真剣勝負のお時間です。
利き目ではない左下から、空気の流れを感じた。
視線を向けた瞬間――
黄金の眼光が脳裏を鋭く貫く。
下から上へと喉元を狙う剣筋を、後方へ足裏を滑らせて回避する。
地面との摩擦を感じさせないほど滑らかに剣先を突き出したが、相手のリーチを見誤った。
喉元直前で止めた剣先は、振り上げられたより高所から放たれたレオニダスの垂直な一撃に巻き込まれかけた。
直前、俺は間一髪で剣を引き戻す。
レオニダスは地面に突き刺さった剣を荒々しく引き抜き、砂埃を巻き上げた。
視界が一瞬で不良になる。
再びレオニダスの姿が消えた。
聴覚に意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。
矢のように静かな、圧縮された音が迫ってくる。
刹那、粉塵の中から直線的な剣の軌道が視認できた。
反射的に俺は剣を真上へ弾き上げた――その瞬間、剣は空へ舞い上がった。
そう、剣は投擲されていたのだ。
肝心のレオニダスを見失う。
脳内で混乱が渦巻いたその刹那、下半身に強烈な衝撃が走った。
地面に叩きつけられる直前、レオニダスが体当たりを仕掛けていたことに気づく。
叩きつけられる寸前、俺は体を全力で捻り、その回転を利用して剣をこめかみに向かって振り下ろした。
しかしレオニダスは紙一重でホールドを解き、後方へ離脱していた。
結果、頬に浅い擦り傷を負っただけだった。
その傷から一筋の血が垂れるのをレオニダスが見た瞬間。
彼の体から蒸気のようなものが立ち上ったかと思うと、瞬きする間もなく拳が視界を埋め尽くした。
死を覚悟するほどの威圧感に、かろうじて身を反らした。
こちらもこめかみ付近に浅い傷を負うのが精一杯だった。
俺の真横に突き出されたままの無防備な拳を横目に、チャンスと見た。
両手で柄を握り直し、渾身の一撃を手首に叩き込んだ――はずだった。
だが俺の目に映ったのは、手首に当たった瞬間に木剣が砕け散る光景だった。
思わず腰が引けそうになるが、折れた剣を握りしめたまま構え直し、レオニダスの動きを警戒する。
するとレオニダスが、ぽつりと呟いた。
「……オレの負けだ」
俺は思わず声を漏らした。
「は?」
しどろもどろになりながら、思わず怒鳴るように言う。
「なんでお前の負けなんだよ!?
このまま続けたら剣のない俺が確実に負けてただろ!!」
レオニダスは落ち着いた声で答えた。
「確かに、そのまま続ければオレが勝っていただろうな。でもな……
オレは騎士にあるまじきズルをしたんだよ」
「ズル……?」
「お前はこの世界に魔法があることは知っているだろうが、それがどんなものかは見たことがないんだろう?」
「あぁ、この世界について学んだ時に存在は聞かされていたが、確かにまだ目にしたことはないな」
「オレは今、この決闘でその魔法を使ってしまった」
俺はすぐに思い当たるシーンがあった。
全身から湯気のようなものが立ち上った、あの瞬間だ。
そう考えを巡らせていると、レオニダスは深く腰を折って頭を下げた。
「さっきの発言、本当に申し訳なかった。お前らのことをないがしろにしたことを、どうか許してほしい」
唐突な謝罪に驚きつつも、俺はレオニダスの誠実さに感服した。
上の立場にありながら、こんなにも真っ直ぐに非を認める人間がいるのかと。
俺も彼に応えるように頭を下げた。
「俺の方こそ、余所者のくせに下手に口を挟んでしまって本当に申し訳なかった」
俺はレオニダスよりさらに深く腰を折る。
レオニダスはそれを見てさらに深く頭を下げ、俺もまた下げ……。
ついには二人とも地面に額をこすりつけるような格好になっていた。
そのあまりにも滑稽な光景に、俺とレオニダスだけでなく、周囲の見習い騎士たちからも笑いがこみ上げた。
「ハッハッハッ! おい、勇者! お前は何て名前なんだ!?」
「今まで知らなかったのかよ!?」
「オレは、オレが認めた奴以外の名前は覚えない主義なんでな!」
「なんだよそれ……。まあ、認めてくれたってことなら嬉しいけど。俺はオオヅだ。改めてよろしく」
俺はレオニダスの前に右手を差し出した。
「オーズだな!! こちらこそ!」
レオニダスは俺の手を、まるで包み込むような大きな手で握り返した。
「って、オーズじゃなくてオオヅだって!ミルディンも国王も、みんななんで間違えるんだよぉ!!」
レオニダスは首を傾げて言った。
「ん? 全く違いが分からないな? オーズはオーズだろ?」
俺はもう、この世界で自分の名前が正しく呼ばれる日は来ないのだと、深く確信した瞬間だった。
それからは、次の日も、その次の日も、百キロをひたすら走り続けた。
次第に百キロに慣れてきた頃、今度は十キロ、二十キロと重りを背負って走ることになった。
何度倒れても、疲労骨折しても、ポーションの回復による焼けるような痛みに苛まれても、心だけは折れなかった。
やがて百キロ走ることは生活の一部となり、剣術をメインに、木剣で骨が折れようがお構いなしに一日中稽古を続けた。
これは思い出したくもないが、ある日から木剣が真剣に変わり、仲間同士で肉を骨を切り裂き合い、ポーションで即座に回復し続けるという地獄が始まった。
今でも思い出すだけで吐き気がする悪夢だ。
そんな地獄を、俺たちは半年間耐え抜いた。
この苦痛の日々は、確かな強さと、強固な絆を生み出した。
そして今日も、いつものように一人で訓練場へと向かう。
訓練場に着くと、すでに整然と隊列を組んだ仲間たちの姿が視界に飛び込んできた。
「今日もよろしくな!」
軽く挨拶をすると、
「お前らぁぁ、今日も張りきっていくぞぉぉ!」
鼓膜が震えるような大声とともに、レオニダスがやってきた。
俺が真剣な眼差しで彼を見ていると、レオニダスはこちらに視線を向け、ニヤリと笑って言った。
「オーズ。お前は今日で基礎訓練終了だ。明日からは、ミルディンのところに行って魔法を学んでから、俺の所へ来い」
「えっ、これって基礎訓練だったのか?」
「ん? そうだぞ? 魔法を扱える最低限の肉体を作るための基礎訓練だ」
「……」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。
俺は、この日の訓練に関する記憶が、発言の瞬間から完全に飛んでしまった。
前世で二十年来の仇が、年老いた認知症の老人だと知った時の衝撃に匹敵する。
「魔王を倒す前に、魔王を倒すための練習で力尽きるんじゃ……」
そんな不吉な未来を想像しながら、俺は半年間の基礎訓練に区切りをつけた。




