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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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109/112

決勝前夜、二つのチームの決意

河内正則 栄光への道

第35話「決勝前夜、二つのチームの決意」

第一章 決勝の相手は、博多リトルスターズ

全国大会決勝前日。

東京ドームで行われた二つの準決勝は、それぞれのチームの持ち味が存分に発揮された試合となった。

大阪タイタンズは盛岡ウルブズを8対2で撃破。相手投手の制球難を見抜き、初回から球数を投げさせる戦術が成功した。

一方、博多リトルスターズは柏ブルーウィングスを5対0で退けた。強打者の柳川悠翔だけでなく、控えから抜擢された村瀬杏奈が三点本塁打を放ち、攻守にわたって大活躍した。

そして、いよいよ決勝の組み合わせが決まった。

大阪代表、大阪タイタンズ。

福岡代表、博多リトルスターズ。

日本一を懸けた最後の一戦である。

大阪タイタンズの宿舎では、川原監督を中心に、決勝へ向けた作戦会議が始まろうとしていた。

「みんな、まずはここまでよく頑張ってくれた」

川原監督が選手たちを見渡した。

「しかし、まだ終わっていない。あと一勝して、初めて日本一だ」

河内正則が力強く答えた。

「はい!」

加藤亜由美も笑顔を見せた。

「絶対に勝ちましょう!」

そこへ、スコアラーを務める森下真央が、大量の分析資料を持って入ってきた。

その後ろでは、中西莉子が選手たちに資料を配っている。

「はい、これ決勝用の資料やで! 全部で四十二ページあるから、ちゃんと読んでな!」

正則は目を丸くした。

「四十二ページ!? 学校の宿題より多いやん!」

亜由美がすかさず突っ込んだ。

「正則、あんた学校の宿題もちゃんとやりや!」

「やっとるわ!」

会議室に笑いが起こった。

しかし、真央がスクリーンに映像を映し出すと、空気は一変した。

そこには、博多リトルスターズの五番打者、柳川悠翔の姿があった。

「今日の分析では、特にこの選手について詳しく説明します」

選手たちがスクリーンを見つめた。

「柳川悠翔。全国大会で最も警戒すべき打者の一人です」

第二章 徹底分析、柳川悠翔という打者

大型スクリーンには、悠翔の打撃映像が次々と映し出された。

札幌アンビシャス戦。

初回、一死二、三塁。

右中間への二点タイムリースリーベース。

続いて、右方向への単打。

左中間への二塁打。

そして七回、逆転スリーランホームラン。

サイクル安打達成。

さらに、多摩川ドラゴンズ戦。

初回の二点タイムリー。

四回の同点打。

七回の勝ち越しスリーランホームラン。

柏ブルーウィングス戦では、先制タイムリーとソロホームランを放ち、準決勝進出後も好調を維持していた。

真央が説明を始めた。

「まず、打球方向の分析です」

スクリーンには、悠翔の打球を方向別に整理した図が表示された。

柳川悠翔・主要な打球方向


安打の例


長打の例


スコアラーが映像から整理した模式図。打球方向は左右に広く分布している。

真央が口を開いた。

「見てください。レフト方向、センター方向、ライト方向。どこかに極端な偏りがあるわけではありません」

池永智雄が資料を見つめた。

「引っ張り専門の打者やないんか」

「そうです。外角の球を逆方向へ運ぶこともできますし、内角の球を引っ張ることもできます」

藤原航が質問した。

「ほな、外角低めはどうなんや? 普通はあそこを長打にするのは難しいやろ」

真央は映像を切り替えた。

そこには、外角低めの直球を右中間へ運ぶ悠翔の姿があった。

「このとおりです」

航は思わずうなった。

「……うまいな」

次に有村恒一郎が尋ねた。

「内角高めは?」

真央は別の映像を再生した。

今度は、内角高めの直球を左中間へ運んでいる。

「こちらも対応しています」

恒一郎が首をひねった。

「ほな、どこが苦手なんや?」

「それが……」

真央は少し困った表情になった。

「今のところ、はっきりした苦手コースが見つかりません」

正則が驚いた。

「そんなことあるんか?」

「もちろん、すべての球を安打にしているわけではありません。凡退もあります。しかし、同じコースで繰り返し打ち取られているわけではないんです」

