潜入捜査のお時間です。
気付くと、紙の上に水滴が落ちていた。
紙を握りしめていた部分が、くしゃくしゃに潰れている。
俺は食い入るように文字を追いかけた。
「この文章を読んでいるということは、私の魔法は無事に成功し、魔王を封印できたということです。
そして、私も封印されているのでしょう。みんなにこの魔法のことを黙っていて、本当に申し訳ありませんでした。
特にオーズさんは、きっと私がいなくなって号泣していると思います。
でも、落ち着いてください。
私が封印だけして解除方法を知らないなんてヘマはしません。
今からその解除方法を教えます――」
ミルディンらしい。
封印云々よりも、まずその感想が頭に浮かんだ。
やはり、あの小娘にはクソガキの烙印を押してやろうと、改めて確信する。
そのためにも、早くアイツをこの狭苦しい宝玉から解放してやらなければならない。
しかし、今の俺に何ができる?
おそらく外は、俺を探す捜索隊で溢れ返っているだろう。
それに、俺が気を失っている間に殺さなかったということは、俺を生かしておく必要があるということだ。
この塔に俺が走っていくところは目撃されていたはずだから、周囲が厳重に包囲されている可能性は高い。
じゃあ、どうする?
この事態を脱却できる魔法が……。
いや、これは勇者である俺の出る幕ではないな。
警官としての俺の出番だ。
俺はエメラルドをその場に置き、自室をひっくり返し始めた。
「確か、ミルディンが俺にくれたローブが――あった!」
この世界では、宗教的な理由からか、 魔法使いは非魔法使いに顔を見られると魔力を吸われるという迷信が信じられているらしい。
ミルディンからフード付きのローブを貰ったのはそのためだ。
元々俺は魔法と剣術の二刀流である魔剣士だし、剣を振るう際に邪魔になるため、ずっと埃を被っていたのだ。
俺がローブを探したのは、この迷信を利用するためだった。
魔法使いの人口は極めて少なく、
全員が城内の魔法学院に通い、
正規の魔法使いになった後も城内で研究を続けることになる。
そのため、城内には魔法使いが意外と多い。
しかも皆、ローブをまとい、
フードを深く被って顔を隠しているので、姿はほとんど判別できない。
まさに、簡易的な変装にはうってつけというわけだ。
俺は真っ黒で埃っぽいローブを羽織り、顔が全く見えないほどフードを深く被った。
地下室を駆け上がり、塔の窓から外の様子を確認する。
案の定、俺を探す者たちで溢れていた。
ここは陽動作戦を取ることにした。
『電磁砲』
『充填』
光で気づかれないよう剣を窓から離し、狙いを定める。
『発射』
一瞬だけ剣先を窓の外へ覗かせ、小さな閃光を放つ。
『操舵』
その閃光を塔の周囲を半周させ、反対方向へ飛ばした。
「おい!!
