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「筆記試験では、カンニングは禁止されている──が、ドーピングは禁止されていない」
そう厳かに言い放ったのは誰あろう──トールである。
「そりゃあ、お前んちのパン屋で暗記パンでも売ってるなら名案だろうが──どうなんだよ」
トールの言を、ふん、と鼻で笑うのはオードリーである。
トールの実家は、近所の商店街で代々続くパン屋であり、街の皆からも愛されているのであるが──もちろん暗記パンなるものは売っていない。
「トム、頭のよくなるサプリなんてものは──」
「──ない」
トールのすがるような視線に、僕はすげなく答える。結局のところ、真面目に勉強するのが、もっとも近道なのである。
僕とオードリーとトールの三人が、追試を受けるように、と無慈悲にも言い渡されたのが、つい先ほど──六限目の授業の終わり際のこと。
先日の中間テスト──僕は一日、オードリーに至っては二日もサボっているのであるからして、追試を受けろと命じられるのもむべなるかな。ほとんどの教科はレポート提出で追試をまぬがれたものの、筆記試験をこよなく愛する世界史の沼田先生だけは、見逃してくれなかったというわけである。
放課後──追試の対策を練りたいというトールに呼びとめられて、人気のない教室に残る僕ら三人は、暗記パンなどというありもしない秘密道具の不毛な会話に終始している。
「ドーピングがダメなら──俺はどうすればいい?」
僕らのようにサボることもなく、中間テストは皆勤であったというのに、トールは追試を命じられているのである。おそらく、沼田の不興を買う程度の、かぎりなくゼロに近い答案を提出したのであろうと思われる。
「勉強するしかないだろ」
「そんなご無体なあ」
オードリーの至極まっとうな答えに、トールは机に突っ伏す。
僕はといえば、トールのくせに無体なんて言葉を知っているんだなあ、と妙なところに感心してしまう。
「何で松原に受かったんだか」
オードリーがあきれるようにつぶやいて。
「採点ミスというのが濃厚な線らしい」
トールは顔をあげて、律儀にも真面目な顔でそう返す。
トールの学力で松原高等学校に合格できたことは、七不思議の一つとして語り継がれている──それは、いつぞや述べたとおりである。しかし、その七不思議は、すでに怪談という枠を飛び越えており、今や賭け事にまで発展しているというから驚きである。オッズが低いのは、先にトールが述べたとおり、採点ミス説──対して、もっともオッズが高いのは、言わずもがな、実はトールに地力がある説である。
トールは、すでに留年している。沼田からは、世界史の単位が危うく、今回の追試まで落とすと、さらに留年することになる、と脅されてもいる。高校生にして、二年も留年するものなど、そうはおるまい。
「そうしたら、さすがに学校辞めて働かざるをえないのかもなあ」
言って、トールはめずらしくため息をつく。
僕とオードリーは顔を見あわせる。何だかんだ言ってみても、僕らはトールのことを愛すべき馬鹿であると思っており──つまるところ、一緒に卒業したいとも思っているのである。
「仕方ねえなあ。できるかぎりの協力はしてやんよ──トムが」
オードリーは、僕に責任を押しつけるかのように、そう告げるのであるが──僕にしたって否やはない。
「そんで、どうする? いくら禁止されてなくても、ドーピングじゃ解決しないだろ」
いまだにドーピング案をあきらめきれていないのであろう、暗記パンとつぶやき続けるトールをよそに、オードリーは僕に問う。
「問題の内容を探るとか──」
「いや──」
オードリーの提案に、僕は首を振って応える。学校のセキュリティを甘くみてはいけない。夜中に忍び込んで、プールで遊んだなんていう武勇伝も、今は昔の話である。
「じゃあ、正攻法で──カンニングかあ」
続けて、オードリーは当然のように無茶なことを言う。
しかし──僕はため息とともに、渋々と頷く。僕の願いは、オードリーの願いをかなえること──惚れた弱みというやつである。開け放った窓から、遠く、部活動の声だけが響く。
「もしかして──これならいけるんじゃないか?」
と──何やら思いついたものか、オードリーはつぶやいて、窓の外を見やる。