スクリーンには、悠翔の凡退した打席が映し出された。

外角直球を打って二塁ゴロ。

次の試合では、ほぼ同じコースを右中間へ打ち返している。

内角直球を打ってレフトフライ。

しかし、別の試合では、その内角直球をホームランにしていた。

亜由美がつぶやいた。

「同じところに投げても、打ち取れるときと打たれるときがあるんやな」

真央がうなずいた。

「そのとおりです」

第三章 カウント別の分析でも見つからない弱点

真央は次の資料を表示した。

「次はカウント別の打撃傾向です」

柳川悠翔・カウント別の打撃傾向

カウント映像から確認された特徴

0ボール0ストライク初球から積極的に打つ場合も、見送る場合もある

0ボール1ストライク狙い球が来れば強振。無理なスイングは少ない

1ボール1ストライク内外角どちらにも対応。引っ張りと逆方向を使い分ける

0ボール2ストライクコンパクトなスイングへ切り替え、ファウルで粘る

1ボール2ストライク厳しい直球にも対応し、安打につなげる場面がある

2ボール2ストライク強振する場合と、逆方向へ運ぶ場合がある

3ボール2ストライク四球を選ぶことも、積極的に打つこともある

限られた大会映像に基づく傾向整理。各カウントでの行動が一つに定まらないことが特徴。

星野慎一が質問した。

「追い込まれたら、やっぱり打率は下がるんちゃいますか?」

真央は答えた。

「多少は下がります。ただし、追い込まれたからといって、極端に打ち取られやすくなるわけではありません」

智雄が眉をひそめた。

「普通は二ストライクになると、空振りを避けるためにスイングが小さくなるやろ?」

「悠翔選手も小さくしています。しかし、スイングを小さくしても打球を強く飛ばせるんです」

亜由美が驚いた。

「それ、めちゃくちゃ厄介やん」

真央がさらに説明した。

「それから、もう一つ不思議なことがあります」

「何や?」

正則が尋ねた。

「同じ打者なのに、試合によって打撃の組み立て方が違うんです」

真央は二つの映像を並べた。

一つ目は、初球から強振する悠翔。

二つ目は、同じようなコースの初球を見送り、次の球を逆方向へ打つ悠翔。

「例えば、速球派の投手には積極的に打つことがある一方、制球型の投手には球数を投げさせることもあります。しかし、その逆もあるんです」

恒一郎が首をかしげた。

「結局、どっちなんや?」

真央は小さく息を吐いた。

「それが分からないんです」

会議室が静まり返った。

正則が資料を見つめた。

「なんや、分析すればするほど分からんようになるな……」

真央もうなずいた。

「そうなんです。普通なら、データが増えるほど打者の癖が見えてきます。ところが悠翔選手の場合、分析すればするほど対応の幅が広いことが分かってくるんです」

川原監督は腕を組んだ。

「これは、面白い打者だな」

亜由美が尋ねた。

「監督、面白いって……どうやって抑えるんですか?」

監督はしばらく考えた。

「今の段階で、確実な攻略法はない。しかし、だからといって勝負を避け続けるわけにもいかない」

そして、静かに続けた。

「まず、悠翔の前に無駄な走者を出さないことだ。そして、打席ごとに相手が何を狙っているかを見極める」

正則がうなずいた。

「こっちも頭を使わなあかんわけですね」

「そうだ」

しかし、この時点では川原監督も、真央も、正則たちも、悠翔の打撃がなぜこれほど多彩なのか、その本当の理由を知らなかった。


第四章 卓球選手の父が教えてくれたこと

同じ頃。

博多リトルスターズの宿舎。

柳川悠翔は、ベッドに腰掛けながら父親の柳川拓実とビデオ通話をしていた。

プロ卓球選手として活躍してきた拓実は、息子の全国大会での戦いを誇らしく思っていた。

「悠翔、いよいよ決勝だな」

「うん! 相手は大阪タイタンズたい!」

拓実は笑った。

「河内正則君か。すごい投手だな」

「そうなんよ。速い直球だけじゃなくて、遅い球も使うとよ」

「緩急を使い分けているわけだな」

「うん。しかも、コースの投げ分けもうまか」

拓実はうなずいた。

「悠翔、昔、父さんが卓球で何を一番大切にしているか話したことがあっただろう?」

悠翔は笑った。

「相手を見ることやろ?」

「そうだ」

拓実は続けた。

「卓球は、ただ速い球を打てば勝てる競技じゃない。相手がどこに立っているか、ラケットをどう動かしているか、体重がどちらの足に乗っているか。そういう小さな違いから次の攻撃を考えるんだ」

