22話
そこには天使がいた。
ふわふわのキャラメル色の髪に大きなアクアマリンの瞳が満面の笑みで私を見上げている。
どうしたらとモブに振り向けば、彼はマスク越しににこやかな笑みを浮かべる。え、これって……。
「サーチ王太子殿下、でしたら僕の婚約者殿のダンスのリードをお願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろん!えっと……」
「カイン・レルトリッドです」
「カイン殿、ありがとう!さ、お姉さん一緒に行こう!」
モブーーーー!!ちょっと私との約束忘れてない?モブ即行で破ったよね?
離れないって言ったじゃないのーー!ちょっとこっちを見なさいよ。マスクか、そのマスクが邪魔してるのね。ならばそのマスク剥ぎ取ってもいいのよ?そして今私がどんな顔をしているかくらい見なさいよ。
信じられない気持ちでモブに触れていた手を離すと、行き場を失った手に子供特有の暖かく柔らかい手が包み込み、両手をぎゅっと包まれる。
「お姉さんよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
昇華!
こんな満面の笑みを向けられたら断れないじゃない。お姉さん頑張っちゃうわね!と態度をコロリと変え笑顔になる私はチョロ過ぎる。でも可愛いからいいの!それにサーチ王太子殿下は嬉しそうに私をエスコートしてくれるからお姉さん頑張っちゃうよ!
そしてダンスの輪へと入る途中、一度モブへと振り向く。マスク越しの彼のチョコレート色の瞳と目が合えば、約束は忘れないでくださいねという目で訴えると、分かっているよという風に微笑んでいるので顔を戻しサーチ王太子殿下と向き合う。
思う所はあるけど、取り敢えず今はダンスを楽しむとしますか。
ダンスの音楽が流れる中、不自然のない動作で会場内を一望する。
会場内には財相、外相、宰相補佐だけか。法相は今回は必要ではないにしろ宰相と上位軍部関係者がこの場にいないのはやはり水面下で動き出しているようだ。そして今回の王族の入場からして周囲の気を集めるパフォーマンスが項をなしているのか、今この場では誰もその異変に気が付いていないだろう。そしてあとから宰相や軍部関係者が適当なタイミングで何食わぬ顔で参加していれば、彼らの作戦は成功となる。
そして僕もその茶番に付き合った訳だが、あとから彼女に何を言われるだろうか。
彼女にはまだまだ付き合ってもらわなければならないことが山積みだ。
周囲の貴族達も僕の出方を伺っているようだし、現段階ではヘクターが上手く動いている。ならば今僕がするべきことはダンスの輪でも眺めるくらいか。何しろ今夜は目立つ。
ああほんと、見えないって都合が良いんだよねぇ。
ダンスの輪を外から眺めれば色とりどりのドレスが曲に、相手に合わせて舞いあがる。
そして僕の視線は自然と藍色と銀色のドレスを無意識に探してしまう。そこには小さなパートナーと楽しそうに微笑む仮婚約者殿の姿に、彼女はああやって微笑むのか、と彼女から目が離せないでいた。
ラティエ・ショコルドル男爵令嬢はカルティロナ国屈指の学力を誇る学園に入学。成績は平均のやや下で授業態度良し。入学後一、二年は目立った態度はなく、常に一人で行動、放課後も学園の図書館にて勉学に遅れをとらないよう毎日遅くまで勉強するのが日課であると。
しかし三年の一学期が終わる頃にて彼女の様子に変化が起こる。
あのルウィーン伯爵家次男のリュシアンとの姿を度々目撃される。他国でも名の知れる彼の店はどれも革新的な物ばかりで、世界中のパティシエが彼の店へ一度は訪れるのが夢だと言われるほどである。
僕も何度か叔母から手土産で持たされるのだが、思わず唸るほどの美味しさだ。まあ兄弟に見つかれば瞬く間に無くなるのだが。
そんな彼の店でも同じ時期で変化が現れる。それなりに値が張り、叔母上が嫁いでから所得水準は高くなったが、顧客は中級、上流階級が多い傾向だった。
今までの経営スタイルと併用して、小分け売りの販売も可能にしたことにより、客層の幅が広がったようだ。そうそう意外なことに子供の顧客も増えたとか。
彼の扱う材料は一級品でそれなりに値が張るのだが、そこは当時の彼の婚約者が上手く交易し、ちゃっかり自由貿易等に組み込んだりとそれなりの手腕を持っているので、小分け売りにも成功したようだ。公私ともに非常にバランスのとれた二人である。
さてそこから事業が快調に進み、彼はラティエ嬢とビジネスパートナーとなった訳だが、爵位関係なく交流する二人は彼の婚約者公認だそうだ。さてその婚約者と彼は行き違いがあったようで、あのような場で起きたことなのだが……。
外相として仕事を終え、帰国している途中でたまたま叔母上から寄るように連絡が来たのだが、ついでに夜会にも参加するようにと声を掛けられたのだ。
身内がアシュタル商会として彼と取り引きしているのは以前から認知していたのだが。彼の扱う品が珍味で有名となったというのはまあ語弊で、商会があちこち変わった物を見付けると、彼の元に届けているそうだ。
そういえばこの前も表面の皮は硬く、中にある果実がほどよい酸味にまろやかな甘味の果物を見つけたそうだが、生憎にもその果実は足が早く、こちらに届く頃には中身は種だけになるため、その件は商会側が手を引いたそうだ。
分家の商会については各国経由で報告書が生家に届くため、商会の事業についてはそれなりに把握しているのだが、肝心の会長殿は今、一体どこで何をしているのやら。
だいたい父上の悪癖と全く同じなところがたちが悪い。
昔よりは大分改善されたと言われているだろうが、身内の甘さに辟易してしまう。
ああいけないいけない、彼女のことを考えていたのについ身内の話になってしまった。集中力が削がれているな。
改めてダンスへと意識を向ければ、不意に小さなパートナーと踊る彼女と目があった。
ハハハジト目だなぁ。
分かりやすいほどの反応に、口元が笑ってしまうのをなんとか手で誤魔化す。どうやって彼女の機嫌を取ろうかと曲が終わるまで考えを巡らす。それはとても長く感じたのだった。
ダンスが終わり、互いにお辞儀をすれば小さなパートナーと共にラティエ嬢は何か楽しそうに談笑しながら僕の元へと戻ってきた。
「カイン殿ありがとうございます!ラティエお姉さんとのダンス、とても楽しかったです」
「それは良かったです。二人の楽しそうなダンスに、周りもつられるようにとても楽しそうに踊ってられましたよ」
「そうか!それは良かった!」
「私からも素敵な時間をありがとうございます」
僕の言葉に続くようにラティエ嬢がそう伝えれば、輝く笑顔を僕たちに向けてくる。その姿に口元に笑みを浮かべればラティエ嬢が僕の隣へと戻ってくる。
そしてこの後に続くのは当然――。
赤色に金糸をふんだんに使われたドレスを纏った女性が僕たちへと歩いてくる。
距離が近くなるにつれ、僕の腕に添えられた指先に力が入り彼女の緊張がこちらに伝わってくる。
「レルトリッド外相と婚約者殿、今夜の夜会は如何でしょうか」
ウィンドリンゼル国女王陛下直々のお出ましだ。
さあ次はラティエのターンです。彼女らしい突っ込みを、お楽しみに。
活動報告にて22話のあとがき有り。




