15話 再会
それを見た途端身体が硬直した。強く脈打つ鼓動が周囲の音を掻き消し、よりそれを助長させる。そして周囲を見渡そうとした途端、視界が暗く閉ざされてーー。
「見てはいけない」
深みを含んだ落ち着きのある凛とした声を、私はこの声を知っている。
その声を聞いた途端肩の力が抜け、ふらつく身体を覆うように優しく包み込まれた。それにともない目元を覆っていた手は離れていくが、何故か私の視界は暗闇の中だ。瞼を瞬きさせようにもピクリとも動かないでいることにじりじりと焦燥感が襲う。そんな私を見透かしているかのように耳元へと語りかけてきた。
ーー見えない。
ーー感じない。
ーー意識しない。
ーー大丈夫、息を潜めて、それはほんの少しの間だけ。
まるで眠り歌を聞いているようだ。
眠り歌に包まれながらうとうとと微睡んでいれば、聞き覚えのある声が私の名前を読んだ。
「ラティエ嬢」
さあ、ゆっくり開けてご覧。優しく紡がれた言葉に促されるように私は瞼を開ける。
途端目が覚めたように意識が鮮明になり、そして目の前には懐かしのチョコレート色が視界に写る。
「え、モ……カイン様?!」
「何かな、ぅぐ」
チョコレート色を認識した途端、あろうことかラティエは咄嗟に目の前にあるモブの顔を掴んでまじまじと観察し始めたのだった。
「本当に本物?」
目の前の顔をあっちこっち確認するようにしていたら、こちらを見るチョコレート色の瞳とばっちり目があった。そして漸く己がしている失態に気付いたのか、恐る恐る頬から手を離す。ばつが悪そうにするラティエに可笑しかったのか、困り顔から口元に笑みを浮かべたカインは頭を傾きラティエを覗き込むような姿勢をする。
「その様子なら気分が回復したかな?」
「え、ええ」
「少し歩こうか」
気が付けば辺りは暗闇に、空は闇色に染まっていた。今夜の会場用に中庭のライトは灯籠に変更され、中庭の道は幻想的な光に照らされている。会場の音楽がここまで聞こえていることから、そう遠く離れてはいないだろう。
灯籠の道を私とモブは歩いているのだが、どこか意識の中でモヤがかかっているようで先程からそれが何か気掛かりでいた。
モブのエスコートで歩いてはいるのだが、ふと彼の手元を見つめた。
「(いつから歩いていたっけ)」
いつから……。そう、私は体調を崩してカインと共に会場から抜け出しているのだ。
どうして体調崩したの?興味本位で初めのカクテルを飲んでみたから。
モブとはどこで?それは一人きりになったときに。
会えて嬉しい?もちろんじゃない。
最初はどんな会話をしていた?久しぶり…なんだっけ思い出せない。
まるで抜けた箇所を、答え合わせのように自問自答していく。それでも意識の中で滞るモヤは晴れず、そもそも何故引っ掛かるのかも分からずにいる。
段々それは疑問から焦燥に変わり、不安へと変化していった。囀ずるようにモブと唯一触れているその手に力をいれてしまい、慌てて手を緩めようとしたときだった。
「ここで少し話そうか」
モブが足を止め着いた先は、白色を基調としたガゼボだった。椅子にはクッションが敷かれ、ガゼボをぐるりと見渡せば手入れが行き届いておりさすがは王城だ。ドレスにシワが付かないように気を付けて座わる私に、その様子を目を細めて眺めるカインに気付かなかった。
「改めて、卒業試験合格おめでとう。話によると試験問題の難易度が上がっていたみたいだね」
「ありがとうございます。そうなんですよ!特に絵を見て回答するのが難問で。皆が裏を読みすぎて、試験中に問題集に不備がないか巡回してる担当教科の先生に、誰も質問出来なかったくらいですし。今でもあの図面を書いたのは誰かって噂が絶えないままです」
「へえそんなにも印象的なんだ。見てみたかったな」
「夢にまで出て魘される生徒がいるそうなのでおすすめしません」