悠翔がうなずいた。

その言葉を聞いているうちに、幼い頃の記憶がよみがえってきた。

まだ幼稚園に通っていた頃。

父の練習場で、悠翔は卓球台の横に座り、練習風景を眺めていた。

高速ラリー。

鋭いドライブ。

相手の意表を突く緩い返球。

そして、決めにいく強烈なスマッシュ。

幼い悠翔には、すべてが面白かった。

「お父さん、なんで今、ゆっくり打ったと?」

ある日、悠翔は尋ねた。

拓実はラケットを置いて答えた。

「相手が速い球を待っていたからだよ」

「速い球を待っとったと?」

「そう。速い球が来ると思っているところへ、ゆっくりした球を返すと、相手はタイミングが合わなくなることがあるんだ」

悠翔は目を輝かせた。

「じゃあ、ずっとゆっくり打ったら勝てると?」

拓実は笑った。

「いや、そればかりだと相手も慣れてしまう。大切なのは、相手が何を考えているかを読むことなんだ」

そして卓球台に戻り、練習を再開した。

次のラリー。

拓実は速い球を二本続けて返した。

相手が後ろへ下がる。

その瞬間、短いボールをネット際へ落とした。

相手は前へ走ったが、届かなかった。

「ほら、今のだよ」

幼い悠翔は大喜びした。

「すごかぁ!」

それからというもの、悠翔は父の練習を見るたびに、次の球がどこへ飛ぶのかを予想するようになった。

「次は右!」

「今度は左!」

「次はゆっくり!」

もちろん、最初は外れることばかりだった。

しかし、何度も見ているうちに、ほんの小さな動きから次の攻撃を予測することが少しずつできるようになっていった。

もともと動くものを目で追う力に恵まれていた悠翔だったが、父の練習を間近で見続けた経験は、その力を実際の競技に生かす土台となった。

今、野球の打席で投手を観察するときにも、その経験が役立っている。

マウンド上の投手。

踏み出す足。

肩の開き方。

腕の振り。

そして、ボールが指先から離れる瞬間。

悠翔は、それらを意識して見ていた。

ビデオ通話の向こうで、拓実が尋ねた。

「正則君と対戦するのは楽しみか?」

悠翔は満面の笑みで答えた。

「めちゃくちゃ楽しみたい!」

拓実も笑った。

「いいことだ。でもな、悠翔。予測は大切だけど、決めつけてはいけないぞ」

「うん!」

「相手も考えてくる。自分の予測が外れたら、そこから修正する。それが本当に強い選手だ」

悠翔は大きくうなずいた。

「分かっとるよ、お父さん!」

第五章 母親譲りの観察眼

ビデオ通話を終えた悠翔は、隣の部屋にいる母親の優子を訪ねた。

優子は、明日の決勝に向けて応援グッズを整理していた。

「お母さん、ちょっと聞いてよか?」

「何ね?」

「お母さんって、どうして人のちょっとした動きにすぐ気づくと?」

優子は笑った。

「急に何ね、その質問!」

「いや、昔から不思議やったけん」

優子は少し考えた。

「そうやねぇ。たぶん、ずっと人を見てきたからやろうね」

「人を?」

「そうたい。お笑いの舞台でも、音楽の演奏でも、相手のちょっとした変化に気づくことが大切なんよ」

悠翔は椅子に座った。

優子は話を続けた。

「例えば、光子おばちゃんと漫才するとき。光子おばちゃんが、いつもとほんの少し違う言い方をしただけで、次に何を言おうとしているのか分かることがあるとよ」

「へぇ……」

「でも、分かったからといって、すぐツッコめばいいわけじゃなか」

優子は笑った。

「相手が言い終わる一瞬前がよかときもあれば、ちょっと間を置いたほうが面白いときもある。そこを間違えると、せっかくのギャグが滑ってしまうけんね」

悠翔が笑った。

「お母さんたち、たまにわざと間を置いてからツッコむもんね」

「そうそう!」

優子はうなずいた。

「笑いも、音楽も、間合いが大切なんよ。早すぎても遅すぎても駄目なことがある」

