドーム
全国大会決勝当日。
東京ドームの周辺は、朝早くから大勢の観客でにぎわっていた。
大阪代表・大阪タイタンズ。
福岡代表・博多リトルスターズ。
全国各地の強豪を破り、ついに最後の舞台へたどり着いた二つのチームが、日本一を懸けて激突する。
大阪タイタンズは、準々決勝で房総マリナーズを3対0、準決勝では盛岡ウルブズを8対2で破った。
一方の博多リトルスターズも、多摩川ドラゴンズを8対5、柏ブルーウィングスを5対0で退けている。
どちらも投打のバランスに優れ、守備力も高い。
そして、それぞれに全国屈指の実力を持つ選手たちがそろっていた。
東京ドームの大型スクリーンには、両チームのこれまでの戦績が映し出されていた。
「さあ、いよいよ全国大会決勝です!」
実況を担当する女性アナウンサー、藤沢真紀が声を弾ませた。
「解説は、元社会人野球選手の斉藤薫さんです。斉藤さん、ついにこの二チームが決勝で対戦しますね」
「ええ。大阪タイタンズは河内正則君を中心とした投手陣と、粘り強い打撃が特徴です。一方、博多リトルスターズは長打力が突出していますが、守備も非常に堅い。どちらが勝ってもおかしくない試合ですね」
「そして、注目はやはり河内正則選手と柳川悠翔選手の対決でしょうか?」
「そうですね。ただし、どちらも一人だけで勝ち上がってきたチームではありません。ほかの選手たちがどんな役割を果たすかも、大きな見どころになると思います」
グラウンドでは、両チームが試合前の練習を始めていた。
第二章 大阪タイタンズ、最後のミーティング
大阪タイタンズのベンチ。
川原監督は、選手たちを集めた。
「みんな、ここまで本当によく頑張った」
河内正則、加藤亜由美、池永智雄、星野慎一、有村恒一郎、藤原航、宮本さくら、西村奈緒たちが、真剣な表情で監督を見つめる。
「今日の相手は博多リトルスターズだ。ここまでの分析で分かったように、非常に強いチームだ」
監督は正則を見た。
「正則。今日は先発を任せる」
「はい!」
「ただし、無理に三振を狙う必要はない。速球で勝負する場面もあれば、球速を落としてタイミングを外す場面もある。相手打者の反応をよく見て投げてくれ」
正則はうなずいた。
「分かりました!」
続いて、川原監督は亜由美たち野手を見渡した。
「博多の投手陣は、全員が違う特徴を持っている。特に今日の先発、岡部結菜には注意が必要だ」
森下真央がまとめた分析資料には、岡部の投球データが記されていた。
球速は正則ほど速くない。
しかし、強烈なバックスピンがかかった直球は、打者の予測より落ちにくい。
そのため、分かっていてもバットの下を通過することがある。
亜由美が言った。
「球速だけ見て打ちにいったら、完全にタイミングが狂うわけですね」
「そうだ。打席ではボールを最後までよく見ること。自分の予測だけで振らないようにしてほしい」
監督は全員を見渡した。
「今日は最後の試合だ。勝ちたい気持ちはみんな同じだろう。しかし、焦らず、一つ一つのプレーを大切にしよう」
選手たちは声をそろえた。
「はい!」
正則はグラブを握り締めた。
(いよいよやな……悠翔)
その表情には、緊張と期待が入り交じっていた。
第三章 博多リトルスターズ、仲間を信じて
一方、博多リトルスターズのベンチ。
篠田正孝監督も、選手たちを集めていた。
「みんな、いよいよ決勝だ」
坂井雄二、牧田和美、岸田誠一、立花朋輝、柳川悠翔、森下悠一、松本航、村瀬杏奈、岡部結菜。
全員が監督を見た。
「今日の相手は大阪タイタンズ。素晴らしいチームだ。特に河内正則の直球は、全国でもトップクラスだろう」
悠翔がうなずいた。
「はい!」
「だが、あの直球を無理に一球で仕留めようとする必要はない」
監督はホワイトボードに書いた。
『きわどい球はカット。球数を投げさせる。好球は逃さない。』
