16話
いつもありがとうございます。
私が卒業後どうするのか。
ツィリィア嬢のときも、リュシアンのときだってその話題を出されても誤魔化し、親友の二人には答えられないでいたのだ。
勿論カインに聞かれたときだって、まだ決まっていないと私は答えた。ならばとモブは私に国を知るのもいいのではないかと提案してくれた。確かに私は乙女学園ゲームであるこの世界についての知識は学園内と王都、自身の伯爵領地しか知らずカルティロナ国についてはさっぱりだし、興味はある。それはとても魅力的な提案のように聞こえたが、けれども私の蓋から溢れた心が口から溢れ落ちてしまった。
「なんで私を一緒に連れてってくれないのですか、カイン様」
もう化粧が崩れても構わない。ポツリとポツリと溢れ溜まったそれを涙と共に一度吐き出してしまえばもう止まらなかった。
「私を婚約者として望んでいるのなら、何故私を遠ざけるのですか」
「いや違うよ、僕はそんなつもりじゃ」
「弁解は結構です」
突然涙する私の行動に、目の前のモブは分かりやすいように困った表情をしている。その姿が余計に悔しくて私は更にきつく言い返してやった。
「だいたいモ……カイン様は手紙の内容がほんんっと淡白だし、こちらに滞在してたときも全く会いにも来てくれない。そりゃ仕事が忙しいのは分かりますが……。それでもって突然帰国するし、はたまた卒業のドレスだって沢山送るだけで送っておしまい。嬉しかったですが、どうせなら一つに絞ってほしかったです。卒業パーティーだってこちらに着いたならまず始めに私に連絡をして欲しかったです。それに私、サプライズとか待たされることって好きじゃないです!」
最後にフンッと息巻き言い切った私は目の前のモブを睨み付けた。ちなみにうじうじしていた涙はとっくに引っ込んでいる。
そして肝心のモブは私の指摘を一つ一つ告げるごとに上体を前に屈ませ、最後には頭を垂れる状態で表情は見えないが、湿っぽいオーラを醸し出している。
ラティエの攻撃がクリティカルに入り相当効いているようだ。
ワン、ツー!
おそらくこの場面だけを誰かに見られていたならば、現代で例えるとプロレスの審判がカウントを数えている幻聴が聞こえるだろう。本人たちはそれどころではないようだが。
さてモブはどう持ち直すのだろうか、はたまたこのままダウンしてしまうのか?
おっとモブの肩が少し揺れた!なんとか首の皮が繋がっている状態で持ち直そうとしている。さてモブはどう反撃するのか?否、相当ダメージを食らっているぞ、そもそも動けるのか?!何か行動を起こさなければ、タオルの投入も考えられるぞ!
おおっと顔を持ち上げた、修羅場の試合続行だ!
「今の僕が……なにを……言っても、言い訳になってしまうね……。君に、どうやら僕は……重要な失態をしていたようだ……気持ちを軽んじてしまい、すまなかった」
眉が垂れ、チョコレート色の瞳が悲しげに揺れている。彼の瞳に嘘は見られず真摯に謝罪しているみたいだ。その姿に思わず心に罪悪感が湧いたが、しかしラティエの伝えたいことが全く伝わってないことに頭を振った。そして手で顔を覆って首を横に何度も振る。
「違う、違うんです、私……私は貴方のことが全くわからないのよ。貴方が私をどう思っているのか!今日だって久しぶりに会ったのに挨拶もしてくれないし、折角カイン様と同じ色のドレスを選んだのに貴方は誉めもしない、そもそも話題にもしない!乙女の心をズタボロにするんじゃないわよ!なんとか言いなさいよこの、この……」
モブーーーーー!!!
