東京ドーム、もう一つの準決勝
河内正則 栄光への道
第34話「東京ドーム、もう一つの準決勝」
第一章 決勝への最後の切符
全国大会準決勝。
東京ドームでは、大阪タイタンズが盛岡ウルブズを8対2で破り、決勝進出を決めた。
河内正則、加藤亜由美、池永智雄、有村恒一郎たちは、日本一まであと一勝というところまでたどり着いた。
そして、もう一つの準決勝が始まろうとしていた。
福岡代表・博多リトルスターズ。
対戦相手は、千葉代表・柏ブルーウィングス。
大阪タイタンズが準々決勝で破った房総マリナーズとは別の千葉県代表で、徹底した守備力と投手陣の制球力を武器に勝ち上がってきたチームだった。
大会関係者の間では、柏ブルーウィングスの守備力が高く評価されていた。
チーム防御率2.36。
チーム打率.268。
さらに、四死球が非常に少ない。
投手陣が無駄な走者を出さず、野手が確実にアウトを取る。
派手な大量得点こそ少ないが、相手の得点を最小限に抑え、接戦をものにする野球だった。
そして柏の監督、白井孝之には、もう一つ気になっていることがあった。
柳川悠翔。
札幌アンビシャス戦ではサイクル安打を達成。
多摩川ドラゴンズ戦では、五打数三安打、六打点。
全国大会でも屈指の強打者として、各チームの警戒対象となっていた。
「悠翔の前に、絶対にランナーをためるな」
白井監督は選手たちに何度もそう告げていた。
しかし、その警戒が思わぬ結果を生むことになる。
第二章 スコアラーが見つけた柏の強さ
午前九時。
博多リトルスターズの控室では、篠田正孝監督と選手たちが最後の作戦会議を行っていた。
スコアラーが大型スクリーンに分析資料を表示した。
「今日の柏ブルーウィングスは、これまでの対戦相手とは少し違います。強打で圧倒するチームではありませんが、相手に得点を与えない能力が非常に高いんです」
柏ブルーウィングス・対戦分析
項目成績
チーム打率.268
チーム防御率2.36
1試合平均安打7.8本
1試合平均長打2.7本
1試合平均与四死球1.1個
1試合平均失策0.31個
併殺完成率大会上位水準
地方大会から全国大会準々決勝までを対象にした作中の分析データ。
一番打者の坂井雄二が驚いた。
「四死球が一試合平均1.1個って、少なかね!」
二番の牧田和美もうなずいた。
「そげん簡単にはランナー出してくれんとやね」
スコアラーが説明した。
「そうです。しかも、ストライクゾーンの厳しいところへ直球を投げ込んできます。四球を待つだけでは、あっという間に追い込まれます」
悠翔が資料を見ながら尋ねた。
「相手のピッチャー、追い込んでからはどげんな投球をすると?」
「そこが特徴です。二ストライクになると、内角高めと外角低めを使い分けます。ですが、変化球はありません。直球のコースと球速の違いで打ち取るタイプです」
篠田監督がうなずいた。
「全員、しっかり頭に入れておけ。今日はボール球を見極めながらも、打てるストライクは積極的に打つ必要がある」
第三章 三人の投手、その特徴
スコアラーは、柏ブルーウィングスの投手三人について説明を始めた。
柏ブルーウィングス・主力投手陣
白井奏汰(右投げ・先発予定)
最速119km/h。ストライク率71%。外角低めへの制球力に優れ、四球が少ない。特に右打者への内角直球を得意とする。弱点は、球速差が小さく、同じコースへの投球が続く場面があること。
戸塚凛(左投げ・救援)
最速108km/h。女子投手。強いバックスピンのかかった直球が特徴で、高めの球を打者に空振りさせる能力が高い。左打者の内角を攻める制球力も優れている。
浅井仁(右投げ・救援)
最速115km/h。低めの直球を中心に打たせて取る投手。内野ゴロが多く、併殺を狙う場面で登板することが多い。走者を背負っても投球テンポを崩さない。
森下悠一が質問した。
「監督、どのピッチャーもコントロールがよかですね」
篠田監督が答えた。
「そうだ。だから、今日はこちらも打者ごとに狙いを決めよう。甘い直球は逃さない。しかし、何でも振りにいくのは駄目だ」
