帰りたい
「問題は今後のことだ」
用意された部屋に戻って今後の策をノエルと練る。
ノエルは間諜達を率いるだけでなく俺の護衛を務めその上、頭も切れるというハイスペックな家臣だ。
さすがにトリスタンの自慢の娘なだけある。
「閣下としては、エドゥアール陣営に与したくは無いのでしょう?」
聞くところによれば、エドゥアールは自信家の節があるとか……。
自分の実力の限界を知らない自信家ほど怖いものは無い。
王位継承権戦争で彼を勝たせた場合、間違いなく公国は、その勢力下に組み込まれ、彼の政治的成果の材料にされるだろう。
その上、下手をすれば先の百年戦争以来対立関係にあるウェセックス連合王国や、西で国境を接するヒスパーニャ王国との戦争に付き合わされる可能性さえある。
そうなったとき断れば間違いなく潰されるだろう。
別にそれが怖いというわけじゃない。
戦争事態になれば、無論持てる限りの策をもって応戦するまでだ。
だが泥沼になるのは必須、そうなった時に深い傷を負うのは民だ。
それ故に国土を賭けての戦争という最後の外交手段の行使は避けたい。
やりようによっては相手に対してリーサルウェポンになるがそれは表裏一体で公国にとっても深い傷が残るリーサルウェポンなのだ。
「だからと言ってシャルル陣営に味方する気にもならん」
何しろ、実姉がエドゥアール陣営に加担しているからだ。
勿論、それは完全にアレクシアの意思というわけでは無いだろう。
というのも、エドゥアール陣営は主にロレーヌ川よりも北に領地を持つ貴族達で構成されている。
一方のシャルル陣営は、ロレーヌ川の南に領地を持つ貴族達の集まりだ。
アレクシア姉の領地は公国のすぐ西隣にあり、ロレーヌ川より北どころかグラン・パルリエよりも北なのだ。
周囲をエドゥアール陣営に加担する貴族に囲まれれば、陣営に加わりませんと主張するわけにもいかないだろう。
それに加えて、エルンシュタットが冬前に攻めてきた際に公国に援兵を出す許可を得るという借りをエドゥアールに作っていた。
アレクシア姉は、頭がいいが真面目で義理堅い節がある。
なおさら、エドゥアール陣営に味方しないわけには行かないという寸法だろう。
「何とか穏便に帰る手立てがあるといんだがな……」
「あ、でもお姉様の味方はしてくださいね?」
アレクシアを放って逃げるなとレティシアに釘をさされる。
「……当たり前だ」
「なんか意味ありげな間がありましたけど?」
レティシアは、察しがいいのか「当たり前だ」という言葉を俺が言うまでの僅かな逡巡を見抜いた。
「気にするな、考え事をしてただけだ」
そう言ってレティシアの追求から逃れる。
後ろに控えるノエルは、クスッと笑い声を漏らしていた。
本音を言えば、現在進行形で猛烈なホームシックだ。
めんどくさいことは考えるのをやめて、さっさと帰りたい。
例年なら今頃、クーヴァン城で、のんべんだらりの生活なんだが……。
「使えるかは分かりませんが、アルモリカ半島に領地を持つ貴族らがヴァロワ朝に対して異心あるという話を先日小耳に挟みました」
ノエルの言うアルモリカ半島には、かつてアルモリカ王国という小国があった。
その王国は百年戦争の折にヴァロワ朝に併合される形となった場所だ。
今では、アルモリカ王国の統治時代からある大陸でも指折りの商会であるレンヌ商会の拠点があることで知られている。
「使えそうな話だな。だが、ただ揺さぶりをかけるだけで使い潰して閉まっては勿体ない」
使い時を誤らず効果を最大限に発揮するタイミングで切り札は切るのだ。
「蜂起の工作でも進めてみますか?」
ノエルはそう提案する。
だが一度、蜂起という拳を振り上げてしまえばどこかへと落とさなければならない。
この王位継承権戦争で使うのも考えものなわけだ。
残して置けば、公国がヴァロワ朝の勢力下に組み込まれた際に、パワーバランスの調整としても使える火種だろう。
「いや、まだしなくていい」
そう言うとノエルは、若干気落ちしたような顔をした。
「今回は使わないかもしれないが頭の中に刻んでおこう。ありがとな」
臣下の心情を思いやるのも君主の務めだ。
気遣いの言葉をかける。
「い、いえ……私は自分の職務を全うしているだけでして」
すると柄にもなく慌てた様子で頬を僅かに赤らめながらノエルは言った。
だがそれも一瞬だった。
「閣下、扉の前に人が!」
真剣な眼差し戻ると耳元でそう囁き短剣の柄を握った。
「アルフォンス公、お話があって来ました。部屋の扉を開けていただいてもよろしくて?」
声の主は、セルジュとの会食の場に現れたオレリアだった。