「正則は制球もいい。だから、単に四球を待つのではなく、ストライクゾーンの際どい球には粘り強く対応するんだ」
坂井が答えた。
「はい!」
牧田もうなずいた。
「初回から簡単にはアウトにならんようにします!」
そして、篠田監督は岡部結菜を見た。
「結菜、今日の先発はお前だ」
「はい!」
「大阪の選手たちは、お前の高回転の直球について十分に研究しているはずだ。しかし、研究したからといって簡単に打てるものではない」
結菜は力強くうなずいた。
「自分の球を信じて投げます!」
捕手の森下悠一が笑った。
「結菜、安心しんしゃい! 僕がしっかり受けるけん!」
「ありがとう!」
最後に、篠田監督は全員へ告げた。
「ここまで来られたのは、みんなが力を合わせてきたからだ。今日も変わらない。誰か一人に頼る野球ではなく、全員で勝ちにいこう!」
悠翔が笑った。
「絶対に勝つばい!」
選手たちも声をそろえた。
「おおっ!」
第四章 観客席には、今日もあの母親
試合開始三十分前。
東京ドームの観客席には、柳川優子の姿があった。
ファイブピーチ★のメンバーであり、人気タレントでもある優子。
しかし、今日の彼女は、息子の野球を応援する母親だった。
「悠翔ー! いよいよ決勝たい! 頑張りんしゃいよー!」
その声は、試合前のグラウンドまで響いていた。
坂井雄二が笑った。
「悠翔、お母さん、今日も絶好調やね!」
牧田和美も笑った。
「今日の声、昨日より大きかっちゃない?」
悠翔は苦笑した。
「お母さん! まだ試合始まっとらんって!」
優子が大きく手を振った。
「何言いよっと! 試合前から気合い入れとかな!」
「気合い入りすぎたい!」
周囲の観客から笑いが起きた。
隣に座っていた女性が尋ねた。
「優子さん、今日は息子さんの決勝ですね。緊張しませんか?」
優子は微笑んだ。
「そりゃ緊張するよ。でも、ここまで来たんやけん、思いっきり楽しんでほしかね」
そしてグラウンドへ目を向けた。
悠翔が仲間たちと笑いながらキャッチボールをしている。
「勝っても負けても、あの子たちがここまで頑張ってきたことは変わらんけんね」
優子はそう言って、小さく拍手した。
「でも、できれば勝ってほしかね!」
隣の女性も笑った。
「そうですね!」
第五章 全国大会決勝、先発オーダー
場内アナウンスが響いた。
「これより、全国大会決勝、大阪タイタンズ対博多リトルスターズの試合を開始いたします」
先攻、大阪タイタンズ。
後攻、博多リトルスターズ。
両チームの先発メンバーが発表された。
全国大会決勝・スターティングメンバー
打順大阪タイタンズ博多リトルスターズ
1加藤亜由美(二)坂井雄二(中)
2藤本颯太(中)牧田和美(二)
3有村恒一郎(三)岸田誠一(左)
4河内正則(投)立花朋輝(一)
5藤原航(捕)柳川悠翔(遊)
6梶原悠真(遊)森下悠一(捕)
7宮本さくら(右)松本航(右)
8西村奈緒(一)村瀬杏奈(三)
9西岡湊(左)岡部結菜(投)
大阪ベンチには池永智雄、星野慎一らが控える。
博多ベンチには黒木海翔、坂本大地、神谷颯ら投手陣も控えていた。
両チームの選手たちが整列する。
球審が声を上げた。
「プレーボール!」
東京ドームに大きな拍手が響いた。
いよいよ、日本一を懸けた戦いが始まった。
第六章 岡部結菜、わずか十球の衝撃
一回表。
大阪タイタンズの攻撃。
先頭打者は加藤亜由美。
マウンドには、博多の先発・岡部結菜が立っていた。
岡部は大きく息を吐き、捕手の森下悠一のミットを見つめた。
(いつもどおり。自分の球を投げよう)
初球。
外角高めへの直球。
亜由美は見送った。
「ストライク!」
二球目。
内角への直球。
亜由美は鋭く振り抜いた。
しかし、ボールの下をたたいてしまった。
ファウル。
カウント0ボール2ストライク。
三球目。
岡部が腕を振った。
高回転の直球。
亜由美が打った。
カンッ!
