仇討ちのお時間です。
父の首はがくりと下がり、微動だにしない。
俺は荒くなる呼吸を必死に抑え込みながら、父の手首に指を当てる。
……ない。
脈が、ない。
一切、ドクンという鼓動を感じられない。
また俺の家族がいなくなる。
今度は、俺の目の前で。
俺は勇者じゃなかったのか。
かつての無力な警官のままじゃなかったのか。
俺は魔王を倒した英雄じゃなかったのか。
なんで。
なんで俺は誰も助けられないんだ。
なんで、復讐の一つすら満足に果たせない。
家族も、騎士の仲間も、レオニダスも、ミルディンも、父も、村のみんなも助けられなかった。
母だってもはや生きているかすらわからない。
あのボケた仇である老人、そして幼女。
俺の大切な人たちを奪ったこいつらを、俺はまだ倒せていない。
しかも今回は、老人と違って復讐を果たすか否かを選ぶ立場にすらない。
熱い。
体が熱い。
まただ。
魔王を倒した時の感覚が、俺を襲う。
割れたガラスに俺の姿が映る。
両頬と額、顎に、荒々しい刻印が浮かび上がっていた。
火山が噴火したかのように、体表から蒸気が噴き出す。
俺の意識が憤怒と憎悪に染まっていく。
『武技:縮地/ 十割』
火の海が一瞬にして消し飛ぶほどの暴風が、俺の動きに続いて吹き荒れた。
幼女を吹き飛ばした場所まで、瞬時に駆け抜ける。
「お前、どっかで見覚えがあんなぁぁぁぁ」
幼女は周囲の燃え盛る炎と薪を吹き飛ば
し、勢いよく俺に向かって飛び出してきた。
幼女は凄まじい速度で拳を大きく振りかぶり、俺に一撃をお見舞いしようとする。
『武技:軒轅の獣鎧/ 十割』
淡い黄金色が、絢爛豪華な輝きへと変貌する。
小手は前腕だけでなく、指先までも鋭く尖ったガントレットへと姿を変える。
普段なら、ここは無難に腕をクロスさせて攻撃を防ぐか、
避けてからカウンターを狙うはずだった。
だが、この時の俺は違った。
幼女の繰り出す、深淵のような深みと鈍い光沢を帯びたガントレット――
その拳に、俺は自分の拳を真正面から打ち付けるように合わせた。
幼女はやはり、口角を上げる。
その表情が、俺の拳を強く握り締めさせる。
拳が交わる瞬間、激しい火花が視界を埋め尽くした。
火の海の中に、一輪の花が咲き誇るかのように。
その衝突は、鼓膜を破るほどの爆音を至近距離で響かせた。
拳は拮抗していた。
両者、一歩も、一ミリも引かない。
互いのガントレットに亀裂が生じ始める。
その亀裂は衝突した部分から徐々に手首、前腕へと広がっていき――
バゴォン!
亀裂は散弾銃のように破片となって周囲に飛び散った。
破片は両者の皮膚を容赦なく切り裂いていく。
しかし、俺の傷は蒸気を上げながらすぐに癒えていく。
「なぁ、お前って勇者かなんかの末裔なのか?」
幼女は唐突に質問を投げかけてきた。
分が悪い俺にとって、考える時間が必要だった。
ここで会話をするのは有効だと判断し、質問に応じる。
「なぜ、そう思うんだ?」
「いやぁ、だってよ。
さっきの剣から光る球みたいなのが飛び出したり、金色のガントレット身に付けたりしてるヤツは、昔見た勇者以来だからな」
「勇者に関係してるってことだけ、伝えておこう。今度は俺から質問だ。
なぜ、お前はこの村を襲ったんだ?」
「なぜ? そんなの魔王様からの命令に決まってんだろ!」
「じゃあ、お前は魔王から直接命令を受けたんだよな?」
「…ん? アタシは魔王様から命令を……いや、魔王様とはしばらく会っていない。それだと、幹部に命令できる者は魔王様以外……」
幼女は頭を抱え、大量の疑問符に襲われた様子だった。
それも当然だ。
魔王は俺が倒した。
しかし、ギルガメッシュによると、厳密には魔王としての役割は継続しているらしい。
理屈はよく分からないが、要するに魔王の役割を放置したまま邪神になったということだ。
つまり、幼女にこの村を襲撃するよう命じたのが魔王様だという点に矛盾が生じている。
恐らく、この幼女は洗脳魔法か何かで操られているのだろう。
はぁ、事態がややこしくなってきた。
気付けば、理性が戻ってきていた。
警官である俺からすれば、この幼女は復讐すべき相手ではない。
自分の意思とは無関係に利用されていただけなのだから。
真に復讐すべきは、背後にいるヤツだ。
俺は必死に真実を探ろうとする幼女に提案した。
「誰に命令されたのかも分からないなら、ここはひとまず停戦にしないか?