続いてスコアラーは、守備体系の分析へ移った。
「柏の内野守備は非常に堅いです。特に二遊間の連係が優れています」
映像には、センター方向へ抜けそうな打球を遊撃手が横っ跳びで捕球し、二塁から一塁へ併殺を完成させる場面が映っていた。
立花朋輝が感心した。
「これはすごかね。普通ならセンター前ヒットになる打球たい」
「そうです。ですから、ゴロを打つ場合も守備位置を見なければなりません」
さらに、スコアラーは打撃面の特徴を説明した。
「柏は強引に長打を狙うより、確実に走者を進める打撃が中心です。三番と四番には長打力がありますが、下位打線は右方向への進塁打やバントを多用します」
篠田監督は全員を見渡した。
「相手は守備の強いチームだ。だからこそ、こちらも守備で負けないことが重要になる」
そして、ホワイトボードに新しい先発オーダーを書き始めた。
第四章 思い切った守備位置の変更
「今日は、守備位置を少し変更する」
篠田監督の言葉に、選手たちが顔を上げた。
「悠翔。今日はショートを守ってくれ」
「はい!」
これまで主に三塁を守っていた悠翔は、少し驚いたものの、すぐにうなずいた。
「分かりました!」
続いて監督は、一人の女子選手を呼んだ。
「村瀬杏奈」
「はい!」
「今日のサードはお前に任せる」
杏奈は一瞬、驚いた。
「私ですか?」
「そうだ」
村瀬杏奈は、本来は捕手として登録されている控え選手だった。
しかし、強肩で知られ、遠投ではチーム内でも上位に入る。
何より、送球の正確さに定評があった。
さらに、控え選手の中では最も高い打撃評価を受けていた。
捕手だけでなく三塁手としての練習も積み重ねており、篠田監督は以前から重要な試合での起用を考えていた。
監督が杏奈に話しかけた。
「お前の肩と送球の正確さなら、三塁からの長い送球も安心して任せられる。それに、打撃でも期待しているぞ」
杏奈は力強く答えた。
「はい! 頑張ります!」
それまで遊撃手として出場していた神谷蓮は、この日は控えに回ることになった。
神谷は杏奈に笑顔で声をかけた。
「杏奈、頑張れよ。俺もベンチからしっかり応援するけん!」
「ありがとう、蓮!」
悠翔も近づいてきた。
「杏奈、今日は三遊間を一緒に守ろうね」
杏奈が笑った。
「うん! よろしくね!」
博多リトルスターズ・先発オーダー
打順選手名守備
1坂井雄二センター
2牧田和美セカンド
3岸田誠一レフト
4立花朋輝ファースト
5柳川悠翔ショート
6森下悠一キャッチャー
7松本航ライト
8村瀬杏奈サード
9大原颯真ピッチャー
篠田監督は、最後に選手たちへ告げた。
「今日は、全員が自分の役割を果たすこと。そして、誰か一人に頼った野球はしないことだ」
悠翔が笑った。
「そうたい! 九人で勝つとよ!」
選手たちが声をそろえた。
「おおっ!」
第五章 観客席には今日も優子の姿が
午前十一時。
東京ドームの観客席。
柳川優子が、息子の悠翔を応援するために駆けつけていた。
「悠翔ー! 今日も頑張りんしゃいよー!」
その声は、試合前のグラウンドまで響いていた。
坂井雄二が笑った。
「悠翔、お母さん、今日も元気やね!」
牧田和美も笑った。
「昨日より声が大きくなっとらん?」
悠翔は苦笑した。
「お母さん! 今日は準決勝やけん、ちょっと静かに応援して!」
優子が笑顔で答えた。
「何言いよっと! 準決勝やけんこそ、気合い入れな!」
「気合い入りすぎたい!」
周囲の観客たちが笑った。
しかし、優子は息子だけでなく、選手全員の名前を呼んでいた。
「雄二君! 和美ちゃん! 誠一君! 朋輝君! 悠一君! 航君! 杏奈ちゃん! 颯真君! みんな頑張ってねー!」
近くに座っていた男性が感心した。
「優子さん、全員の名前を覚えてるんですね」
優子は笑った。
「当たり前たい! みんな、悠翔の大切な仲間やけん!」
そして、グラウンドを見つめながら静かにつぶやいた。
「みんな、怪我せんごとね。今日は思いっきり楽しんできんしゃい」