打球は真上へ高々と上がった。
「セカンドフライ!」
牧田和美が落下点に入る。
捕球。
一死。
藤沢アナウンサーが実況した。
「岡部結菜、先頭の加藤亜由美を三球で打ち取りました!」
斉藤解説者がうなずいた。
「今の球、亜由美選手はしっかり捉えたつもりだったと思います。しかし、予測より高いところを通過したため、打球が上がってしまいましたね」
続いて二番、藤本颯太。
初球。
外角低めへの直球。
ボール。
二球目。
高めへの直球。
藤本が振り抜いた。
しかし、バットはボールの下を通過した。
空振り。
三球目。
またも高めへの直球。
藤本は何とかバットに当てた。
ファウル。
四球目。
岡部が内角への直球を投げ込んだ。
藤本が打った。
しかし、打球は力のない三塁ゴロ。
村瀬杏奈が前進して捕球する。
一塁の立花朋輝へ正確に送球。
「アウト!」
二死。
ここまで七球。
三番、有村恒一郎。
恒一郎はバットを構え直した。
(来る球は分かっとる。せやのに、何であんなに打ちにくいんや……)
初球。
外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
高めへの直球。
恒一郎が振り抜いた。
ファウル。
三球目。
岡部が投げ込んだ直球を、恒一郎は打ち返した。
しかし、タイミングがわずかにずれた。
打球は高々と上がった。
「ファーストフライ!」
立花朋輝が落下点に入る。
グラブを構える。
捕球!
三アウト。
藤沢アナウンサーが声を張り上げた。
「三者凡退! 岡部結菜、なんと初回をわずか十球で抑えました!」
1回表・岡部結菜の投球内容
打者球数結果
加藤亜由美3球二塁フライ
藤本颯太4球三塁ゴロ
有村恒一郎3球一塁フライ
合計10球三者凡退
大阪ベンチでは、亜由美が首をひねっていた。
「……おかしいな」
藤本もうなずいた。
「来るって分かっとるんやけど、なかなか打てへん」
恒一郎も悔しそうだった。
「俺もや。あの球、予想しとるところより上に来る感じがする」
池永智雄が話した。
「回転数が高いから、落ち方が少ないんやろな」
正則はマウンドを見つめた。
「なるほどな……」
亜由美が尋ねた。
「正則、何か分かったん?」
「いや、まだ分からん。でも、めちゃくちゃええ球やな」
川原監督も静かにうなずいた。
「球速だけでは測れない投手だ。次の打席から、さらに注意深く見ていこう」
一方、博多のベンチ。
岡部結菜が戻ってくると、チームメイトたちが拍手で迎えた。
「結菜、ナイスピッチング!」
「十球で終わったばい!」
結菜は少し照れた。
「ありがとう! でも、まだ始まったばっかりやけん!」
森下悠一が笑った。
「そうたい。次も一緒に抑えよう!」
結菜は大きくうなずいた。
「うん!」
第七章 正則のスタミナを削れ
一回裏。
博多リトルスターズの攻撃。
大阪タイタンズのマウンドへ、河内正則が向かった。
東京ドームの観客席から大きな拍手が送られる。
正則は軽く肩を回し、捕手の藤原航へ投球練習を始めた。
速い直球。
ミットから乾いた音が響く。
続いて外角低め。
そして内角いっぱい。
最後の球は、航の構えたところへ正確に決まった。
「よっしゃ!」
正則が小さくつぶやいた。
一方、博多ベンチでは、篠田監督が最後の指示を出していた。
「みんな、正則の球威は知っているな」
坂井雄二がうなずいた。
「はい!」
「きわどい直球を無理に強振する必要はない。ただし、ストライクゾーンへ来た球には、しっかり対応するんだ」
牧田和美も答えた。
「ファウルで粘って、球数を投げさせます!」
「そうだ。しかし、打てる球が来たら逃すなよ」
そして篠田監督は、少し声を落とした。