お前も魔王からの命令じゃないなら、襲撃する理由はないだろ?」
「確かに、それもそうだな。
アタシとしても、命令についてはハッキリさせたいと思ってた」
そう言うと、幼女は背を向けてその場を去ろうとした――が、様子がおかしい。
後ろを向いたまま、立ち尽くしている。
天空から複数の魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣から、魔王との契約やミルディンの魔法で見せた鎖が現れる。
鎖は幼女の心臓辺りを様々な角度から貫いた。
鎖を伝って、どす黒いオーラが幼女の体内へと入り込んでいく。
やがて、幼女がこちらを振り返った。
白目を剥き、元々あった双角と長い尻尾はより禍々しく変貌していた。
さらに、幼女が立つ地面はみるみるうちに土色から荒廃した荒野へと変わっていく。
幼女は邪気をまとっていた。
もはや言葉が通じる雰囲気ではない。
かといって、逃げたら見逃してくれるわけでもなさそうだ。
覚悟を決めるしかない。
思い出せ。
家族を、仲間を奪った憎しみを。
幼女の背後から操る卑怯者のクソ野郎に復讐してやると。
復讐心を燃やせ。
今、俺がすべきは全力を、いや限界すら超越した死を賭した究極の一撃を放つことだ。
剣先を湿地林へ向ける。
『吸水』
湿地林から大量の水滴が吸い寄せられる。
まるで雨が横殴りに降っているかのようだ。
その滴は剣先に巨大な塊を形成する。
『顕現』
剣先を夜空へ向ける。
塊は荒々しい牙を、角を、翼を、蛇のようなうねる肉体を形成した。
『水竜の足摺』
俺の瞳は蒼く輝く。
さらに、もう片方の手を剣を持つ手の甲に重ねる。
『竜の息吹』
強風が周囲の火をかき消す。
その強風は竜を巻き込み、
俺は血の涙を流した。
目は赤く充血し、強風に上半身の服が裂ける。
すると、上半身の至るところに刻印が浮かび上がっていた。
刻印は激しく光り輝き、
血管が、内臓が、脳が焼けていく感覚が襲ってくる。
『合技 驍神の慟哭』
水竜と暴風が剣に収まっていく。
一瞬の静寂が訪れた。
俺の瞳の周縁部は青白く静かに燃える。
剣はエメラルドのように、自然そのものを吸い尽くしたかのような青緑色へと変わる。
細く針のような刀身は太く、両刃の頑強な剣へと姿を変えた。
俺はその場で力一杯に踏み込み、剣を振るう。
その剣筋は空を切る。
――当然だ。幼女は数メートル先にいる。
1メートルに満たないこの剣では到底届かない。
しかし、斬撃は前方へ、幼女に向かって飛んでいった。
周囲のあらゆるものを吸い込みながら巨大な斬撃となり、幼女に迫る。
その一撃はもはや音速を超えようとしていた。
幼女は身動き一つ取れず、この一撃に巻き込まれ、直撃した。