第六章 柏ブルーウィングスの先発メンバー
一方、柏ブルーウィングスのベンチ。
白井監督は、選手たちに最後の確認をしていた。
柏ブルーウィングス・先発オーダー
打順選手名守備
1高梨航平センター
2小泉彩乃セカンド
3桐生大翔ショート
4柏木悠真ファースト
5森川結菜キャッチャー
6橘颯介レフト
7柴崎美月ライト
8成田蓮サード
9白井奏汰ピッチャー
白井監督が話した。
「博多の五番、柳川悠翔には特に注意する。走者を置いた場面で長打を打たれるのが一番危険だ」
捕手の森川結菜がうなずいた。
「はい。甘い直球は絶対に投げさせません」
先発の白井奏汰も答えた。
「コースをしっかり投げ分けます!」
監督は続けた。
「ただし、柳川だけを警戒して、ほかの打者に気を抜くな。博多の打線は上位から下位までよく打つ」
選手たちは声をそろえた。
「はい!」
そして、白井監督はベンチの奥からグラウンドを見つめた。
「ここまで来たんだ。最後まで自分たちの野球をやろう」
第七章 試合開始、悠翔が先制打
全国大会準決勝。
先攻、博多リトルスターズ。
後攻、柏ブルーウィングス。
実況は女性アナウンサーの宮原彩子。
解説は元社会人野球選手の斉藤薫が担当した。
「さあ、全国大会準決勝! 東京ドームで行われる博多リトルスターズ対柏ブルーウィングスの一戦です!」
斉藤が話した。
「柏は投手陣の制球力と守備の堅さが特徴です。博多がどこまで攻略できるか、非常に楽しみですね」
試合開始のサイレンが鳴った。
一回表。
博多の一番、坂井雄二。
初球、外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
坂井が鋭く打ち返した。
センター前ヒット!
「博多、先頭打者が出塁しました!」
続く二番、牧田和美。
送りバントを決め、一死二塁。
三番、岸田誠一。
白井の直球を引っ張った。
しかし、打球は一塁手の正面。
一塁ゴロ。
二死三塁。
四番、立花朋輝。
柏の白井監督がベンチから声をかけた。
「奏汰、ここは慎重にいけ!」
白井は内角高めへの直球を投げ込んだ。
立花は見送った。
ボール。
その後もきわどい球を見極め、四球を選んだ。
二死一、三塁。
そして五番。
柳川悠翔。
球場のアナウンスが響いた。
「五番、ショート、柳川君」
観客席の優子が身を乗り出した。
「悠翔……!」
捕手の森川結菜がマウンドへ向かった。
「奏汰、長打だけは打たせないようにしよう」
白井がうなずいた。
「分かってる」
初球。
外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
内角高め。
ボール。
三球目。
もう一度、外角への直球。
悠翔は踏み込んだ。
カキーン!
鋭い打球がセンター前へ抜けた。
「ヒット!」
三塁走者の坂井がホームイン!
博多リトルスターズ、先制!
1対0。
悠翔は一塁上で小さく拳を握った。
「よし!」
観客席の優子が立ち上がった。
「悠翔ー! よう打ったぁぁぁ!」
周囲の観客も拍手した。
続く森下悠一は二塁ゴロに倒れ、三アウトとなった。
しかし、博多は初回から一点を先制した。
第八章 柏の堅守、簡単には得点できない
一回裏。
博多の先発、大原颯真。
捕手の森下悠一がミットを構えた。
柏の一番、高梨航平。
初球をセンター前へ打ち返した。
ヒット。
無死一塁。
二番、小泉彩乃。
送りバントを決め、一死二塁。
三番、桐生大翔。
大原の直球を鋭く打ち返した。
打球は三遊間へ。
ショートの悠翔が横っ跳びする。
グラブに収めた。
素早く立ち上がり、一塁へ送球。
「アウト!」
二死二塁。
四番、柏木悠真。
大原の高めの直球を打ち上げた。
ライトフライ。
松本航が捕球した。
スリーアウト。
柏は無得点。
実況席では宮原アナウンサーが話した。
「柳川悠翔、今日はショートを守っていますが、いきなり素晴らしい守備を見せましたね」
斉藤がうなずいた。
「三塁手としても定評のある選手ですが、遊撃でも反応が速いですね。しかも送球が正確です」
