3.巣穴
緩やかな斜面の下に石だらけの河原があった。
大きな石もあるが、水際には小石が多い。
対岸も同じように石だらけで土手はなく、その奥は背の高い草むらだ。
「すごい……湧水がある。湧水から川になってるのか」
そこは川の始まりだった。
地面からコポコポと湧き出る水が、澄んだ水溜まりを作り、そこから静かに下流へと流れていく。
細い水の流れは少しずつ広がり、他にも水源があるのか、徐々に水かさを増して川を作り出していた。
上流側には大きな岩場と切り立った崖。
どうやらその崖の上にも森が続いているようだった。
「あとで上に行く道がないか、見に行きたいな……」
崖に近づくと、あちこちに様々な大きさの穴が開いているのが見えた。
なんの穴だろう?
穴の1つを覗いてみると、中には枯れ草や砂が溜まっていた。
ヴィッ
聞き慣れない鳴き声に崖を振り仰ぐと、赤っぽい鳥が飛んでいる。
ヴィ、ヴィッ
鳥は鳴きながら輪を描くようにぐるぐる回って、やがて崖の穴に入っていった。
「あー、巣穴か……」
そこで気づく。
自分にも巣が必要なことに。
目が覚めたのが何時なのか分からない
あれからどのくらい時間が経ったろう?
太陽の位置は見えない。
そもそも見たって分からないが、川に着くまでそれなりに歩いて、寄り道もした。
まだ遭難とは決まってないが、どこかも分からない森の中で迷子なのは確定している。
救助を待てる場所がいる。
安全に夜を過ごせる場所が必要だろう。
さっきまで森を散歩している気分だった。
明るい森の踏み固められた道を歩き、途中で水が飲める枝や木の実を食べて不味いと顔を顰め、吐き出して一人で笑っていた。
動物を狩ってサバイバル生活をどう送るかの空想までして……
ここへ自分から遊びに来たわけじゃない。
どうやって来たのかもどうやって帰るのかも分からない。
夢ならいいが、これは現実で危険がある森の中なのだ。
見ただろう、さっきの鹿の骨を……
きっとあの鹿だって食い殺されたんだ
急いで地図を広げる。
記載されている動物で一番危険なのはオオカミだ。
生息地とされるのは地図の反対側から真ん中あたり、川辺にはいないことになっている。
けれど真ん中からここまでどれほどの距離があるのか。
地図ならたった1cmの距離。
絶対に来ないという保証はないのだ。
それに、オオカミだけではないはずだ。
クマもイノシシも地図に書いてないだけで、森には危険な動物がたくさんいる。
どうする、どこが安全だ?
やっぱり木の上だろうか?
映画や漫画では定番の安全地帯だ。
だが、眠ったら落ちるかもしれないし、それ以前に木登りの経験がない。
この岩場の上はどうだろう?
ダメだ、オレが登れるなら動物だって登れる
オレが登れて動物は無理そうな……
辺りを見渡していると、ふいに視線が止まる。
崖の少し高い位置にあるいくつかの大きそうな穴。
……あのどれかに入れないか?
あの高さなら動物は簡単には登れない。
だが、体が入るほどの深さはあるだろうか。
登りやすそうな穴に手をかけ、つま先立ちで中を覗いてみる。
入口は少し狭いな、中も狭くて無理か……
他の穴も覗いてみるが、2つ目は少し低い位置にあり、体を小さく丸めて座れば入れそうだが、一晩過ごすには少し辛そうだった。
3つ目は中が崩れていて、4つ目は入れそうだったが、頭と肩を入れると途中の出っ張りにあたり、そのせいで進めなくなった。
目をつけた最後の穴は今までよりも高い。つま先立ちすれば指先が届くような、身長よりも少し上の位置にあった。
ここはよじ登る必要があり、大変そうだと後回しにしていた。
ここが無理なら2つ目の穴か、諦めて登れる木を探そう……
この最後の穴は、今までのように手をかけ、ジャンプして体を持ち上げるだけでは登れない。
崖をよく観察して、登れそうなルートを探す。
そして慎重に登りだした。
まずは小さな穴につま先を入れて、岩の出っ張りをつかんで体を持ち上げる。
つま先が外れないように気をつけながら、さらに上に手をのばし、届いた小さな穴に指をかけ、反対の足を斜め上の別の穴に入れて体を安定させた。
そこからすぐ上に目的の穴はある。
入口のすぐ下あたりにつかみやすそうな出っ張りを見つけてつかむと、入口の縁に反対の腕をかける。
次に今の足場の少し上にある出っ張りに足をかけると、腕と足に力を込め、頭の少し上にある入口にぐいっと体を持ち上げた。
上半身が穴の縁にせり出すと、膝も乗せてそのまま中に入る。
「……やっ、た!……入れた!!」
無理かと思えた高さだったが、たくさんの小さな穴と岩の出っ張りがはしごの代わりになってくれたようだ。
目的の穴は、体を少し曲げれば立つこともできた。
幅は両腕の肘を少し曲げるくらい、深さは体を伸ばして少しだけ余るような十分な広さだった。
何より、登れる動物はいない。いたとしても鳥が入ってくるくらいだろう。
穴の床には枯れ葉やさらりとした砂が積もっている。意外にも水の近くなのに湿気は少なそうだ。
薄暗くてよくは見えないが、枯れ葉をどかしても変な虫もいなさそうだった。
積もった砂の上は、岩に直に座るよりも柔らかく快適で、丸くなって寝転んでも体が痛くなりにくいだろう。
シーツ代わりのものがあれば、体にくっつく砂を払う手間が省けそうだなと考え、口元を緩ませた。




