決勝への最後の壁
河内正則 栄光への道
第33話「決勝への最後の壁」
第一章 舞台は東京ドームへ
全国大会準決勝。
ここから先の試合は、すべて東京ドームで行われる。
全国各地から集まった少年少女たちにとって、プロ野球の試合も開催される大舞台でプレーできることは、特別な意味を持っていた。
大阪タイタンズの対戦相手は、東北代表・盛岡ウルブズ。
全国屈指の防御率と守備力を誇る強豪である。
大阪タイタンズは準々決勝で房総マリナーズを3対0で破った。河内正則は七回を投げて被安打一本、奪三振ゼロの完封勝利を達成した。
しかし、盛岡ウルブズは房総とは正反対の特徴を持っていた。
一発の長打力を備えた打線。そして、球威のある直球で打者を押し込む投手陣。
午前八時三十分。
大阪タイタンズの宿舎では、最後の作戦会議が行われていた。
「今日の相手は、これまで以上に厄介だぞ」
川原監督の言葉に、選手たちが顔を上げた。
「盛岡ウルブズは、守備が非常に堅い。簡単な打球をエラーすることはほとんどない。それに、打線は一発で試合をひっくり返す力がある」
マネージャーの森下真央が、大型スクリーンに分析資料を表示した。
「では、盛岡ウルブズの詳細な分析を始めます」
第二章 盛岡ウルブズ、三人の投手
盛岡ウルブズ・チーム分析
項目成績
チーム打率.287
チーム防御率1.12
1試合平均長打4.2本
1試合平均失策0.29個
1試合平均奪三振8.6個
1試合平均与四球3.4個
地方大会から全国大会準々決勝までの作中のスカウティングデータ。
加藤亜由美が資料を見つめた。
「防御率1.12か。これはなかなか打てへんな」
池永智雄もうなずいた。
「守備も堅いし、甘い球を待っとるだけでは難しいやろな」
真央が説明を続けた。
「ただし、投手陣にはそれぞれ特徴があります。特に先発予定の八重樫颯人選手には、明確な長所と弱点があります」
スクリーンに三人の投手の映像が映し出された。
盛岡ウルブズ・主力投手3人
八重樫颯人(先発・右投げ)
最速126km/h/球威型
制球に課題
速球で打者を押し込む本格派。高めの球威は抜群だが、細かなコースの投げ分けは苦手。追い込んでから四球を出すこともあり、球数が増えやすい。
三浦隼人(救援・右投げ)
最速118km/h/制球型
内外角への直球の投げ分けが得意。球速は八重樫ほどではないが、四球が少なく、走者を背負っても冷静に投げられる。
北上美桜(救援・左投げ)
最速113km/h/高回転型
女子投手。バックスピンの効いた伸びのある直球が持ち味。特に左打者の内角を攻める制球に優れ、試合終盤の重要な場面を任されている。
真央は八重樫の投球映像を再生した。
初球。
外角へ速い直球。
しかし、ボール一個分外れる。
二球目は内角。
打者が大きくのけぞる。
三球目は高め。
打者が空振りする。
そして四球目。
外角低めを狙った球が、真ん中高めに入った。
打者が鋭く打ち返した。
真央が映像を止めた。
「ここです。八重樫選手は球威で押すタイプですが、細かいコースへの制球は得意ではありません」
亜由美がうなずいた。
「つまり、きわどい球を無理に打ちにいかんほうがええわけやな」
「そうです。打てる直球が来るまで粘ることが重要になります」
川原監督が立ち上がった。
「今日の攻撃方針は決まったな」
ホワイトボードに大きく書いた。
『球数を投げさせる。きわどい球はカットする。甘い球を仕留める。』
「もちろん、何でもファウルにすればいいわけじゃない。ストライクゾーンの際どい球には粘り強く対応する。そして、自分の得意なコースに来た球は迷わず打つ」
正則がうなずいた。
「相手が力で押してくるなら、こっちは頭を使って勝負するわけですね」
「そのとおりだ」
真央はさらに説明した。
