第14話 スポア村の魔女
「魔女だ!」
スポア村に足を踏み入れたとたん、そんな声が耳に飛び込んできた。
かつて父が行商で訪れた村ではあるが、カイルはそう長居するつもりはなかった。ただ父と同じものを見、同じ空気に触れたかったのだ。セシエルとゾーヤには、ミルボの西端あたりで待ってもらっている。
"魔女"とやらに興味を惹かれ、カイルは声の聞こえた人だかりへと歩を進めた。喧騒の中心には、不思議な服装をした一人の女性がいた。年の頃はカイルより少し上にも見えるがよく分からない。女性も群衆に負けじと、何やら早口でまくし立てているが、何を言っているのかもよく分からない。
見物人の一人に事の経緯を尋ねてみると、こういうことだった。
スポア村の村長の娘が、急な腹痛と発熱に襲われた。村長に長年仕える専属の薬師にも原因がつかめず、娘の容態は悪化していった。そこに現れたのが件の女性である。女性は不思議な薬湯を娘に飲ませ、十分な水分を取らせるよう言い置いて去って行った。ほどなくして、娘は厠に駆け込んだかと思うと、急激に回復していった。
面白くないのは村の薬師である。薬師は、女性が用いたのは妖の技であり、あれは魔女に相違ない、このまま見逃せば後々娘にどのような障害が表れるか分からないと喚き立てた。
スポアは商いの村であったが、意外なほどに信心深い。また、長年村長に仕えてきた薬師の言は、軽くは扱われなかった。
話を聞いたカイルは少々あきれたが、このままでは私刑でも始まりかねない雰囲気だ。人だかりをするりするりとかき分けて、女性の前に悠然と立つ。人々の目には、カイルが突然現れたかのように見えた。眼前の女性も、奇妙な空気を纏う少年を、ぽかんとしながら見つめている。
「あなたは魔女なのか?」
何の遠慮もなく、カイルは聞いた。
「…ま、魔女じゃなくて科学だって言ってるでしょ!」
戸惑いながらも女性はきっぱりと否定する。"科学"が何なのか、カイルには分からなかった。
「うん、そうか、それは残念。どんな存在なのか興味があったのに」
女性は少しむっとしたように見えたが、カイルは群衆に向き直ると腹に力を込めた。
「魔女ではないそうだ!」
村の隅々にまで行き渡るような、よく通る声だ。
しばし沈黙に支配されていた人だかりの中から、反論の声が上がった。
「う…嘘だ!そいつも魔女の仲間に違いない!」
声を上げたその男が、あるいは例の薬師かも知れないと思ったが、確かめる前に疑惑の炎が再び燃え上がってしまった。人々は口々に、魔女だ、魔術だ、凶兆だと喚いている。
「参ったな…」
カイルは誰に言うともなく呟き、頭をかいた。これほどの敵意の渦中にあってしかし、少年はひどく泰然自若としている。野次馬のことごとくを殴り倒し村を去ることは簡単だが、それはあまり冴えたやり方ではないと、カイルにも理解できた。
人々の怒号がいよいよはち切れんばかりになった頃、不意に村を巨影が覆った。
「さっきから見ていれば…。お前は一体何をしているのだ、カイル」
爆風を巻き起こしながら、一柱の神が降り立った。
「待っていてくれと言ったじゃないか、セシエル」
人々は今度こそ言葉を失った。その姿はまさしく異形。疑いようもない人外。それでいて、魂の底から湧き出る恐怖と畏敬は、その異形がより高位の存在であると確信させた。
「支え合い、助け合うのが人のつがいであろう?夫の窮地を救いに来た良妻に、かけるべき言葉は他にあるのではないか?」
もはや魔女の仲間どころの話ではない。少年は、この異形の化物の夫であると言うのだ。人々の心は既に、魔女と呼ばれた女性へ関心を払う余裕を失っている。
「魔女よ、あの娘は毒魚の肝を食ったのだな?」
魔女と呼ばれたことに気付きもせず、女性は目を剥いて獣の神を見つめた。
「分かるの!?」
「馴染みのある匂いだ」
何が何やら分からないカイルだったが、いずれにせよ事態は、神と、少し遅れてやって来たスポア村の村長によって、収束していった。




