㉖ 成雪とカグヤ
それは1995年4月22日。土曜日の朝の事だった。
"照和"の時間軸の、真田研究所の自室でくつろいでいたカグヤ・イシュタルは、パートナーの成雪から、またちょっとしたお願いを聞かされていた。
「ねえ、カグヤぁ。」ソファーに座る彼女に肩を寄せながら、いい年をした青年に似合わない、甘え声を出す成雪。それは仕方がない事なのだ。真田雪村のクローンとして生まれた彼の、見た目は大人。でも中身はまだまだ少年なのだから。
「なあに?私の成雪。」カグヤもそれを良しとしている。
「日本の歴史を調べていたら、最近また、気になるモノを見つけたんだ。でもそれ、海の中なんだよねえ。伯爵に頼んで、乗り物を借りられないかなあ。」
「そうね。それだと、ポータブルタイムマシンじゃ無理ですものね……じゃあ早速、雪子さんを通じて頼んでみるわ。」
連絡はすぐに取れ、めでたく村田京子の黄色いビートルを、借してもらえる事になった。まずサン・ジェルマン伯爵が、黒いビートルで二人を迎えに来て、"昭和"の世界線に入り、その後、地下駐車場で黄色いビートルに乗り換える。いささか面倒な手順だが、雪村のパートナーの弓子の精神衛生上、仕方がないのである。クローン元の雪村とクローンの成雪は、住む世界を分けるという約束を、二人はまだ守っていた。
成雪が当然のように運転席、カグヤは助手席に乗り込む。
「あら?そう言えば貴方、いつの間にクルマの免許を取ったのかしら?」
ふと思い出したように、カグヤが尋ねる。
「免許?何ですかそれ?」真顔で答える成雪。
「ええっ!?無免許なの?」
「タイムマシンに免許が必要なんですか?だったらみんな無免許運転ですね。」
「いや、コレ、ほら、見た目は一応クルマだから……。」
「異世界出身のカグヤが、そんな事を気にするなんて、意外だなあ。」
彼は笑顔でクルマを地下駐車場から出した。
どうやらこのモンダイをスルーするつもりらしい。
(ああ、ケイサツに見つかりませんように。)
カグヤは取り敢えず祈っておいた。
成雪はすぐに光学迷彩を使用して、クルマを垂直上昇させた。
そして彼は、名護屋テレビ塔の前でホバリングしながら、センターコンソールパネルに、以下のような目的地の座標を入力した。
西暦1958年2月13日
時刻19時00分
南緯70度00分
東経37度30分
その座標を見て、カグヤは思った。
(ずいぶん南の方ねえ?……ていうかコレ、ほとんど南極なんじゃないの?)
「じゃあ、出発しまあす!」
成雪はそう言って、時空転移装置のスイッチを入れたのである。