「八重樫選手は、球数が増えると制球が乱れる傾向があります。特に四回以降の成績が落ちています」
亜由美が笑った。
「ほな、初回からしっかり球数投げさせたろうやないか!」
正則も笑った。
「ええな!」
川原監督はうなずいた。
「ただし、相手を侮るな。速い球が甘いコースに来たとしても、簡単に打てるとは限らないぞ」
第三章 打撃と守備の分析
続いて、真央が盛岡ウルブズの打線について説明した。
盛岡ウルブズ・先発オーダー
打順選手名守備
1熊谷奏太センター
2村上琴音セカンド
3佐藤大輝ショート
4戸沢陸ファースト
5清水さつきレフト
6木下遥キャッチャー
7高橋隼人ライト
8遠野美月サード
9八重樫颯人ピッチャー
女子選手は村上琴音、清水さつき、木下遥、遠野美月の4人。
「一番の熊谷奏太選手は、出塁率が高い選手です。二番の村上琴音選手はバントと進塁打が得意。三番の佐藤大輝選手と四番の戸沢陸選手には長打力があります」
映像では、戸沢が高めの直球をレフトスタンドへ運んでいた。
正則が感心した。
「ええスイングしとるな」
藤原航がうなずいた。
「甘い球は絶対に投げられへんで」
「せやな」
さらに真央は、守備体系について説明した。
「盛岡は二遊間が非常に堅いです。村上選手と佐藤選手は守備範囲が広く、併殺も多いです。三塁の遠野美月選手は強い打球への反応が速いので、三塁線のゴロを簡単には抜かせてくれません」
西村奈緒が質問した。
「外野守備はどうですか?」
「センターの熊谷選手が広い範囲をカバーしています。レフトの清水選手は肩が強いです。ただし、外野手同士の中間に落ちる打球では判断が遅れる場面があります」
奈緒は資料にメモを書き込んだ。
「分かりました」
川原監督が全員を見渡した。
「今日は一発のホームランだけを狙うな。二塁打、三塁打、送りバント、進塁打。いろいろな攻撃を組み合わせて得点するんだ」
選手たちは声をそろえた。
「はい!」
第四章 東京ドーム、博多の親子が偵察に
午前十時。
東京ドームでは、盛岡ウルブズの投手陣が投球練習を始めていた。
その様子を、三塁側の観客席からじっと見つめている少年がいた。
柳川悠翔だった。
隣には母親の柳川優子。
さらに、坂井雄二、牧田和美、岸田誠一、立花朋輝、森下悠一、岡部結菜たちも座っていた。
博多リトルスターズの選手たちは、自分たちの準決勝に備えるとともに、決勝で対戦する可能性のある大阪タイタンズを研究するため、東京ドームへ来ていたのだ。
優子が悠翔に尋ねた。
「悠翔、どう? 何かつかめそう?」
悠翔はすぐには答えなかった。
手元のノートに、何かを書き込んでいる。
目線の先には、盛岡の先発予定投手、八重樫颯人。
八重樫が投げ込んだ。
速い直球。
捕手のミットから、乾いた音が響いた。
しかし、次の球は高く外れた。
その次は外角へ大きく外れた。
さらに一球。
今度は低めに外れる。
悠翔は小さくつぶやいた。
「……なるほどね」
優子が顔を向けた。
「何か分かったと?」
悠翔はうなずいた。
「お母さん。あのピッチャー、長いイニングは持たんと思う」
「えっ? どうして?」
「球速はすごかよ。でも、コントロールがあんまり定まっとらん」
優子もマウンドに目を向けた。
悠翔が続ける。
「投げるとき、下半身の踏み込みが少しずつずれよると。調子がよかときはしっかり前に踏み込めるけど、外角を狙うときに体が早く開くことがある」
優子が感心した。
「そこまで見とるとね」
「うん。ほんの少しだけやけどね」
悠翔はさらに説明した。
「そのずれが出たとき、腕の振りだけでコースを調整しようとしよる。あれじゃ球数が増えて疲れたら、もっと制球が難しくなると思う」
優子は静かにうなずいた。
「なるほどね」
「せいぜい持って四回やろうね。僕なら、初回から球数を投げさせる」