「今日は長い試合になるかもしれない。正則のスタミナを削りながら、好機をつくろう」
選手たちは力強くうなずいた。
第八章 八球を投げさせた坂井雄二
一回裏。
先頭打者、坂井雄二。
正則がマウンドで構えた。
航がミットを外角へ動かす。
初球。
鋭い直球。
ストライク。
坂井はバットを構え直した。
二球目。
外角へわずかに外れる。
ボール。
三球目。
内角への直球。
坂井が振り抜いた。
ファウル。
カウント1ボール2ストライク。
正則は大きく息を吐いた。
(追い込んだ。ここで決めるで)
四球目。
外角低めへの直球。
坂井はコンパクトにバットを出した。
ファウル。
五球目。
内角高め。
またもファウル。
大阪ベンチから亜由美が声をかける。
「正則、落ち着いていきや!」
六球目。
外角へ外れる。
ボール。
2ボール2ストライク。
七球目。
正則が力強く投げ込んだ。
坂井は再びバットに当てた。
ファウル。
実況席の藤沢アナウンサーが話した。
「坂井雄二、粘ります! 七球目もファウルにしました!」
斉藤がうなずいた。
「素晴らしいですね。無理に強く打とうとせず、際どい直球に食らいついています」
八球目。
正則が内角へ直球を投げ込んだ。
坂井が振り抜いた。
カキーン!
打球はセンター方向へ。
藤本颯太が前進する。
しかし、打球はその手前へ落ちた。
「センター前ヒット!」
坂井雄二、八球目を捉えて出塁!
東京ドームが沸いた。
観客席の優子が拍手した。
「雄二君! よう粘ったばい!」
坂井は一塁上で小さく拳を握った。
「よし!」
一方、正則はマウンドでボールを受け取った。
(八球か……。簡単にはアウトになってくれへんな)
第九章 牧田和美、七球目を仕留める
続く二番、牧田和美。
正則は初球を外角へ投げ込んだ。
ボール。
二球目。
内角いっぱい。
ストライク。
三球目。
牧田がファウルにする。
カウント1ボール2ストライク。
四球目。
外角低めの直球。
牧田はコンパクトにバットを出した。
ファウル。
五球目。
正則が少し球速を落とした直球を投げた。
牧田は見送った。
ボール。
六球目。
内角への速い直球。
牧田はバットを短く持って対応した。
ファウル。
藤沢アナウンサーが声を弾ませた。
「牧田和美も粘ります! 博多リトルスターズ、初回から河内正則に球数を投げさせています!」
七球目。
正則が腕を振った。
外角への直球。
牧田が逆方向へ打ち返した。
カキーン!
打球はライト前へ抜けた。
「ヒット! 連続安打!」
一塁走者の坂井が二塁へ進む。
無死一、二塁。
博多リトルスターズ、先制のチャンス!
正則は少し苦笑した。
(ほんま、よう食らいついてくるな)
しかし、焦りはなかった。
(まだ無死一、二塁や。ここから抑えたらええ)
航がマウンドへ向かった。
「正則、落ち着いていこう」
「ああ」
「球自体は悪くない。相手がうまく当ててきとるだけや」
「分かっとる」
正則はうなずいた。
そして、三番の岸田誠一を迎えた。
第十章 大阪の守備も譲らない
三番、岸田誠一。
正則は初球を外角へ投げた。
ボール。
二球目。
内角への直球。
ストライク。
三球目。
岸田が鋭く振り抜いた。
ファウル。
四球目もファウル。
五球目は低めに外れた。
そして六球目。
正則が高めへの直球を投げ込んだ。
岸田が打ち上げた。
「ショートフライ!」
梶原悠真が落下点に入った。
捕球。
一死一、二塁。
続く四番、立花朋輝。
正則の初球。
外角への直球。
ボール。
二球目。
内角への直球をファウル。
三球目。
外角いっぱい。
見逃しストライク。
四球目。
立花はファウルで粘る。
五球目。
正則が投げ込んだ直球を打ち上げた。
打球はレフト方向へ。
西岡湊が前進する。
捕球!
