4.夜
巣穴から外を見る。
すぐそばには川があり、水の流れる静かな音がしている。
「川に沿って下れば、森を抜けられないか?」
ここまでの道は、まるで遊歩道のように歩きやすかった。
他にも同じような道があるなら、そこを辿れば森の入り口に着かないだろうか。
でも、と思い直す。
下手に動いて取り返しのつかないことになったら?
動くなら、拠点を決めて少しずつ範囲を広げた方がよくないか?
きっと救助が来るまで、安全な場所で待つのが一番いいはずだ
入口に差し込む日差しが弱くなってきた。
日が暮れ始めたのだろう。
まだ何とか見える地図に視線を落とす。
いつの間にかこの地図がこの森のものだと信じ込んでいる。
ポケットに手を突っ込んで、ジオラマを取り出し、手のひらの上で転がす。
コンビニのガチャガチャから出た森のジオラマ。
これと同じ六角形の地図の森。
これと同じ場所にある川。
まさか、そんなわけないだろう
ジオラマを巣穴の奥の見えない場所に押し込んだ。
それはあり得ないと笑ってしまうような空想だった。
でも、じゃあ、何があり得る?
誘拐され、着替えさせられ、森に置き去りにされた
まさかどこかにカメラがあるとか?
いや、嫌がらせや犯罪かもしれない
それか、やっぱり……
頭を振って、何度も浮上するおかしな妄想を振り払う。
外はどんどん暗くなっていく。
だが、先に真っ暗になったのは巣穴の中だった。
夜を迎える準備はしてある。
明るいうちに水の枝を収穫してきた。
よく観察すると、枝には一定間隔で硬い節があり、そこを狙って傷をつけると簡単に折れる。
節の部分の穴は細いが、切り口を下にするとポタポタと水が出てしまう。だから両側の切り口を上にして輪にし、近くに生えていた葉でフタをして、草の茎で縛った。
この輪にした水の枝を3本作り、肩に掛けて、集めた木の実を包んだTシャツと一緒に巣穴に持ち帰った。
最後に鹿の角をTシャツで結び、巣穴に登ったら準備は完了だ。
真っ暗な巣穴の一番奥で入口を睨むようにして膝を立てて座り、背中はゴツゴツとした壁にわざと触れるようにしていた。
ひんやりとした感触がじわじわと壁と床から伝わり体温を奪っていく。
夜の森はこんなに冷えるのか
腰は後ろの壁につけたまま背中を丸め、むき出しの腕を足で挟むようにして、体温を逃さないようにする。
水と食料。準備はちゃんとしたはずなのにと唇を噛む。
今は見えないが右側には木の実をまとめて置き、左側には水の枝を立てかけてある。
身を守る武器代わりの鹿の角は足の間で構えていた。
不思議と巣穴から見える外の方がわずかに明るかった。
月明かりや星明かりなのだろうが、確かめることはできない。
それほど深くない穴の中なのに自分の姿が滲むほど暗い。
木の上が定番の安全地帯?嘘だろ?
この暗さで木の上?しかも風で揺れる?
外では水の音、風の音、草が揺れる音、木や枝が揺れるざわざわとした音。
羽音、何かが草を踏む、かき分ける、転がる、落ちる。
鳥のような声、生き物の気配、遠吠え。
恐怖と寒さに歯の根が合わないほどガタガタと体が震える。
震えた手で構える鹿の角が、床に当たる音と感触にさらに怯えた。
ただただ怖い。
決して襲われないだろうこの巣穴でさえ、これほど怖いのだ。
もし不安定な木の上や窮屈な巣穴だったら、吹きさらしの風に体温を奪われ、揺れる木に暗闇に耐えられなかったかもしれない。
眠れるわけない
朝まであとどのくらいだ
あとどれだけ耐えればいい……
極度の緊張のせいか、時々意識が途切れることがある。それは眠ったわけではなく気絶に近い。
そして意識が戻ったとき、床につけていた鹿の角を、また構えるように持ち上げた。
カツン
何かがあたる軽い感触と音がした。
続けてカチャンと、何が割れたような音がする。
なんだ?何にあたった?!
恐怖に鹿の角を振り回す。
壁や床にあたる感触はあったが、もうあの感触も音もない。
結局、何が起こったのか分からない。
それ以上その夜は何もなかった。
ただ恐怖と不安だけを残して、長い夜は明ける。
「……っ、やっと朝だ」
外に差す日の光に長く息を吐いて涙を拭い、恐怖と冷えで凝り固まった体を軽く揉みほぐす。
巣穴の中も明るくなるにつれ、壁や床に鹿の角で引っかいた跡が見えた。用意した水の枝や木の実も床に散乱している。
ズボンのポケットからは蛇腹に折られた地図がヘビのようにはみ出ていた。それを大事にしまい直し、床に散らばったものを片付け始める。
あちこちに転がる木の実を拾い、水の枝を立てかけ直す。
「……ん?」
足元には暗い緑色の陶器のような破片と1枚の小さなメモが落ちていた。
【レシピ 小さなゴーレムの作り方】