坂井雄二が尋ねた。
「どうやって?」
「きわどい球はカットして、甘い球が来るまで粘る。タイタンズの打者はそれがうまかろ?」
立花朋輝もうなずいた。
「確かに、亜由美さんとか奈緒さんは、球をよう見極めるもんね」
悠翔が続けた。
「うん。それに、あのピッチャーは三振を取りたくて、追い込んでから力んでしまうことがあるみたいやね」
優子が微笑んだ。
「悠翔、よく見とるね」
悠翔は少し照れた。
「お母さんも、昔から人のちょっとした表情とか動きの変化を見つけるのがうまかろ?」
「あら、そう?」
「そうたい。光子おばちゃんとコントしよるときも、相手のほんの小さな動きを拾って、すぐツッコむやん」
優子が笑った。
「ああ、あれね。確かに、相手のちょっとした違和感は見逃さんようにしとるね」
悠翔もうなずいた。
「野球も一緒やと思う。ほんの少しの違いに気づけたら、次に何が起きるか予測できることがあるけん」
優子は息子の横顔を見つめた。
そして、静かに微笑んだ。
「ほんと、成長したねぇ……」
悠翔が慌てた。
「お母さん、急にそげなこと言わんでよ!」
「だって、うれしかっちゃもん!」
隣に座っていた牧田和美が笑った。
「悠翔、今日はお母さんに褒められてばっかりやね!」
「もう、勘弁して!」
観客席が笑いに包まれた。
しかし、悠翔はすぐにマウンドへ視線を戻した。
今度は大阪タイタンズの打撃練習が始まっていた。
第五章 女子選手を甘く見た盛岡
盛岡ウルブズのベンチ。
監督の小原正志は、大阪タイタンズの先発メンバーを確認していた。
大阪の女子選手は三人。
加藤亜由美。
宮本さくら。
西村奈緒。
小原監督は八重樫に話しかけた。
「大阪は女子選手も先発に入れているな」
「はい」
「ただ、今日のお前の球威なら、女子選手にそう簡単に長打は打たれないだろう」
八重樫もうなずいた。
「思い切って投げます」
しかし、捕手の木下遥は少し気になった。
「監督、加藤選手は前の試合でレフトスタンドへホームランを打っていますよ」
「もちろん油断はしない。ただ、基本は球威で押していこう」
木下は資料を見つめた。
(本当に、それで大丈夫かな……)
大阪タイタンズの女子選手たちは、決して単に人数合わせで試合に出ているわけではなかった。
それぞれに高い技術と実力を持ち、男子選手たちと対等に戦っている。
しかし、その真価を、盛岡のベンチはまだ十分に理解していなかった。
第六章 両チームのスターティングメンバー発表
東京ドームに場内アナウンスが響いた。
「これより、全国大会準決勝、大阪タイタンズ対盛岡ウルブズの試合を開始いたします」
大阪タイタンズは先攻。
盛岡ウルブズは後攻。
大阪タイタンズ・先発オーダー
打順選手名守備
1加藤亜由美セカンド
2藤本颯太センター
3有村恒一郎サード
4河内正則レフト
5藤原航キャッチャー
6梶原悠真ショート
7宮本さくらライト
8西村奈緒ファースト
9星野慎一ピッチャー
前の房総マリナーズ戦で七回を投げ切った正則は、この試合では登板せず、外野手として出場する。
先発投手は星野慎一。
中盤以降は池永智雄の登板も予定されていた。
実況は女性アナウンサーの高瀬美穂。
解説は元社会人野球選手の山崎直人が担当する。
「さあ、東京ドームでの全国大会準決勝! 大阪タイタンズ対盛岡ウルブズ、いよいよ試合開始です!」
第七章 初回から三十球、盛岡のエースを追い詰める
一回表。
大阪タイタンズの一番、加藤亜由美。
八重樫颯人が初球を投げ込んだ。
速い直球。
しかし、高めに外れた。
ボール。
二球目。
外角いっぱい。
亜由美はファウルにした。
三球目もファウル。
四球目はボール。
そして五球目。
真ん中寄りに入った直球を、亜由美が鋭く振り抜いた。
カキーン!
