9話
少し遅くなりましたー!
「よくって?今の時代許嫁だのそんなもの這いつくばってぴーぴーぴーぴーよ!」
取り敢えず10分くらい経過したのだろうか、最初に比べ落ち着いてきたのか、吐き出すものがなくなってきたのか、ピーの割合が減り普通の会話も聞き取れる頃になった。あとたまに、ぴーとかにもニュアンスを変えたりしてるので、聞いてる側は飽きない。
ピーピー嬢こと、ツィリィア・ユイット・ギュンターリッド公爵令嬢である。
それよりも、休みなしに笛を吹いてる男性は大丈夫なのかとちらりと伺えば、無表情で吹いてるので見なかったことにした。無闇に触れてよい空気ではないと察した。闇が深そうだ。
急に茶会用の室内に入ったので、机には何も用意されていない状態だったのに、ツィリィア嬢の公爵家の侍女さんが手際よくティーセットとお茶菓子を用意してくれた。
いやそもそも、主がピーピー発言しかしてないのに、ツッコまないの?私一人で彼女の相手をしろと?現陛下の従姉妹でしょ?
私には無理だとそうそうに諦め、誰か止めてよと現実逃避しながら、深夜のバラエティだってこんなにピーピー多発しない。落ち着くまで待っていようと、ピーピーをバックサウンドに、お茶菓子に手を付けたのだった。ラティエ、無心になるのよ。
「それに………んん、貴女は先程から何も仰らないのね」
「ツィリィア様が一通り話し終わるまで待ってみようと思いまして」
「何故かしら?」
「え、溜め込んでるようなので吐き出した方が良いとおもいます」
えー、あのツィリィア嬢だよ?
成績優秀、家庭内も良好、陛下の従姉妹で身分良し顔良しのパーフェクト令嬢と言われているお方だ。
それがまさかの蓋を空けてみれば思春期真っ只中とは、誰が予想するだろうか。今かー、今の年齢かー。なんとか聞き取れた会話から推測するにあの噂関連なのかな、それしか思い当たる事がない。
私の返事に考え事を始めたツィリィア嬢を他所に、私は呑気に紅茶を口にした。
まず初めに確認として、ツィリィア嬢の父君は前陛下の末のご兄弟にあたる方だ。甥にあたる現国王陛下より10歳ばかり年上で比較的年齢が近めだ。
ツィリィア嬢の母君と結婚し臣籍降下されたのが二十代前半。第一子長女でもある、現ギュンターリッド公爵が二十代後半にて誕生。そこから10年後、第二子の男児であるユイット伯爵が誕生。そこから8年後、第三子の女児ツィリィア嬢が誕生したのだ。長女の現公爵と18歳年が離れており、両親の夫婦仲が良いのかと思われたが、実は最初はそうではなかったようだ。最初は政略結婚で跡取りの長女を出産した後、夫婦は仮面夫婦として有名だった。しかしそこでそうもいかない事態が起きた。
現国王陛下の結婚後に王妃陛下の懐妊の発表だった。
現在では大分緩和したが、その時代は貴族間の派閥があり、派出を重要視された時代だ。リティカ・カルティロナ・ロラン王妃陛下は嫁いだばかりなので、彼女はまだ改革を起こしていなく、主に貴族出身者が政を牛耳っていたそうだ。
さて以前も話したが、貴族間で私と同年代の子供は少なく、王太子殿下の年代に貴族子息子女が集中しているのだ。
今までは王妃の外戚が王太子殿下の後ろ盾として、政に積極的に関わっていたようだが、リティカ王妃陛下は国外出身なので、どの派閥もあわよくば王太子殿下候補となる子を自分の派閥に取り込み、子を側近に付かせたり婚姻するチャンスがあった。
そこで困ったのがツィリィア嬢の両親と王家だ。リティカ王妃陛下が嫁がれ折角余計な外戚がいない現状を手放すのも、ギュンターリッド公爵家長子の長女は既に次期公爵家として厳しい教育が開始され、次期公爵としての器も持ち合わせている。跡取りとして、また、まだ見ぬ赤子の遊び相手にも年齢が離れすぎているとして候補から外れた。
そうなると公爵家夫婦の周りは口うるさかった。それに若き国王陛下にも、叔父である公爵の子と我が子を同世代にと望まれたので、ついに仮面夫婦は不承不承ながら了承したのだった。そして王太子殿下と同い年に第二子として産まれたのが現ユイット伯爵だった。第二子を懐妊したと発表した公爵夫婦は仲良く寄り添っていたので、いつの間にか仮面夫婦だとは言われなくなった。
そしてその後、長子である長女が婿を取り結婚したのが7年後、長女が17歳の時だった。
式を挙げその半年後にギュンターリッド家に懐妊の報が広がった。新婚夫婦ではなく、新婦の両親がだ。当時懐妊を知った者達は一様に「え、そっちなの?」とツッコミがあったとかないとか。
当時の二人は40代に差し掛かり、公爵婦人はその時代では珍しい高齢出産で、出産のリスク等を心配されていた様だが、リティカ王妃陛下が自国から高齢出産に対応できる知識を持つ医師を呼び出し、公爵婦人専用の医師として在住させたのだ。ちなみにその知識も昨今では我が国の産婦人科医師に浸透しきちんと継承されている。
