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神を娶らば  作者: キャン
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第9話 説得

 再び緊急の会合が召集された。

 半死半生のカイルが獣の神を引き連れて村に戻ったのが二日前のことだ。二日間、カイルは眠り続けた。ようやく目覚めたかと思えば、獣の神ーセシエルと共に旅に出ると言い出した。辺境の小さな村にあっては、若い働き手は貴重だ。ましてやカイルは、他に及ぶ者もない実力の持ち主であり、魔獣の脅威から村を守るにあたって欠かすことのできない戦力だ。

 フューザック・サイゼラ村長やガイ・グラントは、その真意を確かめるべく、こうして会合の場にカイルを呼び出したのだ。


 まずは村長が問うた。

「カイル、お前はあの獣の神に求婚したと聞いたが、それは本当か?」

「本当だ」とカイルは答えた。

 続けて村長が問うた。

「それはどういうことか。何か意図があってのことなのか?」

 カイルは明瞭に答えた。

「俺はセシエルに惚れた。命懸けで惚れた。再び会える日を10年間待った。だから、嫁に請うのは当然だ」

 他意はない、と村長は理解した。

 別の大人が続けて聞いた。

「あれが真に獣の神であるならば、カイル、お前から両親を奪った魔獣どもの親玉だぞ。憎みこそすれ惚れるとは一体どういう了見なのか」

 最もな疑問だった。カイルは、少し考えながら答えた。

「うん、それは俺もずっと考えていた。10年間毎日森に入りながら、考えていた。そうして考えてみるとやはり、10年前のあれは異常だった。獣には獣の縄張りがあり、獣には獣の理がある。彼らは余程のことがない限り、ミルボを出ない。時々村を襲う個体は、森から迷い出てしまった若い個体か、彼らの理からはじかれてしまった飢えた個体だ。森を出たくて出たわけじゃない。それから、森を歩いて気付いたんだ。森の全てを見たわけではないけれど、北へ行くほどに森は荒れている。今ではほんのわずかな変化に過ぎないけど、ミルボを北の果てから見れば、もっとずっと荒れているんじゃないかな。だから俺はこう考えている。10年前、ミルボの北で何かとても大きな良くないことが起きたのじゃあないかと。それは、獣たちの理を大きくねじ曲げるほどの出来事で、北から押し出されるようにして、魔獣たちはこの村に殺到したのじゃあないかと。俺から父と母を奪った魔獣は憎いさ。だけれども、ただそのように生まれ、ただ今日を生きる魔獣は憎めない」


 カイルの口がこれほど多くの言葉を紡いだのは10年ぶりのことだ。寡黙というわけではないが口下手な、自分の意思を伝えることがあまり上手ではない男だった。そんなカイルの言葉には、彼しか知り得なかった情報があった。

 森の北が荒廃しているなど確かめようもないし、広大なミルボに北の果てがあるなど、ほとんどの人間は考えもしない。フューザック・サイゼラは、娘フュリーも同席させるべきだったと、少し悔やんだ。


 また別の大人が口を開いた。

「しかし、10年前の魔獣の襲撃は、獣の神がけしかけたとの噂もあったぞ。カイルは真相を問い質したか?」

 疑問は理解できるが、いささか配慮に欠く発言だった。

「うん、その噂を耳にしたことがあるし、セシエルにはもしかするとそんな力があるのかも知れない。けれど俺は、それを聞いていないし、聞くつもりもない。確かに魔獣はセシエルを恐れる。それは、そのように生まれたからだ。セシエルも獣の神として君臨し、彼らを慈しむ。それも、そのように生まれたからだ。獣たちは我々人間よりもはるかに、そのように生まれた理に縛られて生きる。ましてや獣の神が、無闇に理を歪め、獣たちを危険にさらすような真似をするわけがない」

 得心しかねる大人たちの表情を知ってか知らずか、カイルは一呼吸置いてこう続けた。

「俺の知る限りでは一度だけ、セシエルがほんの少しだけ、森の理を歪めたことがある。獣たちの領域に立ち入り、彼らに食われるほかなかった人間の子供を、助けたことだ」


 大人たちはひとまず、神の所業を疑うことはやめた。

 もう一度、村長が口を開いた。

「カイル、お前の覚悟のほどはよく分かった。しかしお前は、この村に必要な人間だ。獣の神と共にこの地に留まり、我々の心を安じてはくれないか?」

 いくたりかの村人は、村長の言い様に少し驚いた。カイルは誠意を持って答えた。

「セシエルは獣の神だ。だから、大陸中の森々を飛び回っている。人の村に居付くことは叶わない。だから俺もついて行く。この村なら大丈夫だ。ガイもいるしレイもいる。二人を慕って、もっと若い連中も育っている。何より、レイは強い。レイがいれば、魔獣の一匹や二匹、どうということはない。だから、俺がいなくても大丈夫だ」

 これにもやはり、多くの大人たちは得心しかねたが、カイルの決心は固いようだ。村長は小さく溜め息をつき、最後に自警団長、ガイ・グラントに意見を求めた。


 ガイはこの場を、いささか快く思っていなかった。まるでカイルを詰問しているようだったからだ。

 ガイは一つだけ尋ねた。

「…カイル、我々を恨んでいるか?」

 一同はぎょっとした。

 10年前、一人で魔獣の森へと向かった幼いカイルを、ガイは探さなかった。その判断が誤りであったとは思わない。今再び同じ状況になったなら、ガイはやはり同じ決断を下すだろう。魔獣の襲撃が衰えぬ中、村を守ることさえ覚束ない状況で、貴重な戦力を森へ差し向けることは、村を守る責任者としてできなかった。

 しかし、そうだとしても、その事実はガイの心にしこりとなって残り続けていた。カイルは息子レイの親友であり、お互いに家族ぐるみの付き合いがあった。だから、カイルの両親が命を落としたことは、ガイやレイにとっても大きな悲しみだったし、残されたカイルはなんとしても守ってやりたかった。そんな思いを圧し殺しての決断だった。

 夫ガイの決断に、妻のイレースは口を差し挟まなかった。臓の腑をねじ切られるような苦渋の決断であると知っていたからだ。カイルが生きて戻った時、誰よりも懸命に看病したのがイレースだった。それはまるで、自らの命を分け与えるかのような献身で、カイルより先に、彼女の命が尽きてしまわないかと、ガイは内心気が気ではなかった。

 カイルは、ガイの言わんとすることを理解していた。少年は、不器用な笑顔でこう答えた。


「感謝しかない」

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