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戦いは短かった。
想定より小さな個体ばかりで、討伐にはそれほど手間取らなかった。ルーカスは騎士たちに後始末をして帰還するように指示を出した。
アルノの体は、思っていた以上に動いた。
指示を出す前に手足が動いて、ルーカスの動きに合わせていた。言葉は要らなかった。
終わった後、アルノは剣を鞘に収めて、近くの木の幹に手をついた。
息が乱れていた。戦闘のせいではなかった。
「アルノ」
ルーカスが近づいてきた。
「怪我か」
「いいえ」
答えたが、うまく声が出なかった。
胸が締まっていた。あの感覚だった。子供の頃から知っているあの感覚。
泣いてはいなかった。しかし体が、泣こうとしていた。
「アルノ」
ルーカスがもう一度呼んだ。声が近かった。
「記憶が戻ったのか」
アルノは幹から手を離して、ルーカスを見た。
「稽古場が......見えました。兄様と」
「そうか」
「泣いていました、僕は。転んで、泣いて。僕は泣くのが下手だったから、しゃくり上げると息ができなくなった」
ルーカスは何も言わなかった。
「兄様が」とアルノは言った。声が少し変になった。
「抱きしめてくれていた。そうすると、落ち着いて息ができた。それを......そのことを思い出しました」
森の木々が風に揺れた。葉擦れの音がした。
「今も」とルーカスはゆっくりと言った。
「息が苦しいか」
アルノは答えなかった。沈黙が答えだった。
ルーカスは少し間を置いた。それから、一歩、近づいた。
「嫌なら言え」
腕が伸びて。肩に回って、引き寄せられた。
アルノは動けなかった。
広い胸だった。黒い外套が、外の冷気を帯びていた。たくましい腕がアルノの薄い背中に回った、ゆっくり、確かめるように。そして動かなくなった。
胸の締まりが、少しずつ、緩んだ。
空気が入ってきた。
息が戻ってくるにつれて、何かが帰ってきた。
堰を切ったように、ではなかった。水が地面に染み込むように、静かに。
稽古場が見えた。朝の光が差していた。木剣が重かった。転んで、泣いて、息ができなくて、それでも大きな手が抱きしめてくれた。
けれどいつからか手は来なくなった。
兄は当主になった。仕事が増えた。笑わなくなった。アルノが転んでも、泣いても、横に来ることが減った。来なかった、のではない。来られなかったのだ。
それはわかっていた。わかっていたから、泣くのをやめた。泣いても誰も助けにはこないから。苦しいだけだから。泣くこと自体を我慢するようになった。
泣きそうになったら、別のことを考えた。息が苦しくならないように。一人で耐えられるように。
それで、よかった。
よかったはずだった。
葬儀の夜。
棺の前に、アルノはひとりでいた。誰もいなかった。ルーカスが来たが、アルノは首を振った。一人でいたかった。
久しぶりに涙が出た。声を上げて泣いた。子供の頃のように。息が苦しくなった。胸が締まった。
誰かに背中を撫でてほしかった。
しかし兄はもういなかった。
もう二度と、誰かに抱きしめてもらうことはない。
それなら、こんな記憶は不要だと思った。
泣いてしまう自分ごと、手放してしまおうと思った。




