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神を娶らば  作者: キャン
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第16話 理

 翌朝、カイルはセシエル、ゾーヤと共にスポア村を出た。

 村長らには大いに引き留められたが、カイルとしては父の生きた証しが得られただけで充分だ。急ぐ旅ではないが世界はまだまだ広い。翼を持った伴侶が一飛びで巡るその広大な世界を、一つでも多く共有したかった。

 スポア村長は旅の助けにといくらかの保存食を持たせてくれた。今後必要になるかも知れないと幾ばくかの金子も用立ててくれたが、父の魂に盃を捧げてくれただけで充分報われたと、これは固辞した。


「お帰りの際にもぜひ立ち寄って下さいね?銀龍魚の美味しい食べ方を研究しておきますわ」とは、メグ・スポアの言だ。

 入手さえ困難な幻の魚を研究するなど易しいことではないだろうが、この娘ならやるかも知れないなと、カイルは思わず笑った。


 カイルたちは今度は西の海に沿って北へ向かうことにした。せっかくの港町なのだから海路での旅もいいが、魔獣であるゾーヤや、ましてや獣の神を乗せてくれる船はさすがにないだろう。

「おーい、待ってよ!」

 出立してからしばらくして、一人の女性が一行を追ってやって来た。

 リーン・コーラルである。

 相変わらず奇妙な服装で、小袋やら鞄やらをじゃらじゃらと下げて走ってきたものだから、すっかり息が上がっている。

「私も…一緒に…連れて行ってよ…」

 魔獣と、獣の神と、そしてある意味人の埒外にある少年である。彼らに随行する限り平穏な旅路など望むべくもないが、それでもリーンは付いて行きたがった。

 スポア村での顛末を見る限り、彼女は博学だ。毒や薬にも詳しい。野を行き山を行く旅ではきっと役に立つだろう。

 そして何より、彼女の心根は大変に気持ちよく、存外強かなそれはおそらく、己が依って立つべきものが明確な人間の持つ強さだ。

 急ぐ旅でもなければ目的地のある旅でもない。カイルはリーンを一行に迎え入れることにした。


 そう言えば彼女は、スポア村で「科学」と口にしていた。それは一体どのようなものなのか、カイルは尋ねた。

 彼女が言うには、獣には獣の理があるように、人には人の理があるように、あらゆる生物、あるいはあらゆる現象にはそれぞれの理があり、それらの一つ一つを解明していく学問が、科学であるとのことだった。


「森羅万象を解き明かそうとは、まるで神にでもなったような振る舞いだな」


 まるで不遜を咎めるような神の発言も、リーンは全く意に介さず続けた。


「例えばあのポルムの毒に当たって、助かる人と助からない人がいる。なぜなのかと疑問を持ったらまずは良く観察するの。そして考えるの。ポルムの毒はどういったもので、人体のどこにどのように作用してどんな影響を及ぼすのか。そして何をどのように用いれば解毒することができるのか…。試行錯誤を繰り返し、ようやく辿り着いた答えを多くの人と共有し、知識として蓄えていく。それで救われる命もあるわ」


 聞いているだけで気の遠くなるような話だ。ポルム一匹でこの手間隙である。本当に森羅万象を解き明かそうと思ったら、一体命がいくつ必要だろうか。


「私一人で成し遂げるのじゃないわ。私の父や母、そのまた父や母、遥か昔の人々が少しずつ蓄え紡いできた知識を武器に、私たちは考える。そうして私たちが得た新たな発見や、ううん、それより小さな手がかりでも、これから先の未来の人々に受け継がれていく。そんな風にして科学を繋いでいけば、いつの日か本当に神様を超えることができるかもね」


 リーンはまるで先ほどの意趣返しでもするかのように、セシエルを見て笑った。セシエルもまた、面白そうに笑っている。

 思えば森の暮らしもそうだった。森で生きるための知恵は、親から子へ脈々と受け継がれていた。

 どうすれば作物は育つのか。獣の肉を保存するにはどのような処理をすれば良いか。発熱を伴う病にはどの薬草を処方すべきか。そして、森をどこまで侵せば魔獣の逆鱗に触れるか…。

 カイルにしてもそうだ。彼はたった一人で森の奥深くまで足を踏み入れ、森の理をその身でもって学んできた。それは命を賭した危険な学びであったから、得られる経験も大きい。科学との違いは、理を知ってもその理由や仕組みに思いを馳せなかったことだ。もしもこの経験を知識として体系立て、万人に伝えることができたなら、人と森の関係は大きく変わるかも知れない。

 最も、知識だけで不用意にミルボの森を侵せば、相応の報いを受けることになるだろうが。


 日が傾き、一行は開けた場所で火を起こし夜営の準備をした。リーンが加わることで進行速度は半分に落ちたが、特に問題でもない。

 カイルはその辺に落ちていた手頃な木の枝を手にすると、先端を小刀で削って尖らせ、徐に海に飛び込んだかと思うと瞬く間に数尾の魚を突いて戻って来た。西の海は「妖魔の海」とまで呼ばれた南側とはうって変わって穏やかだ。

「呆れた…。漁師だってそんな捕り方しないわよ…」

 リーン・コーラルのため息も少年にはどこ吹く風だ。


「セシエル、どうだろう?」

「ふむ、毒の匂いはない。どれも食える」


 少年は早速、捕って来たばかりの魚を枝に刺し、そのまま火にかけた。判断基準は単純明快、「食えるか食えないか」である。

「そんなあなたたちに朗報よ!」

 名も知れぬ焼き魚を前にして、リーンは腰袋から何やら小瓶を取り出した。

「これは私のお父さんが作った万能調味料。魚でも肉でも野菜でも、一振りすれば格段に旨味が増すという優れものよ!」

 サイゼラ村にも塩やちょっとした香辛料はあったが、それとは違うのだろうか?半信半疑ながらも、目の前で美味しそうに魚にかぶりつくリーンの姿に好奇心が刺激され、万能調味料とやらを拝借してみる。


「これは…!旨いな…!」


 単純な塩辛さではなく、鼻に抜けるような強烈な刺激でもなく、まさに「旨味」を濃縮したような味わいだ。これさえあれば、目の前の野草でさえご馳走になるのではないかと思えた。獣の神も一齧りしたが特に何も言わなかった。

 リーンによるとこれも科学なのだと言う。人がなぜ「旨い」と感じるのか。食材のどのような成分が人体にどのように作用して「旨い」と感じさせるのか。研究を重ね作り上げたコーラル家秘伝の調味料だ。


「…10年前のことも、調べれば理由が分かるだろうか…」


 手に持った焼き魚を眺めながら、カイルはふと呟いた。10年前のことと言えばもちろん、サイゼラ村に甚大な被害をもたらした魔獣の大襲撃のことだ。

 起きてしまった事実は覆らない。死んだ人間も戻らない。だが、あの出来事になんらかの理由があるのなら、原因があるのなら、それを突き止めることで後の世に何かを遺すことができるのではないか。そんな風に思えたのだ。

 セシエルは黙して語らず、焼き魚をもう一口食った。


「…行ってみる?私の故郷へ」

 しばらく考え込んだ様子のリーンが、「あの街でなら誰かが何か知っているかも」と口を開く。


「リーンの故郷?」

「そう、学術都市エンソよ」


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