浅いレフトフライ。
二塁走者の坂井も、一塁走者の牧田も動けなかった。
二死一、二塁。
大阪タイタンズ、あと一人で初回を無失点に抑えることができる。
正則はマウンドで小さく息を吐いた。
(よし。あと一人や)
そして、場内アナウンスが響いた。
「五番、ショート、柳川君」
東京ドームの空気が変わった。
第十一章 ついに実現、正則対悠翔
柳川悠翔が打席へ向かった。
ここまでの全国大会で、幾度となくチームを救う長打を放ってきた少年。
サイクル安打。
逆転スリーランホームラン。
そして、相手の厳しいコースにも対応する巧みな打撃。
大阪タイタンズは、その打撃を徹底的に研究してきた。
しかし、これといった苦手コースは見つからなかった。
正則はマウンドから悠翔を見つめた。
(とうとう来たな……)
悠翔も正則を見た。
(正則君。やっと勝負できるね)
二人の視線が一瞬交わった。
観客席の優子も、息子の姿をじっと見つめていた。
「悠翔……」
実況席の藤沢アナウンサーが声を落とした。
「さあ、ついに実現しました。河内正則対柳川悠翔。全国大会決勝、初回からこの対決です」
斉藤も真剣な表情だった。
「しかも二死一、二塁。まさに勝負どころですね」
航がマウンドの正則へサインを送った。
初球。
外角低めへの直球。
悠翔は見送った。
「ストライク!」
正則がうなずいた。
二球目。
内角へ直球を投げ込む。
しかし、わずかに外れた。
ボール。
1ボール1ストライク。
三球目。
外角への速い直球。
悠翔が振り抜いた。
カキーン!
しかし、打球はファウルゾーンへ。
1ボール2ストライク。
正則は拳を握った。
(追い込んだ!)
しかし、悠翔は落ち着いていた。
(速かね。でも、まだ見える)
四球目。
正則は外角低めへ直球を投げた。
悠翔は見送った。
ボール。
2ボール2ストライク。
五球目。
正則が内角いっぱいへ投げ込んだ。
悠翔はバットを短く持ち、コンパクトに振った。
ファウル。
六球目。
今度は外角への直球。
悠翔は踏み込んだ。
再びファウル。
藤沢アナウンサーが声を張り上げた。
「柳川悠翔、粘ります! 河内正則の速球を二球続けてファウルにしました!」
正則はマウンドで大きく息を吐いた。
(……やっぱり簡単には打ち取れへんな)
航はミットを構え直した。
七球目。
正則が力強く腕を振った。
外角寄りへの直球。
悠翔の目が鋭くなった。
(ここたい!)
カキィィィン!
鋭い打球が三遊間方向へ飛んだ。
「打った!」
三塁手の有村恒一郎が横っ跳びする。
遊撃手の梶原悠真も追いかける。
しかし、打球は二人の間を抜けた。
「レフト前ヒット!」
二塁走者の坂井雄二が三塁を回った。
三塁コーチが腕を回す。
「雄二! 回れ!」
西岡湊が打球を捕球して本塁へ返球する。
しかし、坂井の足が早かった。
「セーフ!」
博多リトルスターズ、先制!
1対0!
東京ドームが大歓声に包まれた。
藤沢アナウンサーが叫んだ。
「柳川悠翔! 七球目を捉えて先制タイムリーヒット! 博多リトルスターズが初回に一点を奪いました!」
悠翔は一塁上で小さく拳を握った。
「よし!」
観客席の優子は、立ち上がっていた。
「悠翔ー! よう打ったぁぁぁ!」
周囲の観客も拍手を送っていた。
優子は少し涙を浮かべながら笑った。
「ほんとに……よう打ったね……!」
一方、大阪ベンチ。
亜由美がマウンドの正則を見つめていた。
正則は、一瞬だけ悔しそうな表情を見せた。
(やっぱり……悠翔は簡単には打ち取れんな)
しかし、すぐに気持ちを切り替えた。
(まだ一点や。ここで止めるで)
航がマウンドへ近づいた。
「正則、大丈夫や」
「ああ」
「ええ勝負やった。今のは悠翔がうまかっただけや」
正則はうなずいた。
「せやな。でも、次は負けへんで」
航が笑った。
「その意気や」
第十二章 最後は亜由美が守り切る
二死一、二塁。
博多リトルスターズは、なおも追加点のチャンスを迎えていた。
打席には六番、森下悠一。
正則は再びマウンドへ上がり、航のミットを見つめた。
初球。
内角への直球。
ストライク。
二球目。
外角低め。
ボール。
三球目。
正則が腕を振った。
直球。
森下が鋭く振り抜いた。
カキーン!