打球は右中間を破った。
「ツーベースヒット! 加藤亜由美、先頭打者で出塁!」
観客席の悠翔がうなずいた。
「ほらね。甘く入ってきた球を逃さんかった」
優子も笑顔を見せた。
「ほんとやね」
続く二番、藤本颯太。
八重樫は球威で押そうとした。
しかし、藤本は簡単には手を出さない。
ファウルで粘る。
七球目。
外角へ大きく外れた。
「フォアボール!」
無死一、二塁。
三番、有村恒一郎。
八重樫は内角高めへの直球で勝負した。
恒一郎は四球粘ったものの、最後は空振り三振。
一死一、二塁。
そして四番、河内正則。
正則は初球から強振しなかった。
外角いっぱいの球をカットする。
次もファウル。
六球目。
内角へ外れた。
フォアボール。
一死満塁。
高瀬アナウンサーが話す。
「大阪タイタンズ、ここまで非常に粘り強い攻撃です。八重樫投手に球数を投げさせています!」
山崎が解説した。
「大阪は明らかに八重樫投手の制球を見ていますね。ボール球には手を出さず、際どい球はファウルで粘る。これは投手にとって非常に苦しい攻撃です」
五番、藤原航。
二球目の直球をセンター方向へ打ち上げた。
飛距離は十分。
センターの熊谷奏太が捕球する。
三塁走者の亜由美がスタート。
ホームイン!
大阪タイタンズ、先制!
1対0。
二死一、二塁。
六番、梶原悠真。
八重樫は制球を乱した。
四球続けてボール。
フォアボール。
二死満塁。
そして七番。
宮本さくら。
盛岡ベンチの小原監督は、なおも球威で押すよう指示した。
「八重樫、思い切っていけ!」
八重樫はうなずいた。
初球。
内角への直球。
しかし、やや甘く入った。
さくらが鋭く振り抜いた。
カキィィィン!
強烈な打球が右中間へ伸びた。
「打った! 右中間!」
センターの熊谷奏太が追う。
ライトの高橋隼人も走る。
しかし、二人の間を打球が抜けた。
三塁走者の藤本颯太がホームイン。
二塁走者の河内正則もホームへ向かう。
返球が届く。
しかし、正則の足が勝った。
「セーフ!」
3対0!
宮本さくら、二点タイムリーツーベース!
大阪タイタンズのベンチが総立ちになった。
「さくら! ナイスバッティング!」
「よう打った!」
正則も笑顔で叫んだ。
「さくら、最高や!」
さくらは二塁上で拳を握り締めた。
「よっしゃ!」
続く八番、西村奈緒は初球を打ってライトフライ。
三アウト。
しかし、盛岡の八重樫は初回だけで三十球を投げていた。
一回表・八重樫颯人の投球数
加藤亜由美5球二塁打
藤本颯太7球四球
有村恒一郎4球三振
河内正則6球四球
藤原航2球犠牲フライ
梶原悠真4球四球
宮本さくら1球二塁打
西村奈緒1球右翼フライ
合計30球3得点
観客席の悠翔が、ノートに数字を書き込んだ。
「やっぱりね」
優子が尋ねた。
「何が?」
「一回で三十球たい。八重樫君はこのままやったら、ほんとに四回までもたんかもしれん」
優子は驚いた。
「投球練習だけで、そこまで分かるとね……」
悠翔は首を横に振った。
「絶対にそうなるとは限らんけど、少なくともタイタンズはそこを突いてきたね」
そして、続けた。
「それに、盛岡の監督は女子選手の長打を警戒しとらんかったんやないかな」
優子がうなずいた。
「そうかもしれんね。でも、それは大きな間違いたい」
「うん。亜由美さんもさくらさんも、すごか打者やけん」
第八章 女子選手を甘く見た代償
一回裏。
盛岡ウルブズの攻撃。
大阪の先発は星野慎一。
捕手の藤原航がミットを構える。
一番の熊谷奏太は遊撃ゴロ。
二番の村上琴音はレフトフライ。
三番の佐藤大輝はセンター前ヒットで出塁したものの、四番の戸沢陸が三塁ゴロに倒れた。
無得点。
一回終了。
大阪3対0盛岡。
ベンチへ戻った盛岡の小原監督は、スコアブックを見つめていた。
初回に奪われた三点。
その起点となったのは亜由美の二塁打。
そして、二点を追加されたのは宮本さくらの二塁打だった。
捕手の木下遥が言った。
「監督、やっぱり大阪の女子選手は長打力がありますね」
小原監督は静かにうなずいた。
「ああ。認識が甘かった」
「次からは全打者に対して、きちんと特徴を見て勝負しましょう」
「そうだな」
監督は選手たちを見渡した。
「相手が男子か女子かは関係ない。実際にどんな打撃をするかが重要だ。さっきの失点は、こちらの警戒が足りなかった」
選手たちはうなずいた。
「はい!」
小原監督は続けた。
「だが、試合はまだ始まったばかりだ。ここから取り返そう」
第九章 三回、さらに球数を投げさせる大阪
二回表。
大阪タイタンズは得点できなかった。
しかし、打者たちは簡単には凡退しない。
九番の星野慎一は、八重樫の速球を何度もファウルにした。
亜由美も粘り強く直球を見極める。
藤本颯太も、高めの球には無理に手を出さなかった。
八重樫は二回終了時点で、すでに五十球近くを投げていた。
そして三回表。
大阪の九番、星野慎一。
八重樫は先頭打者への制球を乱し、四球を与えた。
続く一番、加藤亜由美。
外角への直球を右方向へ打ち返した。
ライト前ヒット!
