第10話 決闘
「本気で来い。本気でだ」
レイ・グラントはいつになく真剣な面持ちだ。それは、村の会合でカイルが弁舌をふるい、村長から全村に向けて見解が示された翌朝のことである。
会合での決定を大いに不満に思う者が二人あった。フュリー・サイゼラとレイ・グラントである。
フュリーは、いくたりかの大人の中でカイルの意思が云々されること自体、ひどくいびつなことに思えた。カイルという男が、辺境の小村において得難い人材であったとしてもだ。カイルの行く末はカイル自身の意思と覚悟でもって決定されるべきだし、何より、カイルを翻意させることができるのは自分かレイだけだと思っていた。父フューザックのことは尊敬しているが、今回の決定に関しては、後々まで恨み言を言ってやろうと思った。
そしてレイである。
これまで執拗に自警団へ勧誘するも、ついぞ首を縦に振らなかった男が、それどころか村を出ると言い出したのだ。誰に何の相談もなく、である。
癪なのはそれだけではない。カイルと共に森の調査へ同行したレイは、神と戦うカイルの本気をまざまざと見せられた。いつかカイルを打ち負かそうと、必死に追いすがってきたこれまでは一体何だったのか。様々な記憶が脳裏をよぎる時、レイの胸中に抑えがたい憤りがふつふつと沸いてくるのだった。
その憤りが果たしてどこへ向かっているのか、レイには判然とはしなかったが、せめて、カイルの本気を体に刻み付けねば、唯一無二の友と目線を同じくすることさえできないのではないか、そんな想いにかられて、今日も戦いを挑んだのだ。
それは、見慣れたいつもの光景だった。しかしいつもとは全く異質なものだった。
獣の神は村長宅の屋根に寝そべって、見るともなく二人を見ている。少し離れた所で、ガイ・グラントも見守っている。
ひりついた空気を、カイルも感じていた。言葉は不得手だが、友の懊悩はひどく明瞭に伝わってくる。
「ならば剣を取れ。俺は無手でいく。そうでなければ、俺の本気は伝わらない」
レイは激昂した。だがカイルの言は最もだ。そのことはレイも、歯がゆいほどに理解している。
レイは、脇に立て掛けておいた愛用の剣を手に取った。
野獣のような咆哮とともにカイルとの間合いを一気に詰める。
見事な踏み込みだ。
勢いをそのままに、ほとんど垂直に近い軌道で剣を降り下ろす。
ガイは目を見張った。普通、激情に飲まれれば太刀筋は乱れる。ところがこの斬撃はどうだ。息子には数え切れないほど稽古をつけてきた。その無数の記憶と比較しても、今の一振りは最も鋭く、そして最も美しい。激情を力に変えて、過たず刃に乗せることができるとすればそれは、全く稀有な才能だ。
ガイは息子が自分を超えたことを悟った。
だが、実際のところはそれだけではない。レイは怒りに身を任せて斬りかかったわけではないのだ。
旅立つ友へ、この全力を刻み付けたいという切望と、友の全力を、己が身に刻み付ける覚悟とを込めた、それは魂の一閃だった。
カイルの処し方はやはりでたらめだった。
およそ人の目では捉えきれないほどの鋭い一閃を、わずかな体捌きでかわすと、まだ振り切っていない刀身の腹に、右の拳をぶち当てた。
ほとんど予備動作もなしに、一体どうしてこれほどの力を帯びるのか。
レイの愛剣は真っ二つに折れ飛んだ。
体勢を崩しながらもなんとか踏みとどまったレイではあるが、カイルはさらにまさかと思うような行動に出る。
残った刀身を左手でむんずと掴むと、レイもろともにひとしきり振り回し、そして中空へと放り投げた。
仰天しながらもレイは考えた。
この覚束ない体勢では、身体のいずれかを地面に打ち付けることになるだろうが、致命の傷には至らない。すぐさま立て直し反撃に移ることができる、と。
果たして反撃は叶わなかった。
宙を舞うレイが瞬きをする間に、カイルが眼前に迫っている。
信じ難い光景だ。
鬼人のような気迫とともに、掌をレイの胸の辺りに打ち付ける。
魔槍で心の臓を貫かれたかのような衝撃が走った。
背中から地面に落下したレイは、しばらく息をすることも叶わなかった。
呆然とするレイを引き起こしながら、カイルは耳元で囁いた。
「フュリーを頼む」
レイは思い付く限りの悪口雑言を浴びせてやろうと思ったが、声が出なかった。




