㉓ チュパカブラ
現場に到着すると、由理子は赤いビートルを地上に降ろし、光学迷彩を解除した。ここは常夏の国、プエルトリコだ。窓を下げると、気温は30度に届くほど暑い。しかし、海風が吹いているせいで、不快ではなかった。
それに中南米では、ワーゲンビートルは、さして珍しいクルマではない。だから目立つ心配は無く、その点、いつもよりは気楽だ。舗装されていない道で、少しクルマを移動させると、村人たちが集まって、何やら騒いでいる場面に遭遇した。
クルマの中に居ながら、由理子と京子は、集音マイクと腕のデバイスを使って、同時翻訳機能を駆使して、ソレに聞き耳を立てる。
どうやら昨晩、謎の生き物が現れて、家畜を襲ったらしい。村人の一人が、そんな事を、真剣な顔で訴えていた。二足歩行で行動し、家畜の血を吸うバケモノ。彼等はソレを、チュパカブラ(ヤギの血の吸う者)と呼んでいた。
「やっぱり、今夜、見張るのよね?」と京子。
「ええ、お姉様。付き合って下さる?」と由理子。
「もちろんよ!ワクワクするじゃない?」
「良かったあ。じゃあ早速、適当な家畜小屋近くの、潜める場所を探しましょう。」
そして二人は、村外れに、ちょうど良い場所を見つけた。近くのレストランで、夕食にピリ辛ソースの効いたモフォンゴをいただいた後、そこで夜の間、目標の怪物を待つ事にした。
草むらの陰にビートルを停めて、しばらく時が過ぎた。センターコンソールパネルの、デジタル時計を見ると、23時30分を過ぎたところだ。車内の二人から、前方の農家のヤギ小屋近くで、何やらゴソゴソ蠢くモノが見えた。
「来たわね?」助手席の京子が囁く。
「ええ、お姉様。行きましょう。」由理子が応じる。
二人は静かに車外に出ると、音に気を遣って、それぞれのフロントドアを閉じた。
忍び足で慎重に近づいて行くと、農家の柵の前に居る、ターゲットの姿が見えて来た。
ソレは、子どものカンガルー程のサイズの生き物だった……いや実際、カンガルーのポーズで、その場に二足で、しゃがみ込んで居た。
大きめの頭部に、よく目立つ赤黒い瞳。口元はカエルのようだ。皮膚には、毛が生えていないように見える。そして背中には、一列に並んだトゲが有る。ひょっとして、爬虫類の一種なのだろうか?
などと京子が考えていると、そいつが急に動いた。
予備動作も無しに、苦も無く柵を跳び越える。
しかも、着地が静かだ……どうやら、クッションの効いた肉球の持主らしい。




