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オードリーの冒険!  作者: マリオン
第3話 カンニング、あるいはドーピング
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18/30

2

「とりあえず、オードリーとトールは勉強してて。勉強するにこしたことはないんだから」

 言って、僕は一人、教室を出る。


 先に述べたとおり、問題を盗むことは難しい。それならば、カンニングペーパーのようなものを仕込んでおいて、それで凌ぐという古典的な手段はどうか、とも思うのであるが──トールの不器用さであれば、カンニングペーパーから答えを探しているうちに、試験を監督する沼田に見つかってしまうに違いない──となると、僕の解答をトールに伝えるというのが、もっとも実現の可能性が高いように思える。あとは、どうやってそれを伝えるかという方法だけの問題である。それには──オードリーの発(・)案(・)が役に立つ。


 僕はカンニングの算段をして、その準備に必要なもの、二つを思い浮かべる。そして、より重要なのはこちらであろう、と考えて──僕はまず職員室に向かう。


「失礼します」

 告げて、職員室に足を踏み入れるや、教師の視線がいっせいにこちらに向き──そして散る。オードリーやトールでは、とてもこうはいくまい。あれらは、視線を集めるだけ集めて、さらには緊張を走らせるようなタイプの問題児である。その点、僕ときたら人畜無害──唯一の欠点は、オードリーの幼馴染であることくらいなのであるからして、職員室を訪れるには最適の人材と言えよう。


 僕は、何用か、といぶかしげな視線を向ける教員たちの間を縫うようにして、職員室の奥の沼田の席を目指す。沼田の肥満体は、遠くからでもよく目立つ。


「沼田先生」

「──宮川、どうした?」

 僕の神妙な声に、沼田はいぶかしげな顔で汗をぬぐう。もう十月だというのに、沼田は半袖である。


 沼田は──沼田先生は、筆記試験をこよなく愛する、肥満教師である。あまりにも小テストが多いことと、そのあふれ出る汗の臭いから、生徒から好かれているとはお世辞にも言えない。


「ちょっと無理なお願いかもしれないんですが──」

 言いながら、僕は前屈みになり、沼田に顔を近づけて、声を潜める。

「追試のことで──」

 そう続けると、沼田の顔が目に見えて曇る。


「確かに、お前の普段の成績からすれば、追試は不本意かもしれんが──」

 沼田は、僕が追試をまぬがれようとしていると勘違いしたようで、懇々と諭し始めるのであるが──僕の本意はそこにはない。


「いいえ、そういうことではなく──追試の日程をずらしていただけないかと思いまして」

「──何か理由があるのか?」

 沼田は、僕が言うからには、と問い返す。


「実は、僕は演劇部なんですが、次の舞台のオーディションと日程がかぶってしまって──」

「それで、日程をずらしてほしい──と?」


 嘘である──そんなオーディションなど存在しないのであるが、僕は神妙な顔で頷いて返す。沼田は思案するように宙を見る。


「まあ──それは運が悪かったと思って、あきらめてもらうしかない。それも罰のうちだからな」

 沼田は、僕の懇願を、ばっさりと切り捨てる。ここまでは、沼田の人となりを理解しているゆえの、想定どおりの問答である。


「それでは──せめて、追試の解答を終えたら、早期の退出を認めてもらえないでしょうか」

 こちらが本命である。トールが追試の最中であっても、僕は教室を出ることができる──その状況をつくりたいのである。


「まあ、そのくらいなら──」

 沼田は、生徒の望みを無碍に切り捨てたという負い目からか、続く願いは驚くほどあっさりと認めてくれる。交渉術とは、かくありたいものである。



「部長、お願いが──」

「断る」


 演劇部の部室──僕の懇願を、机に脚を放り投げて目をつぶる部長、堂島桜子は一言で切り捨てる。


「見ればわかるだろう。今、次回作の構想を練ってるんだ」

 はた目には居眠りしているようにしか見えないのであるが──実際のところ、部長は次の公演の案を練っているのである。


 文化祭の新説白雪姫の評判が思いのほかよかったために、柄にもなく次回作へのプレッシャーを感じているようで、部長は終始ピリピリしており、それを察した部員たちは自主練に出払っているため──だいたいにおいて、僕がその矢面に立つことになる。


「まあまあ、大事なことなんだ。ちょっとだけでも話を聞いてよ」

 僕の再びの懇願に、部長は渋々と言った様子で、薄目を開く。


「今度、僕とオードリーの追試があるんだけど──」

 僕は、追試についての詳細を語り──そのとき、演劇部の部員を借りたいことを話す。

「部員を借りて──どうするんだ?」

「──発(・)声(・)練(・)習(・)」

 僕の顔と声音で、何かよからぬことをたくらんでいることを察したのであろう、部長は眉をひそめる。


「オードリーの発案かあ? そんなことしなくても、お前なら追試くらい問題ないだろ」

「トールも追試を受けるんだ」

 僕の言に、部長は続く言葉を詰まらせる。


「──トールかあ」

 部長はしみじみとつぶやく。


 トールは、留年する前は、部長の級友であったのだという。彼が過去に起こした事件が原因で停学、そして留年となる時、クラスメイトたちは学校側に激しく抗議したと聞いている。その先鋒に立ったのが、部長──桜子だったとも。


「あいつ、いいやつだろ」

「──うん」


 部長は、かつてのトールとの日々──きっと馬鹿げた日々を思い起こしているのであろう、彼女にしてはめずらしく、くすり、と思い出し笑いをする。


「仕方ねえなあ。今回だけだからな」

 部長はそう言って、僕の願いを聞き入れてくれる。それがカンニングの片棒を担ぐことくらい、わかっているであろうに──僕は部長の不器用な優しさに感謝する。

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