告白のお時間です
「で、我の提案を呑んだわけだが、どちらが契りを交わすのだ?」
「私がやります」
俺は一歩踏み出そうとしたが、既に目の前にミルディンがいた
「ミルディン! お前、もうそんなに魔力が残ってないだろ!?
それに、得意な魔法は殲滅魔法だから一対一は向いてないはずだろ!?」
ミルディンは前を向いたまま、小さな肩をわずかに揺らして答える。
「安心してください。この時のために研究してきた、とっておきがあるんです」
俺は産後の赤子のように、うまく言葉が出てこなかった。
「魔王、契りを交わしましょう」
「ほぉ、お前さんが相手か。小娘でも容赦はせんぞ?」
「その言葉、お返ししますよ」
「ぬかせ」
ミルディンは荒野に咲く一輪の鈴蘭のように小さく、透き通った右手を天に掲げる。
魔王はこれまで殺めてきた血肉が染みついた彼岸花のように荒々しく、
天を鷲掴みにせんばかりに手のひらを掲げる。
「魔王、一つ確認してもいいですか?」
「あ? 何かあんのか?」
「もし、どちらも戦闘不能となったらどうするのですか?」
魔王は二拍遅れて答える。
「どちらも戦闘不能となれば相討ちのようなものだろう?
となると、我とお前の契りは終わったことになる。そこの勇者が我に止めを刺せばよい」
「その言葉に偽りはないですね?」
ミルディンは剣のような鋭い視線を向ける。
「何を企んでいるかは知らんが、それも含めて契りを結んでやろう」
ミルディンの横顔には、俺に悪戯を仕掛ける時のような笑みが浮かんでいた。
「我、魔王ギルガメッシュは主に誓う。
眼前の者と最高の一撃を交わし合い、勝者を決めると。
万が一、どちらも戦闘不能となった場合は、この契りは終了となると」
「我、王国筆頭魔術師ミルディン・アンブロシウスは主に誓います。
先の者との契りに合意すると」
ミルディンは冷徹な口調で言い、魔王は粗暴な口調で続ける。
『『誓う』』
直後、両者の掲げた手のひらから魔方陣が浮かび上がった。
その魔方陣から複数の鎖が伸び、両者の胸を貫く。
「ミルディン!! 大丈夫なのか!?」
俺は思わず声を上げてしまう。
「大丈夫です。不思議と痛みはありません。ただ、心臓を締め付けられるような違和感はありますね」
俺は胸を撫で下ろした。
鎖は全て胸を貫いた後、姿を消した。
ミルディンは一歩、また一歩と踏み出し、小さな背中を俺に見せる。
レオニダスも、ミルディンも、苦楽を共にした騎士の仲間たちも、みんな俺に背を向けて前に進んでいく。
でも、俺は信じている。
あいつらが、目の前のミルディンが、そう易々と殺られるような相手じゃないことを。
両者は向かい合う。
「勇者、開始の合図はお前に任せるぞ」
「じゃあ、お前にぶっぱなした技を真上に放ったら開始だ」
「あぁ、頼んだ」
『電磁砲』
『充填』
ミルディンは振り向き、こちらに顔を覗かせる。
乱れた深緑の長髪がたなびく。
彼女の無垢な純白の肌は、今や泥がこびりつき、澱んでいる。
だが、その翡翠色の瞳は、
この宵闇の憂いや痛みさえ映しながら、
常緑の木のように毅然とした光を宿していた。
月光が瞳に一層強く反射する。
「オーズさん、帰ったら警察官の話をたくさん聞かせてくださいね……」
彼女の瞳から一筋の滴りが零れ、上がった口角によって留められる。
その笑みは俺の網膜を焼き尽くし、
心臓を強く強く打ち鳴らした。
なぜか胸が痛い。
なぜか目頭が熱い。
なぜか視界がぼやける。
なぜか、手元が震える。
『発射』
閃光が天高く放たれる。
『失楽園』
刹那――天空の闇が消え去り、燦々と輝く光が俺たちを照らす。
