魔王と契約のお時間です。
後方から響く金属音と爆発音を背中で受け止める。
その音は次第に遠ざかっていった。
俺たちは、成すべきことを成す。
作戦は単純だ。
魔王から半径数十メートル圏内に入った瞬間、瞬間転移で魔王の至近距離に移動し、最高の一撃を叩き込む。
俺たちはひたすら湿地林を駆け続けた。
ミルディンも、段々と眼光に力強さを取り戻し始めていた。
哀しむのは、全てが終わってから
——そんな暗黙の了解が、二人の中にできあがっていた。
数時間が経過した。
前方から月光が零れ落ちるように差し込む。
そして次第に、その光が前方の景色を浮かび上がらせていく。
眼前には、湿地林ではなく、荒野が広がっていた。
その荒れ地に、ポツンと一つ、テントが自陣を構えているのが見えた。
恐らく、あそこに魔王がいる。
周囲に魔族の見回りの姿はなかった。
意外にも、魔王は単独のようだ。
俺は違和感を覚えながらも、今できる全力を一撃に込めた。
正直、分はかなり悪い。
レオニダスが離脱したこと、
俺とミルディンが予想外の襲撃で魔力と体力を大きく消耗していること、
そして何より精神が摩耗しきっている。
疲労困憊だ。
ミルディンに至っては、
今も内側から発せられる音と光を外界へ遮断する魔法を維持し続け、魔力を削られていた。
この後テレポートをすれば、彼女の魔力がどれだけ残っているかなど、考えたくもない。
この状況でまともに戦えるのは、俺しかいない。
だから、俺はこれに賭ける。
『電磁砲』
『充填』
先程は最低出力だったが、今回は最大出力を叩き込む。
時間はたっぷりある。
できることは、とことんやる。
『スキル:憤怒の狂躁』
万人に一つ与えられるとされる、その者の前世と人生を基に能力が決まるスキル。
俺のそれは、至ってシンプルだ。
[怒りが増すごとに力が増し、代償に理性を失っていく]
今、俺が怒っているかって?
そんなの、言うまでもない。
目の前に、仲間を傷つけた宿敵がいるんだからな。
俺の体表から、蒸気ではなく微かな火花が散り始めた。
血管と神経が、太く強く、体内を駆け巡る。
肌は燃えるように赤く火照り、
まさしく怒りの体現そのものだった。
白い閃光を放つ剣は、青白い輝きを帯びていく。
そして最後の一仕上げ。
『武技:軒轅の獣鎧』
これを発動しなければ、撃った反動に肉体が耐えられない。
これで準備は整った。
「ミルディン、頼んだ」
「はい、それではいきますよ」
地面、頭上、背面、前方、左右。
魔方陣が俺たちを立方体の中に閉じ込めるように出現する。
その魔方陣は車輪のように激しく回転し始めた。
空間が歪む。
転生した時のことを思い出す。
俺は、あの時の覚悟を今、ようやく果たす時が来たのだ。
恐ろしく早くも、長い一年半だった。
瞼を静かに閉じる。
瞼を開ける。
刹那——俺たちは空中に放り出されていた。
周囲を見渡す。
真下には、先程見ていたテントがあった。
どうやらテントの真上にテレポートしたらしい。
俺は真下に向け剣先を構え、叫んだ。
『発射』
柄から剣先まで、無数の魔方陣が回転しながら送り出されるのを繰り返す。
その前方に押し出された魔方陣の重なりが、太陽のような光球へと姿を変えた。
そして、天をも穿つ勢いで真下に照射される。
ミルディンの風魔法による爆風と衝撃から身を守りつつ、地上へと降下した。
テントは跡形もなく消え去り、そこには湿地林でできたクレーターよりも倍近く大きな穴が穿たれていた。
さすがに一発で倒せるほど甘くはないだろうが、有効打は与えられているはずだ。
俺もミルディンも瞬き一つせず、噴煙の舞うその場所をじっと見つめる。
「卑怯者がぁぁぁぁっ!」
噴煙を吹き飛ばすほどの雄叫びが、荒野に響き渡った。
目の前に現れたのは、想像よりも小柄な人物だった。
頭上には、先の幼女のものより禍々しい双角が突き出ている。
白目は、この世の闇を封じ込めたかのようなどす黒さで、
瞳は月光を飲み込んだような黄金の眼光をギラつかせていた。
険悪な表情を浮かべた瞬間、その姿が視界から消失した。
俺は視線を素早く泳がせ、行方を探る。
真横から、不穏な気配が迫るのを感じた。
慌てて目を向ける。
そこには、ミルディンの喉元に、鷲の爪のような凄絶な爪を突き立てんとする魔王の姿があった。
俺は左足のバネを最大限に使い、スキルとこれまでの鍛錬で磨き上げた超越的な身体能力で地面を滑るように移動した。
目線の高さを一切変えず、地面との摩擦などないかのように。
手首の僅かな捻りだけで、最小の動きで最速の一打を魔王の手首に叩き込む。
魔王の爪は、喉元の寸前で空を切った。
俺はミルディンを手繰り寄せ、魔王から引き離す。
「お前が新たな勇者か……
とんだ卑怯者かと思ったら、なかなかやるではないか」
魔王は、先程の一撃もその前の電磁砲のダメージすら感じさせない口調で言った。
「何が卑怯だ!! 戦場に卑怯もクソもあるかよ!!」
魔王は一瞬眉をひそめたが、「確かに、そうだな」とあっさり納得した。
そして納得した直後、信じがたい提案をしてきた。
「勇者とその仲間よ。お互いに最高の一発をぶつけ合い、負けた方が潔く死ぬというのはどうだ?」
魔王は邪悪にほくそ笑む。
俺は怪訝な表情で答えた。
「お前が大人しく死んでくれる保証なんてないだろ?」
「……言われてみればそうだな。
よし、契りを交わそう」
「契り?」
「ああ、契約だ。互いの神に誓う。
それを違えた場合、相手が誓った神によって魂を消滅させられる。これならいいだろう?」
俺はミルディンに真偽を確かめた。
「ミルディン、アイツの言うことは本当なのか?」
「はい。私も以前、教皇様とお話しした際に、そのような神々との契約があると聞いたことがあります」
俺はごくりと喉を鳴らして言った。
「やる価値はあると思うか?
少なくとも、さっきの魔王の動きを一瞬見失うようじゃ、普通に戦っても勝ち目はない」
「私も……オーズさんが防いでくれなかったら、女神様の元に行っていましたよ」
ミルディンはそっと、俺の震える手に自分の小さな手を重ねた。
そして、微笑む。
「ミルディン、アイツの提案を受け入れるってことでいいんだな?」
彼女は、頭に乗せられた小柄な体型に似合わない不格好な帽子を、上下に動かした。
俺は改めて魔王と目を合わせ、答えを告げた。
「魔王、その提案を呑んだ」
魔王は相変わらず、陰険な笑みを浮かべていた。