無死一、二塁。
二番、藤本颯太。
一、二塁間への進塁打を放ち、一死二、三塁。
三番、有村恒一郎は三振。
二死二、三塁。
そして四番、河内正則。
八重樫は慎重に攻めた。
しかし、最後は内角へ外れて四球。
二死満塁。
五番、藤原航。
初球はボール。
二球目はファウル。
三球目は外角低めへの直球。
航は見送った。
ボール。
四球目。
八重樫が投げ込んだ直球は、少し真ん中寄りに入った。
航が振り抜いた。
カキーン!
打球はセンター前へ。
「抜けた!」
三塁走者の星野がホームイン。
二塁走者の亜由美も生還。
5対0!
藤原航、二点タイムリーヒット!
大阪ベンチが沸いた。
正則が叫んだ。
「航! よう打った!」
航は一塁上で笑った。
「正則、これで少し楽になったやろ!」
「めっちゃ助かったわ!」
その後、梶原悠真は三塁ゴロに倒れ、三アウトとなった。
盛岡ベンチでは、小原監督が苦しい表情を見せた。
八重樫の投球数は、三回終了時点で七十球台後半まで増えていた。
立ち上がりから球数を投げさせられ、明らかに疲労の色が見え始めていた。
第十章 盛岡、長打で反撃
三回裏。
盛岡ウルブズも黙ってはいなかった。
二番、村上琴音が四球で出塁した。
続く三番、佐藤大輝が右方向へ進塁打を放つ。
一死二塁。
四番、戸沢陸。
星野慎一の直球を鋭く振り抜いた。
打球は右中間へ。
「大きい!」
センターの藤本颯太が追う。
しかし、打球はフェンスに到達した。
二塁走者の村上琴音がホームイン。
5対1。
戸沢陸、タイムリーツーベース!
盛岡ベンチが歓声に包まれた。
「よし! ここからや!」
五番、清水さつき。
星野の直球をレフト方向へ打ち返した。
しかし、河内正則が素早く前進して捕球する。
二死二塁。
六番、木下遥。
今度は一、二塁間への鋭いゴロ。
亜由美が横っ跳びした。
捕球!
一塁の奈緒へ送球。
「アウト!」
追加点を許さなかった。
実況席では高瀬アナウンサーが話した。
「盛岡もようやく一点を返しました。しかし、大阪の守備が非常に堅いですね」
山崎がうなずいた。
「打撃だけでなく、守備でも女子選手が大きな役割を果たしています。加藤亜由美の今のプレーは見事でした」
第十一章 悠翔の予測が現実に
四回表。
盛岡のマウンドには、引き続き八重樫颯人。
しかし、先頭の宮本さくらに対し、制球が定まらなかった。
初球は高め。
二球目は外角へ外れる。
三球目はファウル。
四球目、低め。
五球目も外れて、フォアボール。
無死一塁。
小原監督はベンチを出た。
「投手交代!」
八重樫は悔しそうにマウンドを降りた。
三回と打者一人。
悠翔が予測したとおり、四回を投げ切ることはできなかった。
マウンドへ上がったのは、二番手の三浦隼人。
観客席の優子が悠翔を見た。
「悠翔、ほんとに予想どおりになったね!」
悠翔はうなずいた。
「うん。でも、タイタンズがよう粘ったけんたい。初回から球数を投げさせとったもん」
優子は微笑んだ。
「そうやね。相手の弱点を見抜いて、それをチーム全員で突いたってことやね」
「うん。あれができるチームは強かよ」
試合に戻る。
三浦隼人は、制球のいい直球で大阪打線を抑えようとした。
しかし、八番の西村奈緒が送りバントを決め、一死二塁。
九番、星野慎一が四球を選んだ。
一死一、二塁。
一番、加藤亜由美は二塁ゴロに倒れたが、走者はそれぞれ進塁。
二死二、三塁。
そして二番、藤本颯太。
三浦の外角直球をセンター前へ打ち返した。
三塁走者のさくらが生還!