そして、ふと思い出したように言った。

「そういえば、悠翔が小さい頃から、光子おばちゃんとコントの練習をしよると、じーっと見とったね」

悠翔も思い出した。

「うん。面白かったけん!」

「でもね、悠翔。ただ笑っとるだけじゃなかったとよ」

「えっ?」

「いつも、次に光子おばちゃんが何を言うか予想しよった」

悠翔は笑った。

「ああ、そうやったね!」

優子は懐かしそうに続けた。

「それで、たまに先にツッコんでしまうこともあったとよ」

「お母さん、あれ覚えとると?」

「もちろんたい!」

二人は声を上げて笑った。

しかし、優子は少し真剣な表情になった。

「悠翔。あんたが野球で相手をよく見とるのは、きっと卓球のお父さんの影響も、お母さんたちの影響もあるんやろうね」

悠翔は静かにうなずいた。

「うん。僕もそう思う」

優子は続けた。

「でもね、それだけじゃないとよ」

「何が?」

「あんた自身が、ずっと考えて、練習してきたからたい」

悠翔は母親を見つめた。

「お父さんやお母さんが何かを教えても、それを自分のものにするには、自分で努力せんといかんやろ?」

「うん」

「だから、お母さんはあんたが本当に頑張ってきたと思っとるよ」

悠翔は少し照れた。

「お母さん……」

優子は笑顔を見せた。

「明日も、自分の野球をしてきんしゃい」

「うん!」

そして悠翔は、母親へ尋ねた。

「ところで、お母さん」

「何ね?」

「明日も東京ドームで、めちゃくちゃ大きな声出すと?」

優子は満面の笑みで答えた。

「もちろんたい!」

悠翔は頭を抱えた。

「やっぱり……」

「決勝やけん、今日の三倍くらい気合い入れようと思っとる!」

「三倍!? 東京ドームの屋根が吹っ飛ぶばい!」

優子が吹き出した。

「そげん簡単に吹っ飛ばんわ!」

親子の笑い声が、宿舎の部屋に響いた。


第六章 大阪タイタンズ、守備体系の分析

一方、大阪タイタンズの会議室では、分析が続いていた。

今度は博多の守備体系についてだった。

真央が説明する。

「博多リトルスターズは、内野手の守備範囲が非常に広いです。特に柳川悠翔は、三塁と遊撃の両方を高い水準で守れます」

スクリーンには、準決勝での悠翔の守備が映し出された。

三遊間への鋭いゴロ。

横っ跳びで捕球。

素早く立ち上がり、一塁へ正確に送球する。

続いて、村瀬杏奈の守備。

三塁線の強烈な打球。

逆シングルで捕球。

体勢を立て直し、鋭い送球で打者をアウトにする。

亜由美が感心した。

「杏奈って子、肩がめちゃくちゃ強いな」

真央がうなずいた。

「しかも送球が正確です。もともと捕手として登録されている選手ですが、三塁守備でも非常に高い能力を見せています」

西村奈緒が質問した。

「もし悠翔がショート、杏奈がサードで出場したら、三遊間はかなり堅くなりますね」

「そうです。さらに、二塁手の牧田和美も守備範囲が広いので、内野のゴロは簡単には抜けません」

正則が腕を組んだ。

「打撃だけやなくて、守備もすごいんやな」

真央は次の映像を再生した。

センターの坂井雄二が、深い打球を追って捕球する。

右翼手の松本航が、本塁へ正確な返球を行う。

そして捕手の森下悠一が、走者を警戒しながら投手をリードする。

「外野も堅いです。特に中堅手の坂井選手は、打球への反応が非常に速いです」

川原監督がうなずいた。

「つまり、簡単な打球では出塁できないということだな」

真央が答えた。

「はい。ただし、守備位置は打者によって変えてきます。その動きをよく見ておく必要があります」

亜由美は資料に書き込んだ。

「相手の守備位置を見て、打球方向を考えるわけやな」

「そうです」

第七章 投手陣にも隙が見つからない

続いて、博多の投手陣の分析が始まった。

先発候補は大原颯真。