二回表。
博多は走者を出したものの、柏の二遊間が好守を見せた。
六番の森下悠一がセンター前ヒット。
七番の松本航は鋭い二塁ゴロ。
しかし、柏の二塁手・小泉彩乃が横っ跳びで捕球し、二塁へ送球。
遊撃手の桐生大翔が一塁へ転送した。
ダブルプレー。
続く八番、村瀬杏奈。
初球を鋭く引っ張ったが、三塁手の成田蓮が横っ跳びで捕球。
一塁へ送球。
アウト。
三者で攻撃終了。
杏奈はベンチに戻りながら、悔しそうに言った。
「うわぁ……抜けたと思ったのに……」
篠田監督が声をかけた。
「杏奈、今の打撃は悪くないぞ。次も思い切って振ってこい」
「はい!」
第九章 村瀬杏奈、強肩を披露
二回裏。
柏の五番、森川結菜。
大原の直球を右方向へ打ち返した。
ライト前ヒット。
無死一塁。
六番、橘颯介。
送りバントを試みた。
しかし、打球は三塁方向へやや強く転がった。
三塁手の村瀬杏奈が素早く前進した。
グラブで捕球。
一瞬、二塁への送球も考えたが、間に合わないと判断した。
すぐに一塁へ送球。
「アウト!」
一死二塁。
実況の宮原が感心した。
「村瀬杏奈、素早いバント処理です!」
斉藤が解説した。
「今の判断は見事ですね。無理に二塁を狙わず、確実に一つアウトを取りました」
続く七番、柴崎美月。
大原の内角直球を鋭く引っ張った。
打球は三塁線へ。
杏奈が横っ跳びした。
グラブの先で捕球。
しかし、勢いで体がファウルゾーンへ流れた。
通常なら一塁への送球が難しい体勢だった。
だが、杏奈はすぐに立ち上がった。
右腕を大きく振った。
一直線の送球が一塁へ向かう。
立花朋輝がミットを伸ばした。
捕球!
「アウト!」
東京ドームが大歓声に包まれた。
宮原が声を張り上げた。
「素晴らしい送球! 村瀬杏奈、三塁線の難しい打球を見事にアウトにしました!」
斉藤もうなずいた。
「これは強肩ですね。しかも送球が非常に正確です。捕手としての経験も生きているのでしょう」
観客席の優子が拍手した。
「杏奈ちゃん! すごかねぇ!」
その後、八番の成田蓮は二塁ゴロに倒れた。
スリーアウト。
柏はまたしても無得点。
ベンチへ戻った杏奈に、悠翔が声をかけた。
「杏奈! 今の送球、めちゃくちゃすごかったばい!」
杏奈が笑った。
「ありがとう! でも、ちょっとドキドキした!」
「いや、あの体勢からあんな送球できるなんて、ほんとにすごかよ!」
二人は笑顔でグラブを合わせた。
第十章 三回表、女子選手の一振りが試合を動かす
三回表。
博多リトルスターズの攻撃。
先頭の大原颯真がセンター前ヒット。
一番の坂井雄二もライト前へ打ち返した。
無死一、二塁。
二番、牧田和美。
送りバントを決め、一死二、三塁。
三番、岸田誠一。
白井奏汰の外角低めの直球を打った。
しかし、打球は二塁手の正面。
小泉彩乃が捕球し、三塁走者をけん制しながら一塁へ送球した。
二死二、三塁。
四番、立花朋輝。
柏の白井監督は、慎重に攻めるよう指示した。
白井は外角への直球を投げ込んだ。
しかし、わずかに外れた。
ボール。
二球目も外角。
ボール。
三球目はファウル。
その後もきわどいコースを狙ったが、最後は四球となった。
二死満塁。
そして五番、柳川悠翔。
柏ベンチに緊張が走った。
森川結菜がマウンドへ向かう。
「奏汰、ここは絶対に甘い球を投げないで」
「分かってる」
初球。
内角いっぱいへの直球。
ストライク。
二球目。
外角低め。
ボール。
三球目。
白井が投げ込んだ直球を、悠翔は打ち返した。
しかし、打球は遊撃手の桐生大翔の正面へ。
桐生が捕球して一塁へ送球した。
「アウト!」
三アウト。
柏ブルーウィングス、満塁のピンチを切り抜けた。
白井監督は大きく息を吐いた。
「よし……よく抑えた」
しかし、次の四回では、柏が思いもよらない展開に直面することになる。
四回表。
博多の先頭打者は六番、森下悠一。
白井の直球をセンター前へ打ち返した。
無死一塁。
続く七番、松本航。
外角低めの直球を逆方向へ打ち返した。
ライト前ヒット!
