⑧ 伯爵と雪子
フルカネルリ卿の正体については、その後速やかに、腕のデバイスの通信を使って、他のメンバーにも伝えられた。敢えて個々には記さないが、みんなの反応は、様々だった。
中でも雪子の反応は、あまり良くないモノだった。
以後、彼女はますます、爬虫類族に対する不信感を、つのらせることになってしまったのである。
「よくもまあ、そんな嘘つきを、このサロンに、野放しにする気になったわねえ?」
1994年4月10日の日曜日。時刻は9時半頃。
雪子は伯爵に詰め寄っていた。
今日は、バーカウンター内の由理子と鷹志以外、他には誰も居ない。
「まあ、前々から怪しいとは思ってましたが、弓子さんや由理子さんから、女王の敵意や悪意や殺意の報告を、一度も受けていませんでしたからね。だから彼女が、自分のタイミングで告白する事を、ずっと待っていました。」
伯爵が、自らの見解を述べた。
「もっとも、正直に言うと、最悪、告白が無くても構わないとさえ、思ってましたよ。」
彼はそう言って、ニヤリと笑った。
「へえ、そうなの。あのトカゲ女に、随分とまた、お優しいのね?」
「それに……爬虫類族の姿で居ると、何となく信用出来ないというのは、やはり我々自身の、ルッキズムというか、偏見によるところでは有りませんか?貴女特有のトラウマについては、大いに同情しますけど。」
「まあね。アレが無かったら、まだマシかもね。」
彼女はまた、かつての苦い体験を思い出していた。
「あの時、あの現場に、雪村が駆け付けて来てくれなかったら、私、本当に死んでいたかもしれないんだもの……。」
そのまま暫く考え込んでいた雪子だったが、急に立ち上がると、サン・ジェルマンにピッタリ近づいて、耳元でこう囁いた。
「ねえ伯爵、埋め合わせに、今から私の調査に付き合ってよ。今日は京子さんも居ないみたいだし……たまにはイイでしょう?私の心のケアをしてちょうだい!」
「仕方がないですねえ。今回だけ、特別ですよ?それと誤解の無いように、後でちゃんと、京子さんに説明して下さいよ?彼女、焼きもち焼きなんですから。」
「うん、うん。する、する。そうと決まったら、早速、駐車場へ行きましょう。」
「ああ、鷹志君と由理子さん、フロアの事は頼みますね?」
「はーい!」由理子が代表でイイお返事をした。
そんな流れで、二人は地下駐車場のシルバーのビートルに乗り込んだ。
運転席に雪子、助手席に伯爵が座った。雪子がふと、後ろに目をやると、そこには何故かメジェドが座っていた。