そして、黒木海翔、坂本大地、神谷颯、岡部結菜。

それぞれに特徴がある。

大原颯真は、安定した制球力と試合を組み立てる能力が武器。

黒木海翔は、力強い直球で打者を押し込む。

坂本大地は、内外角への投げ分けが巧み。

神谷颯は、球速と投球テンポの使い分けに優れている。

そして女子投手の岡部結菜。

真央が映像を表示した。

「この投手は特に注意が必要です」

映像には、岡部の高回転の直球が映っていた。

打者が振り抜く。

しかし、バットはボールの下を通過する。

空振り。

正則が驚いた。

「うわっ! めっちゃ伸びるように見えるやん!」

智雄もうなずいた。

「回転数が高いんやな」

真央が説明した。

「そうです。球速そのものは正則ほどではありませんが、回転数が非常に高いんです。打者が予想するより球が落ちにくいので、バットの下を通過してしまいます」

亜由美がつぶやいた。

「球速だけ見てたら、完全にタイミング狂うな」

川原監督がうなずいた。

「そうだ。投手は速さだけで評価してはいけない。ボールの軌道も重要なんだ」

そして、監督は全員を見渡した。

「博多は、打撃、守備、投手陣、すべてのバランスがいい。簡単には勝てない相手だぞ」

選手たちは真剣な表情でうなずいた。

第八章 博多も大阪を徹底研究する

その頃。

博多リトルスターズの会議室でも、分析が始まっていた。

篠田監督が選手たちを集めた。

「明日の相手は大阪タイタンズだ。これまでの試合をすべて振り返ろう」

スコアラーが資料を表示した。

大阪タイタンズの投手陣。

河内正則。

池永智雄。

星野慎一。

そして、捕手の有村恒一郎と藤原航。

「大阪の特徴は、投手ごとに投球スタイルが大きく違うことです」

スクリーンには正則の投球が映し出された。

強烈な直球。

内外角への正確な投げ分け。

そして、房総マリナーズ戦で使用した、おちょくりスローボール。

悠翔が笑った。

「あっ! これたい!」

優子も笑った。

「名前がおちょくりスローボールやったね」

坂井雄二が驚いた。

「なんね、その名前!」

牧田和美も笑った。

「めちゃくちゃふざけとるやん!」

悠翔は首を横に振った。

「いや、これ、名前はふざけとるけど、かなり厄介な球たい」

全員が悠翔を見た。

「どういうこと?」

森下悠一が尋ねた。

悠翔は映像を指さした。

「ほら、ここ。正則君、速い直球を二球続けたあとに、急に遅い球を投げとるやろ?」

「うん」

「打者は速い球を待っとるけん、あんな遅い球が来たらタイミングが合わんとよ」

篠田監督がうなずいた。

「そのとおりだ」

悠翔は続けた。

「でも、次も遅い球が来ると思っとったら、今度は速い直球が来る。だから、最初から球速を決めつけたらいかん」

岸田誠一が感心した。

「悠翔、よう見とるね」

悠翔は笑った。

「お父さんの卓球で、似たようなことをずっと見てきたけんね」

篠田監督が尋ねた。

「ほう。どんなことだ?」

「卓球でも、速い球だけじゃなくて、急にゆっくりした球を返して相手のタイミングを外すことがあるとです」

監督はうなずいた。

「なるほどな」

「だから、正則君が何を狙っとるか、投球ごとに考えたほうがよかと思います」

篠田監督は微笑んだ。

「いい考えだ。ただし、全員が悠翔と同じ打撃をする必要はないぞ」

選手たちがうなずいた。

「それぞれ自分の持ち味を生かすことが大切だ」

第九章 打撃データに現れた大阪の強さ

スコアラーは大阪の打撃データを表示した。

「大阪の打線は、長打力と粘り強さの両方を持っています」

一番、加藤亜由美。

強い打球を広角に打ち分け、選球眼にも優れている。

二番、藤本颯太。

俊足で、送りバントや進塁打が得意。

三番、有村恒一郎。

状況に応じた打撃ができ、スクイズも巧み。

四番、河内正則。