打球は二塁方向へ。
強烈なライナーだった。
「セカンドライナー!」
加藤亜由美が素早く反応した。
一歩横へ動く。
グラブを伸ばした。
パシッ!
「捕った!」
三アウト!
一回裏、終了。
亜由美の好守で追加点を阻止した。
正則は大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
亜由美がマウンドへ近づいた。
「正則、お疲れ!」
「ありがとう、亜由美」
「しかし、やっぱり博多はしぶといな」
「せやな」
正則は少し苦笑した。
「初回からこんなに球数投げさせられるとは思わへんかったわ」
亜由美もうなずいた。
「それに悠翔、ほんまによう打つな」
「せやな。でも、次は絶対に抑える」
亜由美が笑った。
「その前に、うちらが点取らなあかんな!」
「頼んだで!」
「任せとき!」
二人は拳を合わせた。
第十三章 初回の攻防、両チームの思惑
全国大会決勝・1回終了
チーム1回計
大阪タイタンズ00
博多リトルスターズ11
大阪 0-1 博多
1回終了
両先発投手・初回の成績
岡部結菜/博多
10球
被安打0・失点0
三者凡退
河内正則/大阪
36球
被安打3・失点1
長い攻防の末に先制を許す
実況席の藤沢アナウンサーが話した。
「斉藤さん、初回から非常に対照的な展開になりましたね」
「そうですね。岡部結菜投手は十球で三者凡退。一方の河内正則投手は、三十六球を投げさせられました」
「これは今後の展開にも影響しそうですね」
「ええ。博多は明らかに正則君の球数を増やすことを意識しています。ただし、正則君も三振を狙って力むような場面は少なく、落ち着いていました」
そして斉藤は続けた。
「それに、悠翔君との対決が非常に面白かったですね。最後まで粘って七球目を仕留めました。正則君にとっても、あの打席は印象に残ったでしょう」
藤沢がうなずいた。
「日本一を懸けた戦い、まだ一回が終わったばかりです!」
第十四章 母が見た、息子の一打
観客席。
優子は、先制打を放った息子の姿を思い出していた。
正則の速球。
七球に及ぶ攻防。
最後に、外角の直球を三遊間へ打ち返した一打。
優子は微笑んだ。
「悠翔……よう見とったね」
彼女には、何となく分かっていた。
悠翔は単に直球を打ったのではない。
投手の動き、投球のコース、球速、そして配球。
それらを一球ごとに確認しながら、自分の打てる球を待っていたのだ。
幼い頃から見てきた、卓球選手の父・拓実の試合運び。
そして、音楽や笑いの世界で培われた、ほんの小さな違いを見つける観察眼。
その両方が、悠翔の打撃の中に生きていた。
優子は小さくつぶやいた。
「でも、正則君もすごかね……」
正則は先制打を許しても、決して表情を崩さなかった。
次の打者に集中し、亜由美の守備にも助けられながら、追加点を防いだ。
「ほんと、ええ勝負やね」
隣に座っていた女性が尋ねた。
「優子さん、まだ一回なのに、もうこんなに盛り上がってますね!」
優子は笑顔で答えた。
「そうたい! でも、まだまだこれからよ!」
そして、両手を口元に添えた。
「みんなー! 最後まで頑張りんしゃいよー!」
その声に、周囲の観客たちが笑顔になった。
しかし、優子はすぐに座り直した。
「さて……次は大阪の攻撃やね」
表情は真剣だった。
日本一を懸けた試合。
その勝負は、まだ始まったばかりだった。
第十五章 ベンチで交わされた言葉
一回裏を終えた博多リトルスターズのベンチ。