無死一、二塁。
そして八番、村瀬杏奈。
篠田監督は杏奈に声をかけた。
「杏奈、自分の打撃をしてこい!」
杏奈は力強くうなずいた。
「はい!」
初球。
外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
内角高め。
ボール。
三球目。
白井が投げ込んだのは、やや真ん中寄りの直球だった。
杏奈の目が鋭くなった。
「ここ!」
カキィィィン!
強烈な打球がレフト方向へ高々と上がった。
左翼手の橘颯介が後退する。
さらに後退。
フェンスが近づく。
しかし、打球は勢いを失わない。
そして、白球はレフトスタンドへ飛び込んだ。
「ホームラン!」
宮原アナウンサーが絶叫した。
「村瀬杏奈! スリーランホームラン! 博多リトルスターズ、三点を追加しました!」
森下がホームイン。
松本もホームイン。
そして杏奈が一塁を回る。
二塁を回る。
三塁を回る。
ホームベースを踏んだ。
4対0。
東京ドームが大歓声に包まれた。
ベンチの選手たちが総立ちになった。
「杏奈ー!」
「すごかばい!」
悠翔が真っ先に駆け寄った。
「杏奈! 最高たい!」
杏奈は笑顔で答えた。
「やったぁ! 打てたぁ!」
篠田監督も大きく拍手した。
「よくやった、杏奈!」
観客席の優子は立ち上がっていた。
「杏奈ちゃーん! すごかぁぁぁ!」
隣の観客が笑った。
「優子さん、息子さんのホームランみたいに喜んでますね!」
優子が笑顔で答えた。
「当たり前たい! 杏奈ちゃんも大切な仲間やけん!」
そして、さらに大きな声で叫んだ。
「杏奈ちゃーん! よう打ったばーい!」
東京ドームの一角が笑いと拍手に包まれた。
第十一章 柏の堅守、なおも立ちはだかる
四回裏。
柏ブルーウィングスは反撃を試みた。
先頭の高梨航平がセンター前ヒット。
続く小泉彩乃が送りバント。
一死二塁。
三番、桐生大翔。
大原颯真の直球を鋭く打ち返した。
打球は三遊間へ。
悠翔が横っ跳びする。
グラブに収めた。
素早く立ち上がり、一塁へ送球。
「アウト!」
二死二塁。
四番、柏木悠真。
大原の直球を打ち上げた。
センターフライ。
坂井雄二が捕球した。
三アウト。
柏は無得点。
その後も、柏の守備は素晴らしかった。
五回表。
博多は一死一、二塁の好機をつくった。
この回、悠翔は左中間への二塁打を放っていたが、柏の外野手が素早い中継で走者の生還を防いでいた。
続く森下悠一の打球は二塁手の正面。
小泉彩乃が捕球し、遊撃手の桐生大翔へ送球。
そして一塁へ。
ダブルプレー。
三アウト。
柏は追加点を許さなかった。
実況席の宮原が話した。
「斉藤さん、柏ブルーウィングスは四点を追う展開ですが、守備は本当に素晴らしいですね」
「そうですね。三遊間も二遊間も非常に堅い。これだけ守備が安定していると、博多も簡単には追加点を奪えません」
第十二章 六回、女子投手同士の投げ合い
六回表。
柏ブルーウィングスは投手交代を告げた。
マウンドへ上がったのは、左腕の戸塚凛。
高回転の直球を得意とする女子投手だった。
対する博多の先発、大原颯真も好投を続けていた。
六回裏を迎えるまで、柏打線に得点を許していない。
そして、博多も六回から女子投手の岡部結菜を投入することになった。
篠田監督が結菜に声をかけた。
「結菜、最後まで頼んだぞ」
結菜は力強くうなずいた。
「はい!」
六回裏。
柏の先頭、森川結菜。
岡部の初球。
外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
高めの直球。
森川が振り抜いた。
しかし、バットはボールの下を通過した。
空振り。
三球目。
岡部がもう一度高めへ投げ込んだ。
