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オードリーの冒険!  作者: マリオン
第3話 カンニング、あるいはドーピング
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19/30

3

「では──()()()を始める」


 次の日──放課後の教室で、僕はオードリーとトールを前に、高らかに宣言する。二人はそれを、わあ、と拍手で歓迎する。茶番であるが、儀式のようなものであると割り切っていただきたい。


 僕は、付箋だらけになった世界史の教科書を手にして──二人の生徒を前に、教壇に立つ。授業の開始である。


 世界史は、個々の出来事を覚えるのは難しくとも、時代の流れさえ理解できれば、そこに連なるそれぞれの出来事は覚えやすくなる──はずである。


「ここ、試験に出るぞ」

「はーい」

 僕らは、時折、小芝居を挟みながら、勉強を続ける。


「先生、質問」

「はい、トールくん」

 トールが律儀に手をあげて、僕は手のひらでトールを指す。


「こいつら、何で戦争してるんですか?」

「うん、いい質問だね」

 授業は進み──トールの質問は、アヘン戦争についてのものである。


「当時のイギリスは、中国からお茶を大量に買っていた。でも、中国はイギリスの商品をあまり買わなかった」

「片思いみたいなもんか」

 トールは身近なことに置き換えて、理解しようと努める。


「そこで、イギリスは──インドでつくったアヘンを中国に売ることにした」

「いやいや、何でだよ」

 あまりの急な展開に、トールは突っ込みを入れる。


「麻薬じゃん」

「麻薬だね」

「中国、怒るだろ」

「怒った。輸入は禁止されていたから、大量に没収して処分した」

「そりゃあ、そうだろ」

「そしたら──イギリスが攻めてきた」

「何でだよ!?」

 トールのさらなる突っ込みに、僕は満を持して答える。


「さっきの質問の答え──イギリスが悪いからです」

 トールは、さもありなん、と何度も頷いてみせる。


「いいか、トール、よく覚えておけ。このくらいの時代から、だいたいのことは──イギリスが悪い」

「世界史、急に簡単になったな」

 僕の授業で、トールの苦手意識が克服されたなら、何よりである。



 西日が傾いて──勉強が一段落したところで、僕は次の段階に移る。

「では──模擬試験を始める」

 言って、今度は問題用紙を二人に配る。


「この試験問題、どうしたの?」

「予想をもとに、僕がつくった」

 まるで魔法でも見るように不思議そうに尋ねるトールに、簡潔に答える。


 追試の出題範囲から、沼田の性格を考慮して、できるだけ嫌らしく出題した、僕の渾身の作である。


「その才能を他に活かせよ」

 トールは、問題用紙を手に、あきれるように笑うのであるが。

「お前のためだろうが!」

 僕とオードリーの二人に同時に突っ込まれて、しゅんとする。



 そして、二人は模擬試験に取り組み──解答を終える頃には、外は暗くなりかけている。


 解答用紙を回収して、黙々と採点する僕に、トールは軽い調子で話しかける。

「そこそこできたと思うんだけど──何点?」

「──十二点」

 自信満々のトールに、僕は絶望とともに返す。


「赤点って、何点だっけ?」

「たぶん──四十点くらい」

 無慈悲な現実を前に、トールは、あちゃあ、とおどけてみせて。

「伸びしろしかないな」

 オードリーは前向きに笑うのであるが──僕は一人、危機感を覚える。


 追試まで、あと数日──この調子で詰め込んだとしても、おそらく三十点台が限界であろう。今回、トールには四十点を超えてもらわねば困るのである。


 やるしかない──僕はカンニングに手を染める覚悟を決める。


「実は──カンニングするという案も用意している」

「おいおい、そんなすばらしいこと、先に言えよ!」

 僕の提案に、トールはすぐに食いつく。


「唯一の不安は──」

「沼田に気づかれる可能性──」

「──ではなく」

 僕は、トールの挙げた懸念を、秒で否定する。


「トールが暗号を覚えられるかどうか」

「──暗号?」

 僕の言葉に、トールはいぶかしげな顔を見せる。


「暗号と言っても、そんなたいそうなものじゃない──試してみよう」

 言って、僕はオードリーとトールに、暗号の規則を説明する。本当に、暗号と呼ぶのがおこがましいほどの、単純な仕組みである。


「あーえーいーうーえーおーあーおー」

 僕は、まず基本形の発声を披露する。


「じゃあ、いくぞ──あーえーえーうーえーおーうーおー」

 言って、僕は二人に回答をうながす。

「問三、答え四!」

 トールが勢いよくそう答えて。

「問四、答え三──お前、勘で答えてるだろ」

 正答したオードリーに頭をはたかれる。


「次、いくぞ──いーえーあーうーえーおーえーおー」

「問十一、答え四」

 続く問いにも、オードリーはあっさりと正答するのであるが──トールの方はといえば、すでに回答をあきらめている。


「問題の番号までいるか?」

 挙句、トールは暗号にケチをつけ始める。

「聞き逃したら、どの問題の答えか、わからなくなるだろ」

 普通ならありえなくとも、トールなら聞き逃しもありうるという、僕なりの配慮である。

「信用ねえなあ」

「──あると思っているのか?」

 おどけるトールに、無慈悲に返す。


「これ──もっと簡単にできないもんかね?」

 トールは気軽に言ってくれる。

「──例えば?」

 これ以上、簡単にすることなど、僕の頭では無理である。素直にトールに問う。


「とーいーよーんーさーんーばーんー、とか」

 トールは満面の笑顔で言って──僕とオードリーは、同時にトールの頭をはたく。

「沼田にバレたら、元も子もないだろ!」


 こうして──不毛な勉強会は、夜まで続いたのである。

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