20話
昨日よりは早く眠れたと思う。
早朝に目が覚め、時計の針は五時半を指していた。部屋でうろうろするのも飽きてきたので少し散歩してみようかと着替え、部屋のドアを開けたら――。
「おはようございますラティエ様。何かお困りのことでもありましたか?」
眩い程のキラキラスマイルを浮かべた美青年もといヘクターさんがいた。
この人、カイン様の副官もとい侍従の仕事をされている方で、初めて紹介されたときはあまりのキラキラ美形に直視するのがキツく、モブ越しに見ることで難を逃れたものだ。
正統派王子の様なこの人は見ようによってはモブと一緒だと、主従逆転に見られそうだ。随分と失礼な話ではあるが。
「いえ、いつもより目が覚めるのが早かったので、少し外にでも行ってみようかと……」
「でしたら朝食前に軽く飲み物をいかがでしょうか。何か口にしてからの方が身体も動きやすくなりますよ。ただいま用意いたしますね。お部屋でお待ちください」
「え、ちょ、あの」
そう言いくるめられて華麗に部屋にUターンさせられた私は、仕方なく、大人しくソファーに座りお茶が来るのを待つことにした。
そしてドアを控えめにノックされれば、茶器セットを用意したヘクターさんが入室してきた。そして透き通った硝子のカップにお湯をそそぎ、何かのパウダーをかけている。
「こちらはシナモンと生姜のパウダーを入れたスパイス白湯でございます。パウダーは沈殿しますのでかき混ぜながらお飲みください」
硝子のカップには白い湯気が立ち上がり、シナモンの香りが鼻を擽る。一口飲めばほんのり生姜のすっきりとした味が口のなかに広がる。そして生姜の効果と白湯の温かさに身体の芯がじんわりと温められていく。
「……とても飲みやすいです」
「それは良かったです。白湯を朝一に飲むことは健康に良いのですが、飽きやすく、また味そのものを苦手とされる方々が多いのが難点です。しかしこうして趣向を変え、手をかけてあげれはこの飲み物は――」
「何度だって利用する機会が増えますね」
ほくそ笑むヘクターさんに、どうやら私の答えは正解のようだ。
リュシアンとの新作考案だってそう。美味しいが一番なのだ。人を引き込み、誰にだってもう一度食べてみたいと思わせる、そんなお菓子に。
「魅了する何かを作るのって、言葉だと単純なようで、でも実はとっても難しいんです」
「そうですね。ですが魅了される、とは時に偶然から始まることは多々あります。何事もその時々が思いもよらぬ形で。それを言うならば恋愛もですね」
片目を閉じて、悪戯を含んだ瞳とばっちり目が合えば、途端に何を言いたいのか察したラティエは眉を寄せた。その反応にヘクターはおや、と思い同時に上司兼自身の主の顔を思い浮かべる。
カイン様は何をもたもたしていらっしゃるのだろう、と。
現段階で二人の関係にこちらが介入することは、あまり良いとは言えない。それに下手に介入して主に恨まれるのも困るものだ。
ならばこの手を打つのが得策だろう。
「おや、六時になりましたね。そろそろ朝市が開かれ始める頃ですね」
「あ、いけないもうそんな時間なんですね。ヘクターさんごちそうさまでした」
「時にラティエ様、財布をお持ちですか?」
「あ、いけない忘れてた!」
ヘクターの言葉にラティエは慌てて立ち上がろうとしたが、ヘクターがやんわりとそれを引き留めた。
「ちょうど良いタイミングですよ」
「え……?」
何が、と訪ねようたしたら、部屋のドアが数回ノックされる。
そしてドアから聞きなれた、落ち着いた声がした。
「おはようラティエ嬢。朝食まで時間があるね。よければ朝の散歩に出掛けないかな」
ビックリしたようにヘクターさんへ視線を向ければ、口元に笑みを浮かべ、悪戯に成功した顔でラティエを見ている。
「財布ならカイン様がお持ちです。いってらっしゃいませラティエ様」
というわけで自身の部下に財布呼ばわりされたカイン様と一緒に散歩に出掛けたのだか。
まだ朝は冷え込むのでショールを羽織り、隣にいるカイン様をちらりとのぞく。
チョコレート色の髪は少し毛先が湿っており、まるで慌てて来たみたいな風貌だ。そんな私の様子に気付いたのか、恥ずかしさを誤魔化すように辺りに集まる人混みへと顔を向けた。
「朝市は初めてかい?」
「初めてです!」
「この街は流通機構になっていてね。朝早くから人の流れが活発なんだ。そうなると朝食が欲しくなる。しかし一般のお店はその時間から経営するのは難しくてね、それに行商人は忙しい。それぞれの意見が合致し、朝は一つの場所で纏まって開くことにしたんだ。」
あちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってくる。露店にはさまざな料理や果物、野菜が並び、人々が露店で購入しワックスペーパーに包まれた料理を持ちながら移動している。
ううう、とても美味しそう。
不意に視線を感じ横を見ればチョコレート色の瞳とばっちり目が合い、夢中になりすぎていたと気付く私に、モブは可笑しそうに一歩前へと踏み出し私へと振り向いた。
「お望みなら何でもどうぞ?」
「い、いえそもそも今は散歩のつもりだし、それに宿に帰れば朝食が出てくるので」
「行儀云々で断られなくて良かった。一つくらい食べてったって平気だよ。それに宿なら融通がきくから構わないよ」
「でも……」
「そうだな……ならこうしよう」
そう言ってカイン様はさっさと近くの露店へと進み注文を始めた。手早く会計を済ませ両手にを持って現れた彼は二つのうちの片方をラティエの手元に乗せた。
「え、……あ!」
なので成り行きを見守っていたラティエは反応に遅れ、手元にはしっかりと紙に包まれた料理が鎮座している。紙越しに温かさが伝わり、美味しそうな匂いがする。出来立ての香りだ。
とここで不意に視線を感じ顔を上げれば、ばっちりとチョコレート色の瞳と目が合った。
「興味深いかな?あそこに椅子があるから座って食べよう」
「うーー、………はい」
観念したように歩きだせば、なんだか今日は目が合う日だなと思いながら、何か可笑しなところでもあるのかな、と頬に空いている手を当てうーんと首を傾げた。
椅子に座り、手元のワックスペーパーを開いて中を見てみる。
「わあ!美味しそう」
開いてみれば握り拳よりすこし小さい、丸い形に上に縦に切り込みがしてあるパンが出てきた。
表面には蜂蜜が塗ってある。中の生地には何が練り込んであるのだろうとわくわくしながら手で半分にちぎれば、中からとろけたチーズが現れ、今にも垂れてきそうだ。
手元が汚れないように一口含めばパンのサクサクした部分で蜂蜜のかかった所はしっとりと甘い。そして甘味の次にはチーズのほんのりした塩気が蜂蜜といい塩梅になり、朝でも食べやすい。それに外で食べるのも手頃なサイズだ。これはとても――。
「有り!」
「それは良かった」
「あ……!すみません、つい職業病が」
「気に入ってくれたみたいでよかったよ。うん、美味しいね」
そう言って一口口に含み感嘆するカインに、ラティエは恥ずかしくなり手元の食べ掛けのパンへと視線を落とした。だからカインがラティエを見て目を細めたのを彼女は知らない。
あのあと朝食もいただき、馬車に乗りこもうとしたときだった。上空に飛ぶそれを見つけた。
「モ……カイン様、あれは何ですか」
「ああもしかして目にするのは初めてだよね。ドラゴンだよ」
「ド、ドラゴン……」
まさかのドラゴン。え、普通に群れをなして飛んでるんですけど。
ちょっと待って、この世界ドラゴンがいるなんて聞いてない。ゲームでもドラゴンなんて全く出ていない。突然のファンタジー要素に開いた口が塞がらないでいた。
「首輪をしているようだし、野良ではないね。あの首輪は確か……ウィンドリンゼル国のだね。おいで」
そう言って馬車まで私をエスコートし、腰を降ろせば壁に張り付けられた地図を私に見えるように指差す。
「今僕達がいる場所はここだ。そしてウィンドリンゼル国はここより二つほど先の国だ」
二つ隣は、高山と広い川との自然の要塞に囲まれたウィンドリンゼル国である。
近年は戦争もなく、大国と諸外国の中は良好で、各国で合同会議を行っているのを旅の途中の新聞の記事で見かけた。
「それほど大きな国土を持った国ではないんだ」
「確かに近隣周辺国に比べたら小さい方ですが」
「この国がそれなりに国力を保てているのは、一重に武力とこの要塞なんだ」
どうやら私と同じことを考えていたカイン様はすっと山と川の地形を指で辿ると、そこに一つ大きな丸を滑らせた。
「ここが主にドラゴンの生息地だ。ああこの話は内密に」
「は、はい」
「ドラゴンが生息する国は、全国共通で規定が決まっていて、それを守らなければいけないんだ」
「もしかして、先程の首輪の件ですか?」
私の問いにチョコレート色の瞳が固定と答える。そして地図を一瞥し、チョコレート色の双眼が私へと向かい合う。
「そこで相談なんだけど、ウィンドリンゼル国には外相の立場として訪問するつもりなんだ。ラティエ嬢にも同伴願いたいのだけどどうかな?」
ラティエ、咄嗟の対応のときはモブと呼びそうになる。




