19話
まさか旅とはこんなにも過酷だったとは想像もつかなかった。
馬車での長時間の移動、毎回違う宿泊先。そして私は気付いてしまったのだ。
枕が違うと眠れない!
初めは旅の高揚感でドーパミンがダバダバ出てるから、寝れないし寝付きが悪いのだと思った。しかしそれは数日経った頃に違うと気付いた。どうやら私は初めての場所だと眠れないということに気付かされた。まさかラティエ・ショコルドル18歳にして自身の新たな一面を知ることになるとは。そこからはまあ若さで無理矢理乗り切った。夜更かしは学生の頃にもしていたから平気だと息巻いてたが、夜更かしと日中の行動をしていればそれにも限界がきた。
馬車酔いだ。
しっかりしなさいラティエと鼓舞するが、途中から無になった方が少しでも軽減できることから大人しくしていた。不意に馬車の揺れが強くなり窓の外が気になり覗いたら後悔したものだ。崖じゃん、と。それから仕事をしていたモブもといカイン様が会話をし気をまぎらわせてくれたから休憩まで助かったものの、このままでは良いとは言えない。あれから街に着き、二人で散策しお店の人に茶々を入れられ、ふとこれはデートではと意識した途端顔に熱が集まってしまったのをなんとか誤魔化すのが大変だった。そして香油を手に入れ宿泊先のお風呂で試してみた。
「何の花の香りだろう。とてもいい匂い。それに身体がいつもより温まるのが早い気がする」
お湯をすくい、ふうと息をつけば浴槽の縁に凭れる。馬車の中を長時間同じ体勢でいるため何度か伸びをして強張った身体を解していく。それを繰り返し行うことで身体が火照っていく。
お風呂から出て寝巻きに着替えればベッドに腰掛ける。
「化粧水はした、髪も乾かした。歯磨きもしてある。明日の服も用意してあるからあとは寝るだけ」
旅には侍女の同伴を断っているので、自分の身支度を一つ一つ確認する。ちなみに着替えは、早く街等に着いた時などに纏めてクリーニングに出しているそうだ。清潔大事だよね。
ベッドに横になり、天井を見上げるがやはり一向に眠気は訪れない。
仕方なしに散策ついでに本屋を見つけたのでいくつか購入した本のうちの一つを手に取る。
「ネーピアシュ国のお姫様」
兄弟の多いお姫様はいつも皆に忘れられている。夜会やパレード、誕生日だって誰もが彼女を忘れてしまっている。しかしある日忘れられたお姫様の兄弟が一人、また一人と旅に出てそのまま帰ってこなくなりました。兄弟が一人一人と居なくなっていく中で、ある日王様と王妃様が亡くなってしまいました。そこで困ったのが、沢山の兄弟の中で誰が王位第一継承者なのか決めていなかったのです。そして困ったことに王族の兄弟は殆ど旅に出てて、誰も居場所を知らないため連絡を取ることもできなかったのです。
困った臣下達は全国のあちらこちらに看板を立ててこう書きました。
「我が国の王族、第一継承者のみ春の息吹きが吹く前に帰国せよ」
なんて物騒な看板だ。物語りにしては雲行き怪しい展開である。そして引き込まれるように次のページへと目を通す。
看板を見たお姫様の兄弟は帰国に向かいますが、春の息吹きまでにたどり着けたのはたったの二人だけ。しかしその二人も本来なら随分と継承が低い位でした。どちらが王位に相応しいか二人の兄弟は喧嘩しました。そして喧嘩は随分長く続きましたが、しかし国はそれどころではなくなりました。天災が何度も襲ってきたのです。国民はパニックに陥ってしまいました。しかし本来王様が指示をしなければいけないのに二人は喧嘩ばかり、国の危機に見向きもしませんでした。しかしある日一人の王族が王座に座りこう言いました。
私こそが第一継承者にて新たな王になる、と。王座には忘れられたお姫様が王冠を被り座っていたのです。もちろん二人は大激怒、急いでお姫様の元に駆け付ければ、お姫様と彼女の三人の臣下がいました。
そしてお姫様は二人の兄弟にいいました、
「私から王座が欲しいならば、天災で荒れた土地を修復させてください」
兄弟の一人は北へ、もう一人は西へと向かいました。
しかし彼女が言った荒れた土地はどこにも見当たりません。そして天災に合った民は口々にこう述べました。
「こうしてまた元の生活に戻れたのも全てお姫様のお陰です」と。皆口々にお姫様の名前を告げるのです。兄弟は慌てて己の名前を存じてるか訪ねますが、誰も首を縦に振りませんでした。
民を忘れ、争っていた兄弟もまた、民から忘れられてしまったのです。
王位継承の式典にてお姫様は民に向かいこう述べました。
「私は忘れられても、私は国を、民を、忘れませんでした。私がこうして王座につけているのもまた、貴方達が私を忘れないでいてくれたおかげです。これからは共に歩みましょう。
こうしてお姫様は女王様となって、平和な治世を納めましたとさ。めでたしめでたし……」
本を閉じ、表紙に書かれたお姫様の絵を眺める。
実はネーピアシュ国はカイン様の祖国でもある。恐らくこれは実話を元にし簡潔に書かれた本だろう。物語りのようなきらびやかさはないが、こうして語り継がれていくのにもそれなりに理由がありそうだ。後ろのページには初版から何度も重版されている記録が書かれていた。
「え、これ三百年前からある本なの!書本にしては随分長く続いているのね」
急に手元の本に三百年分の重みを感じ、なるほどと呟いた。ネーピアシュ国は授業でも少しだけ習ったけど近年で大きな戦もなく、周辺国と良好な関係を築いている、それなりに広い国土を持つ治世の安定した国だ。
カルティロナ国よりラムダク大国に近しい場所でもある。あと有名なのは海に面しているから海洋を手広くしていることくらいか。我が国にもネーピアシュ産の輸入品を稀に見掛ける。まあでも王妃様の故郷でもあることから、交易が開始したのかもしれない。
「どちらにせよ、それなりに影響を受けているのは確かね、ふぁあ……」
布団を被り直し、先程読んだ本の表紙を眺める。
濃い緑色の表紙にお姫様の横顔のシルエットが書かれている。なんとなくその表紙から目が離せないでいた。
「私は、お姫様になりたかったのかしら」
誰に問うのでもなく呟かれたそれは、夜の静けさに吸い込まれていったのだった。




