第19話 弔い
「ほら、もっと深く掘らなきゃ入らないでしょ!」
「そ、そうは言っても土が固くてこれ以上私には…」
カイルとリーン、それに小太りの男が一人、街道から少し森へ入った場所で穴を掘っていた。人が入るほどの穴を13も掘るのは骨が折れる。リーンは早々に手を止め、小太りの男への指示役に回っている。セシエルはゾーヤと共に辺りを散策しくつろいでいるようだ。
彼女の存在はやはり、森の緑によく映える。
護衛の男-グラディス・ヴァレンバーグは、鞘に納めた剣を抱えたまま荷馬車の側を離れようとしない。
「剣の腕は立つんですがね、どうにも与えられた任務を果たすことしか頭にないようで。一体彼には人の心があるんでしょうかね?」
肩で息を継ぎ脂汗を流しながら、小太りの男が呟いた。男の名はダッチ・デビート。宝石商だ。高価な宝石をこうして売り歩いている。知識の乏しい辺境や貧しい村々で原石を安く仕入れ、都市部の金持ち相手に高く売るので、あこぎと言えばあこぎな商売だ。先刻、野盗の襲撃を受けた際には、荷馬車の中に隠れ息をひそめていた。
護衛として雇ったグラディス・ヴァレンバーグとは、一言も口を聞いたことがないと言う。彼は任務として必要なこと以外、いかなる言葉も関わりも求めなかった。もしもグラディスが倒れていたらダッチ・デビートの命もなかっただろう。そういった意味ではカイルは紛れもなく命の恩人であった。
「彼らを弔ってやりたい」
そう言い出したのはカイルだ。「彼ら」とは足元に横たわる13の骸である。そのうち半分はカイルが命を奪った。
「護衛の二人はともかく、何でこんな奴らに墓を?殺されて当然のならず者ですよ?」
宝石商の、それは最もな疑問だった。
「うん、だから俺はためらわずに斬った。でも彼らは、森の理から弾き出された魔獣と同じだ。誰かが弔ってやらなければその魂は還る場所を失ってしまう」
埋葬が終わる頃には日がすっかり傾いていた。カイルは目を閉じ「彼ら」に祈りを捧げた。いつの間にか戻って来たセシエルとゾーヤがそっとカイルに寄り添う。
それは不思議な光景だった。グラディス・ヴァレンバーグは相変わらず無言で、荷馬車から片時も離れようとしなかったが、その様子を興味深く眺めていた。
夕食には荷馬車を引いていた馬の肉が供された。カイルが切り分け焼いた。
セシエルやゾーヤの前で馬を解体し始めた時は、さすがのリーンも肝を冷やしたが、カイルの所作を見てすぐに考えを改めた。おそらく、これまで命を奪った多くの魔獣にそうしてきたように、まるで神聖な儀式のように、大切に、丁寧に、丁重に、とても尊いものとしたそれを扱っているのが分かった。
残った皮や骨、頭などは森の少し奥の方へそのまま安置した。そう望んだのはゾーヤだ。そうすることで「彼」の肉体は土へ還り、魂は森へ還ってゆくのだと言う。
「例の万能調味料をかけてくれ、リーン」
それはそれとして、でき得る限り「旨く」食うこともカイルは忘れなかった。思い立ったようにダッチ・デビートも果実酒を提供した。とても貴重で高価なものらしい。酒の良し悪しなどカイルには分からなかったが、馬肉の獣臭さをやわらげ、旨味に余韻を残す相性のいい酒だと思った。
グラディス・ヴァレンバーグはやはり夜宴の輪には加わらない。折を見てなにがしかの食物は口にしただろう。
ゾーヤは獣の肉を食わない。昼間、森の中でしっかりと草を食んできた。
セシエルは獣の神なので、人のような食事は必要としない。にも関わらず、夫が捌いた馬の肉を食っている。カイルのように火にかけたものではなく、生のそのままではあったが。
「旨いか?」
カイルは思わず聞いた。考えてみれば異様な光景だ。セシエルは獣の神である。全ての獣を支配し、慈しむ。この馬は人に使役され、そして人の争いの中で殺された。その肉を食っているのだ。
「旨いな。そして何より、彼がどのように生きたかが伝わってくる」
これは彼女なりの弔いなのだと、カイルは理解した。これまで獣の肉を、あるいはあらゆる食物をあだや疎かにしたことはないつもりでいたが、食べながらその命の来し方に思いを馳せるというのは、カイルにはなかった視点だ。
旅に出て良かったと、少年は改めて思う。
二人のやり取りを全く理解できないといった風情で眺めていたダッチ・デビートの瞳が、不意に鋭く光った。鬣まで続く長く豊かな神の頭髪、その深緑の中に焚き火の光を受けて仄かに輝く小さな鉱石を見つけたからだ。
「ほぅ、翡翠ですな?ちょっと失礼…」
不遜にもダッチ・デビートは、翡翠の髪飾りを神の髪ごと手に取ると、しげしげと眺め値踏みを始めた。これにはさしものカイルも気分を害したようだ。人妻の髪に無遠慮に触れるとは何事か、という話である。
