27話
さてさてこの世界でも裁判はあるし、特許権だってあるのだけれど。
特許の権利は勿論各国共通なのだが、その権利の申請頻度が群を抜いて多いのがこのソルツド帝国である。何故かとカイン様に聞いてみたところ……。
「この帝国の科学者たちは各国から優秀な者たちが沢山集う場所でもある。そんな意識も能力も高い彼らには長所にも短所にもなってしまう一つの問題があってね。それは仲間ではなく彼らは互いを好敵手と見なしているからだ」
「好敵手?」
「そう。彼らの世界はラティエ嬢の想像する以上に利己的で、貪欲だ。この言葉はまさに彼らを表現している」
……怖いわよ!え、ちょっと待って何故か私脅されてない?私何か間違ったこと聞いたかしら?どこも間違って聞いてないわよね!?
これじゃまるでなにかタブーなこと聞いちゃったみたいじゃないの!なんで私を脅すのよモブーー!
笑顔を張り付けたまま動かないラティエを他所にカインは指先を顎に当てる。
「――とまぁ競争社会の蠢くこのソルツド国は何かを開発すれば内密に申請し、特許を得てから公表するのが一般的になっているんだ。それで――」
机に置かれた紙を指先で掴み、ヒラヒラと動かす。
「今回のこれに繋がるんだ。特許権を獲得した研究所に別の研究所が著作権盗作疑いを訴え、審議をするのさ」
「思ったよりも泥沼……」
「勿論被告側は著作権の証明をしなければならない。しかし今回はそこに被告側の関係者及び取引き相手や地位ある者に傍聴を招待している。後のことを考えても、彼らの前で身の潔白を証明した方が手っ取り早いからね。とまあ僕らはそんな所に招待されて見に行くことになったんだけれど、楽しみだねラティエ嬢」
この時ラティエは確信した。
ひえええモブ根に持ってる!滅茶苦茶怒ってるうぅぅぅぅ!
完全に閉口したラティエは自分の何もないところを眺め黄昏る姿を他所に、カインが浮かべた笑みの真意を伺うチャンスを逃していた。
とここで、二人のやり取りを離れて見守っていた側近のヘクターは己の主の行動に、いつもは涼やかな表情が崩れ信じられないとばかりに絶句するのだった。
辺りは薄暗く、ここは肌寒い気候だ。
"これより危険地帯にて立ち入りを禁じる"
そう書かれた看板が立て掛けられているが、そこには木の板と岩で入り口が頑丈に塞がれ中に入ることは出来ない。
看板を隠すように陰が入る。
音もなく現れたそれは看板から封鎖された入り口を見る。
「ここも既に手を回していたようですね」
一人がそう告げると、もう片方が指先を二回旋回し、指先に音のない息を吹き掛けた。
途端吹き付けた息は風となり意思を持ち封鎖された入り口へと向かう。
そしてあちらこちらを探るように風が撫でつければ、ある一点を見つけ木の亀裂隙間へとするりと入り込んだ。
その風は洞窟の中を凄まじい早さで吹き抜けていくのだがそれを知るのは風を操る者のみ。
数分黙り込んでいたが片方が徐に首を横に振った。
「だめね」
短くも断言する一言を静かに告げれば、辺り一面に風が吹きあがる。
それを隣で見守るもう一人はその一言に気にした素振りすら見せずに辺りを一瞥する。
「でしたら次に参りますか?」
しかしその問いかけに黙り込む相手に、いつものことだとその人物は慣れた様子で手近な岩場に腰かける。
考え込んだ相手は何かを手探りするように人差し指を蟀谷にあて目元の飾りを指先で確かめる。
相方のいつもの癖を尻目に手ぶらな片方は腰かけている岩場へと触れる。
混じりけの多い岩の強度は打撃を与えればそこからいとも容易く崩れる程度。ここ一体はこの岩の割合が多く炭鉱が盛んに行われていた場所だ。今は堀尽くして、何も取れない土地だったのだが……。
ついと黙り込んでいた相手を見れば、マスクで隠されていない形のよい口元が少し開く。
「面倒ね~」
口元を少し歪め、両手を使いやれやれとばかりに大袈裟な手振りをする相方の様子に腰を上げる。
「それでどちらに?」
「調査は継続、そこに~――」
『そこから北方四十の土砂崩れの調査に向かうノーティア軍より先に目的地に辿り着き証拠隠滅の任務を行うこと。なお周辺の警戒を怠たらないこと。座標は――まあ分かるわよね』
そう言い残し途切れたそれに、先ほど腰かけていた者は相方の隣へと並び立つ。
「私たちに連絡を寄越すとなると本筋は……」
腰へと手を添えれるがそこには服の他に何も見当たらない。しかし指がまるでそれを握っているような手元だ。
「時間は?」
「五分~」
返答に喉を鳴らし笑えば一歩踏み出す。
途端身体の回りに風が纒い始める。
「先に行きますね」
そう一言残し消えた相手に、残された一人はざっと辺りを見回す。
ふわりと風が身体を纒い、身体を浮かせる。そして自身の能力で痕跡を消していく。
「あ~あ、私は~後処理担当~」
仮面を付けた顔は、表情こそ隠されてはいるが、口調がリズミカルだ。
痕跡を消し確認を終えれば次には違う景色が現れる。
雪崩れた土や倒された木々を確認すれば、手早く残痕を消し、あるいは修正していく。そしてその者を中心に風が広がり空の雲が増え、暗闇へと変えていく。
地面に一つ、また一つと斑点を落とし、直ぐ様土は雨に濡れ表面を混沌とさせる。
取り敢えずこれで良しとするかと踵をかえそうとし足を止める。
「おかえり~早かったねぇ」
「当主が来られたので後は任せました」
「そっか~何か収穫はあった?」
「上からの内情を知るのは、指揮を任されたグリセリン家の者のみ。内容も既にこちら側が把握しているものでした。実に残念です」
「どっちも残念でしょ~」
暗に不満だと溢す相手に明るい笑い声をあげる。
「そっか~それならもうここには用がないね~。早く――」
一呼吸つく間、正午の空が暗闇になり、二人は陰に隠される。
どの空よりも濃く、光を吸収するそれを持つものは翼を羽ばたかせ瞬く間に姿を消した。
仮面の奥に隠されたそれぞれの双方の瞳がそれをハッキリと捉え追いかければ、途端暴風が二人の頭上を駆け抜けていく。
暴風が過ぎさり何事もない光景に漸く口を開いたのは――。
「ドラゴンいいな~とかいいませんよね?」
「まさか~あんな生きた兵器、願い下げ~」
くすくすと笑う二人の頭上を過ったモノは既に遥か上空へと旋回し、雨雲より上の空へと羽ばたいた。豪快で力強いその姿は空を支配するモノの姿だ。上空を飛行するそのモノの首もとには鞘が付けられ、そこに陰が写る。
手綱を握る手とは反対の手で首もとを撫でれば、甘えるような唸りをあげる。その様子にクスリと笑う。
「君は、随分と遠く離れた地にやって来たんだね」
撫でながらそう告げると今度は唸るように声を上げた。
「そうか……まだ帰りたくないか」
問いかけに今度は嬉しそうに唸るので、どうもお喋り好きの子のようだ。
さてどうしたものかと考え、ふと閃いた。
「ならば君に付き合ってもらおうかな。どうせなら一つや二つ、壊してくれても構わない」
紡がれた不穏を聞いたのは、その者を背に乗せたドラゴンのみであった。
メリークリスマス




