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春が来た。
スノードロップが散って、その後から、赤と黄色の花が咲き始めた。庭師が花壇を整えていた。東屋の蔓植物も新しい葉を出した。
アルノは毎朝、東屋に行くことを続けていた。
ある朝、石の腰掛けに手をついたとき、表面に文字が刻まれているのに気づいた。
これまで気づかなかったのが不思議だが、光の角度が変わって、初めて見えたのかもしれなかった。
文字は短かった。
“ここで待つ”
それだけだった。
アルノはその文字をしばらく指でなぞった。
石は冷たかった。誰がいつ刻んだのかわからなかった。
ただ、その三文字が、胸の重さと一直線に繋がった気がした。
昼過ぎ、ルーカスが東屋に来た。
「何を見ているんだ」
「文字です。ここに」
ルーカスが中に入ってきて、腰掛けを覗いた。
「ここで待つ、と書いてある」
「知っていましたか」
「……知っていた」
「誰が刻んだんですか」
ルーカスはしばらく黙っていた。
「テオドールだろう。ずっと昔に」
「誰を待つつもりで」
「さあ」
「本当に?」
ルーカスはアルノを見た。
「……たぶん、お前を」
アルノは文字の上に手のひらを置いた。冷たかった。
「兄様はよく待っていたんですか、ここで」
「ああ。何かあると、ここに来ていた。たいていお前が後からやってきた」
「僕が来るとわかっていたから待っていたんですか」
「わかっていたんだろう。お前は必ず来た」
アルノは手のひらを石の上に置いたまま、庭を見た。
「それは」と言った。「なんというか」
「なんというか?」
「信頼されていたんですね、僕は」
ルーカスは少し笑った。小さく、ほんの少しだけ。アルノが初めて見るルーカスの笑い方だった。
「信頼していたかどうか、テオドールはそういうことは言わない奴だったが」とルーカスは言った。「待っていたのは事実だ」




