2
扉が開いたのは、部屋を一周してまた窓辺に戻ってきたときだった。
入ってきたのは、見知らぬ男だった。
先程鏡で見た自分よりもいくらか年上に見えた。二十半ばか。
背が高く、肩の幅が広かった。髪は黒く、少し癖があって、前髪が目にかかるかという長さで後ろはすっきりと短かった。
意志が強そうな眉をしていて、目の下に、うっすらとくまがあった。眠れていないのか、あるいは最初からそういう顔なのか判断できなかった。
仕立ての良さそうな、しかし飾り気のない黒いシャツを着ていて、それが男の全体的な印象をいっそう暗くしていた。
「目が覚めたのか」
男はそう言った。安堵しているのか怒っているのか、声からはよくわからなかった。
手には水差しを持っていた。
「三日眠っていた。医師も呼んで……異常はないと言われていたが」
「三日」とアルノは繰り返した。「それは……申し訳ありません」
「謝る必要はない」
男は水差しををテーブルの上に置いて、少し間を置いてからを振り返った。
アルノは男を見つめて口を開いた。
「名前を教えてもらえませんか」
「……俺の、名前か」
「あなたが誰なのか知らないので」
男の顔が一瞬、こわばった。それから、ゆっくりと息を吐いた。
「ルーカスだ」
「ルーカス」とアルノは繰り返した。「僕のことは分かりますか、ルーカスさん」
「……ああ」
ルーカスはゆっくりと頷いた。
「それと、俺のことはルーカスでいい」
「では、ルーカス。僕が誰なのか教えてください」
男——ルーカスはしばらく無言だった。
窓から光が差し込んで、埃が浮いているのが見えた。ゆっくり、静かに、光の中を漂っていた。
「アルノ。アルノ・フォン・エスターライン。エスターライン伯爵家の次男」
名前を聞いた。それが自分のものだと、確かにそうだと思った。しかし何も戻ってこなかった。水を注いでも砂が吸ってしまう、そんな感じだった。
「……確かに僕はアルノ・フォン・エスターラインだという、そんな気はします」
「気はする、か」
「他に何か言いようが?」
ルーカスは少し黙ってから、「いや」と言った。




