25話
どうも早朝から慌ただしく馬車に乗り込んだラティエです。その様子に思わず夜逃げですか?あ、朝だから早朝逃げですか?とうっかりでかかりそうになりましたがなんとか死守し、現在馬車の中に居ます。実はですね、これから長い旅路になるのですがなんとまたカイン様と一緒の馬車に同席することになったのです。いや一番最初に戻っただけなんだけど。
それにしても何故早朝から出立しなければならないのかは、昨夜辺りだろうと検討が付くので触れないことにしますね……。
それにしてもとても眠たい。昨夜夜会から帰宅しお休みの挨拶を告げにきたモブから早朝4時起きでと言われた時は動転して三回も確認してしまった。それってあと数時間後ですよね?と。
馬車内で寝てくれて構わないからと言われたけどそこは是非とも遠慮させてください。なので大変眠気に襲われるなか、眠気を振り切るために眠気の張本人であるモブを観察することにした。
目の前に座るモブは白のシャツの上に濃いグレーのベストを羽織り、ベストと同色のパンツを履きこなしている。そしてチョコレート色の髪は今日は掻き上げている。朝4時起床の人とは思えない、いつ見てもモブは隙のない姿でいる。不意に乙女ゲームスチルそのままの顔立ちを眺めた。そしてラティエが自身を観察していることに気付きながらも、ものともしない彼は四部ある新聞を順番に読み上げている。
そしてラティエの興味はモブの新聞へと移った。さてさて本日はどこの国を読んでいるのかなと彼が読み終えた新聞の一つを手に取る。
ふむふむ本日は西帝国新聞のようだ。
まじまじと新聞の表紙を眺め、帝国の新聞社の社名を確認する。ちなみにこの国はウィンドリンゼル国の近国である。しかし帝国の新聞をどうやって入手しているのだろう。それに帝国だけでなく各国の新聞も見掛けるので本当に謎だ。
「僕らが次に立ち寄る国はソルツド帝国なんだ」
新聞を読み始めようとしたら声を掛けられ、新聞を読むてを止め顔を上げる。そしたら新聞と封筒をそれぞれ片手に持つモブがいる。あれ、どこからその手紙出したの。
「ラムダク大国のことはよろしいのですか?」
「目的地まではまだ距離があるからね。それにウィンドリンゼル国に寄る際に許可を貰ってたことだし、それなら期限内に間に合えさえすれば一つや二つ、他に寄っても変わりないよね」
「そうです…………え、え?」
モブがにこやかに話すものだから、ついうっかり頷いてそのまま流されそうになったけど慌てて首を横に振る。今凄く不穏なこと言わなかった?モブってさらっととんでもない発言ばかりするから、つい雰囲気に流されて危うく頷きそうになるので油断ならない。この人ってこういう所が怖いのよ!なので思わずジト目になってしまうが仕方ない。それに相手だってさして気にした素振りをしないのでそれくらいはさせてもらおう。それでもつい恨めしそうに口を開いてしまう。
「私は……今回の旅路はカイン様に同伴するだけですので何処に行こうが口は挟みませんが……経緯くらいは話して頂ければと」
「経緯か……。探し物ってのは理由になるかな?」
「探し、物……?」
「そう、それはとっても狡猾で、臆病で、逃げ足が早く、肩書きがあるせいで下手に手が出せないみたいでね」
「ちょ、それって探し物じゃありませんよね。物じゃないですよね、人ですか、人ですよね?」
「ハハハ」
「笑いで誤魔化さないでくださいよ。ハイ人ですね、人で間違いなしですね」
もう人じゃん!
あと抑揚のない声で笑うモブが怖い。それとモブめちゃくちゃ相手のこと虚仮にしてるけど確実に面識あるよね?それとわざわざこの時期に寄るまでしなくてはいけないこととは何なのだろう。
「気になる?」
「その流れでそう思わないのは可笑しいですよね」
「ハハハ確かにそうだね。ふむ、どこから話そうか……。そうだな、まずは今の帝国の情勢から「待った!」
雲行きが怪しくなりそうな話を慌ててモブの話を遮る。そして待ったを掛けられたモブはそれを見越したかのように優雅に新聞を見開らき始めたではないか。
いつも一手先を行く相手を悔しげに見つめてしまうのはしょうがないと思う。だが言わせて欲しい、まだ朝6時よ!これどう考えても重たい話になるじゃん!気になるけど聞いたら最後、一日中胃がキリキリしそうだから聞きたくない。折角ウィンドリンゼル国の用事が終わって、旅の道中はゆっくり出来ると思ったのに、何故モブは重たい話をしようとするの?