6対1。
大阪タイタンズ、さらに一点を追加した。
三塁走者の星野も本塁を狙ったが、三塁コーチが止めた。
二死一、三塁。
続く有村恒一郎はショートゴロに倒れ、三アウト。
それでも大阪は着実に得点を重ねていた。
第十二章 盛岡、最後の反撃
五回裏。
盛岡ウルブズの攻撃。
七番、高橋隼人がセンター前ヒットで出塁した。
八番、遠野美月。
星野の直球を見極め、四球を選んだ。
無死一、二塁。
ここで川原監督は投手交代を告げた。
「星野、よく投げた。あとは智雄に任せよう」
星野はうなずいた。
「はい!」
マウンドへ向かったのは、池永智雄。
智雄は深呼吸した。
「よし。落ち着いていこう」
九番、八重樫に代わって出場している三浦隼人。
智雄の外角低めへの直球を、右方向へ打ち返した。
打球はライト前へ。
二塁走者の高橋が三塁を回る。
宮本さくらが本塁へ送球した。
しかし、高橋の足が一瞬早かった。
6対2。
盛岡ウルブズ、二点目。
なおも無死一、二塁。
一番、熊谷奏太。
送りバントを試みた。
しかし、智雄の直球にバットをうまく合わせられない。
打球は投手前へ転がった。
智雄が素早く捕球。
三塁へ送球。
アウト!
一死一、二塁。
続く二番、村上琴音。
智雄の内角直球を打った。
打球は二塁方向へ。
加藤亜由美が捕球し、遊撃手の梶原悠真へ送球。
二塁アウト。
梶原から一塁の奈緒へ転送。
「ダブルプレー!」
三アウト!
盛岡の反撃を一点で食い止めた。
智雄はマウンドで拳を握り締めた。
「よっしゃ!」
恒一郎がベンチから声を上げた。
「智雄、ナイスピッチング!」
第十三章 六回、女子選手たちが再び躍動
六回表。
大阪タイタンズの攻撃。
盛岡の三番手投手、北上美桜がマウンドへ上がった。
女子左腕の北上は、高回転の直球を得意としている。
先頭の六番、梶原悠真。
粘り強く球を見極め、四球を選んだ。
無死一塁。
七番、宮本さくら。
北上の初球は内角直球。
さくらは見送った。
ストライク。
二球目。
外角低め。
ボール。
三球目。
北上が投げ込んだ直球を、さくらが鋭く振り抜いた。
打球は一塁線を破った。
「抜けた! ライト線への長打!」
梶原が三塁を回ろうとする。
しかし、三塁コーチが止めた。
無死二、三塁。
宮本さくら、ツーベースヒット!
続く八番、西村奈緒。
左打席に入った。
北上は外角低めへ直球を投げ込んだ。
奈緒は落ち着いて見送る。
ボール。
二球目。
内角への直球。
ファウル。
三球目。
北上が投げ込んだ外角の直球を、奈緒が逆方向へ打ち返した。
カキーン!
打球は左中間を破った。
「抜けた! 左中間!」
三塁走者の梶原がホームイン。
二塁走者のさくらも生還!
8対2!
奈緒は二塁へ滑り込んだ。
「セーフ!」
二点タイムリーツーベース!