投手としてだけでなく、強打者としても高い能力を持っている。

五番、藤原航。

粘り強く、得点圏での勝負強さがある。

六番、梶原悠真。

守備力に優れ、打撃でも確実につなぐ。

七番、宮本さくら。

長打力と勝負強さを備え、盛岡戦では二点タイムリーツーベースを放った。

八番、西村奈緒。

左打席から広角に打ち分け、長打も打てる。

九番、星野慎一。

投手ながら粘り強く、相手に球数を投げさせる打撃ができる。

スコアラーが説明した。

「特に注意したいのは、打順に関係なく得点を取れることです。七番、八番からでも長打が出ます」

悠翔がうなずいた。

「盛岡戦でも、さくらさんと奈緒さんがよう打っとったね」

村瀬杏奈も話した。

「大阪の女子選手、ほんとにすごかね」

岡部結菜が笑った。

「でも、私たちも負けんよ!」

杏奈がうなずいた。

「うん!」

篠田監督は全員を見渡した。

「その意気だ。ただし、相手のことを認めるのも大切だぞ」

そして、静かに続けた。

「大阪は決して、正則一人のチームではない。私たちが悠翔一人のチームではないのと同じだ」

悠翔が力強く答えた。

「はい!」


第十章 データでは測れないもの

その夜。

大阪タイタンズの会議室。

森下真央は、まだ悠翔の映像を分析していた。

正則、亜由美、智雄、恒一郎、航も残っている。

真央は何度も映像を巻き戻した。

「……どうしてなんだろう」

亜由美が尋ねた。

「真央、まだ分からんの?」

「うん。普通なら、苦手なコースやカウントが見えてくるはずなんだけど……」

映像には、悠翔が投手の球をじっと見つめる姿が映っていた。

そして、投球動作が始まる。

悠翔はバットを構えたまま、最後まで球を見ている。

その瞬間。

真央は映像を止めた。

「……あれ?」

正則が顔を上げた。

「何や?」

「今、ちょっと気になる動きがあったんだけど……」

真央は映像を拡大した。

悠翔の目線。

投手の足。

そして、投球動作。

しかし、はっきりしたことは分からなかった。

「……いや、気のせいかな」

川原監督が声をかけた。

「真央、何か分かったか?」

「いえ。まだ確信がありません」

監督はうなずいた。

「そうか。無理に結論を出す必要はない」

そして、全員へ告げた。

「データは大切だ。しかし、データだけで選手のすべてが分かるわけではない」

正則が静かにうなずいた。

「はい」

監督は続けた。

「相手は生身の人間だ。試合中にも考えるし、成長する。こちらが研究したとおりに動いてくれるとは限らない」

亜由美が口を開いた。

「ほな、明日は試合の中でも相手を観察して、作戦を変えていかなあかんのですね」

「そうだ」

正則は、もう一度悠翔の映像を見つめた。

「……柳川悠翔」

画面の中で、悠翔が鋭い打球を右中間へ運んでいた。

正則は小さく笑った。

「ほんまに、おもろい打者やな」

智雄が笑った。

「正則、楽しそうやな」

「当たり前や。こんなすごい打者と勝負できるんやで!」

航がうなずいた。

「でも、簡単には打たせへんで」

恒一郎も笑った。

「せやな。こっちにも意地がある」

亜由美が拳を握り締めた。

「日本一になるんは、うちらや!」

正則が笑った。

「そのとおりや!」

第十一章 悠翔の観察眼は、打席だけではない

同じ頃。

博多リトルスターズの宿舎。

悠翔は、準決勝での大阪タイタンズの守備映像を見直していた。

特に注目していたのは、加藤亜由美の二塁守備だった。

打球が飛ぶ。

亜由美が素早く反応する。

横っ跳び。

そして、正確な一塁送球。

悠翔は何度も映像を繰り返した。

「……ほんとにうまかね」

隣にいた村瀬杏奈が尋ねた。

「悠翔、何ば見よると?」

「亜由美さんの守備たい」

杏奈も画面を見た。

