私の心
魔女の心臓をどうするのか。
その答えを――私自身の心で決めるだけだった。
そう思ったところで、私はふと気づいた。
「……ノア」
「はい」
「心臓を終わらせるって、具体的にはどうなるんでしょうか」
ノアは机の上の記録に目を落とした。
「魔女の感情を、これ以上受け取らなくなるんだと思います」
「受け取らなくなる……」
「はい。心臓が消えれば、魔女が残した感情が次の誰かへ渡ることもなくなる。今までリゼットさんが感じてきたものの中から、魔女の感情だけが切り離されることになります」
私は胸元に手を当てた。
悲しみも。
寂しさも。
理由の分からない愛情も。
それらを、もう感じなくなる。
それは、魔女の願いでもあった。
私はノアを見る。
「ノアは、心臓を終わらせたいんですよね」
魔女の願いを叶えるために、ここまで来たのだから。
けれど、ノアはすぐには答えなかった。
「……以前の僕なら、そう言っていたと思います」
「以前の?」
「魔女がそれを望んでいるなら、叶えるべきだと思っていました」
ノアは少しだけ目を伏せた。
「それが、僕がここまで来た理由でしたから」
やはりそうなのだ。
そう思った瞬間。
「でも、今は……分からないんです」
私は顔を上げた。
「魔女の願いを叶えることより、リゼットさんのことを考えてしまう」
静かな声だった。
「心臓がなくなったら、リゼットさんはどうなるのか。今と何が変わるのか。……そればかり考えてしまいます」
「でも、私自身は消えないんですよね」
「分かっています」
ノアは苦笑した。
「それでも、怖いんです」
その言葉に、私は何も返せなかった。
ノアにとって魔女は、ずっと大切な人だった。
その願いを叶えるためなら、自分が何を犠牲にしても構わないと思っていたはずだ。
なのに今は。
私がどうなるのかを心配している。
「だから、僕のために心臓を終わらせてほしいとは言えません」
ノアはまっすぐ私を見る。
「それでは、魔女の願いを押しつけるのと同じですから」
その言葉で、私はようやく分かった。
ノアは迷っている。
魔女の願いを叶えたい気持ちも残っている。
けれど今は、それだけではない。
私がどうしたいのかを、何より大切にしようとしている。
「……私も、怖いです」
私は胸元に触れた。
「心臓がなくなったら、何が残るのか分からないから」
それでも。
確かめたいと思った。
魔女の感情と自分の感情が重なっているのなら、その境目を知りたい。
誰かの願いではなく、自分が何を望んでいるのかを。
「だから、私が決めます」
「はい」
「魔女のためでも、ノアのためでもなく」
私は一度、息を吸った。
「私自身のために」
ノアは何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
その表情を見て、私は少しだけ安心した。
すぐに答えを出す必要はない。
けれど、もう決めることから逃げるつもりもなかった。
胸の奥で、心臓が静かに鼓動している。
その鼓動を感じながら、私は思った。
――この心臓から、離れてみたい。
そうしたあとで。
それでも私の中に残るものを、自分の心として受け止めたい。
私は胸元から手を離し、隣にいるノアを見た。
そして、今度こそ自分の答えを探すために、立ち上がった。




