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神を娶らば  作者: キャン
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第18話 護衛の男

 荷馬車を囲んで立っている男たちは全部で八人。そのうち七人がならず者だ。彼らの足元には全部で六つの死体が転がっている。身なりから察するに四つがならず者の仲間で、残りの二つが剣士風の男の仲間だろう。

 おそらく、三人の男は護衛だ。馬車の中からも人の気配がする。彼らの雇い主だろうか。よほど高価な荷を運んでいるに違いない。

 カイルは正式な剣の訓練など受けたことはないが、たった一人で七人の野盗と対峙している目の前の男が、相当な使い手であることが分かった。既に事切れている二人の護衛の腕前はもはや知る由もないが、死体の数だけを比べれば、個々の力量では護衛の三人が上回っていたのだろう。

 だとしても。

 剣士風の男の劣勢は今や揺るがない。数的不利を抱えた上に何かを守りながらの戦いである。ましてや相手は他者から奪うことで生きるならず者だ。正面から正々堂々と始まった戦いでは、決してなかっただろう。


 剣士風の男もカイルに気が付いた。鋭い眼光だ。明確に、カイルを拒絶している。ならず者の仲間なら斬る、無関係の通行人なら立ち去れと、瞳が物語っている。そして何より、これほどの絶望的状況にありながら、男は全く死を恐れていない。むしろ、我が身一つの命でならず者ども全てを道連れにせんとする狂気じみた覚悟さえ感じた。

 カイルとしては早目に片を付けてしまいたかった。カイルが単独行動を取った場合の一番の危惧は、リーン・コーラルの安全だ。だからこそセシエルは夫の動きに即応せず、リーンと共にこちらに向かっている。いずれにせよ、この街道を通らなければエンソには辿り着けない。

 そしてもう一つ、馬車を引く馬が殺されていることが、カイルは気に入らなかった。荷馬車の足を止めるために野盗たちがやったことだろう。馬は最も聡い獣で、人間と友にもなれるというのに、その短慮が気に食わなかった。

 何も見なかったことにして去れというのは無理な相談である。


 カイルは、今にも刃と刃が交わろうかという狭間に、すっと割って入った。野盗たちにはまるで、カイルが何もない中空から突然現れたように見えたことだろう。


「加勢してもいいか?」


 カイルは剣士風の男に問うた。さすがに男も唖然としている。あの距離を物音一つたてずに一息で詰めたあの歩法は何だ?血生臭い修羅場に平静でいられるこの胆力は何だ?何より、この期に及んで加勢の許可を求めるその心の有り様は何だ?

 男から返答を得ることは叶わなかった。我に返ったならず者の一人がカイルに斬りかかって来たからだ。

 剣…というよりは鉈のような物だろうか?粗末な武器だがその攻撃には人を害することへの躊躇いがない。それはおそらく、彼らが暴力で他者を蹂躙する際に、大きな武器となったことだろう。


 だが。


 彼らの前に忽然と現れた少年には、粗末な鉈剣もその残虐性も武器たり得なかった。

 ならず者の力任せの斬撃を、風に吹かれた木の葉のような動きでかわすと、鉈剣を握った右手首を掴み力の限りに捻り上げた。

 鈍い音が肉体越しに伝わってくる。折れたというよりは砕けた音だ。

 そのまま鉈剣を取り上げると、悶絶するならず者の左頬を刀身の平でしこたまに打ち据える。ならず者は横に吹き飛ぶとそのまま動かなくなった。

 目は見開いたままだ。鼻と口からは鮮血が滴り、むき出しの地面に吸い込まれていく。


 刹那の沈黙の後、野盗たちは一気呵成に斬りかかって来た。人のものとは思えぬ怒号を上げながら。

 凄まじい殺意と憎悪の渦だ。護衛の男も思わず肩に力が入る。

 しかし、その渦中にあってなお、少年はどこまでも涼やかだ。まずは武器を持つ手を砕き、しかる後に体のいずれかを打ち据えれば、敵はたちまち動かなくなった。その繰り返しである。

 カイルは野盗たちを、そのような種類の獣として見た。最初の一人をこれ見よがしに打ち据えたのは、一種の威嚇だ。これでお互いの力量を推し量り撤退してくれればそれが最善ではあったが、この獣たちはそうはしなかった。

 獣として見れば彼らの動きは一々が理に叶わず無駄が多い。統率も取れていない。普段から自堕落な生活をしているのだろう、体も恐ろしいほどに脆弱だ。


 次々と地を舐める仲間たちを前にして、とうとう最後の一人となったならず者はたまらずに踵を返した。しかし、護衛の男が逃走を許さない。その手に携えた立派な剣でならず者の腹を貫き殺した。

 足元に崩れ落ちたならず者の死体を一瞥すると、男は直ぐ様視線をカイルに移す。

「何者だ?」

 剣の切っ先を向けながら、男は問うた。重たい声色だ。安易に恩人とは見なしていない。用心深い、というよりは、まるで世界を拒絶するような心の硬さだ。白銀の刀身を、先ほど刺し貫いたならず者の鮮血が伝う。

「カイル・コストナー。あなたの敵ではない」

 対するカイルの声色はどこまでも穏やかだ。敵意も害意も、それどころか動揺さえも感じられない。とても今しがたまで命のやり取りをしていたとは思えなかった。

 しかし、そんなカイルを前にしても、男の心は頑なだった。

「証し立てるものはあるか?」

「いや、何もない。俺たちはただエンソに行きたいだけだ」

「俺たち…?」


 ほどなくして、セシエルとゾーヤに乗ったリーンが現れた。絶句したのは護衛の男と、そしてリーンだ。男とカイルの周りには13もの死体、まさに死屍累々だ。比較的普通の女性であるリーンが平静でいられるはずもなかった。

 だが動揺しているのは護衛の男も同じだ。街道の向こうから現れたのは紛れもなく異形。人とも獣ともつかない巨体に抗い難い威光。いかな手練れでも身がすくむ。気付けば男の剣を握る手に力が入っていた。


「そのような面妖な出で立ちで!一体何を持って敵ではないと言い張るというのか!」

「おい、言われているぞ魔女」

「どう考えてもあなたのことでしょう、セシエル」


 このままじゃあ埒が開かないなとカイルは思った。ひとまず男の警戒を解かねば、平穏無事に先へ進めそうにない。手に持った粗末な鉈剣を無造作に投げ捨てると、カイルは男に背を向けセシエルたちの隣に並んだ。

「彼女はリーン・コーラル。学術都市エンソからやって来た魔女だ。この一本角はゾーヤ。俺たちの旅の相棒だ。そして彼女はセシエル。俺の妻だ」

 まるで行きずりの旅人にそうするように、まるで人と人の縁を繋ぐ時のように、カイルは共連れたちの名を告げた。

 男の胸中はいよいよもって混迷を極めた。言葉を尽くされれば尽くされるほどに、何もかもが分からない。しかし真面目に取り合うのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、少年はあっけらかんとしている。


「それで、あなたの名は?いずれ名のある剣士とお見受けしたが?」

 男は刀身に着いた血を払い、ゆっくりと剣を鞘に納めると、改めてカイルらに向き直り名を告げた。


「グラディス・ヴァレンバーグ。ただの傭兵だ」

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