雲一つない晴天から純白の羽がひらひらと舞い落ちる。
しかし、魔王が指をパチンと鳴らすと、瞬く間に青い空は血潮に染まる。
舞い落ちる羽は赤黒く変貌した。
魔王の双角はより凶悪な形状へと変わり、朽ち果てた大樹のような巨大な黒翼を背に生やす。
黒翼を羽ばたかせ、荒野に強風を呼び込む。
飛翔。
魔王は点になるほど高く飛び上がると、両手を天に突き上げる。
そして荒々しく叫び唱える。
『堕天』
魔王の頭上に、巨大な紅い月さえ覆い隠すほどの魔方陣が現れた。
その魔方陣は次元を切り裂くようにひび割れ、そこから王国の城を思わせる大砲の銃口が姿を現す。
魔王は天に伸ばした手を、俺たちのいる地上へと振りかざした。
魔王の瞳の縁は蒼く燃え盛っていた。
銃口から、振りかざした動きに呼応するように巨大な岩肌が現れる。
そして巨大な岩石は業火のような火花を散らし、轟音を伴って放たれた。
その巨石は放たれた瞬間に急激に圧縮され、小石程度の大きさになる。
小石は螺旋を描きながらミルディンに向かい、光に匹敵する速度で迫る。
ミルディンは、魔王の一連の動作が完了するわずかコンマ何秒の間に詠唱をほぼ終え、最後に一言唱えた。
『必滅の狂愛』
唱えた直後、無数の魔方陣が魔王とその小石、そして魔王の周囲全てを覆い尽くす。
その魔方陣から、先ほどの契りで現れた鎖が魔王や小石を貫き、貫き、指一本動かせぬほどがんじがらめにする。
魔王は地上へと自由落下し、荒野に突き刺さった。
俺はミルディンが勝利したのだと思い、すぐに彼女に視線を向ける
――が、ミルディンはなぜか、消え入りそうなほどぼやけて見えた。
俺は何度も目を擦り、見直すが光景は変わらない。
「ミルディン、どうしたんだよ……それ」
俺は消え入りそうな声で問いかける。
ミルディンは前を向いたまま、震える声で答える。
「魔王を封印する代わりに、私も封印される魔法を使いました。すみません。帰った後の約束は、守れそうにありません」
俺は思考をすっ飛ばして言葉を吐き出す。
「ミルディンはこうなるって分かって契りを名乗り出たんだろ!?
最初から生きて帰ることなんて考えてなかったんだろ!?」
俺は膝から崩れ落ち、時雨のように涙が地面に零れ落ちる。
ミルディンは正面を向いたまま答える。
「こうでもしないと勝てないって、分かっていました。
私が何年もかけて、寝る間も惜しんで研究した末に編み出した魔法です。
何年も前から覚悟はできていました」
こちらに足音が近づいてくる。
俺の両頬が小さな両手で持ち上げられる。
溢れる涙を細い指で拭われる。
「そんな研究の日々を耐え抜くことができたのは、オオヅさんのお陰でもあるんですよ……? これは、そのお礼です」
持ち上げられた頬は彼女の顔の前に運ばれる。
俺の唇は未知の弾力を知る。
柔らかいが、コットンのように包み込む柔らかさではない。
弾力はあるが、ゴムのように突き返す弾力でもない。
とにかく、この世の言葉では言い表せない何かを感じた。
俺の目と鼻の先には、目をつぶったミルディンの顔があった。
俺は生まれて初めて、愛おしいという感情を抱いた。
唇の重なりは一瞬で終わる。
彼女は微笑む。
彼女は俺を見つめる。
彼女は見えなくなる。
地面に何か落ちる音がした。
地面にはエメラルドのような宝玉が落ちていた。
彼女は封印と言っていた。
あぁ、この中に彼女がいるのだ。
俺は彼女の大きな帽子と黒いローブなどの衣服はそのままに、宝玉だけを手に取り立ち上がる。
俺は勇者としての役目を果たしに行く。