あれ、モブってこんな人でしたっけ。ねえ知れば知るほど一国の外相という立場で収まる人には全く思えないのだけど。
どっと疲れきった私とは裏腹に、モブはいつの間にか認めた手紙に印璽を済ませていた。いやほんといつの間に過ぎる。朝から怒涛の突っ込みはハードだ。あーも~現実逃避だこれは現実逃避。そして漸く手元に持った新聞に目を走らせることにしたのだが。
15日早朝、ソルツド帝国一のカシュラジ銀行にて盗難が判明。そこには王家個人資産、投資家が預けている莫大な資産は此度、どれほどの 甚大な被害になるかは未だ見当が付かない。なお今回の事件での調査は軍人憲兵が対応しているようだ―――。
13日にてパルケ商会と二パス商会が共同投資により新たに事業開発を開始。なお投資先は我が国屈指のマクエル研究所にて既に複数の研究員が商会に派遣される―――。
15日帝国から土地の売買開始。これに見当する土地については後日郵送にて報告。なおここ最近詐欺による被害報告が多発。くれぐれも―――。
15日合鴨親子がフィジー街路を横断、一時通行止めとなり――。
12日ラケルド山にて土砂崩れ発生。幸いにも人身事故は起きず道が封鎖。領主レイニッシュ伯爵が自衛軍の派遣、国にも援護依頼を届け受理され15日にて派遣軍が出立―――。
ざっと目を通して新聞を閉じ窓枠へと眺める。
実に生々しい。
そうだよね現実だもんなぁ。
逆に綺麗事が並べられたものの方が非現実的で胡散臭い。
帝国に対してのイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
帝国と名乗るほど国を大きくすることができたのは一重に国民の特質、とも言われていて彼の国は知識においてありとあらゆる分野の精鋭が揃っている。その中でも特筆しているのが技術面で、身近だと前世と大差ない下水道環境とその運用設備だ。
当時の私はゲームの世界だから、だからそこら辺はファンタジー要素だから、と済ませていたので気にもかけなかったのだが。しかしいざ記憶を思い出してからというものの、服装こそファンタジー要素だがこの世界は現代設備があちらこちらで見掛けるのだ。
処理された水は水道管を辿り蛇口からでて人の手に渡り、電気だって使える。
だからってこの世界は全て同じ文明な訳ではないし、と馬車に掛けられたカーテンをほんの少し開け外の景色を覗く。
今走る場所は交通利用が多いのか表面を平らに加工した石畳が敷き詰められている。これよりもっと遠くへ行けば土や石、砂利の道が広がっているだろう。旅をする中でそれには随分と悩まされたのだが、いまではそれなりに慣れてきたと思う。休憩する頻度が当初と比べ明らかに少ないのだ。
とここで不意に引っ掛かりを覚える。
今でこそそれなりに馬車内で寛げているが、それは環境に慣れたからなのだろうかと思いこんでいたんだけど、果たしてそう簡単に事が済むことなのかしら。
そこで当時の馬車移動を振り返ってみると、毎回絶妙なタイミングで休憩があったなと思い返す。
それはまるで私を気遣うようにだ。
一度窓から覗く景色に視線を逸らす。
いいえ絶妙なタイミングだったのではないわ。よく思い出すのよラティエ。確かあれは崖のときよ。モブが私に尋ねたじゃない。休憩場所をどこでとるか、と。
そして彼は私の答えに「うん、わかった」と返したのだ。
不意に、何かに気付き目を瞬かせた。
そう、そしてその後モブはこう言ったのよ。――峠ももうすぐ越えるよ。実はね街に着く前に一端休憩を挟むことなっているんだ。馬の休息、進路の兼ね合いも有りでね。もう少し進めば水辺があるからそこで休憩だよ、と。
しかしそれよりも先に彼は何を喋ったか。じっとその言葉を思い出すように息を潜めた。そう、確かモブはあの時……――峠を越えてあと二時間走れば街がある。そこで休憩し次に進むも良し、宿泊するも良しだけどどうしたいかな、と聞いてきたのだ。
そして私が告げた言葉は……。
「少し……ゆっくりしたいです」
思わず溢れでた囁きは運良く馬車の揺れる音に紛れ、カインには聞こえなかった。
途端頬が火照り、口角が上がりそうになるのを慌てて手で誤魔化す。
そうだ、何故気付かなかったのだろう。あの水辺での休憩は最初から予定していた訳ではなく、彼の機転だったのではないか。
そしたら今までのモブとの休憩のやり取りにも幾つか思い当たる節がある。
馬車移動の環境に慣れたのではない、いつだって彼が私を気に掛けてくれたから。
途端急激に羞恥に襲われた私は慌てて膝の上に置かれた新聞に手を取り見開いた。
当然突発的に起こしたラティエの行動に驚いたカインは目を瞬き、突然新聞で顔を隠したラティエに何か面白いことしてるなと笑いを堪え、ほくそ笑みながら尋ねた。
「何か気になるものでもあったのかい?」
「は、はい!えっと……あ……い」
「あい?」
「合鴨親子のところです!」
大変です。二つの意味で恥ずかしくてモブの顔が見れません。お願いだから早く休憩時間が来て欲しいです。
カインがラティエを旅の道中ずっと気に掛け、彼女の意見を尊重してくれていたことが嬉しく、そのことしか頭になかったラティエは思わぬ見過ごしをしていた。それはとても重大なことである。そして後に取り返しのつかない事態でもあるのだ。
カインはいつどうやって従者たちに変更を告げていたのだろうか、と。