あそこから爆発音がしたぞ!!」
「みんな、あっちに集まれ!!」
見事、厄介な連中を陽動することができた。
俺は三階程度の高さから飛び降り、王宮への潜入を試みる。
騒ぎを起こしたとはいえ、王宮周辺には依然として多くの監視の目が光っていた。
「はぁ……隠密系の魔法をミルディンに教えておけばよかった……」
そんな後悔をしながらも、一か八か堂々と歩み寄ることにした。
額に汗を滲ませつつ、一歩一歩、王宮へと足を進める。
「ん? おい、そこの魔術師、止れ!!」
俺はピタリと足を止めた。決して顔を上げない。
「今、この状況を見れば分かるだろうが、警戒態勢が敷かれている。
王宮に何の用だ?」
俺は動じることなく答えた。
「もちろん現在の状況は理解しています。そういった状況だからこそ、捜索系魔法の扱える私が派遣された次第です」
「そんな話は聞いてないぞ?」
「急遽決まったことですので、伝達ミスがあったのかもしれません。
それより、あまり人目につきたくないので、早く行かせていただけますか?」
「あぁ、分かった」
俺はうつむいたまま兵士たちの間を素通りし、王宮内部へと侵入した。
どうにか難を逃れたようだ。
絢爛豪華な王宮の空間は、忙しなく右往左往する兵士たちでざわついていた。
俺はそんな兵士たちを横目に、目的の場所へと向かう。
その場所とは――この状況を画策した主犯の元だ。
長い廊下を進み、レオニダスの倍以上はありそうな巨大な扉の前に辿り着く。
『武技:軒轅の獣鎧』
「王様へ謁見でぇぇす!!!」
体表から湯気を撒き散らし、黄金に輝く拳が巨大な扉を豆腐のように粉砕した。
舞い上がる粉塵を力任せに払いのけ、視界を強引に晴らす。
そこにいたのは、不気味なほど落ち着き払った王様だった。
玉座に悠然と腰掛けている。
『武技:縮地』
下半身を最大限に脱力させる。
体が前に倒れていく。
重力に身を任せ、地面と衝突する直前――右足を踏み出した。
倒れる勢いがバネとなり、太腿からふくらはぎ、爪先へと爆発的な力が伝わる。
踏み込んだ瞬間、中位の魔法すら傷一つつけられないはずの床に亀裂が走った。
前傾姿勢のまま、氷上を滑るように一瞬で王との間合いを詰める。
周囲の音を置き去りにした速度に、爆風が遅れて追いかけてきた。
王は表情一つ変えない。
この国では武芸にも秀でていなければ王になれないらしい。
だからか、王は俺の動きをしっかりと目で追えていた。
しかし、見えることと対応できることは全く別だ。
渾身の一撃を王のみぞおちに叩き込もうとした瞬間
――魔王にも劣らない高速の斬撃が俺の拳を弾き飛ばした。
俺は素早く間合いを取る。
そこに立っていたのは、俺の部屋にいたあのメイドだった。
「お前はあの時のメイドか!?
あの剣さばき……普通のメイドというわけではなさそうだな」
女は澄ました表情で答えた。
「ええ、そうです。
私があの時のメイドにございます。 お察しの通り、私は普通のメイドではございません」
「お前のような強者がこの国にいたとは……なぜ魔王の奇襲作戦に参加しなかった? お前の力があれば、救えた命があったかもしれないだろう!!」
つい声が荒くなる。
「笑わせてくれますね。
噂通りのお人好しです。
私もあなたのように勇者らしく振る舞えたら良かったのでしょうが」
「ふざけたことを言うな。質問に答え
ろ!!」
「せっかちさんですね。
どうせあなたはここで死ぬ運命なのですから、教えてあげてもいいでしょう」
「俺が死ぬ……?」
「そうです。あなたは女神様の命により、ここで死に絶える運命なのです。
あなた方が奇襲作戦を遂行している間に、女神様から信託が下り、私が勇者として召喚されたのです。
そしてその命令は、もう一人の勇者であるあなたの殺害です」
「そんなハッタリが通じるかよ。
ポンポン勇者を召喚できるわけがないだろ! 答える気がないなら、力ずくで吐かせてやる!!」
『スキル:憤怒の狂躁』
怒りに呼応して体表が紅く染まる。
『武技:縮地』
怒りの力で音速を遥かに超えた速度で女に一撃を放った――はずだった。
しかし、俺の一撃は空を切る。
「まだまだですね。
この世界に来たという意味ではあなたが先輩ですが、勇者としては私が大先輩ですよ? 一年ちょっとのあなたが私に敵うはずがありません」
『武技:韋駄天』
『神器:智慧の神槍』
『合技:破邪顕正』
背後から声が聞こえ、振り向いた瞬間――自分の胴体が見えた。
視界がどんどん下がっていく。
女の呟きが聞こえた。
「また次でお会いしましょう」
その言葉を最後に、俺の意識は途絶えていた。