きっぱり断るラティエの姿に可笑しかったのか、声を出して笑うモブの思いがけない姿に心が揺さぶられた。カインのこんな表情、初めてだ。思ってもみなかった反応に、どうしようかと手持ちぶさたのように指先がドレスのレースに触れれば、その色味を確認し、少しだけ勇気を出してみようと思った。
「短期間でしたが、それでも沢山の人達に助けて頂きました。そのなかには勿論カイン様もいます。本当にありがとうございました」
「僕達がしたのは、ほんの少しのお手伝いだけ。卒業は君が掴んだものだよ」
「それでも、感謝は忘れません」
一歩も譲らないラティエの様子に目を細めてそうか、と答えるモブのこちらを見るチョコレート色の瞳がとても優しかった。
だからこそ、胸の奥深くにツキリと突き刺さるソレが、じわじわと侵食していく。そして、ソレに触れるのが恐い。このままじゃいけないのに、どう切り出したら……。
「もうすぐカルティロナ国の建国祭が始まるそうだね」
「あ、そうです!」
「毎年叔母上に来賓として招待されているんだけど、どうしても毎回都合がつかなくて僕は参加できないでいるんだよね」
「我が国の建国祭は五日にかけてお祝いするんです。王都では王族のパレードもありますし、毎年王家から一つのテーマを出題され、それを参加者が競ったりしますよ。今年はなんだったかな……」
「手紙。この前のトレーニング内容とても実用的だったね」
「そう!それです!……え」
手紙と小さく呟き心当たりがあるのか、みるみるうちに顔色が青ざめていくラティエの様子をまじまじと眺め、口角の上がった口を愉しそうに開いた。
「僕の送ったドレスを着るために、頑張ってくれてありがとう」
それはそれはとても涼しげな顔であった。
「ーーっ、~~こっちを見ないでえええ!」
恥ずかしさに顔を真っ赤にし、すぐさま手で顔を隠す。
ラティエ・ショコルドル、穴があったら入りたい。
「ごめんごめん、興味深い手紙だったからつい、ね」
「酷い、いえそもそも私が変なのを送ってしまったのが悪いのですが……」
「ためしに僕の兄弟に複写したものを見せてみたら、基礎体力はもちろん普段、使わない筋肉を引き締めることに重点を置いてて実に堅実的な訓練だと評価していたよ」
「あの追い討ちかけてませんかそれ」
あ、これイタズラ半分と怒ってるよね。モブ怒ってない?というかモブ意外と根に持つタイプだよね。
あたふたしている私の様子に気が済んだのか、はたまた演技をみせていたように表情が一瞬で変わるのをラティエは見逃していた。
「ラティエ嬢は卒業後、どうする予定?」
ハッとモブを見れば、口元に笑みを残したまま私を見ていた。
「そうですね、卒業後は……まだ決めていません」
瞳を伏せ、弱々しく口にするラティエの様子を具に観察する男に彼女は気付いていない。本人の自覚はないのだろうが心なしか手元に力が入っていおり、ドレスのレースにシワが寄っている。それを静かに観察し終えた男はこう切り出した。
「僕は外相の立場として、各国を回ってきたしこれからもそうするつもりでね。でもさ、一度外に出れば自国を回る機会って滅法減るんだ。だからこそ僕が学生の頃は自国をよく知るべく旅をしたよ。ラティエ嬢はまず自国を知るのもいい機会かもね。それから外へ向けてみるのだっていい。だからーー」
ドレスを握っていた指を優しく解かれ、モブの目の前へと持ち上げられる。手を辿ればチョコレート色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。余裕持ったその表情はいつだって彼の内心を語らせない、鉄壁の守りのようだ。その事にもどうしてかまた胸が痛むのだった。だからこそ、彼の告げた言葉に私は驚愕した。
「ラティエ嬢の旅が終わるのを待っていてもいいだろうか、君の婚約者として」
穏やかに、真摯に告げられた。だからこそ、蓋をして誤魔化していたソレが涙と共にポタリと溢れてしまった。そして絞るよに、小さな声がポツリと溢れてしまった。
「なんで……」




