オレリアの願い
「オレリア殿かな?」
ひとまず部屋へと通して来客用の椅子に座ってもらうことにした。
ノエルが気を利かせて一息つける飲み物を出すとオレリアはそれに少しだけ口を付けてから話し出した。
「夜分遅くに通して申し訳無いですわ。でも申し訳ないついでにもう一つ、これからする話は内密にして欲しいのでレティシア姫ともう一人……愛妾の方に退室していただいても構わないでしょうか?」
オレリアの挙動を注意深く観察するが暗殺しにきたというわけではなさそうだ。
「わ、私は愛妾では無いです」
ノエルはそう言って疑念を込めた視線をオレリアへと向けるとオレリアは、クスッと笑った。
「何もアルフォンス公を暗殺しに来たわけじゃないわ。ちょっと秘密裏にお願いしたいことがあってきただけよ。そもそも暗殺ならあなた達に顔を見られた時点で失敗しているわ」
ノエルが、どうしましょうか?と視線を向けてくる。
「ノエル、すまないがレティシアを連れて退室してくれ」
「かしこまりました。レティシア様、屋敷の周りを少し歩いて回りませんか?」
ノエルがレティシアを外へと誘う。
「お兄様がそう仰るなら、そうしますわ」
レティシアは、オレリアに一礼するとノエルと共に退室していった。
「ご迷惑をお掛けします」
すまなそうに言うとオレリアは、意を決したような顔になった。
「アルフォンス公は既に気付いているとは思うのですけれど、歓待役を勤めていたセルジュは我が国の第二皇子で私の兄にあたります」
セルジュが第二皇子であることは勿論知っていた。
だが、オレリアの兄であることは初耳だ。
だから会食の際も含みのある言い方をしていたのか……。
「セルジュ殿の妹であるとは驚きです」
「ご存知なかったのですね」
「で、その妹殿が私に何の頼みがあるのでしょうか?」
そう尋ねるとオレリア殿は俺の元までやってくると、いきなりその場で跪いて頭を下げた。
「どうか、兄セルジュを王位に就かせて欲しいのです!この身を貴方に差し出すつもりで私はお願いに参りましたの!」
隣国の王族、それもヴァロワ朝という世界でも屈指の大国の人間が俺に土下座をしてまで頼み込んでいるという事実、重く受け止めるべきか。
「とりあえず、頭をあげてください」
「いえっ、引き受けてくれるまでは上げません!」
彼女は頑として頭を上げない。
めんどくさいを通り越して何故、兄のためにそこまでするかが気になる。
「それなら質問しましょう。なぜオレリア殿は、セルジュ殿を王位につけたいのですか?」
「……私とセルジュは、第三王妃と泣きアンリ二世との間に産まれました。母である第三王妃は男爵家の出身で王宮内でも肩身の狭い思いをして来ました。後から産まれた第二王妃の子であるエドゥアールにさえも見下されて来たのです」
確か第二王妃の出身は公爵格の家柄だったはずだ。
跪いたままそう言った彼女の瞳は見えないが、きっと真剣で熱を帯びたものなのだろう。
「私は……私は……あいつらを」
オレリアは、床を涙で濡らした。
「思い知らせてやりたいのよっ!だって……だってセルジュの方が努力して来たのに、セルジュの方が性格もいいのに……セルジュの方が……っ」
そこから先は、もはや独白のようだった。
一通り思いの丈を吐露したのかしばらく無言の間があってオレリアは、
「見苦しい所を見せてしまいましたね」
と言って涙でぐしゃぐしゃなのだろう顔を手で拭った。
「どうか助力願います」
そう言ってオレリアは、いっそう深々と頭を下げる。
会食の場だけで、セルジュにそこまでの価値を見いだせたとは言い難い。
だが、そこで切り捨てていい選択肢かというとそうでも無い。
再考慮の余地はある。
アレクシア姉の陣営と敵対する第一皇子シャルルに味方する選択肢は最初から無い。
今のところはハイリスクノーリターンだ。
次に第三皇子エドゥアールに味方をした場合は内乱に勝つのは容易だがその後、公国が疲弊するローリスクローリターンの選択肢だろう。
そして新たに加わった第二皇子セルジュに味方するという選択肢。
オレリアの言を要約すれば、今まで見下されて来た人より努力家の兄を救ってくれということだ。
セルジュは現状、陣営を持たず味方がいない。
ここで俺が味方について仮にも王位継承権を得ることが叶うのなら、リターンは大きい。
なんなら多少ふっかけることも出来るだろう。
例えば後見の座を要求することでヴァロワ朝に対して政治的影響力を持つことも可能だ。
西の抑えとして使うこともできるだろう。
公国が生き残って行くために欠かせない大陸のパワーバランスの調整も多少は容易になるはずだ。
そう考えると実現のハードルは高いが魅力的な選択肢に見える。
それなら――――いっそ、セルジュに舵をきってみるか?
幸いにして俺は、エドゥアールに招かれた身だ、エドゥアール陣営の情報を掴むことは容易く影響力も無いわけじゃない。
セルジュという選択肢がダメになったら、ローリスクローリターンのエドゥアールに切り替えればいいだけの話だ。
決まったな……。
「オレリア殿の心中、察するにあまりある。このヴェルナール、微力なら助力しよう」
跪くオレリアに手を差し伸べる。
その手を恐る恐るといった風に掴んだオレリアの瞳は、先程までとは違う涙で満たされていた。
「ありがとうございます、何とお礼を言ったらいいのか……」
感極まったような声音でオレリアは言った。
「正し、確約は出来兼ねることと相応の見返りは頂く」
一瞬表情を強ばらせたオレリアだが、安堵が勝ったのか柔らかい笑みで
「はいっ!」
と頷いた。
後は、勝手に盛り上がるわけにもいかないから、セルジュの意志を確かめるだけだな。




