2.森の中
心地いい風に葉がサラサラと音を立てる。
降り注ぐ木漏れ日に小鳥たちのさえずり。
柔らかい下草の感触にわずかに薫る土の香り。
どこだよ
ゆっくりと、体を起こして周囲を見渡す。
明るい森だ。
隙間なく木が生い茂っているのに陽の光はちゃんと森の中に届いている。
地面を掴んだ手に、かさりと畳んだしわくちゃの説明書が風に揺れて当たる。
あのガチャガチャの説明書だ。
少し離れた場所には景品の森のミニジオラマが転がっている。
手を限界まで伸ばしてそのジオラマを拾う。
夢か現実か、まだ判断がつかない。
なぜ森で寝ていたのか……
着ていた寝間着のスウェットから、白っぽいゴワゴワとした半袖のTシャツと膝丈のズボンに変わり、下着までも同じ素材のものに変わっている。
裸足だったが、足元には見たことのない白のデッキシューズが置いてあり、なぜかサイズもぴったり合っている。
移動にも着替えにも気づかず寝ていた、のか……?
現実として自分の持ち物はこの説明書とジオラマだけになっている。
なぜこれだけがあるんだ?
説明書はコンビニでカプセルを開けて広げた後、無理やりにカプセルに押し込んだためにしわくちゃになっている。
部屋で元の蛇腹状に畳み直したが、今はシワのせいでだらしなくヘビのように伸びていた。
それをなんとなく広げてみる。
「あ…れ?大きさが……」
長細い帯状だったはずだ。
それが蛇腹に折り畳まれていた。
今、広げた説明書はその3倍以上の大きさになっている。
見るかぎり、横の長さは同じ。
上部に、元と同じ大きさで、同じ文章と写真が載っている。
その下には裏面にあったはずの文書が移動して来ていて、その下から何もない余白になっている。
大きくなった分、ほぼ白紙のようだ。
裏返すと、薄く六角形の森の地図があった。
地図の余白には様々な情報が書かれている。
鹿、ウサギ、ヘビ、鳥は森の全域に生息し、オオカミは地図に書き込まれた右上から真ん中に向かう楕円状の範囲。左側にある蛇行したラインが魚のいる川。
全域で木の実やキノコ、山菜が採れ、川辺りやオオカミの生息地などでは薬草が採れる。
これらの情報の簡単な説明とその見分け方などが大雑把なイラストとともに書いてあった。
他にも、森全体に飲み水になる植物が生えている。水に入れるだけで飲める水にしてくれる便利な鉱石が河原にあるとも書いてある。
「なんだこれは……」
まるでレクリエーションの手作りのパンフみたいだ。じゃあ、表の余白はスタンプラリーだなと一人納得して口元を緩めた。
目を閉じ、息を深く吸ってから空を見る。
生い茂る木々の間から太陽は見えないが、まだ日は高そうだ。
息を吐いて下を向き、よしと気合を入れ、改めて周囲を見渡す。
ジオラマの地図とこの場所が同じだと錯覚してしまいそうだった。
今いる場所はどの辺りなのだろう
立ち上がって耳をそばだてる。
葉擦れに紛れているが、遠くに水が流れる音がする。
地図によれば、川は森の真ん中より少し左側から下へ向かって流れている。
「地図と同じなら、な」
こっちかと見当をつけて歩き始める。
森の中だが不思議と怖さはない。
明るいせいだろうか、どこか作り物めいていて、本当にジオラマの森の中にいるようだった。
けもの道のような細い土の道は整地されているかのように、踏み固められ、小石1つない。
これで小川があったら本当にジオラマの中なのかもしれない。
途中で、飲み水になると書いてあったイラストとそっくりな植物を見つけた。
しなる小枝のような植物で、大きめの木に巻き付いている。
引っ張ってもなかなか取れず、柔らかくしなるため刃物がないと折ることもできない。
石でもないかと見回すと、道から外れた場所に大きな鹿の角らしきものが落ちている。
道から外れると、今までが嘘のように色んなものが薄い靴底に突き刺さる。
小枝や葉っぱであちこちに切り傷のようなものもできた。
痛みを耐えて進むと、そこには角だけじゃなくたくさんの骨が落ちていた。
死んだのか食われたのかはわからない。
鹿の頭蓋骨と角は1頭分だが、それ以上の骨があるように見え、もしかしたら別の動物の骨も混じっているかもしれない。
見つけた角は比較的まっすぐ伸びていて、根元に近い場所に小さな枝分かれがあり、先端近くは二股に分かれているが片方が少し短い。
何度か振って具合を確かめる。
長さは傘くらいで振りやすい。
枝分かれしていても全体的に縦に伸びているので邪魔にならないし、根元の膨らみと、小さな枝が手を滑るのを止めてくれる。
すごい武器を手に入れたかのように気分が高揚していた。
手に入れた角で枝や草を払いながら元来た道を戻る。
鹿の角の尖った先端を勝手に命名した「水の枝」に何度も打ち付けた。
枝に穴が開くと、そこから水分が溢れだす。
口に含むと微かに甘い。
よく見れば、けもの道の両側にいくつも同じ枝があった。本当に森全体に生えているのなら、これだけあれば小川がなくても水には困らないだろう。
念のためしばらく、他のものを口にしないで本当に飲めるか試してみよう……でもどのくらい時間を置けばいいだろうか?
腹が減ったらもう一度あの水の枝でしのいで、それで腹を壊さなければ飲めるってことにするか?
そうだ、鹿がいるなら捕まえれば食べれるかもしれない。でもどうやって捕まえる?
捕まえても捌けるのか?刃物はどうする?この角で刺す?ならウサギや魚がいいか?
火はどうやって起こすんだったか?
皮や毛皮を剥いで使えるようにできるか?でも針と糸がなくてどうやって縫うんだ?
歩きながら自問自答して、やりたい事とそれの否定を繰り返すが、あまりのサバイバル知識の無さに、これが現実なら生きられないなと笑う。
一歩進むごとに水音は近くなり、やがて森の切れ間が現れた。