ギリギリの理性で最後にモブと叫ばずにいたラティエは悔しくて、キッと目の前の相手を睨み付けてやろうと、覆っていた手を離したときだった。
「え」
どちらの発した声だったのだろうか。
目をこれでもかと真ん丸にさせラティエを見るカインの想像と違った姿に、ラティエもまた驚いてしまった。
モブは何をそんなに驚いているの?あれ、私またなんか無意識にやらかしたかな。いやそもそも最初からやらかしてるから、とリュシアンがいたならにこやかに突っ込むだろう。
そして暫く時間が止まったように固まる二人に、先に我に返ったのはカインだった。
「君は……本当に僕が見えているんだね」
そう小さく呟いた声を、ラティエは聞き取ることが出来なかった。そしてカインはゆっくりと深く息を吸いこみ、肩の力を抜いた。
「確かに僕も答えを急いでいた。まずは互いを知ろう。そうだな、まずは卒業パーティーが終わった後日に二人で出掛けてみようか。ラティエ嬢は何かやりたいことはあるかい?」
優しく、好意の含んだ瞳を初めて浮かべ、ラティエを見返すカインにラティエが浮かんだのはただ一つ。
「本当ですね」
「勿論。ラティエ嬢の好きな所に連れてくよ」
「ならば私も一緒に連れてってください」
「ん?一緒に出掛けるからそうだけど……」
「いいえそれではなく、私もカイン様に同伴させてください」
「うん?この噛み合わなさと急に雲行きが怪しい会話になってるね」
「私をカイン様と共に他国に連れてってください」
「うーーん色々引っ掛かるとこだが、それは婚約者としてかな?」
「いいえ仮婚約者としてです!」
目を輝かせ自信満々に答えるラティエに、カインはどうしてまた振り出しに戻ったのだと思わず目眩がしそうだった。しかしなんとか堪え、了承するかは別として取り敢えず彼女の要望を聞き出してからにしよう、と思考停止していた頭を素早く稼働させるが、生憎、無敵状態のラティエはこの先手を譲るわけがなかった。
「カイン様は先程、まず互いを知ろうと話してくれましたよね」
「そうだね」
「それなら私を今すぐ連れてってからでもいいですよね」
「いやそれは……」
「それって当然二人で出掛けることにも含まれますよね」
「え?ま、まあ言い方にもよるけど」
「分かりました。カイン様は私にやりたいことを聞きましたよね。ならば私はカイン様と共に各国を回りたいです。今さら前言撤回とは言わせませんよ」
ラティエの屁理屈もとい退路を断つ戦法にカインは口元がひくつくのを隠せないでいた。そして一度遠くを見てから目の前のラティエへと向かい合い、彼女の手元を握りしめ観念したように言葉を紡いだ。
「……ああ、なんとかしてみせるよ」
フォーーール!決まったーー!ラティエ選手のフィニッシュ・ホールドからの押さえ付けで見事カイン選手から三カウントをもぎ取ることが出来ました!綺麗に技が決まりましたラティエ選手見事です!実に素晴らしい試合をありがとう!今夜の勝者は、ラティエ選手だーー!
「(してやられたなぁ)」
カインはラティエの満足そうな表情を見ながら、ぼんやりそんなことを思った。そしてフッと思い出したように笑えばラティエ嬢と落ち着いた声で話し出した。
「今夜は僕の色を纏ってくれて嬉しいよ。とても綺麗だ。君に似合っている」
「な……!」
急にカインが誉めるものだから、心の準備が出来ていなかったラティエは頬が急激に熱がこもっていくのを実感する。
その様子にしてやったりと内心満足げなカインだが、しかしどうしても気になることがあり、それを聞きたくて堪らなくなった。
「それで……何故仮婚約者が継続なのかな」
「それは……」
大きな瞳をあちらこちらに泳がしたあと、次には眉をしかめ唇を尖らせるラティエの様子に、この子は本当にコロコロ表情が変わるなとカインは内心思った。だからこそ油断していた。
「もう一度、私ラティエ・ショコルドルを知ってから求婚してください。今度こそ貴方の本心から」
恥ずかしさと真剣さを瞳に灯し、こちらの一挙一動を決して見逃さないように見つめる目の前の少女に、カインは困ったように微笑んで頷いた。
どうやら三番目の言った通りだったな。乙女心は貪欲、か。
僕の完敗だ。
今度こそ君に敗北したよ、ラティエ嬢。
第一章 完。
ここで一区切りさせていただきます。
次の章へと二人の物語りは続きます。
あとがきについては活動報告にて書きますのでしばしおまちください~。