悠翔はヘルメットを外し、タオルで汗を拭っていた。
坂井雄二が近づいてきた。
「悠翔、ナイスバッティング!」
「ありがとう!」
牧田和美も笑った。
「でも、正則君の球、やっぱり速かね」
悠翔はうなずいた。
「うん。めちゃくちゃ速か」
岸田誠一が尋ねた。
「悠翔、七球目はどげんして打ったと?」
悠翔は少し考えた。
「最初からあのコースを狙っとったわけじゃなかよ」
「そうなん?」
「うん。一球ずつ見ながら、正則君がどげんな球を投げてくるか考えとった」
そして、少し笑った。
「でも、最後の球は、たまたま自分の打てるところに来てくれたけんね」
立花朋輝が笑った。
「たまたまって言うけど、あれをヒットにするのは簡単じゃなかばい!」
悠翔は照れくさそうに笑った。
「まあ、そうかもしれんけどね」
そこへ篠田監督が近づいてきた。
「悠翔、いい打撃だったぞ」
「ありがとうございます!」
「しかし、正則は次の打席で配球を変えてくるかもしれない。油断するなよ」
「はい!」
一方、大阪タイタンズのベンチ。
川原監督が正則に話しかけていた。
「正則、初回は少し球数が増えたな」
「はい。でも、球自体は悪くなかったと思います」
「そうだな。博多の打者が非常に粘り強かった」
監督は続けた。
「次の回からは、無理に三振を狙わず、打たせて取ることも考えよう。まだ先は長い」
正則がうなずいた。
「はい!」
そこへ亜由美が近づいてきた。
「正則、次の攻撃はうちらが頑張るで!」
正則は笑った。
「頼んだわ!」
「任せとき! まずは同点にせなあかんからな!」
正則が力強くうなずいた。
そして、グラウンドへ目を向けた。
博多のマウンドには、岡部結菜が再び投球練習を始めている。
あの独特の高回転ストレート。
来ると分かっていても、簡単にはバットに当たらない。
正則は小さくつぶやいた。
「……岡部結菜か」
その表情に、笑みが浮かんだ。
「ほんまに、おもろいピッチャーやな」
そして、正則はもう一度グラブを握り締めた。
「でも、負けへんで」
全国大会決勝。
大阪タイタンズ対博多リトルスターズ。
一回を終えて、博多が1対0とリード。
しかし、両チームの勝負は、まだ始まったばかりだった。
次回予告
第37話「高回転ストレートへの挑戦」
全国大会決勝。
一回を終えて、博多リトルスターズが1対0とリード。
先発の岡部結菜は、初回をわずか十球で三者凡退に抑えた。
その高回転ストレートに、大阪タイタンズの打者たちは苦しめられる。
「来るって分かっとるのに、なかなか打てへん……」
加藤亜由美の言葉に、池永智雄がうなずく。
しかし、川原監督は新しい対応策を考え始めていた。
「球速だけを見るな。ボールがどこを通るのか、最後まで見極めるんだ」
一方、博多リトルスターズのベンチ。
柳川悠翔は、河内正則の初回三十六球という投球数を見つめていた。
「正則君、次は絶対に変えてくるやろうね」
森下悠一が尋ねる。
「どげん変えてくると思う?」
悠翔は少し考えた。
「球数を減らすために、早いカウントから打たせて取ろうとするかもしれん」
そして、笑った。
「でも、こっちも簡単には打たされんよ」
東京ドームでは、両チームの駆け引きがさらに激しくなっていく。
岡部結菜の高回転ストレート。
河内正則の速球と緩急。
そして、柳川悠翔の鋭い観察眼。
次回、第37話「高回転ストレートへの挑戦」。
相手を知り、自分を変える。その繰り返しが、全国大会決勝という大舞台で少年少女たちをさらに成長させていく。




