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29話

 


 彼女の発した第一声からその場は騒然となった。

 そしてあれやこれやと事実が発覚しトントン拍子に事が進みそうだと思った所で、裁判官の一人が体調を崩す訴えがでて審議は一時休憩となった。

 隣のワンフルク大使は表は平然とした様子だが、隣に座るラティエからは外側から見えない位置で両手を握りしめ終始身震いしているのが見えていた。


 ラティエはお手洗いに席を立ち、一番近い場所は混雑していたので、少し遠かったがそこから法廷に戻る所だった。




 ワンフルク大使の話だと、今回の裁判は恐らく和解に持ち込むのではないかと予想されている。証人として名乗り出た彼女にさすがの公爵側も不利な状況ではあるが、そこは手腕の弁護士であるティナルドが上手く立ち回っている様子だ。

 そして原告側も決定打を打てずにいるという様子だ。


 そう思案しながらゆっくり歩いていれば、不意に風が吹き足をとめる。

 室内からどうやって風が吹くのだろうと風の吹いた方向へ振り返った時だった。


「!!」


 金糸雀色が視界に映った。

 見違える筈がない、この鮮やかな色をした人をラティエは知っている。

 今回の裁判の渦中の人物である、ヒルデハイア・ハフェルツとたった今すれ違ったのだ。

 いつから近くにいたのだろうか、何故彼女はここにいるのだろうかと過ぎていく彼女の後ろ姿を見ながら問答していたら、不意に彼女は「おや?」と呟き歩みを止めた。

 そして彼女が振り向くと同時にバチりと耳元で音が鳴る。咄嗟に手を耳元に当ててしまった私とは裏腹に、彼女は一瞬目を瞬かせたが次には艷のある笑みに変え、ラティエの元へ歩んでいく。



「こんにちはお嬢さん」

「は、はい!ここ、こんにちは!」

「見られてしまったみたいだ。私がここにいることは内緒にしてくれると助かる。後が煩くてね」

「も、もちろんです」


 彼女の醸し出す色気はもはや凶器のように強烈で、伏しみがちな瞳は長い睫に縁取られ、艷と憂いを帯びた眼差しは女の私でもどきどきしてしまう。少し厚い唇から紡ぎだされる声は中性的で思わず聞き入ってしまうような声色だ。


「この国には観光できたのかい?」

「は、はい!」


 一瞬何を言われたか理解が遅れて、パチパチと瞳を瞬かせれば慌てて答える 。緊張した面立ちのラティエを気にせずヒルデハイアは話を続けた。



「そうか。この国は色々と楽しいところだよ。そうそうこの間あの世界的に有名なパティシエのリュシアンの店舗がこの国にも出展したんだ。それで先月彼はオープニングセレモニーで来日したのだが、本日の茶菓子には彼の店舗の菓子が出されているんだよ」

「そうだったのですね。とても美味しかったです」


 まさかここで彼女から親友(リュシアン)の話題が出てくるとは露程にも思っていなかったラティエは若干驚きながらも、旅先で思わぬ親友の情報が聞けて嬉しくなった。


「私も彼と少し話をしてみたのだが、とても興味深い話を聞けたよ」

「話…ですか」

「そうだね。分離機や製菓器具の開発等面白い話を沢山したよ」

「それは彼らしいですね」

「あああと、陸路の輸送日数を短縮するために馬車の改良が出来ないか等、もっと画期的な物がないかと言われてね。人類が馬に乗馬している歴史はずっと古く、我々の陸路での移動手段は馬でありそれは何千年と文明が変わらなかったんだ。だがその長い歴史の間に馬も人のてで品種改良され、それぞれに適した場所で共に歩んできたんだ。その歴史を覆すものの……とすまない。つい熱が入ってしまった。急にこんな話をされても困らせるだけだったね」


 つい熱が入ってしまうのは科学者の(サガ)なのだろう、罰が悪そうに微笑めばヒルデハイアはそろそろ時間かさりげなく腕時計に目を向けた。


「え、出来るんじゃないんですか?」


 その途端ヒルデハイアは下げた視線をあげ目を見開きラティエを絶句した表情で見て、口元を震わせながら小さく答えた。


「本当に……それが出来るのか」



 出来るだろう。だって前世では車や電車、さまざまな乗り物が発明されているのだ。この妙な所で文明が進化しているこの世界でそれが出来ないなんてあり得ない。それにゲームのストーリーでは……。



「!」


 途端脳裏に様々な情報が目まぐるしく流れていく。そうだ、ゲームのイベントストーリーで物品が届かない問題が起きたのだ。カイン(モブ)がストーリーにちょっとだけ登場したときの台詞の1ワードで出ていたのだ。「今は()()()()()に不備が出て輸入の搬送が遅れている」と。

 別のストーリーではヒーローがモブとの取引を行う際にこんなことも言っていた。「蒸気機関車を開発した企業に、実はロラン商会もスポンサーとして融資しているので、優待が貰えたりとそれなりに融通が聞いたりするんだ」と。当時の自分はゲームのプレイ中ただ流し読みした台詞を()()()()は今思い出したのだ。


 そして昨夜はカインから今回の特許の件でラティエに説明してくれていた。燃料をピストンの上下運動で円運動に転換させると。ラティエは今まさに産業革命の始まりに立ち会っていたのだ。

 だからこそラティエはヒルデハイアの答えに自信もって答えたのだ。



「出来ますよ。人を乗せる乗り物がきっと」

「そうか……。フッ……ハハハハハ!」


 自信満々な表情のラティエにヒルデハイアは驚きを隠せない表情をしたが、ゆっくり口元を緩め、次には大きく笑いだしていた。


「そうか。そうだな」


 ヒルデハイアは自身の言葉を噛み締めるよう呟くと、晴れやかな笑顔をラティエへと向けた。



「ありがとう。君のお陰で迷いは吹っ切れたよ」

「それはよかったです!」

「君との出会いは我が人生で最上級の幸運だ。

 私の名はヒルデハイア・ミュシュ・ライリザル・ロラン。

 君の旅路に幸運を」


「え、ちょ今!」



 颯爽と去っていく背中を慌てて止めにはいれば、ピタリととまり身体を横に向けラティエへと振り返る。


「……!」


 カーネリアンの瞳が怪しく輝き口元に指を当てて彼女は唇だけ動かした。


 途端フラッシュを受けたような光とパキと何かがひび割れる音が鳴り、反射的に目を閉じてしまったラティエは、次に目を開けたときには廊下に人々が溢れかえり、急激に雑音で溢れかえる。


 状況が追い付けないままのラティエだが、開始時間が間もなくだと分かれば慌てて歩きだした。



「ああいけない、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ」



 法廷が再開される。

 この時のラティエは露程にも思わなかった。

 あの時彼女が言った理由の意味を。

 法廷内は大いに狂わされていくことを。
























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