森川は振った。
しかし、またも空振り。
「三振!」
宮原アナウンサーが声を上げた。
「岡部結菜、見事な三球三振です!」
斉藤が解説した。
「素晴らしい回転の直球ですね。打者が予測した位置よりも高いところを球が通過しています」
続く橘颯介は二塁ゴロ。
牧田和美が捕球して一塁へ送球。
二死。
七番、柴崎美月。
岡部の直球を鋭く振り抜いた。
打球は三塁方向へ。
村瀬杏奈が横っ跳びした。
グラブに収めた。
そして、素早く一塁へ送球。
「アウト!」
三者凡退。
博多ベンチが大きく沸いた。
「杏奈、ナイスプレー!」
「結菜もナイスピッチング!」
岡部と杏奈は笑顔でグラブを合わせた。
「杏奈、ありがとう!」
「結菜の球がよかったけんたい!」
第十三章 七回表、悠翔の豪快な一発
七回表。
博多リトルスターズの攻撃。
スコアは4対0。
柏のマウンドには、引き続き戸塚凛。
そして、先頭打者として柳川悠翔が打席に入った。
ここまで四打数二安打。
一回には先制タイムリー。
五回には二塁打を放っていた。
一方、三回は遊撃ゴロ、六回の第四打席はセンターフライに倒れていた。
観客席の優子が、息子の姿をじっと見つめていた。
「悠翔……」
柏の捕手、森川結菜がマウンドへ向かった。
「凛、最後まで頑張ろう」
戸塚がうなずいた。
「うん!」
初球。
外角低めへの直球。
悠翔は見送った。
ストライク。
二球目。
内角高めへの直球。
ファウル。
カウント0ボール2ストライク。
柏ベンチから声が飛んだ。
「追い込んだぞ!」
しかし、悠翔は落ち着いていた。
三球目。
戸塚が投げ込んだ直球は、やや真ん中寄りに入った。
悠翔が踏み込んだ。
カキィィィン!
凄まじい金属音が東京ドームに響いた。
打球は右中間へ高々と舞い上がった。
センターの高梨航平が後退する。
ライトの柴崎美月も追う。
しかし、打球は二人の頭上を越えた。
フェンスが迫る。
さらに伸びる。
そして。
白球は右中間スタンドへ飛び込んだ。
「ホームラン!」
宮原アナウンサーが絶叫した。
「柳川悠翔! ソロホームラン! 博多リトルスターズ、さらに一点を追加しました!」
5対0。
悠翔は一塁を回る。
二塁を回る。
三塁を回る。
そしてホームベースを踏んだ。
ベンチの仲間たちが笑顔で迎えた。
「悠翔ー!」
「ナイスバッティング!」
村瀬杏奈も駆け寄った。
「悠翔! すごかった!」
悠翔が笑った。
「杏奈のスリーランのほうがすごかったばい!」
杏奈も笑った。
「そんなことなかよ!」
二人は拳を合わせた。
一方、観客席の優子は立ち上がっていた。
「悠翔ー! やったぁぁぁ!」
隣の観客が笑った。
「優子さん、また声が大きくなってますよ!」
優子が笑顔で答えた。
「だって、うちの息子が打ったっちゃもん!」
そして、涙を浮かべながらつぶやいた。
「ほんとに……よう頑張ったね……」
第十四章 最後の守備、そして決勝へ
七回裏。
博多リトルスターズは五点リード。
マウンドには、引き続き岡部結菜。
先頭は八番、成田蓮。
岡部の初球を打った。
しかし、打球は三塁方向へ。
村瀬杏奈が捕球し、一塁へ送球。
アウト。
一死。
続く九番、浅井仁。
岡部の直球をファウルで粘った。
しかし、最後は高めの直球に空振り三振。
二死。
そして、一番、高梨航平。
岡部の初球。
外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
内角高め。
ファウル。
三球目。
岡部が大きく腕を振った。
直球。
高梨が振り抜いた。
打球はショート方向へ。
悠翔が前進する。
グラブで捕球。
素早く一塁へ送球。
立花朋輝がミットを伸ばした。
捕球。
「アウト!」
三アウト!
試合終了!