一時期邪な噂が流れたりしたようだが、幸せそうな公爵家全員の姿に、いつしかそれも消えてしまった。ちなみに新婚の長女は飽きれながらも、随分年下の新たな兄妹に大層喜んでいたそうだ。
そして一時期お騒がせ公爵家夫婦を若き頃から知る世代は、それこそ夜会の主催者ばかりの年層だろう。夜会に参加したらまずは主催者に挨拶に伺うのだが、ツィリィア嬢が主催者夫婦に挨拶に伺ってるのをなんとなく見ていた時があり、ツィリィア嬢は主催者夫婦からなま暖かい目で見守られていたのだ。ああ、あのときの、と。
直接言われる訳ではないが、社交界に参加すれば当然彼女の出生を知る貴族ばからだ。年頃の少女からすれば多感な時期だ。そりゃグレたくもなるだろう。ツィリィア嬢は思春期ロードまっしぐらだ。
政にかけ離れた世代に産まれたのがツィリィア嬢であるが、彼女の誕生を切っ掛けに産科の医療は躍進したのもまた事実。
この世界って医療の進歩については妙に進んでおり、前世の現代医療並みに進歩しているのだから驚きだ。学園の産科では周産期治療や助産師にも注目を浴びている。たしかツィリィア嬢も貴族の女性としては珍しい医療科を専攻している。
ちなみに乙女ゲームには第二子のユイット伯爵が攻略対象者であるが、彼女はゲームの世界では生まれてもいない存在だ。
まあ彼女の説明についてはざっとこんなものだろう。
お茶菓子に出されたロシアケーキをもぐもぐしていたら、そんな私の姿にツィリィア嬢は呆れたようにため息をつき彼女もロシアケーキを手に取り口にした。そうそう糖分摂取は大事ですよ。ギラギラ感が鳴りを潜めついでにピーピータイムも幕を閉じたようだ。
「……なんだか貴女を見ていたら、怒っていることが馬鹿馬鹿しく思えるわ」
「(思春期って)世の中大抵そう思えますよ?」
「失礼なこと考えてなくって?」
「おほほほまさか~」
わかる、分かるよ思春期は誰だって気持ちが整理できないもの。それが遅咲きだろうと(思春期は)訪れるものは訪れるのだ。
そういえば彼女が怒っていたのは何だったけなぁ。自主規制が邪魔して会話をいまいち把握できないでいた。うーーんなんだっけ、婚約がなんだか言ってたんだけどなぁ。未だに耳の奥底でピーの音が燻っている。
悶々としている私にツィリィア嬢が頬に手をあて私を見つめる。
「貴女、婚約者であるカイン様に置いてかれたのに随分と呑気そうね」
「え、」
先程怒り狂った彼女とは想像もつかない、嫌味でもなくただ純粋に不思議そうに私を見つめてくる。
「そうですね、言われてみれば卒業試験が控えてますのでそちらに気が回っていなかったのかもしれません」
嘘です。婚約者と卒業試験を天秤にかけてぶっちぎりで卒業試験が勝ちました。そもそも卒業しなければ婚約以前の話なので。って違う違う、モブにはまず卒業試験を合格し学園を卒業してからでないと婚約の有無は答えれないと伝えてたのだ。
ーー「それなら仮の婚約者なら承諾してくれるかな。口約束で構わないから」
モブめ……。
急にシュンと落ち込んだラティエの様子にツィリィアは目をぱちくりさせる。
そして席につく際に預けることのなかったラティエの鞄をチラリと一瞥し、ラティエに気付かれないように小さく息をはく。
「実は医学部って臨床研修と学部の最終試験、そこから医師免許国家資格に挑むのよ。資格を取得したらこの学園ですることは卒業論文を提出するだけ」
急に学部について話し出すツィリィア嬢に何を言いたいのか分からず首を傾げたら、彼女はどこからか扇を取り出し口元を隠した。
「つまりよ!私はもう論文も提出済みなの。この意味を分かって?」
私の鞄を凄くチラチラ見てる彼女に、漸く話の流れが分かってきた。
恐らく彼女は誰かしらに、私の勉強を頼まれたのではないだろうか。だから最初あんなにギラギラしていたのかもしれない。
「………実は今日の特別授業で分かりにくいところがありまして」
「!そうなの、そんなところで躓いてたら試験日までに間に合うのかしら」
「でももう他に頼るところがなくて」
「~~~!……に……なさい」
「え?」
「鞄の中身を机に広げなさいと言ったのよ!」
「は、はい!」
慌てて鞄から教材と筆記用具を出し、笛を吹いてた男性が素早く机の上にスペースを作り、有り難くそこに広げさせてもらった。
「さあ時間が惜しいわ。始めるわよ」
ギラギラの表情をした美少女が私ににっこりと微笑んだ。
誰かの思惑に有り難く便乗させてもらったが、ラティエはちょっぴり後悔する気持ちになった。
ギラギラと生き生きした美少女が怖い。
初っぱなからピーピーぶっぱなす公爵令嬢なので、ラティエも緊張することなく話せています。
自分の親のほにゃらら事情ってすっごく気まずくないですか?ツィリィアはそんな感じです。




