表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/30

18話

 

「いやああああ」


 ラティエの絶叫が辺りに反響する。


「ラティエ嬢、窓を見るのはやめといた方がいいよ」

「経路は安全ではなかったのですか?」


 ラティエとは裏腹に、カインは落ち着き払った態度で二人の様子は正反対である。


「この道は我が国の軍事機密経路だからね」

「カイン様って否定もしないし、さらっと恐ろしいこと言いますよね」


 人がすれ違える距離の先から足場の地面はなく、反対は山の斜面が剥き出しになっている断崖絶壁の道を凄い早さで馬車が進んでいく。思わずお巡りさんここに走り屋がいますよ!と突っ込みたくなるくらいだ。心臓にも悪い光景からよろよろと窓から離れ向かいに座る相手を恨めそうな顔で見つめた。


「峠を越えてあと二時間走れば街がある。そこで休憩し次に進むも良し、宿泊するも良しだけどどうしたいかな」

「少し……ゆっくりしたいです」

「うん、わかった」


 カインは書類の隙間から少し青ざめた表情のラティエを盗み見る。場所も軍事機密経路なだけあって故意に整備されていない道は、いくら揺れを緩和する馬車に乗っていようが揺れが目立つ。

 ラティエとの旅路は、初めての長期移動する彼女の要望に沿って進路を決めているのだが如何せん彼女は僕の能力が()()()()()


 今までの様子からある程度予想はつくが、試したりすれば勘づかれるリスクが高いし彼女にそれはしたくないと思った。書類に隠れて盗み見ていた僕だが、少し青ざめている彼女の姿に暫く思案する。そして()()じゃなければいいか、と書類で隠すように人差し指を上下に一振りする。



「峠ももうすぐ越えるよ。実はね街に着く前に一端休憩を挟むことなっているんだ。馬の休息、進路の兼ね合いも有りでね。もう少し進めば水辺があるからそこで休憩だよ」



 多少の嘘を混ぜた僕の話しに、青ざめた表情から若干顔色をほこらませる彼女にこれで良かったのだと納得する。

 今頃従者は急な進路変更による転移の準備に取りかかっているところだろう。転移でその場に着こうと思えば直ぐに着くけど、それだと怪しまれるだろう。少々手がかかるが峠を越える少し手前のところに飛ばす指示をだす。僕がすることといえば転移の間、彼女の注意が窓にそそがれないように気を引くことのみ。さて何を話そうか――。なんだっけ今祖国で流行っているのがあったんだが。そうそう三番目が口うるさく話してたんだよね。適当に聞き流していたけどたしかあれは――。


「カイン様は外相のお仕事で各国を訪れているのですよね」

「そうだね」

「リュシアンから伺ったのですが、……商会をお持ちだと」

「商会は僕の管轄ではないけど、仲介人として間に入ることが多いね」

「つまり()()()商会とは違うのですか」

「今は僕の身内が支店でアシュタル商会として手広くやっていてね。本店を聞くのは随分久しぶりだ」



 彼女の物言いに手元の書類を置き、新たに一枚手に取り目を通す。僕の答えに失望、納得のいかないような表情を一瞬浮かべた彼女だが、次には少し青ざめた表情の顔に戻っていた。


 少し意地悪をしてしまったか。嘘と真実を混ぜた答えに彼女は気付いているだろう。しかし今の段階で彼女に()()()を話すのはどうしても憚りたい。

 例え彼女の浮かべた一瞬の表情が脳裏に焼き付いて離れなくても。そしてチクリと痛みが走ったことに、僕は想像もつかなかった。



 ああ、この居たたまれない状況から早く逃れれば、と手元の書類の文字を無理矢理脳に送りこんでいく。目の前の少女相手にらしくない己に戸惑い、焦燥を覚えるなんて本当にどうかしている。


「……あ」



 馬車周辺を術が施されたことに気付き、本来の役目を思い出せば焦ったのか手元の書類が一枚床に落ちた。

 そしてそれは向かいに座るラティエ嬢の目の前に落ち、僕が拾い上げるよりも先に彼女の白くて細い指が紙を拾い上げた。


「ありがとう」

「いえ……」


 彼女の瞳が遠慮がちに僕の瞳を伺う。その瞳が僕から逸れようとしたときに、僕は咄嗟に彼女の手を繋いだ。

 大きく見開く瞳は僕を映し、僕もまた彼女の瞳を見つめた。そしてしまったと我に返り、その後何を話せばよいか考えていなかったと失念していた。


「あー……えっと、そうだ。夜!夜は寝れているかい?連日の馬車移動は大変だろう。宿も毎度変わるし慣れていないと疲れがとれにくいんじゃないかな」

「そうですね。馬車の移動よりも実は宿での寝付きが悪いことに気付いてですね」

「それは良くない。次の街はお香が有名でね。寝付きが良くなるのもあるだろうから探しにいこう」

「一緒に着いてきてくれるのですか」

「ああもちろん」

「嬉しい。約束ですよ!」



 青白い顔に頬の赤みがわずかにかかり微笑む彼女に「あと少しの辛抱だよ」と声を掛けた。

 そこから僕の視線は彼女から離れることなく、手元の書類はただ握るだけ。そして初めて彼女と馬車の中で長い時間会話をしたのだった。






「今日はありがとうございました」

「気に入ったのが見つかってよかったよ」


 部屋の扉の前で二人の男女が話をしている。


「まさかお店の人にお香ではなく香油を進められたのはびっくりしました」

「たしかにね。浴槽で使えば身体の芯も温まるし睡眠もよくなるだろうとね」

「早速試したいと思います!ご飯美味しかったですね」

「ああ。明日は七時半に下の食堂で待ち合わせしよう。まだまだ旅は続くからね。よく眠れるといいね」

「はい。おやすみなさいカイン様」

「おやすみ、ラティエ嬢」


 扉が締まり、鍵が施錠する音を聞けば踵を返しそこから三つ離れた扉を三回ノックすれば暫くして中から補佐官のヘクターが扉を開ける。


「僕ももう休む。ヘクターも明日までゆっくりしてくれ」

「わかりました。明日は()()時刻に一度声をかけましょうか」

「そうだな済んでいない()()を整理しているから頼むよ」

「わかりました。お気をつけください」

「ああ、後は頼む」


 最後は聞こえるかわからない小さな会話のやり取りを終えたカインは踵を返しラティエの二つ隣の部屋の鍵を開け中へと入室した。そして鍵を掛ければ上着を脱ぎ、トランクから違う上着を羽織る。地味な色合いの上着に着替えたカインは次には靴を履き替える。そうして身支度を整えた彼は一度ラティエのいる部屋の方角へ顔を向けた。


「部屋から出る気配はないな」


 そうポツリと呟けば、懐に最後の装備を固定する。そして目の前にゲートが現れ躊躇なく一歩踏み出せば、宿から外の薄暗い空気へと辺りが一辺する。建物の影から抜け、通路へと進めば辺りは香水の匂いで充満する。街灯がいくつも灯された通路には着飾った女性が何人か連れだって歩いている。

 ()()()()()()()()


 しかしカインはなに食わぬ様子でその通路を歩いていく。すれ違う人は皆、誰も彼に気をやらない。時々ぶつかりそうになっても彼はするりと避け、目的地へと目指すまで歩みを止めない。




「(果たしてこの後宮に目的の物がみつかるのだろうか)」





 夜の後宮の暗闇の中にカインは紛れていったのだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