「デビート殿、その辺で…」
宝石商の肩にかけられた少年の右手は、何かの拍子で骨まで砕いてしまうような不気味な力が込められていた。己の失態を察したダッチ・デビートが体に似合わぬ俊敏な動きで後ずさる。
「こ、これは失礼を!宝石のこととなるとつい…私の悪い癖でして、はい…」
いささか演技じみた、いかにも哀れを誘うような声色であったが、この小太りの男はどこまでいっても商人である。
「ところでそちらの翡翠、そう上等な物でもありませんが…どうでしょう?あなた方は命の恩人でもありますから、相場の倍、いや三倍の値で買い取らせて頂くことも可能ですが?」
これにはセシエルが即応した。
「この翡翠が欲しいというのであれば、私の夫と戦って勝てたなら考えてやろう。ただし、今宵の彼は少々機嫌が悪そうだぞ」
威圧するような、見下すような笑顔であったが、どこか心から喜んでいるようにも見えた。
「滅相もない!」と悲鳴を上げて手元の果実酒を飲み干すと、取り繕うように話題を変えた。
「ところで皆さんはこれからエンソに向かわれるということでしたが、一体どちらから旅して来られたのですか?」
セシエルは獣の神として大陸中を飛び回っていたので、どこから来たということではない。リーンはそのエンソの出身であること、カイルは辺境のサイゼラ村からやって来たことを、それぞれが告げた。
サイゼラ村の名を耳にしたとたん、ダッチの顔色が変わった。それまでの芝居がかった態度とは違い、心底驚き言葉を失っているようだ。彼は大きく目を見開き、小さく震える声で懇願する。
「どうか、どうか先程の翡翠をもう一度…。いえ、決してもう無礼は致しません、他意もございません。もう一度だけでいいので、良く見せて欲しいのです。あぁ…あぁ…!どうして気付かなかったのだろう…。この特徴は確かにサイゼラ村の…!」
さらにダッチは何事か思い当たったようで、カイルの顔をまじまじと見つめると、震える声で続けた。
「あなたは…カイル、カイル・コストナーとおっしゃったか?もしや…もしやダグラス・コストナーの…?」
「父を知っているのか!?」
ダッチ・デビートはぽつりぽつりと話始めた。先程までの饒舌さが嘘のようだ。
ダグと共に旅をしたのはもう、15年かもっと前だったでしょうか。あの日私は、今日のように野盗に襲われたところを、ダグに助けられたのです。と言っても、彼は彼で魔獣に追われて逃げて来たのですがね。
結果として野盗どもは魔獣に食われ、私たちは助かりました。それから数ヶ月ほど、私はダグと一緒に旅をしました。同じ行商人ということもあり、不思議と馬が合った。私はこんな商売をしておりますし、こんな性格でもありますし、人から疎まれることはあっても好かれることなどついぞなかった。友と呼べるのは、後にも先にも彼だけです。
別れ際、彼は友情の証にと言ってこれをくれました。柄に翡翠が埋め込まれた小刀です。息子が一人立ちする時に持たせようと思って作ったとも言っていました。
ダグはそんな大切な物を私に…。こうしてあなたと巡り合えたのも、あるいは運命だったのかも知れませんな。
そう言うとダッチ・デビートは、友との思い出を懐かしむようにしばし空を眺め、改めてこう聞いた。
「カイル、父上は今も行商を?」
カイルはありのままに、父ダグラスの死を伝えた。
しばし言葉を失ったかと思うと、ダッチの目にはみるみる涙が溢れ、そのふくよかな頬を濡らした。恥も外聞もなく、両の手で顔を覆いながら嗚咽している。
カイルの心には、先刻までの不快感は最早ない。父のために涙を流すダッチを、とても不器用な男だと思った。商売以外で人と繋がる術を、彼は知らないのだ。同時にカイルは不思議な縁を感じた。今は亡き父が繋いでくれた縁だ。スポア村に続き、父の足跡を知ることができた。
しばらく泣いた後、ダッチ・デビートはもう一度カイルへ語る。
「そう言えば、初めて出会ったあの日、ダグも魔獣に食われた野盗の魂に祈りを捧げていました。彼の素晴らしい心根は、カイル、あなたに受け継がれている。あなたに会うために旅を続けていたのかも知れない。どうか、この小刀を受け取ってくれませんか?私のたった一人の友が、息子に渡すはずだった物だ」
「ありがとうダッチ、父のために泣いてくれて。俺もあなたも、きっと父に導かれたのだと思う」
カイルは翡翠の小刀を受け取ると、代わりに懐から別の小刀を取り出した。それは、サイゼラ村にいる頃からカイルが愛用している物で、先程馬を解体するのにも使った。これも、ダグラス・コストナーが作った物だ。
「代わりにこれを受け取って欲しい。俺の友情の証として」
ダッチ・デビートは再び泣き崩れてしまった。