大阪タイタンズのベンチが大きく沸いた。
亜由美が叫んだ。
「奈緒! 最高や!」
正則も笑った。
「今日の女子組、ほんまにすごいやん!」
さくらが笑顔で返した。
「女子やからって甘く見たらあかんで!」
奈緒も小さく微笑んだ。
「そういうこと」
その後、盛岡の北上は立て直した。
星野に代わって打席に入った池永智雄を三振。
加藤亜由美をセンターフライ。
藤本颯太を遊撃ゴロに打ち取り、追加点を許さなかった。
しかし、スコアは8対2。
大阪タイタンズが大きくリードを広げた。
第十四章 東京ドームに響いた最後の歓声
七回裏。
盛岡ウルブズの最後の攻撃。
マウンドには、引き続き池永智雄。
先頭の三番、佐藤大輝。
智雄の初球を鋭く振り抜いた。
打球はレフト方向へ。
正則が後退する。
しかし、落下点へ入った。
捕球。
一死。
四番、戸沢陸。
ここまで二塁打を放っている強打者だった。
智雄は内角への直球で攻めた。
戸沢が振り抜く。
打球は三塁方向へ。
恒一郎が横っ跳びした。
グラブに収める。
立ち上がり、一塁へ送球。
アウト!
二死。
最後の打者は五番、清水さつき。
智雄は初球から外角を攻めた。
ストライク。
二球目。
内角直球。
ファウル。
三球目。
智雄が腕を振った。
直球。
清水が振り抜いた。
打球は二塁方向へ。
亜由美が捕球した。
一塁の奈緒へ送球。
「アウト!」
試合終了!
高瀬アナウンサーが絶叫した。
「大阪タイタンズ、勝利! 盛岡ウルブズを8対2で破り、ついに全国大会決勝進出です!」
東京ドームが大歓声に包まれた。
正則が外野から駆け寄った。
「やったぁぁぁ!」
亜由美も両手を上げた。
「決勝や! 決勝進出やで!」
智雄がマウンドで大きく息を吐いた。
「ほんまに……ここまで来たんやな」
恒一郎も航も、さくらも奈緒も、全員が笑顔だった。
川原監督はベンチから静かに立ち上がった。
そして、選手たちに大きな拍手を送った。
第十五章 全国大会準決勝、試合結果
全国大会準決勝・東京ドーム
チーム1234567計
大阪30210208
盛岡00101002
大阪タイタンズ 8-2 盛岡ウルブズ
決勝進出
この日の勝因は、初回から八重樫颯人に球数を投げさせたことだった。
そして、女子選手たちの活躍。
加藤亜由美。
宮本さくら。
西村奈緒。
三人がそれぞれ長打を放ち、得点に貢献した。
盛岡の監督が想定していた展開とは、まったく違う試合になった。
第十六章 悠翔が見つめた大阪タイタンズ
試合終了後。
観客席では、博多リトルスターズの選手たちが大阪の勝利を見届けていた。
優子が悠翔に尋ねた。
「どうやった? 大阪タイタンズの試合」
悠翔はしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……強かね」
「そうやね」
「でも、打てん相手じゃなかと思う」
優子が顔を向けた。
「何か分かったと?」
悠翔はうなずいた。
「ピッチャーだけじゃない。打者もみんな、相手をよう見とる。自分が何をすればチームのためになるか、ちゃんと考えとる」
坂井雄二も言った。
「初回から三十球投げさせたの、すごかったね」
牧田和美がうなずいた。
「あれだけ粘られたら、投手は大変やろね」
悠翔はノートを閉じた。
「だから、もし決勝で当たったら、僕たちも頭を使わんといかん」
優子が微笑んだ。
「でも、悠翔」
「何?」
「まずは自分たちの準決勝に勝たんとね」
悠翔は笑った。
「分かっとるよ、お母さん!」
そして、少し間を置いた。
「でも……正則君の球、打ってみたかね」
優子は笑った。
「そうね。でも、あの子もすごいピッチャーやけん、簡単には打てんよ」
悠翔はうなずいた。
「うん。だからこそ、勝負してみたかとよ」
優子は息子の横顔を見つめた。
その目には、強い闘志が宿っていた。
第十七章 敗れた盛岡の選手たち
一方、盛岡ウルブズの控室。
八重樫颯人は、悔しそうにうつむいていた。
「監督……すみません。初回から三十球も投げさせられて……」
小原監督は首を横に振った。
「謝る必要はない。大阪が見事だったんだ」
捕手の木下遥もうなずいた。
「本当に、きわどい球を全部ファウルにされましたね」
