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「では──勉強会を始める」
次の日──放課後の教室で、僕はオードリーとトールを前に、高らかに宣言する。二人はそれを、わあ、と拍手で歓迎する。茶番であるが、儀式のようなものであると割り切っていただきたい。
僕は、付箋だらけになった世界史の教科書を手にして──二人の生徒を前に、教壇に立つ。授業の開始である。
世界史は、個々の出来事を覚えるのは難しくとも、時代の流れさえ理解できれば、そこに連なるそれぞれの出来事は覚えやすくなる──はずである。
「ここ、試験に出るぞ」
「はーい」
僕らは、時折、小芝居を挟みながら、勉強を続ける。
「先生、質問」
「はい、トールくん」
トールが律儀に手をあげて、僕は手のひらでトールを指す。
「こいつら、何で戦争してるんですか?」
「うん、いい質問だね」
授業は進み──トールの質問は、アヘン戦争についてのものである。
「当時のイギリスは、中国からお茶を大量に買っていた。でも、中国はイギリスの商品をあまり買わなかった」
「片思いみたいなもんか」
トールは身近なことに置き換えて、理解しようと努める。
「そこで、イギリスは──インドでつくったアヘンを中国に売ることにした」
「いやいや、何でだよ」
あまりの急な展開に、トールは突っ込みを入れる。
「麻薬じゃん」
「麻薬だね」
「中国、怒るだろ」
「怒った。輸入は禁止されていたから、大量に没収して処分した」
「そりゃあ、そうだろ」
「そしたら──イギリスが攻めてきた」
「何でだよ!?」
トールのさらなる突っ込みに、僕は満を持して答える。
「さっきの質問の答え──イギリスが悪いからです」
トールは、さもありなん、と何度も頷いてみせる。
「いいか、トール、よく覚えておけ。このくらいの時代から、だいたいのことは──イギリスが悪い」
「世界史、急に簡単になったな」
僕の授業で、トールの苦手意識が克服されたなら、何よりである。
西日が傾いて──勉強が一段落したところで、僕は次の段階に移る。
「では──模擬試験を始める」
言って、今度は問題用紙を二人に配る。
「この試験問題、どうしたの?」
「予想をもとに、僕がつくった」
まるで魔法でも見るように不思議そうに尋ねるトールに、簡潔に答える。
追試の出題範囲から、沼田の性格を考慮して、できるだけ嫌らしく出題した、僕の渾身の作である。
「その才能を他に活かせよ」
トールは、問題用紙を手に、あきれるように笑うのであるが。
「お前のためだろうが!」
僕とオードリーの二人に同時に突っ込まれて、しゅんとする。
そして、二人は模擬試験に取り組み──解答を終える頃には、外は暗くなりかけている。
解答用紙を回収して、黙々と採点する僕に、トールは軽い調子で話しかける。
「そこそこできたと思うんだけど──何点?」
「──十二点」
自信満々のトールに、僕は絶望とともに返す。
「赤点って、何点だっけ?」
「たぶん──四十点くらい」
無慈悲な現実を前に、トールは、あちゃあ、とおどけてみせて。
「伸びしろしかないな」
オードリーは前向きに笑うのであるが──僕は一人、危機感を覚える。
追試まで、あと数日──この調子で詰め込んだとしても、おそらく三十点台が限界であろう。今回、トールには四十点を超えてもらわねば困るのである。
やるしかない──僕はカンニングに手を染める覚悟を決める。
「実は──カンニングするという案も用意している」
「おいおい、そんなすばらしいこと、先に言えよ!」
僕の提案に、トールはすぐに食いつく。
「唯一の不安は──」
「沼田に気づかれる可能性──」
「──ではなく」
僕は、トールの挙げた懸念を、秒で否定する。
「トールが暗号を覚えられるかどうか」
「──暗号?」
僕の言葉に、トールはいぶかしげな顔を見せる。
「暗号と言っても、そんなたいそうなものじゃない──試してみよう」
言って、僕はオードリーとトールに、暗号の規則を説明する。本当に、暗号と呼ぶのがおこがましいほどの、単純な仕組みである。
「あーえーいーうーえーおーあーおー」
僕は、まず基本形の発声を披露する。
「じゃあ、いくぞ──あーえーえーうーえーおーうーおー」
言って、僕は二人に回答をうながす。
「問三、答え四!」
トールが勢いよくそう答えて。
「問四、答え三──お前、勘で答えてるだろ」
正答したオードリーに頭をはたかれる。
「次、いくぞ──いーえーあーうーえーおーえーおー」
「問十一、答え四」
続く問いにも、オードリーはあっさりと正答するのであるが──トールの方はといえば、すでに回答をあきらめている。
「問題の番号までいるか?」
挙句、トールは暗号にケチをつけ始める。
「聞き逃したら、どの問題の答えか、わからなくなるだろ」
普通ならありえなくとも、トールなら聞き逃しもありうるという、僕なりの配慮である。
「信用ねえなあ」
「──あると思っているのか?」
おどけるトールに、無慈悲に返す。
「これ──もっと簡単にできないもんかね?」
トールは気軽に言ってくれる。
「──例えば?」
これ以上、簡単にすることなど、僕の頭では無理である。素直にトールに問う。
「とーいーよーんーさーんーばーんー、とか」
トールは満面の笑顔で言って──僕とオードリーは、同時にトールの頭をはたく。
「沼田にバレたら、元も子もないだろ!」
こうして──不毛な勉強会は、夜まで続いたのである。




