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記憶というのは奇妙なものだった。
あるとき突然、断片が浮かぶ。
朝の食事の途中で、パンを手にしたまま、しばらく止まってしまうことがあった。パンのにおいがした。焼いたばかりの、小麦のにおい。
そのにおいを嗅いだとき、暖かい場所に大きな机があって、自分の向かいに誰かが座っていて、その人間がパンを乱暴に引きちぎって食べている、という情景が、一瞬だけ見えた。
顔はわからなかった。手だけが見えた。大きくて、指が長くて、関節が少し赤い。
その手を、アルノは知っていると思った。
兄様だ、と思った。しかし確信はなかった。
「何か思い出したのか」
向かいでルーカスが聞いた。アルノが目覚めてから朝食を一緒に取ることが多くなっていた。
「手が、見えました」
「手」
「大きな手。パンを乱暴に食べている」
ルーカスは少し考えてから言った。「テオドールは食事の作法があまりよくなかった」
「貴族なのに」
「お前が何度も注意していた。兄様、パンはそうやって食べるものではありません、と」
「僕が注意して、それで」
「無視されていた。完全に」
アルノはパンを口に入れた。ゆっくりと嚙んだ。
「それはちょっと、腹が立ちますね」
「お前はいつも少し腹を立てながら、それでも笑っていた」
アルノはテーブルの木目を見た。
「うまく想像できない」と言った。「自分のことなのに」
「そういうものだろう」とルーカスは言った。「自分のことは、なかなか想像できない」