宮原アナウンサーが絶叫した。
「博多リトルスターズ、勝利! 柏ブルーウィングスを5対0で破り、全国大会決勝進出を決めました!」
東京ドームが大歓声に包まれた。
岡部結菜はマウンドで両手を上げた。
森下悠一が駆け寄る。
「結菜! よう投げた!」
「ありがとう!」
悠翔もショートから駆け寄った。
「みんな! やったばい!」
村瀬杏奈は笑顔で叫んだ。
「決勝たい! 決勝に行けるとよ!」
ベンチの選手たちがグラウンドへ飛び出した。
篠田監督は、そんな選手たちを穏やかな表情で見つめていた。
第十五章 全国大会準決勝、試合結果
全国大会準決勝・東京ドーム
チーム1234567計
博多10030015
柏00000000
博多リトルスターズ 5-0 柏ブルーウィングス
決勝進出
主な打撃成績
選手安打打点主な記録
柳川悠翔5打数3安打2先制適時打、二塁打、ソロ本塁打
村瀬杏奈4打数1安打33ラン本塁打
坂井雄二2安打0先制点の走者
森下悠一2安打03ランの起点
松本航1安打03ランの起点
この試合、博多の五得点すべてをたたき出したのは二人だった。
柳川悠翔が二打点。
村瀬杏奈が三打点。
しかも、杏奈は三塁守備でも素晴らしいプレーを連発した。
第十六章 ヒーローインタビュー、今日も腹筋崩壊?
試合終了後。
ヒーローインタビューに呼ばれたのは、柳川悠翔と村瀬杏奈だった。
インタビュアーの宮原彩子がマイクを向ける。
「柳川選手、決勝進出おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「今日は五打数三安打、二打点。最後はソロホームランでしたね」
悠翔は笑った。
「はい! めちゃくちゃうれしかです!」
宮原は少し警戒した表情になった。
なぜなら、悠翔のインタビューは、いつも料理の話になってしまうからだ。
前々回は筑前煮。
前回は博多とんこつラーメン。
しかも替え玉三玉付き。
宮原は覚悟を決めて質問した。
「今日の試合を一言で表すと?」
悠翔は少し考えた。
「今日は……」
宮原が身構えた。
「はい……」
悠翔は満面の笑みで答えた。
「博多明太子弁当たい!」
宮原は吹き出した。
「また食べ物ですか!」
観客席が大爆笑となった。
悠翔は真剣に説明を始めた。
「まず、杏奈のスリーランが明太子たい!」
宮原が笑いながら尋ねた。
「じゃあ、柳川選手のホームランは何なんですか?」
「ご飯たい!」
「えっ? ご飯?」
「そうたい! 明太子だけあっても、ご飯がなかったら弁当にならんやろ!」
宮原は腹を抱えた。
「ちょっと待ってください! じゃあ、先制タイムリーは何なんですか?」
悠翔は即答した。
「お弁当のふたたい!」
「ふた!?」
「最初にふたを開けんと、食べられんけん!」
実況席が大爆笑となった。
宮原は涙を拭いながら、次の質問へ移った。
「では、村瀬選手。今日は三塁守備でも素晴らしいプレーを見せましたね」
杏奈は笑顔で答えた。
「ありがとうございます!」
「スリーランホームランも見事でした。どんな気持ちで打席に入りましたか?」
杏奈は少し考えた。
「とにかく、チームのために一本打ちたいと思っていました」
宮原がうなずいた。
「素晴らしいですね」
しかし、杏奈は続けた。
「でも、悠翔が明太子って言うなら、私は卵焼きも入れたいです!」
宮原が固まった。
「……卵焼き?」
「はい! みんなの守備が卵焼きたい!」
「何で卵焼きなんですか!」
杏奈は笑った。
「お弁当の中で、みんなを笑顔にしてくれるけん!」
悠翔がすかさず突っ込んだ。
「杏奈! それやったら、僕のホームランは何になると!」
「ご飯やろ!」
「そうやった!」
二人は声を上げて笑った。
宮原は完全に腹筋を崩壊させていた。
「もう……勘弁してください……!」
観客席の優子も大笑いしていた。
「悠翔ー! あんた、ほんとに誰に似たとねー!」
隣の観客が即答した。
「優子さんでしょう!」
「何で分かるとー!」
東京ドームが、再び笑いに包まれた。
第十七章 母と息子、決勝を前に
インタビュー終了後。
優子は、悠翔のもとへ向かった。
「悠翔、おめでとう!」
「お母さん、ありがとう!」
優子は息子の肩を抱いた。
「ほんとによう頑張ったね」
悠翔は少し照れた。
