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「佐々木──四十一点」
世界史の授業の終了間際──沼田の読みあげた点数に、教室が、ざわり、と沸く。今回の追試で設定された赤点は、中間テストのクラスの平均点等を加味して、四十点。トールは、かろうじてではあるものの、赤点をまぬがれたのである。
「おおお!」
トールのその偉業に、本人ならぬ男子生徒たちが、雄叫びをあげる。これは、それほどの快挙であり、級友たちにとっても、トールの留年回避は喜ばしいことであったのである。
「大鳥居──六十四点」
続くオードリーの点数に、今度は女子が沸く。男勝りの彼女は、一部の女子には人気があるのである。
「宮川──九十四点」
僕の点数は、完全にスルーである。まあ、トールの点数にくらべれば、インパクトには欠ける。
「あたしより高いじゃねえか」
唯一、オードリーだけがふてくされている。
「普通に勉強したからね」
「裏切り者め」
オードリーは、今回の追試に真剣に取り組み──そして、カンニングにも頼っていないのであろう、と思う。だからこそ、負けて悔しいのである。僕にしてみれば、模擬試験をつくるほどに復習したからこその高得点なのであるが──彼女のその真っ直ぐな姿勢が、僕にはまぶしい。
「今回は全員合格だが──皆も追試なんて受けることのないように、日頃からちゃんと授業を聞くように」
追試の結果と、その教訓までを話して、沼田は満足げに教室を後にする──と同時に、トールのまわりに男子が集まる。トールの留年が回避されたことに、皆が歓喜の声をあげて──その歓声を、トールは誇らしげに受ける。
結論から言うと──トールはカンニングに手を染めた。まあ、カンニングをして、なおぎりぎり赤点をまぬがれる程度の加点であること、そして身の丈にあわぬ高校に受かってしまったがゆえのトールの境遇を考慮に入れれば、情状酌量の余地はあると思う。少なくとも、執行猶予がつく程度には。
もちろん、カンニング自体は悪いことである。それを否定するつもりもない。ただ、オードリーとトールは、そうは思ってはいないであろうから、寛大な神様には後で僕が謝っておこうと思う。
あの日──僕は、追試を解き終えるなり、正解の選択肢をすべて覚えて、教室を飛び出した。向かう先は、沼田に宣言していたとおり、演劇部の部室である。とはいえ、その目的はオーディションへの参加ではなく──発声練習である。
僕は、事前に部長と打ち合わせていたとおり、演劇部の皆を先導して、グラウンドの隅で発声練習をする。僕の声に続いて、部員たちが声をあげる。十数人からの声である。風に乗って、追試の実施されている教室にも届いていたことであろう。
もちろん、それは単なる発声練習ではない。規則性を持たせて、追試の問題と、その問題に対応する答えの番号を知らせる暗号である。唯一の不安は、トールにその暗号が覚えられるかというところにあったのであるが──追試の結果を見るに、かろうじて覚えることができたのであろう、と思う。
「どうやって追試を乗り切ったかって?」
トールは、クラスメイトに囲まれて、重々しく口を開く。
「そりゃあ、もちろん──ドーピングよ」
言って、トールは懐から、暗記パンならぬ合格パンを取り出す。
あのトールでさえ赤点から救ったパン──霊験あらたかな合格パンは、その後、試験前になると飛ぶように売れることとなる。ちなみに、完全受注生産と言われるその売上の一部は、わずかながらトールの小遣いとして与えられて、彼の心優しい彼女とのデート代に消えているという。
「カンニング、あるいはドーピング」完/次話「カメラ! カメラ! カメラ!」