「すごかね。打球への反応が速か」

「うん。でも、それだけじゃなか」

悠翔は映像を止めた。

「ほら、ここ。打者が打つ直前に、ほんの少しだけ重心を移しとる」

杏奈が顔を近づけた。

「あっ、ほんとや!」

「打球が飛んでから動いとるんじゃなくて、打球が飛ぶ前から準備しとるんよ」

杏奈は感心した。

「だから、あんなに速く動けるんやね」

悠翔がうなずいた。

「そうやと思う」

杏奈は少し考えた。

「でも、悠翔も同じことしよるよね」

「えっ?」

「今日の準決勝でも、ショートで打球が飛ぶ前から少し動いとったやろ?」

悠翔は笑った。

「そうやった?」

「そうたい! 私、隣で見とったもん!」

二人は笑い合った。

しかし、悠翔はすぐに真剣な表情になった。

「大阪は、ほんとに強かね」

杏奈もうなずいた。

「うん。でも、私たちも負けんよ」

「もちろんたい!」

そして、悠翔は映像を再生した。

今度は正則の投球だった。

速い直球。

そして、おちょくりスローボール。

悠翔は目を細めた。

「……正則君」

杏奈が尋ねた。

「どうしたと?」

悠翔は少し笑った。

「明日、絶対に勝負したか」

杏奈も笑った。

「楽しみやね!」

第十二章 決勝前夜、二つのチームの決意

夜十時。

大阪タイタンズの宿舎。

正則は、ベッドに腰掛けながらグラブを手に取っていた。

隣の椅子には、亜由美が座っていた。

「なあ、正則」

「何や?」

「いよいよ明日やな」

「ああ」

「緊張しとる?」

正則は少し考えた。

「……そら、しとるで」

亜由美が笑った。

「珍しいな」

「俺かて緊張くらいするわ!」

「でも、楽しみなんやろ?」

正則は笑った。

「めちゃくちゃ楽しみや」

亜由美もうなずいた。

「うちもや」

そして、少し真剣な表情になった。

「正則。明日、勝とうな」

正則は亜由美を見た。

「当たり前や」

「絶対に、日本一になろうな」

「おう!」

二人は拳を合わせた。

長い付き合いの幼なじみ。

野球を始めた頃から、ずっと一緒に歩んできた。

勝った日も、負けた日も。

うまくいった日も、思うような結果を残せなかった日も。

いつも隣にいた。

その二人が、いよいよ日本一を懸けた大舞台へ立つ。

亜由美は少し笑った。

「でも正則、明日もしホームラン打たれたら、ちゃんと切り替えるんやで」

正則も笑った。

「分かっとるわ!」

「それと、四球連発も禁止や!」

「分かっとるって!」

「あと、おちょくりスローボール、調子乗って投げすぎたらあかんで!」

「お前、注文多すぎやろ!」

二人は声を上げて笑った。

その笑い声には、緊張を和らげるような温かさがあった。

一方、博多リトルスターズの宿舎。

柳川悠翔は、母親の優子と最後の会話を交わしていた。

「悠翔、明日はいよいよ決勝やね」

「うん!」

「楽しみ?」

「めちゃくちゃ楽しみたい!」

優子は微笑んだ。

「そうね。でも、明日は勝つことだけ考えすぎんごとね」

悠翔が首をかしげた。

「どういうこと?」

「勝ちたいと思うのは大切たい。でも、勝つことばっかり考えて、自分の野球を忘れたらいかんよ」

悠翔は静かにうなずいた。

「うん」

「相手のことをよく見て、仲間を信じて、最後まで自分の力を出し切る。それが一番大切やけん」

「分かっとるよ、お母さん」

優子は息子の頭を優しくなでた。

「それにね、悠翔」

「何?」

「明日、もし負けても、お母さんはあんたのことを誇りに思っとるよ」

悠翔は少し照れた。

「お母さん……」

「だって、ここまで頑張ってきたっちゃもん」

悠翔は静かに笑った。

「ありがとう」

そして、少し間を置いた。

「でも、やっぱり勝ちたか」

優子がうなずいた。

「そうやね」

「正則君たち、めちゃくちゃ強か。でも、僕たちも絶対に負けん!」