八重樫が答えた。
「速い球なら打たれないと思ってました。でも、あんなに粘られるとは……」
小原監督は選手たちを見渡した。
「今日、我々は大切なことを学んだ」
そして、静かに続けた。
「球速が速いだけでは勝てない。相手が何を狙っているかを考え、対応することが必要なんだ」
さらに、監督は女子選手たちについても触れた。
「そして、相手の実力を性別で判断してはいけない。大阪の女子選手たちは本当に素晴らしかった。私の見立てが甘かったことは、監督として反省している」
木下遥がうなずいた。
「はい。私たちも、もっと強くなりたいです」
「そうだな」
監督は微笑んだ。
「今日の悔しさを、次につなげよう」
盛岡ウルブズの全国大会は終わった。
しかし、彼らの野球人生は、まだ続いていく。
第十八章 決勝へ進んだ大阪タイタンズ
夕方。
大阪タイタンズの宿舎。
川原監督は選手たちを集めた。
「みんな、よくやった。ついに決勝進出だ」
選手たちは笑顔でうなずいた。
「ありがとうございます!」
監督は続けた。
「今日の試合は、作戦を全員が理解し、実行できたことが勝因だ」
亜由美がうなずいた。
「初回から球数を投げさせることを意識しました」
さくらも笑った。
「甘い球が来たら、思い切って振りました!」
奈緒は静かに答えた。
「相手の守備位置も確認していました。打球方向を考えることができました」
川原監督は満足そうにうなずいた。
「そうだ。全員が考えて野球をした。その結果が今日の勝利だ」
そして、正則を見た。
「正則。いよいよ決勝だな」
正則は力強く答えた。
「はい!」
「相手はまだ決まっていない。しかし、どのチームが来ても簡単には勝てないだろう」
「分かってます」
正則は少し笑った。
「でも、楽しみです」
亜由美が横から言った。
「正則、あんた、ほんまに緊張せえへんな」
「緊張はしとるで!」
「どこがやねん!」
「めっちゃ楽しみなだけや!」
みんなが笑った。
しかし、川原監督は最後に真剣な表情で告げた。
「今日の勝利に満足するな。日本一になるためには、あと一勝必要だ」
選手たちは声をそろえた。
「はい!」
全国大会決勝。
その舞台に立つ資格を、大阪タイタンズはついに手に入れた。
しかし、もう一つの決勝進出チームは、まだ決まっていない。
博多リトルスターズ。
柳川悠翔たちも、決勝への最後の壁に挑もうとしていた。
もし、両チームが東京ドームの決勝で対戦することになれば。
河内正則と柳川悠翔。
速球投手と強打者。
そして、二つのチームがそれぞれの方法で磨き上げてきた野球が、真正面からぶつかることになる。
その時が、少しずつ近づいていた。
次回予告
第34話「東京ドーム、もう一つの準決勝」
大阪タイタンズは、盛岡ウルブズを8対2で破り、全国大会決勝進出を決めた。
初回から相手投手に球数を投げさせ、甘い球を確実に仕留める攻撃。
そして、加藤亜由美、宮本さくら、西村奈緒ら女子選手たちの長打が試合を決定づけた。
一方、博多リトルスターズは、東京ドームで大阪タイタンズの試合を見届けていた。
柳川悠翔は、母・優子から受け継いだ鋭い観察眼で、大阪の選手たちの特徴を次々と見抜いていく。
「正則君、速い球だけやなかね。あの子、相手をよう見とる」
そして、博多リトルスターズも準決勝の舞台へ向かう。
全国屈指の強打者として注目を集める悠翔。
しかし、相手チームは徹底した対策を準備していた。
「柳川悠翔には、絶対にランナーをためるな」
その指示に、篠田監督は笑った。
「悠翔だけが博多の打者じゃない。そのことを教えてやろう」
坂井雄二、牧田和美、岸田誠一、立花朋輝、森下悠一、そして女子投手の岡部結菜たちも、決勝進出への闘志を燃やしていた。
観客席では、柳川優子が再び熱い応援を始める。
「みんなー! 頑張りんしゃいよー!」
悠翔が苦笑した。
「お母さん! 今日も声が大きかって!」
優子が笑った。
「決勝が懸かっとるっちゃけん、仕方なかろうもん!」
次回、第34話「東京ドーム、もう一つの準決勝」。
大阪タイタンズが待つ決勝の舞台へ、博多リトルスターズはたどり着けるのか。全国制覇まで、残された時間はわずか。少年少女たちの挑戦は、いよいよ最大の山場を迎える。