「いやぁ、今日は杏奈がすごかったけんたい」
優子はうなずいた。
「そうやね。杏奈ちゃん、打撃も守備も見事やったね」
「うん。僕もびっくりした!」
優子は微笑んだ。
「でもね、悠翔。今日はみんなで勝った試合やったね」
「うん」
「一人だけがすごくても、野球は勝てん。みんなが自分の役割を果たして、初めて勝てるとよ」
悠翔は大きくうなずいた。
「分かっとるよ、お母さん」
そして、少し間を置いた。
「いよいよ決勝たい」
優子は静かに答えた。
「そうやね」
「相手は大阪タイタンズ」
「うん」
「正則君と勝負できるとよ」
優子は息子の顔を見た。
その目には、強い闘志が宿っていた。
「楽しみ?」
悠翔は笑った。
「めちゃくちゃ楽しみ!」
優子も微笑んだ。
「そうね。でも、怪我だけはせんごとね」
「分かっとる!」
そして、優子は静かに付け加えた。
「勝っても負けても、お母さんは悠翔のことを誇りに思っとるよ」
悠翔は少し照れた。
「お母さん……そげなこと言わんでよ」
「だって、ほんとのことやけん」
二人は笑い合った。
第十八章 大阪タイタンズ、決勝の相手が決まる
その夜。
大阪タイタンズの宿舎。
河内正則、加藤亜由美、池永智雄、有村恒一郎、藤原航たちは、テレビで全国大会の結果を見ていた。
画面に大きな文字が映し出された。
『博多リトルスターズ、決勝進出! 柏ブルーウィングスを5対0で破る!』
正則が目を丸くした。
「やっぱり勝ち上がってきたか!」
智雄もうなずいた。
「しかも完封勝利やん!」
亜由美は資料を見直した。
「悠翔が五打数三安打、二打点。ほんまに調子ええな」
航が真剣な表情で言った。
「でも、今日の試合は悠翔だけやないで」
恒一郎もうなずいた。
「村瀬杏奈って女子選手が、スリーランホームラン打っとる」
正則が驚いた。
「控えの選手やったんちゃうん?」
「そうや。今日、三塁手として先発起用されたらしい」
亜由美が感心した。
「すごいやん。チャンスをものにしたんやな」
そして、テレビには村瀬杏奈のホームラン映像が映し出された。
鋭いスイング。
高く舞い上がる打球。
レフトスタンドへのスリーランホームラン。
正則は真剣な表情で見つめた。
「……こりゃ、簡単には勝てへんな」
亜由美がうなずいた。
「せやな。でも、うちらも負けへんで」
「当たり前や!」
そのとき、川原監督が会議室へ入ってきた。
「みんな、決勝の相手が決まったな」
選手たちは顔を上げた。
「博多リトルスターズだ」
監督は資料を机に置いた。
「これまでの試合映像とデータを、もう一度すべて見直す。特に柳川悠翔だけでなく、打線全体を研究する必要がある」
そして、静かに続けた。
「決勝は、ここまで勝ち上がってきた二つのチームの総力戦だ」
正則が力強く答えた。
「はい!」
亜由美も笑った。
「絶対に勝ちましょう!」
智雄、恒一郎、航、さくら、奈緒、星野慎一。
全員がうなずいた。
東京ドーム。
全国大会決勝。
大阪タイタンズ対博多リトルスターズ。
ついに、二つのチームが激突することになった。
次回予告
第35話「決勝前夜、二つのチームの決意」
大阪タイタンズと博多リトルスターズ。
全国大会決勝のカードが決まった。
河内正則と加藤亜由美は、宿舎で博多の試合映像を見直していた。
「正則、柳川悠翔だけやないで。あの村瀬杏奈もすごい打者や」
亜由美の言葉に、正則がうなずく。
「せやな。でも、俺たちも負けへんで」
一方、博多リトルスターズ。
篠田監督は、選手たちに大阪タイタンズの分析資料を配った。
河内正則の速球。
池永智雄の制球力。
星野慎一の安定した投球。
そして、加藤亜由美、宮本さくら、西村奈緒ら女子選手の打撃力。
悠翔は資料をじっと見つめた。
「正則君、ほんとにすごかピッチャーやね」
その隣では、母・優子が微笑んでいた。
「悠翔、楽しみ?」
「うん。めちゃくちゃ楽しみ!」
そして、優子は静かに言った。
「でもね、悠翔。勝負が終わったら、相手の選手たちにも感謝するんよ」
悠翔は大きくうなずいた。
「分かっとるよ、お母さん!」
次回、第35話「決勝前夜、二つのチームの決意」。
全国制覇まで、あと一勝。勝つのは大阪か、博多か。少年少女たちの夢と努力が、東京ドームで真正面からぶつかり合う。