優子は満面の笑みを見せた。

「その意気たい!」

そして、突然思い出したように言った。

「あっ、そうや!」

「何?」

「明日のヒーローインタビュー、何の料理にすると?」

悠翔は思わず吹き出した。

「お母さん! まだ試合始まっとらんって!」

「だって、楽しみやっちゃもん!」

「まず勝ってから考えるたい!」

二人は声を上げて笑った。

しかし、優子は最後に静かに言った。

「悠翔、明日は思いっきり楽しんできんしゃい」

悠翔は力強くうなずいた。

「うん!」


第十三章 決勝を前に、二つの宿舎で

夜が更けていく。

大阪タイタンズの宿舎では、選手たちがそれぞれの部屋で明日の試合に備えていた。

池永智雄は、投球フォームを確認していた。

星野慎一は、相手打者の資料をもう一度読み返していた。

有村恒一郎と藤原航は、捕手としての配球や守備連係について最後の確認をしていた。

加藤亜由美は、正則との幼い頃からの思い出を振り返っていた。

そして正則は、グラブを枕元に置き、静かに目を閉じた。

一方、博多リトルスターズの宿舎。

坂井雄二は、明日の第一打席を思い描いていた。

牧田和美は、送りバントや進塁打の練習を頭の中で繰り返していた。

岸田誠一は、正則の速球にどう対応するかを考えていた。

立花朋輝は、四番打者としての責任を感じながらも、仲間への信頼を胸に眠りについた。

村瀬杏奈は、三塁守備での送球動作をイメージしていた。

岡部結菜は、マウンドに立つ可能性を考え、深呼吸しながら気持ちを落ち着かせていた。

そして柳川悠翔。

彼は最後にもう一度、父親の卓球の試合映像と、母親の漫才の映像を思い出していた。

父の鋭い観察眼。

相手の動きを読み、緩急を使い分ける戦術。

母の鋭い洞察力。

ほんの小さなずれを見逃さず、絶妙なタイミングで笑いへ変える技術。

その二つが、自分の中で自然に結びついていることを、悠翔は少しずつ理解し始めていた。

しかし、それを特別な才能だと誇示しようとは思わなかった。

むしろ、もっと上手になりたいと思っていた。

「……明日、どんな球が来るんやろうね」

悠翔は小さくつぶやいた。

そして、静かに笑った。

「楽しみたい」

東京の夜は、静かに更けていった。

明日。

東京ドーム。

全国大会決勝。

大阪タイタンズ対博多リトルスターズ。

日本一を懸けた最後の戦いが、いよいよ始まる。


次回予告

第36話「日本一を懸けたプレーボール」

全国大会決勝当日。

東京ドームには、朝から大勢の観客が詰めかける。

大阪タイタンズと博多リトルスターズ。

全国大会を勝ち抜いてきた二つの強豪が、ついに真正面から激突する。

大阪タイタンズのベンチでは、川原監督が選手たちに最後の言葉をかける。

「ここまで来たのは、みんなが努力してきたからだ。今日も自分たちの野球をしよう」

河内正則が力強くうなずく。

「はい!」

一方、博多リトルスターズ。

篠田監督は、悠翔たちを見渡した。

「相手は強い。しかし、私たちも強い。最後まで仲間を信じて戦おう」

悠翔が笑った。

「絶対に勝つばい!」

そして、観客席には柳川優子の姿。

「みんなー! 頑張りんしゃいよー!」

その声に、東京ドームの一角が早くも笑いに包まれる。

しかし、試合開始が近づくにつれて、両チームの表情は引き締まっていく。

正則の速球。

悠翔の打撃。

そして、両チームの守備と走塁。

全国大会のすべてを懸けた最後の一戦が始まろうとしていた。

次回、第36話「日本一を懸けたプレーボール」。

全国制覇の栄冠をつかむのは、大阪か、博多か。少年少女たちが積み重ねてきた努力と夢が、東京ドームで激突する。

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