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神を娶らば  作者: キャン
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第17話 旅路

 リーン・コーラルの説明によると、学術都市エンソは、スポア村から北へ30日と30晩駆けた所にあると言う。これは調度、サイゼラ村からスポア村までの距離と等しい。最も、獣の神に一角の魔獣、森で鍛えた野生児と、いずれも規格外の疲れ知らずである。サイゼラ村からスポア村までは10日で到着した。しかしここからは「普通の」女性を伴っての旅路である。きっちり30日か、あるいはそれ以上かかるだろう。


「はぁ…あなたたち、私がいるんだから少しは遠慮したらどう?」

 馬上からリーンがため息をつく。ゾーヤの背は彼女に譲り、カイルは徒歩だ。どうやら彼女は、カイルとセシエルの昨晩の様子を咎めているらしい。

 セシエルは半人半獣のような巨躯を横たえ丸くなって眠る。その大蛇のような長大な尾でカイルを抱き寄せ、寄り添って眠る。カイルはその身をすっかり包まれ、神がましい胸に顔を埋めて眠る。サイゼラ村を出てから毎夜、そのようにして眠る。

 これが人間の男女であれば、睦事の一つでもあるだろう。だが人と神とではやはり理が違うらしく、こうして寄り添って眠るだけで不思議と癒された。

 しかしリーンから見ればそんないつもの光景など知ったことではない。

「特にあの尻尾で抱き寄せる所作がもう…いやらしい!」

 ゾーヤの上で大興奮している。

「なんだ魔女、お前も私に抱かれて眠りたければそうするがいい」

「結構です!」


 学術都市と言うくらいなのだから、頭のいい人間が沢山いるのだろうなとカイルは思った。

 元々エンソは、「辺境の入口」と呼ばれる小村に過ぎなかった。そこへ、都市部から研究者や学者の一団が流れて来たことが、全ての始まりだ。もう100年以上も昔の話である。今も昔も研究者というものは、一つ事に没頭するあまり風変わりな人間が多い。知らぬ者から見れば奇人変人の類いだ。だから彼らは、当時の人の世の理から弾き出された。迫害され、逃げ延びて来たのだ。

 あるいは彼らにとり、それは幸運なことだったかも知れない。エンソはその立地的に、都市とも通じ辺境とも通じ、森とも通じ海とも通じていた。彼らはその地で、それまでと変わらず各々の研究に没頭し、時には村人らの暮らしを助け、今日の目覚ましい発展の礎を築いたのだった。

 今でこそ交易で栄えているスポア村も当時は辺境と呼ばれていたし、サイゼラ村に至っては今も昔も知る人さえ少ない立派な辺境である。


「やれやれ、それではその学術都市とやらには、魔女のような人間が多く暮らしているのか…」

 わざとらしくため息をついて見せたのはセシエルだ。

 人知を超えた不可思議な存在である獣の神と、科学を探求するリーン。一見すると相反するような二人だが、不思議と相性はいいようだ。


 野宿続きの長い道中ではあったが、リーンの口だけは疲れ知らずだった。彼女はカイルとセシエルについて、一から十まで聞き出そうと試みた。セシエルは、答えられる質問には答え、答えられない質問には答えなかった。カイルはその半生をほとんど丸裸にされてしまったようだ。

 それと同じくらいに、リーンは自身の身の上も大いに語った。

 エンソ直営の中央図書館で専門的文献管理責任者…いわゆる司書として働く父親の影響で、幼い頃から多様な研究資料に囲まれて育ったリーン・コーラルが、森羅万象の理に興味を持つようになったのはだから、自然なことだった。学術都市内の資料だけでは飽き足らず、二十歳になると彼女はすぐに自らの足で見聞を広げるべく当てのない旅に出た。

 女性の一人旅は危険を伴うが、背中を押してくれたのは他でもない父親だ。「お前ほど物の理を理解していれば大概の問題は解決できるだろう」と言って送り出してくれた。もちろん、護身用に、ひと塗りすればたちまち相手を死に至らしめる猛毒や、徒党を組んだ敵を瞬滅できる爆薬の精製方を伝えることも忘れなかったが。

 スポア村での騒動を思い出して、カイルは何か言おうとしたがやめておいた。


「でもやっぱり、一番重宝してるのはこれかな」

 そう言って取り出して見せたのは、例の万能調味料が入った小瓶だ。しっかりと頭を働かせ物事を見極めるには、旨い飯を食って気力を充実させておかなければならないというのが、リーンの父親の考え方だ。あの焼き魚の味を思い出しながら、カイルもこれには大いに賛同した。


 学術都市として名を馳せ、大陸中の各都市からも一目置かれるエンソには、未だに各地から多くの知識人たちが集まって来る。学問や研究というものは、カイルが考える以上に多岐にわたり細分化されている。

 カイルは、10年前にサイゼラ村で起きた魔獣の大襲撃に、何か原因があったのではないかと考えた。実を言うとリーンには、「10年前」という符号に思い当たることがあった。しかしそれは仮説に過ぎず、答えを導き出すには知識不足だった。エンソになら、その仮説を裏付ける記録や、あるいは手がかりとなる何かがあるのではないかと考え、カイルを招待したのだ。


 エンソまでの道程は全くの平穏無事であった。そう言えばカイルがセシエルと連れ立ってサイゼラ村を出てからというもの、これといった危機や困難は訪れていない。強いて言うなら、カイルが自ら妖魔の海に足を踏み入れたことくらいだろうか。獣の神の前では、災厄さえ避けていくように思えた。

 しかし、それはあくまで、人の世の埒外での話だ。


「血の匂いがするな…」


 エンソまで残り数日といったところだろうか。不意にセシエルが鼻を鳴らした。カイルも行く先に感じる不穏な気配を察知した。

「少し様子を見て来る」

 言うが早いか少年は、事も無げに駆け出して行く。一体彼には、警戒心や恐怖といった感情はないのだろうかとリーンは唖然としたが、一刻も早い状況把握が肝要であるとカイルは直感的に理解していた。


 街道を塞ぐようにして、一台の荷馬車と、それを取り囲むいくたりかの男たちがいる。ずいぶんと豪勢な作りの馬車だ。男たちの風体はひどく悪い。おそらくは野盗だろう。

 不意に、ならず者の一人がその場にくずおれた。斬られたのだ。

 そこには、たった一人で野盗と対峙する剣士の姿があった。

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